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私はキャサリンの謝罪を受け入れた。
私は気にしていないという手紙を書いて送った。
ジーン様が提案してくれたビッテルバーク家の滞在については、特に拒むこともないため承諾することにした。
そのことを邸の皆に告げると、全員が安堵した顔を見せた。
「実は心配していたのです。お嬢様が辺境伯様の婚約者となったと言うのに、グラント殿がまったく諦められないので困っておりました。これで、お嬢様がビッテルバーク家に滞在し本格的に辺境伯夫人となることが周知の事実となれば、彼等も諦めざるをえないでしょう」
リックスが安心してそう言うので、皆に負担をかけていたのだと改めて実感した。
次の日には部屋を整えたというジーン様の言葉を受けて、本格的に荷造りを始めた。
身の回りのものだけでいいとジーン様はおっしゃってくれたが、いざ家を空けるとなると、何を持っていくべきか悩み、明日の夜からということになった。
明日までは以前のようにベラーシュが朝やってきて、私の護衛として張り付いてくれていた。
私が熱を出して寝込んでいた間に、ジーン様との婚約話はどんどん広まり、色々な人から祝いの品とともに手紙や晩餐の招待が殺到していた。
田舎の狭い社交界なので致し方ないが、もらった品などの礼状を書くのに殆ど一日を費やした。
一年後の結婚式を楽しみにしているという内容に、その日が来ることがないと言えるわけがなく、お礼と楽しみにしていてくださいと書くのが心苦しかった。
破談になるかも知れない。その時、この人たちにそれを伝えることを思うと、祝いの言葉も重苦しく感じた。
昼を過ぎた頃、急ぎの件だと言って手紙が届いた。
それはヴェイラート家からの晩餐の招待だった。それも今夜。
あまりに急過ぎて礼儀も何もかもあったものではない。
それでもビッテルバーク家の次にこの辺りの有力者のヴェイラート家の当主からの招待となれば、無視はできない。
しかも先日の娘の無礼に対する謝罪を兼ねてとあれば断れない。彼女の謝罪も昨日受け入れたばかりだ。
格式張らない家族的な晩餐なので、軽装でお越し下さい。そう書かれてあれば準備も必要ないので、今日でも十分対応できる。
明日になればビッテルバーク家で寝泊まりすることになるので、今夜ということなら参加できないこともない。
招待を受けるべきか暫く悩み、ここで断ると確執が生じるだろうと考え招待を受けることにした。
喜んで参加すると早急に返事を書いて、時間まで仕事に没頭した。
「セレニア様、そろそろ時間……大丈夫か」
夕刻になりベラーシュがビッテルバーク家に帰る前に顔を出した。
「もうそんな時間なのね」
窓の外を見ると確かに太陽が傾きかけている。
「明日、帰り一緒に」
「ええ、そうね。明日は一緒に行きましょう」
ベラーシュが帰って支度を済ませると、リックスがヴェイラート家から迎えの馬車がやってきたと伝えに来た。
軽装でということだったが、紺色のベルベット生地のワンピースを着ていくとこにした。白いレースが襟元と袖口にあしらわれ、胸の中央にはサファイアを中央に嵌め、周囲に小さなダイヤモンドを散りばめたブローチを身に付けた。
「では行ってまいります」
「お気をつけて」
リックスに見送られてヴェイラート家に向かう。
楽しい晩餐とは言えないだろうが、ドリフォルト家の当主として気が進まない付き合いもこなしていかなければならない。
その上ジーン様の婚約が整えば、そっちの付き合いも増えてくるだろう。
「ようこそセレニアさん」
ヴェイラート家に着くと、伯爵夫妻が満面の笑みで出迎えてくれた。
鼻の下に髭を蓄えた伯爵とキャサリンに良く似た夫人がこれほどの笑顔で出迎えてくれたことがかつてあっただろうか。
それに家族的な晩餐だと言っていたが、夫人の装いは普段着そのもので、とても客を迎える雰囲気ではない。
二人の後ろにはキャサリンがいて、この前はごめんなさいと言ってきた。彼女も母親と同じで花柄の普段着を着ている。
「とにかく食堂へ」
伯爵たちに案内されて食堂へ向かう。
「先に食前酒でもいかがかな?」
食堂へ着くと既に支度が整えられていて、案内された席に座る。
食前酒の甘いワインを伯爵が差し出す。それを受け取りひと口飲んだ。
想像以上に甘くて顔をしかめるが、緊張で喉が渇いていたので一気に飲み干した。
アルコールがきつかったのか、何だか体が火照ってきた。
食事の間、キャサリンはあまりしゃべらず、主に伯爵夫人が話の主導権を握っていた。
若い頃の社交界デビューの話から始まり、伯爵との結婚するまでの恋愛の話など殆どが自分の自慢話だった。
私は大袈裟に驚いてみたり感心したりしたが、私の反応を特に期待している感じではなかった。
何とも気詰まりのする食事会だった。
「頂き物のいいワインがある。もう一杯いかがかな」
メインの料理が出る頃には食前酒に加えすでに二杯飲み、少しふわふわしかけていた。
「いえ……これ以上は」
「そうですか……実はこれはキャサリンが生まれた年に買ったものでね。特別な時に飲もうと思っていたのだ。でも、どうしても君に飲んでもらいたいとこの子が言うのでね」
「………」
特別な時に飲むワイン。そう言われると断れない。
「じゃあ……もう一杯だけ」
これで最後にしよう。そう思いグラスを差し出す。
