自由を求めて

雪水

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二章 周囲の目

好奇の混じった眼差し

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体育祭当日、朝起きると母親が謝ってきた。

「昨日の夜は本当にごめんなさい、親としてあるまじき発言をしたわ。」

「良いよ別に、言ってなかった俺も悪いと思うし。」

母親は少しホッとした様子でお弁当、そこにおいてるからね、頑張ってね。と激励の言葉をかけてくれた。

俺は顔を洗って歯を磨いて体操服に着替えた。

「一応持っていくだけ持っていくか。」

いいつつ長ジャージをカバンに詰める。

いってきまーす! 軽やかに言い残し俺は学校へと向かう。


「おはよう、佐野。」

「あ、先生。おはようございまーす!」

「なんだ?いつにも増して元気じゃないか、そんなに体育祭が楽しみだったのか?」

「そーですね、まぁ体育祭が楽しみってよりは借り物競争が楽しみなだけなんですけどね。」

「そこは嘘でも体育祭が楽しみって言っとけよー」

笑いながら先生が言う。

「おはよう、斗真くん」

「ん、おはよう、大和。元気か?」

「体調は良好、気分は最高、乗るぜ今の流行、俺が導くチームの健闘、相手の負けは残当 Yeah!!」

「テンション高くねーか?」

「楽しんだもん勝ちなんだよ、こういうイベントごとって。」

それもそうか、と答えたところで開会式が始まる。




選手宣誓が終わり、第一種目の合同体操が始まった。

「いーちにーさーんしー」

大きな声がこだまする。

大和は一際大きく体を動かして準備運動に励んでいる。

そんな大和に目が釘付けになっていると不意に大和が振り向いて目が合った。

大和は少し怒ったように

「体操しなよ」

と口パクで伝えてきた。

俺は苦笑し前に立っている体育教師の真似をして前後屈の体操をした。

体操が終わり各学年ごとに建てられたキャンプに戻り第二、第三種目に出る選手以外は水分補給をしたり応援をしたり楽しく喋っていたり、三者三様の楽しみ方をしていた。

「大和が出る障害物競走って何個目の種目だっけ?」

「確か第五種目だったはずだよ?斗真くんがでる借り物競争は最後の最後だったよね?」

「あぁそうだけど…なんで覚えてんの。」

「大好きな僕の彼氏が頑張る様子って目に焼き付けたいじゃん。だからいつなのかなって覚えたんだ~!」

「そうかそうか、じゃあ俺も大和が障害物競走で頑張って障害物に引っかかってる様子を目に焼き付けおこうかな~」

「僕は小柄だから障害物に引っかからないでするする走っちゃうもんね!」

けらけら笑いながら返された。

「お、じゃあ1位取れるんじゃないか?」

「1位取ったらどうする?」

「どうするって?」

「もし僕が1位取ったらご褒美ちょうだい!」

「ご褒美ちょうだいって…いいけど、何が欲しい?」

「それは秘密!1位取った後におねだりするから楽しみにしててね?」

小悪魔みたいにニッと笑いながら大和がそういうので俺は何も言えなかった。

大和は他の友達のところで喋っていたので俺は競技の応援に専念することにした。

第二種目の100m走、第三種目の100mリレーはどちらと俺のクラスは3位でまずまずの出だしだった。

次の第四種目は宵待がでる玉入れだ。

第四種目の選手が入場すると同時に第五種目の出場選手の召集がかかった。

「じゃあ行ってくるね、1位になったらご褒美絶対だよ?」

「おう、頑張って1位取ってこい。大和が欲しいご褒美と別にとびきりのご褒美あげるから。」

「絶対だよ!?約束だからね!」

「ほらみんな行ってんぞ、大和も行ってこい」

「行ってきます!」

さて俺は玉入れをしている宵待の様子でも観察してようかな…と。

やっぱり玉入れは身長が高い方が有利なんだろうか。俺が身長166cmに対して宵待は173cmもあるから俺が出るよりよっぽど良かった気がする。

宵待の働きが大きかったのかは分からないが玉入れでは俺らのクラスが1位で突破した。

テントに戻ってきた宵待に俺は声をかける。

