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ジーン様に貰った軟膏は少し傷口に染みたが、効き目は確かだった。

朝起きてお礼を言うと、良かったと笑顔で返してくれた。

筋肉痛はひと晩寝て更に酷くなったが、動けないほどではない。

ジーン様の言ったとおりティアナさんが起きてきたのはすっかり陽が高くなってからだった。

「おはよう。皆さん」
「おはようと言う時間はとっくに過ぎているが」

晴れやかな笑顔で挨拶するティアナさんに向かってジーン様が言う。
ジーン様は朝から鍛練を済ませ、事務仕事をして今は居間で私の淹れたお茶を飲んでいる。
私も夕べ出来なかった帳簿の確認をして、一緒にお茶を飲んでいた。
夕べあれからジーン様はなかなか部屋には戻ってこなかった。
ティアナさんと居たのかどうか気になったが、なぜ気になるのかと訊ねられたら答えられないので、聞くことは出来なかった。

「その日にする最初の挨拶なんだから『おはよう』でいいのよ。時間は関係ないわ」
「そんな話、初めて聞いたぞ。君が勝手に決めたルールだろう」
「嫌味ね。ロドリオはちゃんと『おはよう』って言ってくれたわ」
「生憎私は君のその婚約者ロドリオではない。私にそのような反応を期待されても困る」

「つれないわね。夕べは夜遅くまであんなに楽しくおしゃべりしたのに」

空いている椅子に座ると、ティアナさんがジーン様と夕べ遅くまでいたことを話したので、どきりとした。

やっぱり私に軟膏を渡した後も、ティアナさんと共に時間を過ごしていた。

「ただ、話をしていただけだ。何もない。ティアナも誤解を与えるような言い方はやめなさい」

余計な誤解を与えまいとジーン様が付け加える。
やましいことはジーン様の言うとおりなかったとは思う。ジーン様はそんなことが出来る人ではない。
でも、ティアナさんと居たいという気持ちを止めることはできない。心は誰も縛ることはできないのだから。
ティアナさんは後ひと月で陛下の決めた方と結婚する。
破談できないのなら、せめてここにいる間は二人の好きにさせてあげたい。

「大丈夫です。ジーン様を信じていますから。久しぶりにお会いになって話に花が咲いたのですよね。でも、夜更かしは体に良くありませんから、ほどほどになさってくださいね」

張り付けた笑顔で言ったが、心は決して穏やかではなかった。
背が高すぎる。女のくせに経営に携わるなんてはしたない。スカートを履いた男なのでは。
そう陰で言われているのは知っていた。
その度に傷つき、でも顔に出すわけにはいかないと、仮面を被ってきた。
今度もそうすればいいだけだ。

「理解があるのね。私ならたとえ従姉妹でも許せないわ。ジーン、理解ある人で良かったわね」

素直に感心しているのか嫌味なのかわからない。

「全ての女性が君のような考えを持っているわけではないのだよ」
「そんなのわかっているわよ。でも、物わかりが良すぎて疑ってしまうわ。ジーンのこと、婚約者としてどう思っているのかしら」

ティアナさんは私を疑いの目で見る。本当にジーン様の婚約者なのかと。
私がジーン様を愛しているのか、わからないと言うように。

「ティアナ、それくらいにしておきなさい。それを言うなら君こそ、婚約者のサーフィス卿を放ってここまで来ている。結婚目前の者と婚約したての者とで状況は同じとは言えないだろう」
「言っているでしょ、ロドリオは何も言わない。私がどこで何をしていようと。ただ陛下から私と結婚するように言われたから、一緒にいるだけよ」

一瞬惚気にも聞こえかけたが、どうやらそれだけではないらしい。
少し口を尖らせ、不満げだ。

「ティアナさんみたいな方が婚約者で、お相手もさぞご自慢でしょうね。きっとその方も素敵なのでしょう」

「まあね。この私の婚約者なのだから、当然よ」

ティアナさんは自分のことを言われたかのように胸を張る。

案外と相手のことも気に入っているようだ。

なのになぜここまで来たのだろう。

てっきりジーン様に未練があって、相手の人が気に入らないからだと思っていたが、違うのだろうか。
ティアナさんの考えが私にはわかるはずもない。
やれやれとジーン様がため息を吐いた。

「それより、出掛ける支度は出来ているのか?昼食を食べたらすぐに出掛けるぞ。どうせ支度にも時間がかかるのだから、早くしないと、暖かくなってきたとは言え、まだ陽が落ちるのは早い」
「わかっているわよ。でもジーンなら待っていてくれるでしょ」
「甘えるな。遅れたら置いていくからな。私としてはセレニアと二人で出掛けられるので、それでも構わないぞ」
「ジーンの意地悪……」

軽口を言い合う二人を見ていると、夕べ感じた胸の痛みが甦ってきた。
私もあんな風にジーン様と言い合えたら……
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