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【7】-2
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けれど、翌朝、そんな二人は言い争いから一日をスタートさせてしまっていた。
「嫌です!」
「ダメだ。医者も安定してないって言ってただろう」
「昨日も半分休んだんです、今日は行きます」
「今日の事はもう狐高に頼んでいる。明の今日の仕事は休むことだ」
ベッドから出ようとする明の肩を押さえ、優が真剣な顔を向ける。それを少し鋭い目で見上げる明の頭には、白く長い耳が出ていた。体の調子がよくないのと、今とても興奮しているせいだろう。優はその耳をゆっくりと撫でてから、言葉を繋いだ。
「今日一日だ。なるべく早く帰るから」
「……嫌です……優さんの傍に居たい……」
大きな瞳にじわりと涙を浮かべ、明がこちらを見上げる。天然のあざとさに一瞬折れそうになったが、優は気持ちを持ち直して首を振った。
「本当に早く帰るから、今日だけは言うことを聞いてくれないか」
優はそう言って、明の額にキスをする。それでも明の機嫌が直ることはなく、瞳に溜まった涙は白い頬に零れ落ちて行った。
「……優さんの意地悪……もういいです!」
明はそう言うと、そのまま布団をかぶり、うずくまってしまった。それを見ていた優が小さくため息を吐く。
「ごめんな、明……本当にすぐ戻るから。辛くなったら必ず連絡して」
優は布団の上から優しく体を撫でてから、寝室を後にした。
そのまま家を出ていつものように車に乗り込む。重い気持ちのまましばらく走っているとスマホの着信音が響いた。耳に掛けていたイヤホンマイクを操作し、それに出る。
『優サン、明に何したの?』
いきなりそんなことを言ったのは累だった。え、と返すと、累はそのまま言葉を繋ぐ。
『優サンが意地悪だ、ぼくを置いていったって、明からのメッセージが鳴りやまないんだけど』
こっちも仕事明けで眠いんだけど、と言われ、それは済まない、と優は返した。
優が家を出て行った今、明がフラストレーションをぶつけられるのは累しかいなかったのだろう。巻き込んでしまったことに責任は感じるが、今日ばかりは明の言う事は聞いてあげられない。
「今日は明の体の具合が悪くて、休みを取らせたんだ。でも俺まで休むことは出来ないから」
『具合? 大丈夫なのか、それ』
累が訝し気に聞き返す。今は少し改善されているとはいえ、明を溺愛している兄だ。やはりそこが気がかりなのだろう。
「明の体が性転換し始めているらしい。落ち着くまでは安静にと言われたんだ」
『……そうか……それ、明は寂しいんだよ。うさぎ獣人って、弱ってる時ほど番に傍に居て欲しいんだ。明は普段、そんなにワガママ言う方ではないんだよ』
累の言葉に優は、そうか、と呟いた。確かに明はほとんどワガママを言わない。家族に溺愛されてはいるが、自己肯定感が低く、自分のしたいことは言ってはいけないものだと思って育って来たせいだろう。
そんな明だからこそ、優は甘やかしたいと思うのだ。そして、優になら少しずつワガママを言うようになってきた明が愛しいと思う。
『仕事だから仕方ないし、無理は言わないけど、なるべく早く明の傍に帰ってやって欲しい』
累が珍しく控えめな言葉で優に頼む。それだけ明のこと、それに自分たちの関係を大事に思ってくれているのかもしれない。優は累の言葉に、そうだな、と頷いた。
「なるべく早く戻る。明にこれ以上寂しい思いはさせない」
優がそうはっきり言うと、頼むよ、と累は電話を切った。
「早く仕事を終わらせるか」
優はそう呟いて、今日一日の仕事のことを考えていた。
「嫌です!」
「ダメだ。医者も安定してないって言ってただろう」
「昨日も半分休んだんです、今日は行きます」
「今日の事はもう狐高に頼んでいる。明の今日の仕事は休むことだ」
ベッドから出ようとする明の肩を押さえ、優が真剣な顔を向ける。それを少し鋭い目で見上げる明の頭には、白く長い耳が出ていた。体の調子がよくないのと、今とても興奮しているせいだろう。優はその耳をゆっくりと撫でてから、言葉を繋いだ。
「今日一日だ。なるべく早く帰るから」
「……嫌です……優さんの傍に居たい……」
大きな瞳にじわりと涙を浮かべ、明がこちらを見上げる。天然のあざとさに一瞬折れそうになったが、優は気持ちを持ち直して首を振った。
「本当に早く帰るから、今日だけは言うことを聞いてくれないか」
優はそう言って、明の額にキスをする。それでも明の機嫌が直ることはなく、瞳に溜まった涙は白い頬に零れ落ちて行った。
「……優さんの意地悪……もういいです!」
明はそう言うと、そのまま布団をかぶり、うずくまってしまった。それを見ていた優が小さくため息を吐く。
「ごめんな、明……本当にすぐ戻るから。辛くなったら必ず連絡して」
優は布団の上から優しく体を撫でてから、寝室を後にした。
そのまま家を出ていつものように車に乗り込む。重い気持ちのまましばらく走っているとスマホの着信音が響いた。耳に掛けていたイヤホンマイクを操作し、それに出る。
『優サン、明に何したの?』
いきなりそんなことを言ったのは累だった。え、と返すと、累はそのまま言葉を繋ぐ。
『優サンが意地悪だ、ぼくを置いていったって、明からのメッセージが鳴りやまないんだけど』
こっちも仕事明けで眠いんだけど、と言われ、それは済まない、と優は返した。
優が家を出て行った今、明がフラストレーションをぶつけられるのは累しかいなかったのだろう。巻き込んでしまったことに責任は感じるが、今日ばかりは明の言う事は聞いてあげられない。
「今日は明の体の具合が悪くて、休みを取らせたんだ。でも俺まで休むことは出来ないから」
『具合? 大丈夫なのか、それ』
累が訝し気に聞き返す。今は少し改善されているとはいえ、明を溺愛している兄だ。やはりそこが気がかりなのだろう。
「明の体が性転換し始めているらしい。落ち着くまでは安静にと言われたんだ」
『……そうか……それ、明は寂しいんだよ。うさぎ獣人って、弱ってる時ほど番に傍に居て欲しいんだ。明は普段、そんなにワガママ言う方ではないんだよ』
累の言葉に優は、そうか、と呟いた。確かに明はほとんどワガママを言わない。家族に溺愛されてはいるが、自己肯定感が低く、自分のしたいことは言ってはいけないものだと思って育って来たせいだろう。
そんな明だからこそ、優は甘やかしたいと思うのだ。そして、優になら少しずつワガママを言うようになってきた明が愛しいと思う。
『仕事だから仕方ないし、無理は言わないけど、なるべく早く明の傍に帰ってやって欲しい』
累が珍しく控えめな言葉で優に頼む。それだけ明のこと、それに自分たちの関係を大事に思ってくれているのかもしれない。優は累の言葉に、そうだな、と頷いた。
「なるべく早く戻る。明にこれ以上寂しい思いはさせない」
優がそうはっきり言うと、頼むよ、と累は電話を切った。
「早く仕事を終わらせるか」
優はそう呟いて、今日一日の仕事のことを考えていた。
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