ナイトメア・アーサー ~伝説たる使い魔の王と、ごく普通の女の子の、青春を謳歌し世界を知り運命に抗う学園生活七年間~

ウェルザンディー

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第1章2節 学園生活/慣れてきた二学期

第138話 ある村にて

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「あ~……クッソがよ」

「何で我が主君に仕える中で最も優秀なワタクシが、雑魚を待たないといけないんだよ……クソがよ」




 黒光りする鎧の青年は唾を吐き捨て、足を踏み均し、様々な方法で苛立ちを募らせている。


 降り頻る雪は一切彼の身体に積もらない。魔術による加工か、或いは彼の振る舞いに恐れを為しているのか。




「ふん、貴様は我が主君が合流しろといったにも関わらず、それに反逆するような態度を取るのか?」
「あ? そんなことするわけねーじゃんバーカ」
「……」


 酷くしわがれたローブの老人はそれだけ吐き捨てると、町の片隅にあった石碑の元まで戻っていった。


「何読んでんの?」
「この町の歴史を綴った記念碑だそうだ」
「歴史だぁ? どうせ温泉が湧き出てびゃーとかだろ?」


 青年も石碑の内容を読む。そして、興味深げに首を傾げた。


「こんなちっぽけな町が、ムスペルの歴史を担うようなすっげー場所なんだ?」
「竜族が移り住んで温泉を発掘していったそうだぞ。実際、通行人には竜族の者が多い。しかし……ふむ」

「ガラティアとムスペル、及びイズエルト! なーんか南と北で変な感じだなあ?」
「その竜族共は、ウェルギリウスに住んでいたのがやってきたらしいぞ」
「じゃあ犯罪人が流れてきたってことかあ!!! ギャハハハハ!!!」



 大勢の通行人が、下衆な高笑いをする青年を目撃していたが、恐れ慄いて見なかった振りをしていく。



 ただそれをしない者がいたら、それは身内ということである。



「貴様等、見えにくい所で待ち合わせするな」
「グオオオオオオ!!! ワレノハナガナカッタラ、キヅカナカッタゾ!!!」



 臍を出した風貌の女、獣の皮を被った大男。美女と野獣と呼ぶには狂気に満ちすぎている。

 対極にある姿の二人だが、待ち合わせに時間がかかったことを謝罪する気がないということは共通していた。



「あ゛? どっちがわざわざ来てやったんだと思ってんだよクソが。偉いのは僕らの方に決まってんだろ?」
「ブルニアに向かった後、わざわざこっちに向かってきたやったんだぞ。偉いのはこちらの方だ」
「キサマ、ワレワレヲワルニシタイダケ。チガウカ!!! ガハハ!!!」
「テメエ……ぶち殺す!!!」



「止めんか馬鹿共。全員揃い次第回収に向かう。我が主君の命令だ」


 老人が諌めた途端、三人は正気に戻ったかのように押し黙る。


「……ここから徒歩三十分の村だ。我が主君を失望させぬよう、早急に向かうぞ」
「ジジイは気に食わないがそうしてやる。はっ」
「偉大なる我が主君の為に……ワタクシは使命を果たすのです……」
「キショクワルイナ。キサマハイツモソウダッタガナ! グオオオオオオ!!!」





 今日は素敵な降神祭。万物の主、偉大なる女王にして、時と秩序の行く末を見守る者。かの者とそれに仕える八のしもべを讃えて、敬虔な祈りを捧げる日。


「お母さん、ご飯できた?」
「ええ、できたわよ。今日は神様が舞い降りた日だからね、特別なメニューよ」
「やったあ!」


 それは大国であろうとも、辺境の名も無き村であろうとも同じこと。世界の全てがかの主に首を垂れ、祝福の言葉を述べる。


「おっ、何だか肉の匂いがするなあ!」
「だって今日は降神祭ですもの。とびっきりの七面鳥を買ってきたわ!」
「鶏肉かあ。まあ魚よりはマシかな」
「お前は本当に好き嫌いが激しいな……」


 一家が徐々に集まってきた所に、一番の年長者が入ってくる。


「おお、もう食事の準備はできたかのう……」
「おじいちゃん! もうご飯できたよ!」
「早く座って座って!」
「こ、これこれ……わしはそんなに早く歩けんぞい……」


 孫達に引っ張られ、老人は一番上座の席に座る。


「ふぅ……全くこの年になると身体が重くてのう……」
「もう、そんなことはいいから。早く挨拶しちゃってよ」
「ほっほっほ……では……」


 老人は食事の前で手を合わせ、家族全員が同じように手を合わせたのを見計らって聖唱を行う。


「驕慢たる火の神よ。紅炎盛る饗宴に、薪炭くべて狂騒捧ぐ――」





 紺黒の空を光雪が彩り、村の魔術灯が物寂しそうに揺れる。雪の道を軋ませながら歩く四人組がいた。



「クズ共知っているか。カミサマが舞い降りたっていうこの日には、必ず雪が降るらしい」
「そんな雑学は我が主君による改造でとっくにインプットされている。それを大体的に語るとか、馬鹿過ぎて哀れ」
「グオオオオオオ! ニク、ニオイ、スル! ワレ、タベタイ!!!」
「……静まれ阿呆共」