「玉入れ勝ったじゃん、やっぱり身長高いのって有利なのか?」

「まぁ佐野が玉入れするより俺がした方が玉ははいったかもしれないな。」

「はぁぁぁ!?すぐにお前の身長くらい抜かすし!見とけよ!?」

「はいはい」

ぐぬぬ…笑っていなされた。

「ところで佐野に聞きたいことがあるんだけど聞いてもいいか?」

「珍しいな、別にいいけど?」

「答えづらかったら答えなくていいんだけどさ、佐野と神薙って付き合ってんの?」

飲みかけていた麦茶が気管に入り盛大にむせた。

「ゲホッゴホッゴッ…ど、な、え?なん、えなんで??」

「いやさっき2人の会話聞いちゃったんだよね。」

「さっきのって、ご褒美云々の?」

「いや、神薙が  僕の彼氏が頑張ってるところを~っていう話。」

「あぁ聞かれてんのかちゃんと…まぁ隠してるつもりもないしいいけど。」

「てことは付き合ってんの?!」

「声デケェよお前!」

「ご、ごめんごめん…で、どうなの?」

「いやまぁ付き合ってるけど…?」

「え、いつからいつから??」

「あーもーいいじゃん!次大和が出る番だから応援しなきゃだから!」

「大好きな彼氏のかっこいいとこちゃんと見とかないとだもんね~」

俺は うるせー!と言いながら軽く鎖骨の辺りをグーで殴っておいた。

グラウンドの方を見るとちょうど大和の番の前の番のグループがゴールする辺りだった。

大和たちがスタートラインに立ち、しばらくするとパァンという乾いた音が秋の空に響いた。

障害物競走の障害物は計4つの400mトラック一周である。

1つ目の障害物はハードル。大和は運動が苦手だと言っていたがそこそこスムーズに飛べていた。

しかし他のメンバーは運動が得意なのか大和より早く飛んで次の障害物に向かっていた。

少し遅れた大和も2つ目の障害物にたどり着いた。

2つ目の障害物は吊り下げられた一口サイズのパンをジャンプし、口で取るというものだった。

いわゆるパン食い競走のあれと同じものだ。

やはり少し小柄な体型の大和は周りよりも遅れてパンを咥えた。

他のメンバーとどんどん差が広がって行き、大和との差が激しくなっていく。

3つ目の障害物はフラフープを3つ続けてくぐり抜けるものだった。

その3つのフラフープはどんどん輪が小さくなり、中学二年生の男子の肩幅では少ししんどいような幅であった。

しかしここで大和の小柄さが牙を剥いた。

3つのフラフープをスイスイとくぐり抜け前の走者との距離をグッと縮めることに成功した。

「よし、いける!」

俺は無意識のうちに声が出ていたようで後ろから宵待の笑った声が聞こえたが無視した。

4つ目、最後の障害物は地面に置かれたネットの下をくぐって進むものだった。

大和は周りの男子より体つきが華奢だ、裏を返せば一般の男子中学生を想定して作られた障害物の幅なら難なく通れてしまう。

大和はネットの下をまるで何も無いかのようにスムーズに進んで行った。

ネットから出た時、大和の前には誰にも居なかった。ゴールテープは切られていない。

大和はそのまま1番でゴールテープを切った。

実況をしている放送部の部長も大興奮で

「まさかの全抜き1位!!」

と、何度も繰り返していた。

大和はあまり目立つのが得意では無いようで少し居心地悪そうに身じろぎしていたが顔はいつになく満足気だった。

「お疲れ、大和やるじゃん」

「じゃあ今度約束通りご褒美ちょうだいね?」

「何が欲しいんだ?」

「今は言えない!」

そう言い残し大和はどこかに行ってしまった。

すると宵待が話しかけてきた

「…佐野?」

「どした」

「神薙ってさ」

「うん」

「めっちゃ可愛くね?」

「狙うなよ?」

「わ、わかってるよそんな怖い顔しなくても…」

「ならいいんだけどよ」

「でもやっぱ可愛いよな?」

「めちゃめちゃ可愛い。」

「てかいつから付き合ってんの?」

「えっと、始業式の日」

「え、それお前ら初対面じゃね?」

「出会って初日のスピード告白」

「だよな」

「好きになったものは仕方ない!」

それはそうだな、といい宵待も友達のところに歩みを進めた。

それからしばらく経ち、お昼ごはんの時間になった。

