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「ほら、入れよ。自分の家だろ」
そう言って玄関ドアを開けた櫂に、明が静かに頷く。
確かにそこは慣れ親しんだ実家だ。けれど、今の明はそこでのんびりしようなんて気にはなれない。それよりも優が心配だった。
「ねえ……優さんは?」
「村の外まで案内したはずだよ」
櫂の言葉に明は唇を噛んだ。それからぐっと手のひらを握りしめる。
「じゃあ、ぼくも優さんと帰る」
ここに一人で戻ってもなんの意味もない。今日は優とのことを報告、そして認めてもらうために来たのだ。明がそう思ってきびすを返すと、櫂がその腕を掴んで引き留めた。
「いいから、とにかく家に入って、頭冷やせ」
早く、と眇めた目でこちらを見る櫂に、明は少し怯えて頷いた。小さい頃から櫂のこの目が怖かった。それは今も変わらない。
何をされるわけでもないのに、逆らえない呪いみたいで、明はこんな自分が大嫌いだった。
「明が帰るって聞いたから、麓のケーキ屋のプリン買っておいたんだ。部屋に持っていくから、行ってなさい」
玄関に入り、靴を脱ぐと櫂はドアに鍵を掛けた。それに戸惑う明にまた鋭い視線を向けて静かに、行きなさい、と繰り返す。明は仕方なくそれに頷いて、二階への階段を上り、自分の部屋に入った。
まだここを出てからさほど時間は経っていないのに、なんだかとても懐かしい感じがするのと同時に少し息苦しい感じがして、明は自分のベッドに倒れるように転がった。
「……優さん、ホントに帰っちゃったのかな……」
この村は特殊だし、とても小さな集落だ。若い人たちは仕事をするため、番を探すために出て行ってしまう人が多いし、櫂のようにリモートワークが出来る人やこちらで家業を継ぐ人以外は滅多に戻ってこないから、化石の様な村の暗黙の取り決めも未だに健在だ。
そのひとつが、兎田家の特別扱いだ。
村長の家系だということもあるのだが、随分昔はうさぎ獣人をまとめていた家系らしく、他の地域で暮らすうさぎ獣人も兎田の名前を見ると扱いが変わるのだと以前累が言っていた。
だから、その家系の嫡男である櫂が言う事に村の人たちは逆らうことはない。つまりこの場合、優が村に留まっている可能性はものすごく低いということになる。
「優さん……」
やっぱりこのまま離れるのは嫌だ。優が帰ってしまったのなら、自分も帰ろう――明はそう思い、立ち上がった。そのまま部屋を出ようとしたその時、部屋のドアが小さく鳴る。それからドアの向こうから声が届いた。
「めいちゃん、開けてー」
その声に明が驚いて、慌ててドアを開ける。そこにはトレーにプリン二つとアイスティーの入ったグラス二つが乗ったトレーを持って微笑む小さな女の子が立っていた。
「翠……」
翠は櫂の五歳の娘、つまり姪だ。女の子だからか、少し大人びていて、明とも仲がいい。
「プリン、一緒に食べよ」
「……うん。ありがとう、翠。でも、ぼく……」
「めいちゃんが連れてきたお兄さんなら、外れの空き家に居るよ。秋兎のおじいちゃんが住んでたとこだって」
翠は慎重に運んでいたトレーを部屋の真ん中の床に置くと、そのままぺたりと座り込んだ。
「それ、ホント?」
「うん。さっき、パパのところに村の人が来て話してた」
「そっか……良かった……」
明はそう言うと、翠と同じように床に座り込んだ。
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