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それから私は用意してもらった席に座り、仕事を始めた。

すぐ傍でジーン様がいて、真剣な顔をして領地から上がってきた色々な報告書に目を通しているのを、書類の影からちらりと見たりする。

おかげで何度も計算を間違えて私の仕事は一向に捗らなかった。

「セレニア」

「は、はい!」

「驚かせたか?そんなに驚くほど仕事に没頭していたのか」

不意に声をかけられ声が裏返ってしまったのを、ジーン様はそう受け取ったみたいだ。実際は反対で頭の中では朧気に覚えているジーン様とのあんなことやこんなことを思い出していた。

「な、ななな…なんでしょう」
「そろそろ休憩にしないか」
「あ、き、休憩……え、そんな時間?」

時計を見ると十一時で、仕事を始めて三時間経っている。

「じゃあ……お茶を淹れてきます」
「うん、待っているよ」

用意をしに食堂へ行く途中でヘドリックさんとすれ違った。

「休憩ですか?」
「はい。お茶の用意をしに食堂へ……ヘドリックさんは?」
「手紙がいくつか届きましたので、旦那様にお届けに行くところです。セレニア様の分も先ほどドリフォルト家から届いておりますので、届けておきます」
「ありがとうございます」
「あ、それとメイド長がお話があるそうです。今なら待機室にいると思います」
「わかりました。寄ってみます」

先に食堂へ行きお茶の用意をしてからメリッサさんに会いに行った。
用件は大体想像できた。きっとドレスや花嫁衣裳のことだろう。
思った通り彼女の用件は辺境伯夫人としての指導を始めたいと言うことと、花嫁衣裳やドレスのことだった。

「メリッサさんのやり易いように進めてください」

さっきのジーン様とのやり取りもあり、今回は素直にそう言ったら、逆に驚かれた。

「ジーン様に言われました。本当はまだジーン様の婚約者だとか花嫁だとか実感がわかなくて……でもひとつひとつ準備を進めていくことでそう言った気持ちになるって」

「まあ、旦那様が……そんなことを」

メリッサさんはジーン様がそんなことを仰ったことにまた驚き目を丸くした。

「それではこちらを見てよくお二人で相談してください」

メリッサさんが紙束を差し出した。とても分厚い。

「これは?」
「ロザリーから先ほど届きました。セレニアさんのウェディングドレスと夜会用ドレスのデザイン画です」
「え、こんなに?」

片手ではとても持てそうにないほどの量だ。

「何やら考えが次から次へと浮かんできたようで、気に入らなければまだまだ送るそうです」
「これだけあれば……大丈夫です。私からお礼の手紙を送っておきます」
「そうしてあげてください。喜びます。出来ればサイズはこの前の時から変えないようにということですが、一度首都へ見物がてら仮縫いに来て下さいとのことです」
「首都……ジーン様と相談してみます」

茶器を乗せたカートを押し、ロザリーさんから送ってもらった紙束を胸に抱えて執務室へ戻った。

ちらりと目を通したが、どれも素敵なデザインだった。

本当にこれを着て私はジーン様と一緒に祭壇に立てるだろうか。
誰もが羨む花嫁になれるだろうか。

ジーン様は本当に私と共に歩む未来を考えてくれているようだ。

「お待たせしました」
「ああ……セレニア」

執務室に戻ると、歯切れの悪い物言いでジーン様が出迎えた。

「何か……ありましたか?」

カップにお茶を注いでいる間に長椅子の方へ歩いてきたジーン様の眉間に皺が寄っている。

手元に持つ手紙に視線が行く。何か悪い知らせだろうか。

「ティアナが三日後にここに到着する」

「え、そんなにすぐに?」

腰を下ろしたジーン様の前にお茶が入ったカップを置く。ジーン様はそれをいつものように美味しそうに飲んでくれて、顔の表情が少し和らいだ。私はジーン様の向かいに座り、自分のお茶を飲む。

「予定より早く出発したらしい。陛下がここに来ることを歓迎していないことをわかって動いたらしい」

「そんなにしてまで、ジーン様に会いたいということですよね」
「どうだろう……結婚前に女性は気分が落ち込んだりするらしい。環境の変化に不安を感じて現実逃避したいだけかもしれない」

ジーン様は複雑な顔を見せた。困っているのはわかるが、かつて結婚を考えた相手に対してどこまで突っぱねることができるか、考えあぐねているのがわかる。
ジーン様は優しい。

「ところで、その紙束は何だ?」

私が脇に置いたロザリーさんのデザイン画についてジーン様が訊ねる。

「あの、ロザリーさんが花嫁衣裳などのデザインをメリッサさんあてに送ってくれたんです」
「ほう……仕事が早いな……しかしすごい量だ。君はもう見たのか?」
「いえ、先ほど預かったばかりですので」
「では、一緒に見よう」

言ってジーン様は紙束を取って私の隣に腰をおろした。

体温を感じるほど近くにジーン様がきて、緊張が走った。長い足が触れるほど近くにあって、肘まで袖を上げた逞しい前腕が視界に入った。





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