恋するうさぎは溺愛社長と番いたい

みづき(藤吉めぐみ)

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【4】-1

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 翌日、優は狐高に一日の指示を出してから、助手席に明を乗せて車を走らせていた。
 善は急げではないが、このまま気にして日々を送るよりは早く報告してしまう方が明の気持ちも楽になるのではと思ったのだ。
 明が優に伝えた場所は、カーナビに入力すると山の中だった。優はそこから一番近い神社を目的地にして、そこに向かっていた。
「優さん……ぼく、なんだか緊張してきました……」
 さっきまでは、優とドライブだと喜んでいたのだが、景色が見慣れたものになって来たのだろう、目的地が近づくにつれ、明から笑顔が消えていった。
 母親には連絡し、ぜひ連れておいでという返事を貰っていると言っていたが、昨日明も心配していた、父親と一番上の兄に優を紹介するのが怖いのだろう。
 累とのやりとりを見ていて優が感じたのは、明はたくさん愛情を受けて育って来たのと同時にたくさんの束縛の中で過ごして来たのではないかということだった。
 父や兄たちが明のことを思ってしてくれていた事の数々が実は明を不自由にしていたのではないかと思う。だからこうして恋人を紹介するだけでもこんなに緊張した面持ちになってしまうのかもしれない。
 自分は父や兄が選んだ恋人ではない。明の話を聞く限り、九割反対されるだろう。それは分かっていたが、優は引き返すつもりはなかった。
 明と一生共に過ごすと決めたからには越えなくてはいけない壁なのだ。

 目的地に着いて車を降りると、明も見慣れた場所だったのか、神社の裏へと歩き出した。
「ここです。ここから村に入れますよ」
 そう言って明が指さすのは、どう見ても藪の中だった。道らしい道は見えず、優は明を見やる。
「まさかと思うが……ここを登るのか?」
「はい。一見ただの藪ですけど、ちゃんと道になってるんです。村の人なら抜けられます」
 明の話を聞きながら優は子どもの頃に見たアニメ映画を思い出していた。
「……『めい』だけ通れて俺はここに戻されるという事はないだろうな」
 小さな子だけが会えるふわふわの大きな生き物の話を思い出し聞くと、明は首を傾げた。
「いや、何でもない。じゃあ、行こうか」
「はい」
 優の言葉に明は大きく頷いて、藪の中へと入っていった。優もその後を付いていく。
 小柄な明にとってはそう狭くない道のようでするすると先へ進んでいくが、優はあちこちから襲い掛かる枝を除けながら、慣れない山道を革靴で進んでいた。
「優さん、着きました!」
 優のスーツに枝が引っ掻いた傷がたくさん付き、革靴が泥まみれになる頃、先に藪を抜けた明が振り返ってこちらに手を伸ばした。優は素直にその手を取り、久々に腰を伸ばして藪から抜け出した。
「まさか、こんな道を通るとは思ってなかったな」
 肩に付いた枝葉を手で払い、優は明を見つめる。その頭にも葉がついていて、優は明の頭に手を伸ばした。途端、明が驚いたのだろう。その頭に長い耳が現れる。
「ごめんなさい……なんか、気が緩んじゃって」
「いいよ。可愛い」
 恥じらう姿が可愛くて、優が思わず明を抱きしめたくなった、その時だった。
「明!」
 その言葉と共に、明の腕が誰かに引き寄せられ、優から明が離れる。驚いて振り返った明が口を開く。
「櫂兄!」
「明、どういうことだ? こいつは人間だろ、どうしてこんなところへ連れてきた?」
 優を真っすぐに睨み、そう言い放ったのがどうやら明の一番上の兄のようだった。明を守る様に抱きしめる姿は、それだけで弟を溺愛しているのだと分かる。
「どうしてって……優さんはぼくの番だからだよ」
 明がそう言って櫂を見やる。優はその言葉にため息を吐いた。
 明のいい所は素直で明るくて物怖じしないところだ。けれど、今の場合、その長所が仇となっている気がした。
 ここは多少の嘘を吐いてもいいから、友人や同居人などと言っておくべきだっただろう。
 優はみるみる怒の色を濃くしていく櫂の顔を見て心の中でもう一度ため息を吐いた。
「……番、だって……? 人間な上に男じゃないか! おれは絶対に認めないからな!」
 櫂はそう言うと明を軽々と抱きあげた。それから騒ぎを聞いて近くに集まっていた人たちに、この男を頼む、と言って歩き出してしまった。
「え、ちょっ、櫂兄! 降ろして! 優さん!」
 櫂の背中から顔を出した明が必死な顔でこちらに手を伸ばす。それを掴もうと優も手を伸ばしたが近くに居た男に押さえられ、手を取ることは叶わなかった。
「……悪いけど、この村で兎田家に逆らえるヤツはいないんです。傷つけたいわけではないので、来てもらえますか?」
 優から手を離した男がそう言って頭を下げる。いわゆる村社会というやつなのだろう。別にここの住人を困らせるために来たわけではないので、優はそれに頷いた。
「ありがとうございます。村の出口は……」
「大人しくはする。だが、明を置いてこの村を出ることは絶対にしません」
 明が悩んで、それでも自分を家族に紹介して認めてもらいたいと望んでここに来たのだ。その目的を果たす前に自分だけ帰るわけにはいかない。
 優の言葉を聞いて、男が視線を隣へ泳がせる。二人で少し相談してから、一人が優に向き直った。
「あまりいい場所ではないですが、滞在できそうなところをご案内します」
 そう言われ優は頷いた。
「どんなところでも、明の傍に居られるなら構いません」
 優が真っすぐにそう答えると、男は黙って村の奥へと歩き出し、優はそれに付いていった。
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