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晴生総受け

【20-1/2】屈辱の尻叩き

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∞∞ nayuta side ∞∞

「あ゙ー……駄目だ…わかんねぇ……」
「どうしたんだよ、晴生?」
「あ、千星さん、お疲れ様ッス。いえ……紅魂《あかたま》 また取り逃がしちまったんで…居場所わからねぇかとしぼってたんですが…。千星さんが集めてくれてるおみくじのケースに入ってる“願い事”にも結構その情報が落ちてたので。……でも、やっぱりバラバラで特定は難しそうですね」

喫茶【シロフクロウ】の閉店後、店の一角で晴生が頭を抱えていた。
俺は明日の準備を終えたので共同スペースに上がろうとしたんだけど、気になって覗きに来た。確かに海開きが近いから、九鬼オーナーが、瓶が散らばらないように砂浜の一角に噴水のようなものを建てて、透明な入れ物を石の輪っかを通して噴水の内部に投げ入れると願い事が叶う的な噂を流してくれたので、俺の回収はかなり楽にはなった。
内容はあんまりちゃんとよく読んでないけど、確か……『最近夢を見ない』と言う内容が多くなった気もする。
結局あの日。俺に、……フェラをしなければ息ができないという訳のわからない能力を掛けた《紅い魂》を捕らえることは出来なかった。俺は催眠術に掛かった状態だったようで、マスターが催眠術を上書きしてくれた事により元に戻った。
因みに次の日は顎が痛過ぎて、折角買ってきた博物館のお土産は無言で全員に手渡した。皆喜んでくれたし、オーナーはマスクリングのピンバッチを見た瞬間に「なゆゆも隅に置けないネ~」とかプスプス笑いながら言われたので、カプセルトイの商品説明一覧のマスクリングを見ると、その意味が“快楽を求めて自由に交わる、仮面武道会”を意味するものだった。ますますオーナーにぴったりだ。

そんな事を考えていたら、閉店後の喫茶【シロフクロウ】の玄関扉が開いた。

「邪魔するわよー!」

金切り声のすっげーうるさい女が入ってきた。これは間違いなく華尻〈けじり〉の声だ。

華尻唯奈〈けじり ゆな〉
俺が愛輝凪高校の時に知り合った、とにかく口が悪い女と言う記憶はある。
ただ、それ以外は靄がかかって思い出せないが、思い出しても良いことはない気がするのが不思議だ。高校は女子校で、歳は同じだった筈。俺は自然と眉間に皺をよせながら、声の方向を見つめた。

「あら?千星じゃない?相変わらず見苦しいくらいの癖っ毛ね」
「……尻叩き女に言われたくねぇし!」
「はぁ!!?なんなのよ‼︎このチリ毛‼︎」
「な!おまっ!チリ毛ってなんだよ‼︎尻毛‼︎」
「きぃー!!!アンタってやつはホントデリカシーのない男ね!…て、言うかなんでアンタが居んのよ?」
「俺もここの従業員だからに決まってるだろ……!」
「はぁ!?…アンタが!?よく、こんなイケメンしかいない所で働こうと思ったわねぇ……」

華尻〈けじり〉はソバカス以外の見た目は変わっていた。
キツめな顔立ちはそのままだが、垢抜けて女性らしくなっていた。
ただ、まぁ、全くトキメキとかはない。妹の次に無い。口の悪さはまっっっっったく変わって居なくてかなり腹がたったが、最後の憐れみの視線はなんか、すごく心に刺さった。
無意識に俺は胸の辺りを掴んでいると、マスターが華尻の直ぐ側のテーブルにティーセットを置いて椅子を引いていた。流石、俺にはこのスマートさは無い。

「神功さん、ありがとうございます。……ほんと、誰かさんも見習って欲しいわよねー」

そしてまた俺に対して噛み付いてきたので凄く嫌そうな顔をしたが、華尻《けじり》は直ぐにマスターと打ち合わせを始めていた。
どうやら華尻《けじり》の母親がデザイナーで、そのモデルをマスターに頼んでいるようだった。その様子を見ていた晴生が九鬼オーナーに噛み付き出した。

