上 下
21 / 54

8-3

しおりを挟む

 翌日、いつも通りの時間に会社に着くと、オフィスの前で暁翔が待っていた。
「結城、早いなっ……って、おい!」
 暁翔は央樹を見つけると、挨拶をするどころか、眇めた目のまま央樹の腕を取った。そのまま央樹を連れて歩き出す。その様子を出勤してきた社員たちが横目で見ていく。
 暁翔は会議室の前の表示を使用中に変え、中に央樹を押し込み入ると、ドアに鍵を掛けた。
「結城、今社内で二人になるのは拙いんじゃ……」
「昨日、まっすぐ帰ってませんでしたよね」
 央樹の言葉を遮り、暁翔がこちらに詰め寄る。央樹はそれに一歩後退りをして、その目を見つめた。暁翔の顔は真剣で、少し怒っているようにも見える。
「そ、れは……」
「おれとの約束を反故にして、どこにいたんですか?」
 暁翔が自身のスマホ画面をこちらに向ける。昨日の位置情報の画面を残していたのだろう。央樹の位置は、葵のバーにあった。
「これは……友人のやってるバーだ」
「調子が悪いから帰ったんでしたよね? 嘘を吐いてまで行くところですか? おれは連れて行けないところですか?」
 暁翔が央樹の肩を掴む。その指が強く食い込み、少し痛かった。
「……ここは、いわゆるゲイバーだ。結城は、連れては行けない」
 暁翔はノーマルだ。自分を好きだなんて言っているが、目が覚めたらこの道になんて来ない。だから、連れて行けない。
 央樹は暁翔の手を肩から外す。それは意外と簡単に外れた。けれどその目はまだ怒の色を含んでいる。
「主任は、いいんですか?」
「僕は、性別は問わない人間だ。けれど、結城は違うだろう? 僕を好きだというのも、きっと望んだプレイが出来た高揚感から、勘違いしているんだと思う」
「そんな、こと……」
 はっきりと言う央樹に、暁翔が悲しそうな顔をする。その顔から視線を外し、央樹は言葉を続けた。
「じゃあ、これまで結城は男性とそういう関係になったことはあるか? ないだろう?」
 央樹の言葉は図星だったのだろう。暁翔は何も答えなかった。そんな暁翔を見つめ、央樹は小さく微笑んだ。
「少し距離を置こう、結城。会社での噂も、正直仕事に影響している。結城も、少し他に目を向けてもいいと思う」
 央樹は言い切ると、会議室のドアノブに手を掛けた。暁翔は咄嗟にそれを止める。そして後ろから央樹を抱きしめた。
「……おれは、諦めません。この気持ちは勘違いなんかじゃない……絶対」
 暁翔の熱い息が首筋に掛かる。心の中を吐き出すような告白に、央樹はぐっと唇を噛み締めてから、離しなさい、と小さく告げた。ゆっくりと暁翔の腕が解けていく。
「離れたら、きっと結城も気づくよ」
 央樹はそれだけ言うと、会議室を出て行った。廊下を歩き出しながら大きくため息を吐く。
 きっとこれが最善だ。そのうち暁翔も自分のことなど忘れて、可愛らしい女の子とパートナー、そして恋人になるのだろう。それでいいと思った。自分はまた、一晩の相手と大量の薬に頼りながら生活すればいい。一年間そう出来ていたんだ、この先だって大丈夫だろう。
「大丈夫だ」
 央樹は自身に言い聞かせるように小さく呟くと、そのままオフィスへと戻っていった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。

白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。 最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。 (同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!) (勘違いだよな? そうに決まってる!) 気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

上司と俺のSM関係

雫@3日更新予定あり
BL
タイトルの通りです。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

催眠アプリ(???)

あずき
BL
俺の性癖を詰め込んだバカみたいな小説です() 暖かい目で見てね☆(((殴殴殴

うちの鬼上司が僕だけに甘い理由(わけ)

みづき
BL
匠が勤める建築デザイン事務所には、洗練された見た目と完璧な仕事で社員誰もが憧れる一流デザイナーの克彦がいる。しかしとにかく仕事に厳しい姿に、陰で『鬼上司』と呼ばれていた。 そんな克彦が家に帰ると甘く変わることを知っているのは、同棲している恋人の匠だけだった。 けれどこの関係の始まりはお互いに惹かれ合って始めたものではない。 始めは甘やかされることが嬉しかったが、次第に自分の気持ちも克彦の気持ちも分からなくなり、この関係に不安を感じるようになる匠だが――

処理中です...