ナイトメア・アーサー ~伝説たる使い魔の王と、ごく普通の女の子の、青春を謳歌し世界を知り運命に抗う学園生活七年間~

ウェルザンディー

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第1章2節 学園生活/慣れてきた二学期

第82話 学園祭準備・後編

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 学園祭のメインステージ講堂。現在は演劇部の予行練習が終わり、続けて曲芸体操部の予行練習に入った。

 リーシャは先輩達の指示を受けてステージ裏でせわしなく動き回っている。



「それでこの……曲が盛り上がるタイミングで次の準備ね」
「赤い布が巻かれたポールをここに出すんですよね」
「そうそう……あー違う、ここはバトントワリングだ。緑のやつね」
「わかりました。えっと、トワリングはこっちの倉庫に……わわっ!」
「危な! うーん、こりゃ道具の仕舞い方も工夫しないだめだな。七年生は三十人もいるから……」



 言いつつ先輩生徒はステージ裏の外に出て、


 そこで駄弁っているカトリーヌとその取り巻き達に目を向ける。



「ねえ、君達」
「あら、何のご用ですの?」
「君達も準備やるんだからちゃんとやってよ」

「まあ無礼ですこと。わたくし達に指図するおつもりですの?」
「うんそうだよ。身分礼儀関係なしに一年生は裏方やるんだよ」
「まあ、わたくし達に日陰に回れと申しますの! 天に輝く宝石たるわたくし達に、その辺に石ころが敵うとでも――」


 取り巻きの生徒達もカトリーヌに続けて罵声を浴びせようとする。



 だが、突如として放たれてきた氷塊によって、その汚い言葉ごと凍て付いてしまう。



「……いいですわ、今日の所は――」



 続けざまに、カトリーヌ達を鋭い氷柱のような視線が貫く。




 彼女達にとって良い結果で終わらせない。その表情は今にも血を吐き出しそうなもので止まった。




「……うし。じゃあこっちついてきて。また何かしたら外に出すよ」
「そ、それだけは……!!! い、嫌ですわ……!!!」


 先輩生徒はカトリーヌ達を全員ステージ裏に入れる。抵抗しようにもあの氷が身を貫いてくるので、一切の抵抗を諦めた令嬢方であった。




 先輩生徒は全員入ったのを確認した後に、


「……見てるんならこっちくればいいのに」


 二階部分を見ながらそう呟いた後、扉を閉めた。





「……絶対零度の王の逆鱗に触れし汝等」

「怒りを刻むべく、ヴァルディアスは裁きを与える」

「……」



 体育館二階の吹き抜けから、銀髪の生徒が体育館を見下ろしている。


 ボロボロになった学生服を着て、手すりにもたれかかりながら、瞼を動かさずに見ていた。時折呟く言葉の意味を読み取れる者はいない。



「……ん」


 そんな彼の足下に、一つ目一本足の赤い怪物がやってくる。


 怪物は生徒と目が合うと、裂ける寸前まで口を開いて笑ってみせた。


「ああ……ソロネか。俺に会いに来てくれたのか」




「おお、ソロネのこと覚えていてくれたんだな! 嬉しいぜ!」



 二階部分の入り口から、油に塗れたシャツを着たパーシーがやってきた。その後ろにはノーラも一緒だ。

 生徒は若干目を細める。変化がわかりにくかったが、二人には嬉しそうにしていることが読み取れた。



「君の一番の友達から聞きました。また学園に来ているって。もう来ないもんだと思ってましたよ」
「……」

「それ聞いたの五月だぜ!? なんて言うかもう、会える機会がなくってさー! いやー、嬉しいぜ!」
「……」


 銀髪の生徒は敢えて、二人と目を合わせないようにしている。だが目の前の彼らは、そのことを理解しているかのように話を続けた。


「一体何が君を再び学園に導いたのか……興味が引き立てられます」
「それ訊いちゃっていいのか? プライバシーの問題じゃないのか?」
「いや……」



 銀髪の生徒はステージ上に目を向ける。


 そこには他の生徒の指示を受けながら、設営の確認を行うリーシャがいた。



「……」
「おや、あれは一年生ですか。一生懸命な子ですね、見るだけでもわかります」
「……彼女には親がいないらしい」
「そうなのか!?」

「……それでいて身分は平民だ」
「なるほど。それはさぞかし……辛い扱いを受けているんじゃないですか」
「……」
「……わかった。そりゃあお前が気にかけるわけだ。だってあの子は――」



 パーシーが言いかけた時、彼のポケットにある物体が激しく振動した。



「おわっ、何だこんな時に!? はいはいこちらパーシー……ほうほう!!! 魔法具の調整が必要か!!! わかった今行く!!!」


 パーシーは物体を取り出しそれに呼びかけ、

 数秒でやり取りを終わらせると、ソロネが魔力体となり彼の身体に戻っていった。


「というわけだ、俺は魔術研究部の方に行く! いいか、当日になったら生徒会出店か魔術研究部に来い! 空を飛んでロシアンルーレットをやれば、また授業に出る気にもなれるはずさ!!!」