「おい九鬼。テメェ、神功《じんぐう》はメディア媒体には出さなかったんじゃないのかよ!」
「ん~?華尻《けじり》ちゃんのママさんカラ頼まれた仕事はパーツモデルだから顔は出ないヨ~」
「はぁ!?変わンねぇだろッ!?」
「ダイブ、変わると思うケド……。それに大きい媒体じゃなければ出してるしネ~」
「この前出してないッて…!!!!」
「言ったっけ?忘れちゃった~♪」

晴生の機嫌がどんどん悪くなるのを見詰めながら二人のやりとりを聞いていたが、そのご機嫌斜めの晴生に華尻《けじり》は話しかけていた。こいつの肝っ玉が据わっているところだけは認めざるを得ない。

「ひ、日当瀬さんにもお願いがありまして……ッ!母がピアスモデルをお願いできないかと……!あ!顔は出ませんので、髪と耳だけ……!!」
「ああ゙!?なんで、俺が……」
「イイじゃん、はるる~耳だけだし!簡易でいいなら今サクッと撮っちゃおうか~」
「あ!お願いします!!ちょっと千星!!アンタも手伝いなさいよ!!」
「はぁ!?なんで、俺が……おいっ!ちょ!」

そして結局俺は連れて行かれる事になる訳だが……。既に2階の個室の一部屋が、九鬼オーナーの〝創造〟の能力で撮影用の部屋に作り直されていた。ホントにオーナーのこの力は便利である。
パーツモデルとは、手だけとか足だけとか各パーツ部分だけを撮影するモデルのようで、マスターは色んな箇所を撮影していた。つーか、その撮影をしているのが九鬼オーナーって言うのが気に食わない。
けど、喫茶【シロフクロウ】のSNSは大体オーナーが更新してるけど、かなーり綺麗に撮れてたりする。ほんとに嫌味な生き物だと思う。
そして、俺はと言うと、レフ板を持たされたり、証明を調節させられたり……九鬼オーナーの奴隷としてせっせと働いて早ニ時間、やっと終わったようだった。

「コレでオッケイかな~。お疲れ様~」
「華尻《けじり》さんお疲れ様でした。僕は明日の準備に戻りますね」
「あ!あの‼︎神功さん達にお願いがあって…!」

晴生はげんなりしていたけど、マスターはいつも通りで、後片付けさっさと終わらせてしまうとまた下のフロアに戻ろうとしていた。けれど、それを華尻《けじり》によって阻止されて居たけど、何でだろう心なしかマスターの距離がいつもより遠い。なぜか分からないが華尻《けじり》に対して一定の距離を保っていた。
華尻《けじり》はその距離のまま、慌てて鞄の中からパンフレットを取り出していた。

「ア、アタシ、この前コンテストで賞に選ばれて、こ、こんな感じのパンフレット作ってもらえるです!!テーマが水着で女の子のモデルは女子校だし、友達居るしでなんとかなるんですけど…男性のモデルがどうしても難しくて…‼︎是非ともシロフクロウの皆さんにお願いしたいんですっ‼︎と、言いますかお願いできる人がアナタ達しかいないんです‼︎」
「それは……」
「ナニソレ、面白そう‼︎イイヨ~♪」
「九鬼、せめて他のキャストの確認を取ってからに──」
「そんな硬いこと言わナ~イ。イイヨ、オーナー命令にするカラ♪」
「あ、ありがとうございます‼︎衣装もう出来てるので送りますね!やったぁー!!!!」

華尻《けじり》は口が悪いが、男前だ。昔からキィーキィーうるさいやつだけど、泥水啜りながらでもやり遂げるタイプって言うのは何故か覚えている。
華尻《けじり》も母親と同じ道を目指し服飾の大学に通っているらしく、色んなコンテストに応募してやっと賞を得たようだった。
そんなところは尊敬する、いや、したい。これが華尻《けじり》じゃ無ければ諸手を挙げて応援するのだが、なんせ相手があの華尻《けじり》である。
女子大生らしくぴょんぴょんと跳ねながら喜んでいた華尻《けじり》が、ぐるりと俺の方を向いた。

