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第1章2節 学園生活/慣れてきた二学期

第137話 ダンスパーティ・後編

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「ごめん。ホントごめん。マジでごめん。私のせいだわガチでごめん」
「……別にいいよぉ……」



 保健室に連れてこられたエリスは、俯きながら椅子に座ってホットミルクを啜っている。その隣でリーシャは平謝りだ。



「……あのね」
「な、何でしょう」
「……えっとね。今ね、身体の中のあったかい物も、やる気も全部なくなったんだ」
「そ、そうなんだ」

「そうなの。だから……」
「だから……?」
「……恥ずかしさが一気に……!」


 エリスは顔を赤らめながら足をばたばたさせる。


「うわあー!! わたし、なんて下手くそな踊りだったんだろう……!! みんな絶対こっち見てたよね……!?」
「うふふ、中々勢いのある踊りっぷりでしたわ」
「ああああーー!!」



 アザーリアが入ってきたことにより、エリスは更にヒートアップしてしまう。



「それはともかく、無事な様で良かったですわ。わたくしと思いっ切りぶつかってしまって、もうどうしたものかと……」
「そそっ、それはごめんなさいぃ……!」
「いえいえ、こちらこそ注意不足でしたわ。申し訳ございません」


 アザーリアはドレスの裾をつまんで会釈をする。


「ふわあ……わたしも注意不足でしたので、こちらこそすみません……それよりも先輩、ドレスがとても似合ってます……」
「まあまあ、お褒めの言葉ありがとうございますわ」


「おお、どうやら回復したようだな」


 ダレンが紙皿を手にひょっこり顔を出してきた。


「さっき料理がどうこうって言ってたから、適当に見繕って持ってきたんだ。食うか?」
「はい! 食べます!」
「ははっ、元気でよろしい。はいどうぞ」
「ありがとうございます!」


 ダレンがサイドテーブルに紙皿を置くと、すぐにエリスがミニケーキに食らい付く。


「……エリスさ~ん? 今ドレスってこと忘れないでね~?」
「う、あ、うん、忘れてないほぉ?」
「スポンジが付きそうだったがな」
「ひゃめてよぉ」


 そしてそのまま紙皿の上の食事を平らげてしまったのだった。


「んじゃあ……俺達戻ってもいいな? 何だか無事そうだし」
「はい! ご迷惑おかけしました!」
「いいってことよ。んじゃあな!」
「失礼いたしましたわ!」



 ダレンとアザーリアは瀟洒な所作で挨拶をし、病室を去った。



 そこに入れ替わりでイザークとルシュドがやってくる。



「ようオマエら。まさかこっちに来るなんて思いもしなかったぜ」
「あ、イザークにルシュド……何でタキシードじゃないの?」
「……おれ、あれ、無理……」


 二人は学生服を着用し、髪型も普段通りのパーティに似つかわしくない寝癖とツンツン頭である。


「そういうわけさ。ボクもこういうパーティとか無理だから、保健室でのんべんだらりん。踊らない分には制服でもいいんだってさー」
「へー。でも折角豪華な服を着れる機会なのにいいの?」
「女子じゃあるまいしそんなの興味ありましぇーん」


 イザークは揶揄からかうように口笛を吹かせる。


「社交場では上手く立ち振る舞わらないと殺されるとか脅されて、緊張しすぎる学生って多いみたいだぜ。ルシュドもそんな感じだった」
「……おれ、お話、無理」
「そうそう、宝石のような人間にその辺の石ころが適うわけがねえ。だから石ころ達が気軽に避難してこれる保健室も大繁盛ってわけさ」



 カーテンの隙間から見える保健室は、園舎と同じような飾り付けがなされ、学生服の生徒が談笑や会食に興じている。



「で、お三方は何でこっち来たの。ドレス着て緊張しちゃった?」
「酔っ払いが暴走して頭を冷やしてた所」
「その表現やめてー!!」


 エリスの顔に再び赤みが戻り、また両手で顔を隠す。


「んでも結局、何が原因でああなったのよ」
「だからぁ、供物を触ったのが原因で……」
「供物ねぇ……一体全体誰に奉納したらこうなるのか……」
「……マギアステル神に奉納いたしました」
「ちょっ、創世の女神じゃねーか! んな偉い神様に奉納したらその……酔っ払いもするって!」
「酔っ払いじゃないもん!! ちょっと身体が火照ったたけだもん!!」