 一方的にそう言って、慌ただしく出ていくパーシー。




「彼は相変わらずですよ。いつもあんな感じで見た目はぐちゃぐちゃ、慌ただしい人です」
「……」


「ではそろそろ私も行きますね。温室の方にヒヨリンをほったらかしにしているので」
「……」


「そうですね。パーシーはあんなこと言ってますが……焦らず急がず、君の来たい時になったら来るといいと、私は思います。それじゃ、さよなら」



 彼がばたばたと通った後を通って、ノーラも去っていった。





「いや~この南瓜凄いね! よくここまで大きいの育てたね!」
「でしょう! 何度虫の被害にあったことか!!」


 学園の外れ温室。ガレアは食堂からここまでやってきて、自分の出店で使う予定の食材を味見している。


「もぐもぐ……あっこのトマトも美味い! もう一個ちょうだい!?」
「どうぞどうぞ~!」
「他に何ある? とうもろこしに人参……どうすっかな、今年野菜カレーにでもするかな!?」
「ラタトゥイユは去年やってましたもんね~!」



 学年関係なく、女子部員はガレアに詰め寄る。


 そんな中の彼女達を、サラは睨み付けながら近付き、声をかけた。


「……終わったわよ。トマトの種の詰め込み」
「あーうん? じゃあピーマンの種もやっといて?」
「……フン」


 サラは唾を吐き捨ててまた戻っていく。それでは険悪になるものもなるだろうと、見ている誰もが思うだろう。


「……ん? あの子は?」
「ガレアさん! こっちも見てください! 美味しいパプリカですよ!」
「おおおおお今行くから引っ張らないでえええええ……!?」





「……戻ったわ」
「……」
「次はピーマンをやるわよ。準備してちょうだい」


 温室の左側、普段はサラのプランターが置いてある位置。現在は長机が幾つか置かれ、種が並べられたパットと小袋がこれまた幾つも積まれている。


「はぁ……全く。怠惰に満ちた連中とはよく言ったものね」


 サラは悪態をつきながら椅子に座る。そしてサリアを始めとするナイトメア達――働かないで口ばかり動かしている、そうサラが思っている生徒達の忠騎士に、指示を出していく。




 そこにノーラが体育館から戻ってきた。


「お疲れ様です、サラ。よくこのナイトメア達をまとめ上げていますね」
「……ノーラ先輩、お疲れ様です。ヒヨリンならそこにいますよ」
「ヒヨリンは可愛いひよこですもの、わからないわけがありません」


 ノーラはサラの隣を通りすぎ、そこに縮こまっていたヒヨリンを抱え上げて撫でる。


「生徒会の人間がやってきたと思ったら、すぐに仕事を投げ出して出ていくなんて。一体何があったんですか」
「友達に会えると聞きまして。彼と会うのは実に二年ぶりだったものですから、嬉しくて駆け出したのです」
「二年来の友達……」
「君にもいますか、そういう友達」
「……一切無縁です」



 サラは長机上の種と小袋から一切視線を変えない。ノーラはその隣の椅子に座る。



「そうですか。とはいえまだ一年ですしこれからですよ」
「そんなものに興味はありません。絶対的存在でない人と関わるなんて、その行為は無意味です」
「……ふむ」


 ノーラは作業をするわけでもなく、ずっとヒヨリンを撫でている。


「……何だか君は似ていますね、彼に」
「生徒会の知り合いですか」
「ご名答。常に笑わず頑なで、活動が終わるとすぐ寮に帰って勉強をしているような人です」
「それは一年生でしょうか」
「一年生ですねえ」



「……もしかして、ソイツはヴィクトールという名前でしょうか」
「あら、君の知り合いでもありましたか」
「何かと遭遇する機会がありまして。覚えざるを得ませんでした」




「……き~み~た~ち~……」


 二人の背後から、ガレアがのっそりと顔を覗かせてきた。


「おわわわわ。驚かせるのはやめてください、ガレアさん」
「……何の用ですか」
「うん。君さっきさ、女の子達に話しかけてきたよね」

「……ワタシ?」
「そうそう眼鏡の君。その……ごめんね? 僕フォローできなくてさ……」
「いつものことです」
「い、いつものことって……あだぁ!?」



 サラは近くの木の棒を引っ張り、ある程度しなった所で離し、ガレアの顔に直撃させた。



「作業の邪魔です。用が済んだなら帰ってくれますか」
「ああもう強引な。ガレアさん、後輩がすみませんでした」

「……いや、いいよ。きっと女子の関係って僕が思っている以上に複雑だろうから……変な所突っ込んじゃってごめんね?」
「……」
「じゃあまた会う日まで。具体的にはまた明日。ばいば~い」



 ガレアは手を身体に沿わせ、絵に描いたようなぎこちなさの小走りで温室を出ていく。



「……その躊躇しない精神。そこは凄いと思いますよ」
「ああいうヤツは言わないと永遠にやりますからね」
「成程、勉強になりますねえ」
「ピィ~」


 ノーラはヒヨリンを隣に置き、遂に作業に取りかかり出した。





 こうして楽しく、うるさく、慌ただしく。学園祭までの月日はあっという間に過ぎ去っていき、



 そして――





『我らは役者、刹那の傀儡』

『生まれついたその日から
 定められた歌劇を踊る

 喜劇に生まれば朽ちても歓笑
 悲劇に生まれば錆びても涕泣

 その時望む結末は
 誰にも知られず虚無の果て

『遥か昔、古の、
 フェンサリルの姫君は、

 海の蒼、大地の碧を露知らぬ、
 空の白のみ知る少女

 誰が呼んだか籠の中の小鳥、
 彼が呼んだは牢獄の囚人』

『心を支え、
 手を取り、
 解き放つには、
 一粒の苺があればいい』



『さあ

 束縛の夜、運命の牢獄から飛び立って

 解放の朝、黎明の大地に翼を広げよう』
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