「まぁ、ついでにアンタの分も作ってあるわよ。し、仕方無くだからね!仕方無く‼︎」
「あー……はいはい。アリガトウゴザイマース……」
「なぁ!なによその態度!なんも取り柄が無いんだから愛想くらい良くしなさいよ‼︎このチリ毛!」
「あいにく、尻毛にやる愛想はねーんだよ…!!」
「なぁッ!?」


腕を組みながら、かなーりの上から目線で有難く思えと言わんばかりに威圧的に言われると、全く有り難みが無くなるってもんだ。俺が適当に返事をしたら華尻《けじり》が逆上して、それに言い返してヒートアップしてしまった。

「記憶無くしたって言ってたから……少しは優しくしようと思ってたのに……!もう…、もう、いいわ……アンタなんか、アンタなんか……‼︎」

華尻《けじり》が仁王立ちしながらわなわなと震えていた。流石に言い過ぎたかと2,3歩引いたところで…………彼女は爆発した。

「心配して損したッ!!!!このチリ毛野郎ーー!!!!アタシの貴重な睡眠時間を返しやがれぇぇぇぇぇ!!!!」

そして物凄い形相で華尻《けじり》は手を振り上げたんだけど、その手が調度横で九鬼オーナーの撮った写真を見ていた晴生の尻を……掠めた。その瞬間、晴生よりもマスターの表情が一瞬だけ歪んだのが印象的だった。
そしてそのままその手には華尻《けじり》がブレスレットを変形させたオシャレな布団たたきが握られ、無惨にも俺の頭は何度も叩かれる。

「ちょ‼︎武器はなしだろ‼︎おまっ!そのゴッツい腕、わかってんのかよッ!」
「ぅぅうう‼︎なんなのよ、この‼︎千星の癖に!もー、知らないッ!ホント乙女心わかんないやつぅッ!!!!」

バチッバチッと空気が乾いた音が室内に響き渡る。
取り敢えず痛い!!痛すぎる。両腕で防御はしたけど痛過ぎた俺は逃げるようにマスターの背後に入った。

「あ!こら‼︎逃げるな!」
「んなもん、無理に決まってんだろッ‼︎暴力女‼︎」
「ぅっ!わかったわよ!帰るわ‼︎帰ればいいんでしょ!!!それでは神功さん、九鬼さん、すいませんがパンフレットのモデルの件よろしくお願いします‼︎」

そう言って華尻《けじり》は、マスターとオーナーに頭を下げて帰っていった。ホントに台風のような奴だ。
晴生は相変わらず九鬼オーナーの選択した写真が気に食わないようで、オーナーのパソコン画面に夢中だった。いつも通りだと思ったけど、一人だけ酷く浮かない顔をしている人物が居た。
マスターだ。
マスターが特に何も無いもないのにこんな表情をする事は珍しいので、きっと、いや絶対何かあったという事だ。
俺は背後から、晴生と九鬼オーナーを悩ましげに見詰めているマスターへと声を掛けた。

「マスター、どうかしましたか?」
「いえ……、大したことじゃないのですが……。晴生くん……大丈夫ですか?」
「あぁ゙!?何だよ!何がだよ!?勝手に巻き込みやがって…!元から俺は…………ッ!?あ…ッ、な……ッ!!??」

晴生の怒りの矛先がマスターに変わった瞬間。あり得ない光景が目の前に広がった。あの晴生がマスターに土下座をしている。
俺は目を大きく見開いて驚いてるのにマスターはやっぱりと言った感じで顎に手を置くだけだし、オーナーに至っては普段と変わらず楽しそうだった。
いや、でもどう考えたっておかしいだろ。あの晴生だぞ?俺はなんでかしらねーけど尊敬されているが、基本は人に関心がなく、関心ある相手には全員に牙を剥き出しの猛獣のような奴だ。そんな晴生が天敵とも言えるマスターに跪いている…!?し、しかもだ、完璧な、王道の!額を床に擦り付けるような土下座である。