「で、身体が燃え上がってる所に心も盛り上がって酔っ払いに」
「うわあーーー!!」
「ぐぎゃあああーーー!!」


 エリスは立ち上がり、リーシャをぽかぽか叩き出した。


「おーっすお前ら、探したぞ……何じゃこりゃ?」
「え、えっと、エリス……?」
「ああ、厄介な時に来てしまった」



 クラリアがカーテンを開いて顔を出すも、すぐにぽかんとした表情になる。後ろについてきていたカタリナとサラも同様だった。



「あのクラリアですら動揺するこの有様よ」
「クラリア、こんばんは。ドレス、きれい」
「むぅ……嬉しいけど素直に喜べないぜ!」
「え……?」

「コイツはあまりドレス着ないからね。普段とは違う姿を褒められても、対応に困るってこと」
「オマエだってタキシード姿を褒められても微妙だろ?」
「う、うん……?」

「ねえ……現実に向き合おう? エリスとリーシャに何があったのか、訊かない?」
「……ふにゃあ! その声はカタリナッ!」



 エリスはリーシャから離れ、即座に絡む対象をカタリナに変える。



「カタリナ……」
「あ、うん……?」

「カタリナ……」
「え、あ、何……?」

「カタリナ……!」
「うん……!?」



「そのドレス、すっごい似合ってる!!!」



 エリスに固く手を握られ、視線で瞳を貫かれているカタリナ。

 彼女が着ているのはエンパイアラインの紫色のロングドレス。背中がばっくりと空いている。普段の三つ編みも今は降ろして、艶やかに流れている。



「え……」

「あ、ありがとう……」


 カタリナははにかみながら感謝を「その返事の仕方も可愛いよ!!!」「えっ、ええええ……!?」




「……どうしよう。ゲルダ先生に鎮静剤貰ったのにまだ酔いが覚めてない」
「普段着られないドレスだから興奮作用が非常に高いと推測する」
「あー、そうなの、かなぁ……?」

「あんたも興奮しそうなものだが」
「曲芸体操だとさ、結構これに近い装飾の衣装着るんだよ。まあ私はまだまだだけど、確定しているようなもんだし。だからあんまり……かな」
「そうなのか」
「そうなんですよ。それはいいからこの現状をですね」


 リーシャはエリスをじっと観察する。現在彼女はクラリアが持ってきた食事にまた手を付けていた所だった。


「飯一緒に食おうって思ってさ、持ってきたんだ!」
「いただきます!!」
「ああもう、何でアナタまで獣のように食事をするのよ……」



「……私にはもう無理かもしれない」
「そうか」
「そうかじゃないわよ。だから貴方が頑張るんでしょうが」

「……オレが」
「そうよ貴方が。エリスとペアやった貴方が頑張るのよ」
「……具体的には」
「えぇー……んじゃあもうあれしかない、壁ドンプラス顎クイのコンボアタック」

「……?」
「ほれほれ、イザーク見てみ」


 言われた通りに見てみると、イザークはルシュド相手に壁ドンと顎クイの実演を行っていた。やられているルシュドは心なしか恥ずかしそうだ。


「……」
「なーんてね。流石のアーサーでもこれは……」
「……やるか」
「えっ」





 アーサーは椅子から立ち上がり、すたすたと歩く。



「はひぃ~。アーサーこれすごく美味しい……」



 エリスは気配だけでアーサーが来たのを感じ取ったが、何をするかまでは流石に読めない。



「……え?」

「んあ?」
「はぁ?」
「えっ……」


 アーサは彼女からかけられた言葉に耳も貸さず壁際まで連行していく。当然、保健室内の生徒の視線は二人に釘付けだ。


「あ、あのっ、何かお話が……」
「……」


 病室と病室に挟まれた間に連れてこられ、エリスの正面にはアーサーが立つ。




「……」

「……えっ……」


 その一、壁際まで追い込んだ相手の頭の近くを叩く。


「……」
「……え、えと……」

「ひゃっ!?」


 その二、相手の顎の下に、壁を叩いていない方の手を添え、持ち上げる。


「……」
「……!? ……!?」



 その三、相手の心臓が高鳴っている所に――



「頭を落ち着かせて、正気に戻れ」



 想いを伝える。





「……」
    「――――」
          「~~~~~~」



「ぷしゅぅ……」
               ばたり




「……うおおおおお!? エリス、倒れちまったぞ!?」
「ああどうしよう……! 顔が真っ赤で熱が……!」
「……凄い度胸。いや、本当に凄い度胸ねアナタ……」

「……またベッドに運び込まないとな。手伝ってくれるか」
「勿論だぜ!」
「あっ、あたしも!」
「先生ぇー、また症状が再発しましたぁー」



 アーサー、カタリナ、クラリア、サラの四人がエリスを担ぎ込む様を、リーシャとイザークは口をあんぐり開けて、目をピクピク引きらせながら見ている。



「……リーシャさん」
「イザークさん……」

「アイツ、かなりヤベえぞ……! 羞恥心という物をかなぐり捨ててるんだ……!」
「……何というか、扱い方が今日ではっきりわかった気がする。あまりやばそうなことを仄めかしちゃだめだ……!」


 リーシャとイザークが互いに強く頷き合う横で、ルシュドは状況が飲み込めず明後日の方向を向いてしまっていた。



 その後終業式までの数日間、この出来事が主に一年生の間で話題に上っていたのはまた別の話である。

 何はともあれ、エリスとアーサーの降神祭は、神聖と昂然に包まれながら楽しく終えることができたのだった。
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