「おつかれ、大和!」

「斗真くんもお疲れ様。」

「俺まだ何も出てないけどな。」

「僕の応援してくれたでしょ?でも。」

「それはしたな、もちろん。」

「お昼ごはん食べてしばらくしたらやっと斗真くんの出番だね。」

「借り物競争のアンカーだからほんとに最後の最後なんだよな、緊張してきた...」

「どんなお題来るか楽しみだね?」

「他人事だから楽しみにできるんだよ、どーすんだよ四つ葉のクローバーとかになったら。時間内に見つけれる自信ないぜ?俺。」

「そこはまあ、持ち前の強運で?」

「そこで疑問形にしちゃったらもっと自信なくなるだろ...」

「まぁまぁ、大丈夫だって。」

そんな話をしているうちに昼休憩が終わり、応援団のパフォーマンスが始まった。

その後はついに借り物競争なので俺は入場門の辺りで待機しておくことにした。

「じゃ、行ってくるわ。」

「うん、頑張ってね!」

「...そーだ、俺もなんかご褒美欲しいな~」

「じゃ、斗真くんが1番でゴールしたらご褒美あげるね?」

それを聞いて俄然やる気が湧いてきた。

「よっしゃ、いっちょかましてくるわ。」

「行ってらっしゃい!」


「さぁ盛り上がりの盛り上がった体育祭も次の種目でラストになりました!その競技とは、借り物競争だ!普段あまり関わることのない人とも関われるチャンスが生まれるかも知れないこの種目。やはりラストを飾るのにはぴったりだぁ!!」

熱がこもりすぎている実況もこの場では渦巻く炎を更に大きくする燃料になりうる。

俺らの学校の借り物競争ではお題が放送で読み上げられるので見ている人もスピード感あふれる競争を見ることができるのが特色になっている。

ついに俺が走る番になった。

「位置について、用意。 ドン!」

聞き慣れた合図を聞きお題の紙を開く。

同時に実況席から更に盛り上がった声が聞こえてきた。

「さぁやはり借り物競争といえばのお題ですね、ではお題を発表します。そのお題とは...!」

実況を聞きながら俺たち走者は誰一人として動かなかった。

そのお題とは...

「全員一律!恋人または好きな人だあああ!!!」

観客席からうおおおおだとかきゃああああだとかの悲鳴が混じったような歓声が上がる。

仕方ない。

俺は走った。クラスのテントへ。

大和は目を合わそうとしない。

俺は腕を精一杯伸ばして大和の腕を掴んだ。

「大和、行くぞ?」

「え?」

大和ではない誰かの声が確かにそういったのを俺は聞き逃さなかったが今は競争に集中だ。

大和が靴を履いたのを見てから俺は、俺らは走り出した。

途中で先生が止めに来たが無視して走った。

結局一位には少し及ばず二位でのゴールになった。

全員がゴールし終わってから先生がマイクを持って話し始めた。

「今のお題は恋人または好きな人ですよね?しかし佐野さんはあろうことか不真面目に男子を連れてきました。失格扱いにするかどうか協議中です。少しお待ちくd」

そこまで言ったところで俺は先生からマイクを奪った。

「俺と神薙は付き合ってんですよ。なんか文句ありますか?あと先生、俺自分の恋人連れてきたのに失格にしちゃうんですか。そうですか。そうですよね、男子同士のカップルなんて先生見たことないですもんね。否定したくもなりますよね。仕方ないですよ。」

続けて俺は言い募る。

「他のみんなの時間を使ってる事はわかってるし、申し訳ないと思ってる。だけどこれだけは言わせてください。」

一拍おいてなるべく声が震えないようにはっきりと言った。

「俺はこの人と分かれるつもりなんて全くありません。今ここで先生や他の生徒に何を言われようとも俺の気持ちこころが変わることはないです。認めたくないなら認めなくても結構です。勝手にしてください。俺らも勝手にするんで。」

観客席から両親が向かってきている。

最後に一つだけ言うことにした。

「体調悪いんで早退します。」

そこまで言い切って俺は早退した。

次の日から俺は不登校になった。

             第二章 周囲の目 終幕
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