「こっちならマシ…ですかね」

マスターが、ふむっと言ったように冷静になんか言ってるけど、俺はもう既に冷静では居られなかった。これでマシならマシではない方はもう想像したくはない。

「ま、マスター、これって晴生どうなってるんですか?」
「此れですか?華尻唯奈《けじり ゆな》の能力ですよ。本当は華尻《けじり》さんに完全服従だった筈なんですが……付加価値が付いたのかもしれませんね」
「─────ッ!!???……!──ッ!!あ゙!なんで声、出ねぇんだよ‼︎クソッ‼︎」
「晴生くんは僕に対して、『何呑気なこと言ってやがるんだ!幻術関係だろ?さっさとどうにかしろよ‼︎』と、言っていたのですが、多分僕宛ての乱暴な言葉はカットされるようですね。そして、大変申し訳無いですが華尻《けじり》さんの能力は僕には解除できません」
「なら、本人に聞くのが早いんじゃナイ~」

相変わらず愉しそうな九鬼オーナーだが、一応スマートフォンと繋がっている、スマートウォッチ、〝イデアウォッチ〟で華尻《けじり》に電話をかけていた。

「あ、華尻《けじり》ちゃん、さっきまで一緒にいたのに電話ごめんネ~、これからご飯……じゃなくて、ちょーーっと聞きたいことがあるんだケド」

オーナーはいつも通りの対応だったけど、瞬間にマスターと晴生の負のオーラが辺り一帯に広がったからか、ちゃんと話題を戻していた。

『九鬼さん?どうかされましたか?』
「華尻《けじり》ちゃんの能力にさ、はるるが掛かっちゃったみたいなんだケド」
『え?あ、あー!?すいません‼︎あの時当たっちゃってました?でも、私の能力は基本私《けじり》が側に居なければひれ伏したりしませんので、日当瀬さんが余程色んな人を敵対視してなければ……』
「もしかして、敵対視してる相手が居たらひれ伏しちゃったりスル…?」
「あ、はい。します。対抗心とかそういう系の相手は駄目みたいです」
「……そっか~、ありがと。因みに治す方法とかあるのカナ?」
『無いですね。変なパターンに入ってなければ、時間が経てばその内治ると思いますけど……。あ‼︎そう言えば他人からの尻叩きで治るって後輩が言ってましたよ。回数とか誰に叩かれるとかはランダムらしいですが』
「そっか、ありがと~。またランチにも来てネー、デザートサービスするヨ♪それじゃあ、またネ~」

オーナーが全員の視線を一身に受けながら、イデアウオッチに触れた。そしてその瞳が、楽しいおもちゃを見つけたかのように弧を描いた。

「だってさ、はるるどうする~?」
「はぁ!?やる訳ねぇだろう神功が近寄らなければいいだろ‼︎」
「あまり、効果は無いような気がしますが……」

確かに効果はないような気がする。
だって、そもそも晴生は…………。

マスターが言われるがままに個室から出て、手摺を乗り越えて1階へと飛び降りていった。……俺ももうこれくらいじゃ驚かなくなったのは喜ぶべきなのか否か。と、いうかこれくらいで驚いていたら、俺の心臓はいくつあっても足りない。
マスターが能力の範囲から出ると、晴生はスクッと起き上がった。一瞬だけ治ったと晴生の表情が明るくなるが、その後直ぐに九鬼オーナーに跪いていた。

「はぁぁぁ゙!!?なんで、また、こうなんだよ!!」
「……まー、そうなるよネ☆」

普段みんなが言っていることが半分もわからない俺でもこれは分かる。だって晴生は人に対して、無関心、対抗心、敬意のどれかである。しかも、敬意の割合が低く、無関心の割合が高いんだけど、基本、晴生は一緒にいるメンバー全てに対抗心を抱いているので、必然的にシロフクロウのメンバーには対抗心を抱く形になる。
そう言っているうちにマスターが部屋へと戻ってきた。勿論、1階から軽々と飛び上がってである。

「矢張り、解決はしませんか」
「ダネ~、どうする?はるる、暫くシロフクロウ休む?」
「はぁ゙?なんでそうな……く、頭上がらねぇ……」
「流石の晴生くんでも那由多くんと二人で喫茶【シロフクロウ】をまわすことは出来ないのでお休みしていただくしか……」
「はぁ!?……ちっ、どっちにしろ千星さんに迷惑がかかるのか……。分かったよッ‼︎叩かれればいいんだろ!やってやろうじゃねぇか‼︎」