 彼らは村の中でも最も大きく、且つ神聖な場所の裏側で待機していた。


「うっわ見ろよ。このけばけばしい草の山! こんなのにまで手ぇ出しやがって。しかも教会の裏で育ててるんだぞ? はー笑うしかねえや」
「負の連鎖、追い込まれた者の末路。裏の世界に身を落とすことでしか生きていけなくなったか」
「ワレ、コノクサキライ。ニガクテ、アトアジワルイ!」
「……どれだけ神に祈ろうとも、辿り着く先はこれだ。聖教会という組織が如何に下劣かがわかる」




「……ふぅ」


 四人組が到着してから四半刻、一人の老人が教会に姿を見せる。


「……遅かったじゃねえかクソジジイ。聖なる晩餐を終えるのがそんなに心苦しかったか?」


 その言葉にに続く青年のけたけた笑いを聞いて、老人は声のする方向に進んでいく。




「やっほー。ねえねえ、こんな所に魔術大麻が生えてるんだけど、これテメエが育ててんの?」
「……約束の物だ」
「おい質問に答えろ老害」
「……指定された量は用意した」



 そうして老人が差し出した巾着袋は、


 青年に胸倉を掴まれたことにより、受け取られることなく地面に落ちた。



「あははは……舐めてる? 僕が若造だからって舐めてんの? ねえ?」
「……」

「答えない? やっぱり馬鹿にしてんじゃん。胸糞悪いんだけど。殺してえなあ、ああ、このまま地面に叩き付けて――」
「殺していいぞ」



 女が巾着袋の中を確認しながら、青年に命令を下す。空気感が一気に変わった。



「……これだけの粗悪品を渡されたら話にならん。我が主君の計画には、もっと純度が高い物が必要なのに、何だこのザマは?」
「そ、それは……!」
「返事するの? 返事、するんだあ! 僕にはしなかったのにこのクソアマにはするんだあ!!!」


 青年は老人を地面に叩き付け、その後まるでパン生地を伸ばすように足で重力を与え続ける。


「……も、もう……材料が、ないんじゃ……最近では旅人もめっきり来なくなってしまって……! な、何とかそこらの魔物を狩って、作った物なんじゃ……」
「……材料」


 女は家々が並ぶ街並みを見つめる。

 それから一つ、歯を出して嗤う。


「……ほざけ。材料ならあの家々の中にあるじゃないか。たんまりと、新鮮で、生きの良い奴がな……!」
「……!!!」
「ギャハハハハハ!! そうだなぁ、やっちまおうか!!」



 すると青年は、何処かから黒く染まった槍を召喚し、

 足元の確認もせずに、老人の胸に突き刺した。



 返り血を浴びて、青年は虫唾が走る声で更に嗤い出す。



「おい猛獣、朗報だ。先程から良い匂いを漂わせている肉を食えるぞ」
「ナニ!! ソレハホントウカ!!」
「条件がついてるがな。だがそれも簡単だ。明かりがついている家から人間を一人残らず連れ出して、今いる場所に持ってくればいい。そうすれば肉を食う人間がいなくなるから、貴様のために肉が残るってことさ。それを食うんだ」
「グオオオオオオ!!! ワレ、ニンゲン、ツレテクル!!!」




 毛皮の大男が住宅街に向かって行くと、



 数秒もせずに悲鳴が雪の村を囲む。




「ジジイ、魔法陣の準備をしろ。今からここで深淵結晶の生成を行うからな」
「ふん、基地外共とは違ってしっかり準備をしておいたわい」


 ローブの老人が雪の上に赤い魔法陣を描き終えた所に、青年は槍を引き抜き老人の躯を投げ飛ばす。


「……クズが。この人間はとうに死んでおるぞ」
「ああ!? クソッ、折角即死を避けてやったのに! 体力なさすぎだろ!?」



「……まあいいや。死んだもんは二度と取り返せないんだ。前向き前向きっと!」



 青年は満面の嗤顔えがおで老人の死体を引きずり、

 そして、槍で老人の胸に切り込みを入れ出した。



「ギャーッハッハッハ!! 心臓が! 固い、小さい、どす黒い!!! 心筋梗塞一歩手前じゃねーか、余程ヤケ酒でもしてたんだなあ!?!?」

「あ……ああ……」
「ん?」



 青年が右を振り向くと、そこには四人の人間が惨めな姿で地に伏していた。

 子供二人に、男女の成人。彼らは老人の惨状を見て、声を上げずに畏怖の感情を示している。



「キャハハハハァ……アーッハハハハァ!!! コイツらも同じようにしてえ!!! 臓物なかみを取り出して、キャッチボールにして遊んでやりてえなあ!!!」
「……ひっ……!!」
「いやあああ……!!!」

「それはさせないぞクズ。貴様らは我が主君の礎となるのだからな」
「あぐぅ……!」


 女が人間に触れていくと、彼らは一様に気を失っていく。その後に大男に連れてこられた人間も、同じように手をかけられていく。


「奇跡的だな、何せ今日は降神祭だ。念願叶ってようやく女神の御許に行けるぞ、実に喜ばしいなぁ?」




 聖常なる白の世界が、狂奔なる赤に染められた。

 その場にいた生命の行く末は、神々以外は知る由もない。
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