そこで私の記憶は途絶えた。
私は気にしていないという手紙を書いて送った。
ジーン様が提案してくれたビッテルバーク家の滞在については、特に拒むこともないため承諾することにした。
そのことを邸の皆に告げると、全員が安堵した顔を見せた。
「実は心配していたのです。お嬢様が辺境伯様の婚約者となったと言うのに、グラント殿がまったく諦められないので困っておりました。これで、お嬢様がビッテルバーク家に滞在し本格的に辺境伯夫人となることが周知の事実となれば、彼等も諦めざるをえないでしょう」
リックスが安心してそう言うので、皆に負担をかけていたのだと改めて実感した。
次の日には部屋を整えたというジーン様の言葉を受けて、本格的に荷造りを始めた。
身の回りのものだけでいいとジーン様はおっしゃってくれたが、いざ家を空けるとなると、何を持っていくべきか悩み、明日の夜からということになった。
明日までは以前のようにベラーシュが朝やってきて、私の護衛として張り付いてくれていた。
私が熱を出して寝込んでいた間に、ジーン様との婚約話はどんどん広まり、色々な人から祝いの品とともに手紙や晩餐の招待が殺到していた。
田舎の狭い社交界なので致し方ないが、もらった品などの礼状を書くのに殆ど一日を費やした。
一年後の結婚式を楽しみにしているという内容に、その日が来ることがないと言えるわけがなく、お礼と楽しみにしていてくださいと書くのが心苦しかった。
破談になるかも知れない。その時、この人たちにそれを伝えることを思うと、祝いの言葉も重苦しく感じた。
昼を過ぎた頃、急ぎの件だと言って手紙が届いた。
それはヴェイラート家からの晩餐の招待だった。それも今夜。
あまりに急過ぎて礼儀も何もかもあったものではない。
それでもビッテルバーク家の次にこの辺りの有力者のヴェイラート家の当主からの招待となれば、無視はできない。
しかも先日の娘の無礼に対する謝罪を兼ねてとあれば断れない。彼女の謝罪も昨日受け入れたばかりだ。
格式張らない家族的な晩餐なので、軽装でお越し下さい。そう書かれてあれば準備も必要ないので、今日でも十分対応できる。
明日になればビッテルバーク家で寝泊まりすることになるので、今夜ということなら参加できないこともない。
招待を受けるべきか暫く悩み、ここで断ると確執が生じるだろうと考え招待を受けることにした。
喜んで参加すると早急に返事を書いて、時間まで仕事に没頭した。
「セレニア様、そろそろ時間……大丈夫か」
夕刻になりベラーシュがビッテルバーク家に帰る前に顔を出した。
「もうそんな時間なのね」
窓の外を見ると確かに太陽が傾きかけている。
「明日、帰り一緒に」
「ええ、そうね。明日は一緒に行きましょう」
ベラーシュが帰って支度を済ませると、リックスがヴェイラート家から迎えの馬車がやってきたと伝えに来た。
軽装でということだったが、紺色のベルベット生地のワンピースを着ていくとこにした。白いレースが襟元と袖口にあしらわれ、胸の中央にはサファイアを中央に嵌め、周囲に小さなダイヤモンドを散りばめたブローチを身に付けた。
「では行ってまいります」
「お気をつけて」
リックスに見送られてヴェイラート家に向かう。
楽しい晩餐とは言えないだろうが、ドリフォルト家の当主として気が進まない付き合いもこなしていかなければならない。
その上ジーン様の婚約が整えば、そっちの付き合いも増えてくるだろう。
「ようこそセレニアさん」
ヴェイラート家に着くと、伯爵夫妻が満面の笑みで出迎えてくれた。
鼻の下に髭を蓄えた伯爵とキャサリンに良く似た夫人がこれほどの笑顔で出迎えてくれたことがかつてあっただろうか。
それに家族的な晩餐だと言っていたが、夫人の装いは普段着そのもので、とても客を迎える雰囲気ではない。
二人の後ろにはキャサリンがいて、この前はごめんなさいと言ってきた。彼女も母親と同じで花柄の普段着を着ている。
「とにかく食堂へ」
伯爵たちに案内されて食堂へ向かう。
「先に食前酒でもいかがかな?」
食堂へ着くと既に支度が整えられていて、案内された席に座る。
食前酒の甘いワインを伯爵が差し出す。それを受け取りひと口飲んだ。
想像以上に甘くて顔をしかめるが、緊張で喉が渇いていたので一気に飲み干した。
アルコールがきつかったのか、何だか体が火照ってきた。
食事の間、キャサリンはあまりしゃべらず、主に伯爵夫人が話の主導権を握っていた。
若い頃の社交界デビューの話から始まり、伯爵との結婚するまでの恋愛の話など殆どが自分の自慢話だった。
私は大袈裟に驚いてみたり感心したりしたが、私の反応を特に期待している感じではなかった。
何とも気詰まりのする食事会だった。
「頂き物のいいワインがある。もう一杯いかがかな」
メインの料理が出る頃には食前酒に加えすでに二杯飲み、少しふわふわしかけていた。
「いえ……これ以上は」
「そうですか……実はこれはキャサリンが生まれた年に買ったものでね。特別な時に飲もうと思っていたのだ。でも、どうしても君に飲んでもらいたいとこの子が言うのでね」
「………」
特別な時に飲むワイン。そう言われると断れない。
「じゃあ……もう一杯だけ」
これで最後にしよう。そう思いグラスを差し出す。
そこで私の記憶は途絶えた。
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