なんだか、おかしな方向に話が流れた。
晴生は俺の事を尊敬してくれているので、確かに俺と二人っきりになれば平伏したりはしないだろう。ただ、そうなると間違いなく喫茶【シロフクロウ】はまわらない。と、言うか俺が死ぬ。
そうなると、晴生が休む事になって他のメンバーが多忙になるんだけど……、晴生的にはそれは許せないらしいので、結局、──────晴生のケツを叩く事になった。


≡≡ haruki side ≡≡

迂闊だった。神功の野郎がやたら華尻《けじり》との距離を気にしていたのはそのせいだったのか。
あの女の能力は厄介と言えば厄介だが、発動方法が限定的であるため気にしてなかったが、まさかこんな所で能力をぶっ放してくるとは思わなかった。
わざとじゃねぇにしろ、自分の能力くらい制御できるようにしとけよな…!

結局俺は尻を叩かれる事になるんだが、俺がシフトに出れず千星さんにご迷惑をお掛けするわけにはならないので、そこは仕方が無い。あの後、九鬼が華尻《けじり》に連絡して更に情報を得ていた。

「絶望的だネ~。何回叩かれたら治るかはワカラナイシ、誰に叩かれて治るかも決まってないみたいだネ~。手当り次第に行くしか無いカナ?」
「そうですか……。それでは矢張り、此処は僕からですかね。一番嫌われているわけですし」
「はぁ゙!?なんで……!」
「晴生くん、此処へ来なさい」
「はぁ゙…なんで、体が勝手に…‼︎」
「そういう能力ですからね。華尻《けじり》さんは〝アタシにひれ伏せ〟と言うワードで単調な使い方しかされてませんでしたが。
良く出来ましたね。そうですね……、僕の太腿に横からうつ伏せに乗りなさい。そう、上手ですね、晴生くんは」

急に俺の体が軽くなって土下座から解放されたのは良いが何故か神功に向かって歩いていく。神功は撮影に使っていたパイプ椅子に腰掛けると俺はその神功の膝に腹を預けるようにうつ伏せになった。パチン、パチンと腹に手を回してバックルとサスペンダーの留具を外される。
いやでも、ちょっと待てよ、それって神功がずっと命令してたらいけるんじゃねぇのか?

「おい、ちょ!待てッ─────ッ!!!!?」

───バチンッ‼︎

俺の口がそれを告げるよりも早く、小気味良い音が部屋に響きわたった。痛くはない。痛くはないが乾いた弾けるような音が無駄に耳に響くし、下半身が変に萎縮した。

「残念ながら服の上からでは無理そうですね……。能力の乱れが無い」
「……ッ!?オイッ、待て神功!これってテメェがずっと命令してたら良いんじゃねぇか?」
「……それは難しいと思いますよ?僕の催眠術の上掛けは可能かもしれません」
「はぁ!?テメェの能力は嫌に決まってんだろ‼︎」
「そうなると、僕の能力ではないのでどこまで言う事を実行させられるか分かりませんし、基本の〝待て〟の姿勢が土下座ですしね。さて、それでは失礼しますね」

そう言うと奴は慣れた手つきでズボンの前を緩め、ズルリと下着ごと引きずり降ろされた。それから何故か尾てい骨の辺りを指で撫でられる。どうやら俺の尾てい骨には入れ墨をしたかのようにはハートの鍵の模様が浮かび上がっているらしい。

「ハートの鍵…ですか。どうやらこの模様が能力が発動している証《あかし》のようですね。さて、少しずつ強くしていきますね」
「さっさと………ッう!」

───パシ、パシッ、……パシンッ

「ぅ………ッ、………ぐッ」

音だけは大きく辺りに響かすように神功の細い指が俺の尻を叩いていく。薄い俺の肉を器用に弾き、当たった瞬間に手首を反り返し、狙ったかのようにいい音を響かせる。性に疎い俺でも分かるほど慣れた手つきに、羞恥心は沸かないが屈辱感は凄い。
なのに、なんだ、これ……なんか……ッ

「晴生くん、見えてないと思うので状況を説明しますね。……ある程度の強さで叩けば能力のブレを感じ、お尻の上の鍵の模様がチェンジして行きます。この鍵の形が解除となる形になればいいとは思うのですが。……今、20回目ですね」
「──────ん゙ッあ゙!?」

──パァンッと特に綺麗に音を響かせて20回目が終わった。情けない声が上がったからかそこで神功の手が止まった。つーか、これいろんな意味でヤバイ、なんか……変な感じがする。
神功が思い悩んでいる間に俺は肩で呼吸を繰り返した。額にも汗が滲んでるしどうなってんだ、俺。

「あれ~、左千夫くん疲れちゃった?じゃあ、次、ボク~」
「いえ、そういう訳では……」

神功が何か言おうとしていたが、九鬼が俺を引っぺがす。完全にズボンは足元までズレてしまい丸出しになるが、それよりも、それよりもだ。外気に触れるだけでなんか…気持ちいい?
九鬼はそのまま俺と向かい合い、立ったままで抱き締めるようにして体を固定してきた。

「オイ、…ッ何でこんな体勢……ッ」
「え?だって、別の体位も試してみなきゃ♪
じゃあ、ボクはプレイチックなやつじゃ無くておもーいのいくネ~、そ~れ♪」
「い゙ッ……てっ‼︎オイ!!痛ェだろうがッ‼︎」

バヂン゙……‼︎とくぐもった音が沈んだ。九鬼の平手は骨まで響き、鈍い音を響かせた。はっきり言って痛いなんてもんじゃねぇ、ボコボコに仕返してやりたいくらいだがグッと堪えるしかない。
にしてもムカつくくらいの体格差に同じ男として余計イライラする。

「はるる~後ろの鏡見てーキレイなモミジ‼︎」
「はぁ゙!?誰が見るかッ……い゙!…ぐ!………ゔ、ぁ゙……ッ‼︎」

多少の強弱はあるものの皮膚だけじゃなく中の肉までも抉るような叩き方に俺の体は萎縮した。九鬼の上半分しかないハイネックを千切れそうなくらいひっぱり、見下ろしてくるコイツを睨みつけてやったが、愉しそうの一言に尽きるほど目が弧を描いていた。
やっぱりムカつく‼︎
でもそんな俺の感情も続かなかった。なぜかと言うとやっぱり直ぐに体が熱くなり始めたからだ。霊ヤラレ《れいやられ》と似たような感覚に、俺の中に戸惑いが交じる。ケツが更に割れそうなくらい痛い筈なのに…………。

──ベチッ‼︎べチンッ‼︎……バチッ

「ぐ‼︎く……ぅ、ぅ、くぅッ!!!!!」
「ボクも20回目~~♪………て、あれ、もしかして、はるる興奮してる~?変態だネ~……?」

そう、俺は勃起してしまっていた。尻を叩かれただけで勃起するなんてどんな変態だ‼︎と、思ったが間違いなくこの能力のせいだろう。実際は神功に叩かれていた時から勃起していたのだが神功はわかってて言わなかったのだろう、すぐ横で頭を抱えていた。つーか、神功の時点で分かってんなら言えよな‼︎
そんな事を考えていると九鬼の野郎が真っ赤に腫れた尻へ爪を立てて撫であげた。

「──────ッッッッッぅう!!!」

皮膚が敏感になって過剰な痛みを与えるのと同時に、ゾワゾワとした感覚が体全体に広がって、向かい合わせになっていた九鬼の体を思いっきり風の力も使いながら圧した。
九鬼が後ろに数歩下がったので、俺の体は自由になったが、また直ぐに神功に平伏した。勿論、尻を丸出しのままである。
上から神功の大きな溜息が聞こえて更に俺の頭に血が登った。

「えー……と、ご飯できたけど?」

更に最悪な事に天夜の声が聞こえて床に埋まっている俺の額に青筋が立った。



∞∞ nayuta side ∞∞

晴生がなんかマスターに怒鳴り散らそうとしていたけど、口パクになるだけだった。目の前の異様な光景を俺はただただぼーっと突っ立って見守るしか出来なかったけど、なんつーかマスターの尻叩きはそういうプレイを見ているようでこっちまで興奮しそうだったし、次のオーナーのは、音を聞くだけで俺の尻まで痛くなりそうなシロモノだった。
オーナーが興奮してるとか言っていたが、どう考えてもあの尻の叩き方は痛い。
そして、そこに巽が加わった訳だが……。

「はるる、巽にも叩いてもらったら~?」
「はぁ!?なんでそーなんだよ!!」
「良い案かもしれませんね、僕と同等程度の対抗心ですしね」
「くッ……!せめて立たせろよなッ!!絶対にこのまま殴んなよッ!!」

土下座で絶叫する晴生にまだマスターの方が支配権を持っているようで、壁に両手を付いて立つように指示していた。
つーか華尻《けじり》の能力が凄すぎんのか、マスターだからあんなにうまく晴生を操れているのかは分からなかったが、取り敢えず恐ろしい能力である。

巽は晴生に近づいて行く最中に、撮影の小道具箱入れにあった指示棒を手に持っていた。
大学の講義でホワイトボードを指すときに使う伸縮する棒を伸ばしながら、マスターとオーナーに視線を向けていた。

「手では駄目だったんですよね?」
「そうだネ~、物ではまだ叩いてないネ★」
「なら、俺はこれで。ちょっと痛いかもだけど……!」
「…………ッ!」

──バチンッ!!!

空気を割くような鋭い音が響き渡ると同時に、ぷっくりとみみず腫れが尻に刻まれていく。晴生は痛そうだったが、我慢できる程度で巽が叩いているのか、何も文句は言わなかった。
なぜだかわからないが俺の方が、呼吸があがっていく。バシ、ビシッ、バシッ、と何度も晴生の尻が指示棒で叩かれていった。その度に尾てい骨の上に刺青が変化はするけど、一向に消える気配はない。晴生の白い尻が赤く腫れ上がり、傷を刻んで行く姿は耐え難く、俺は無意識の内に巽の手首を握り締めていた。

「…………?那由多?」
「だーーーー!!!!」

振り返った巽の視線が冷た過ぎて更に俺の心はざわついたけど、晴生が壁に爪を立てて叫んだので直ぐに意識はそっちにもっていかれた。

「なんなんだよッ、これ……‼︎痛ェよりこの感覚がマジ許せねぇ………‼︎あの女マジで殺すッ!」
「は、晴生………」
「ぁ、く……ま、たっ……‼︎」

そして、尻を叩かれた事によって晴生の中の巽とマスターの対抗心のパラメータが逆転したのか、次は巽に対して跪いていた。もう………なんだか色々見てられない。
巽も溜息を吐きながら晴生を見下ろしており、解決策は有るんだけど実行が難しい為重い空気が流れた。

「後は、那由多くんですかね……」
「お、俺ですか⁉︎」
「パターン的には、誰にも平伏しない状態で叩いてみるのもありかもしれ────九鬼……?」
「あ、うん♪そうだネ~、そうしなよ~、じゃあ、お邪魔虫は退散ダネ~♡」
「あ、オーナー……ッ」

マスターが悩ましげに言葉を落とす途中に、九鬼オーナーがさも名案だと言わんばかりにマスターと巽を押して部屋から出て行ったけど、あれは絶ッッッッッッ対めんどくさくなっただけだ‼︎
そして、三人が部屋から出ていくと、土下座から解放されたけど、下半身丸出しのまま正座している晴生と俺の二人が取り残される事になった。晴生の、なんとも言えない表情で俺を見上げてくるのが居た堪れない。

「せ、千星さんさえ、良ければ……その、…あの」
「え………?あ、お、おう」
「尻叩きお願いしますっ!」

そう言って能力の効果でも無いのに、晴生は俺に向かって土下座していた。そこまでされてしまうと俺も叩かない訳には行かなくなって、その場に正座して軽く自分の膝を叩いた。すると、何も言わなくても晴生は俺の膝の横から体を乗り出してうつ伏せで体を丸める。
小さな子が怒られる時のような体勢になった姿に、俺は緊張に大きく喉を動かした。

「い、行くぞ?」
「は、い。お願いします……」

──パンッ、パシッ…、バシッ……

静かな部屋に尻を叩く音だけが響き渡る。控えめに叩くと尻の模様が変わらないのである程度の強さで叩かなければならない。既に晴生の尻は真っ赤になっていて、俺が平手打ちする度に体が小さく揺れていた。

「痛い……よな……なんか、ごめん……」
「い……いえ、だ、大丈夫……ッス………」

物凄い罪悪感に自然と俺の表情が歪む。この行為を素の表情でやってのけるあの三人は、最早人間ではないと思う。鬼畜だ!非道だ‼︎
三人の行い、特にオーナーの事を思い返していたら無心で尻を叩いてしまった。すると、晴生の体が小さく震え始めた事に気づいて、慌てて一度手を止めた。

「あ……わり……強かったか?」
「い、いえ……その……」

俺はてっきり強く叩きすぎたのかと思って晴生の顔をのぞき込んだが、俺の想像とは違い、晴生は真っ赤に顔を染めて、目許を潤ませながら汗ばんでいた。まるでセックスの途中のような艶めかしい表情に、慌てて俺は背筋をピンっと正した。
見てはいけないものを見てしまった。そう言えばオーナーが興奮してるとか言ってたな。またオーナーが馬鹿な事を言ってると思ってたけど、もしかして、そんな効果もある?それとも晴生にこんな性癖が……⁈ 
どっちにしろ聞くことができなくなってしまい、俺はまた尻を叩くしかなくなった。

──バシッ、ビシッ
「あ゙⁉︎……ぅ゙…………ふッ……………ッ………」

尻叩きを再開させるとは、晴生からエロい声が上がり始めた。いやいや、もしかしたらこれは痛いから出てる声かもしれない、けど‼︎けど…‼︎声がAVの女性が切羽詰まったときのものに似ていて、俺の方まで顔が真っ赤になっていく。
すごくいけない事をしている気分になってきた。霊ヤラレ《れいやられ》でも無いのにムラムラしてきた。はやく治ってくれと一心で叩いていたら、既に50回は超えて俺の手のほうが痛くなってきた。
それに、なんと言うか、晴生のナマの……いやズボン脱いでるから当たり前なんだけど、なんつーの、チンコが、チンコが俺の太腿に当たってる。絶対勃起してると思うんだけど、冗談でも「晴生、勃起してるな‼︎華尻《けじり》の能力マジやばいよな!」とか、言える雰囲気ではなかった。
早く解けろと一心に尻を叩いていたら、俺の手のほうが限界が来て尻ではなく、金玉の部分を叩いてしまった。

「ぁ、い゙…………!!!!」
「あ!ごめっ……はる………ッ」

ビクンッと背を仰け反らせると同時に俺の膝に生温い感触が湧き上がった。晴生が慌てて体を起き上がらせると、俺のズボンに何かが垂れたようなシミが……できていた。
間違いなくアレだ、白くてイカ臭いとか色々言われるやつだけど、晴生のだし、緊急事態だし、何よりも華尻《けじり》のせいだと思うと汚いとかは無かったので、俺は苦笑を浮かべるだけだったが、晴生のほうが限界だった様で耳まで真っ赤にして勃起した股間でなく、口元を腕で隠しながら立ち上がっていた。

「す、す、す、いませんッッッ!!!!出直してきます!!!!」
「え⁉︎おい!はる……………行っちまった」

晴生はそう叫ぶように告げると、ズボン片手に走って個室から出て行っちまった。他の解決方法があるかは分からなかったが、無いならないであんな無理をしなくても暫く喫茶【シロフクロウ】を休んでくれたらなと俺は大きく肩を落とした。
つーか、俺が喫茶【シロフクロウ】を休めって命令したら叩かなくて済んだかもしれないと思うと、すごく複雑な気分になり、まだ金玉のなんとも言えない感覚を覚えている赤くなった掌を見つめた。



END
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