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34.君はクピードの婚約者だ
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「それを私に伝えて良かったのかい?」
笑顔を貼りつけたまま、眼差しだけが厳しい。
アルテミスは小首を傾げる。命が掛かっているのだ。隠す理由の方が思いつかない。
「君はクピードの婚約者だ」
アモールが消えれば、アルテミスは王妃となれるだろう。
「希少な毒。その産地」
フルムーン侯爵家が疑われる可能性は、否定できない。
どちらもアルテミスの運命に関わることだ。けれど、彼女は笑む。
「どちらも殿下の御命に比べれば、些細なことですわ」
朗らかに笑うアルテミスを、アモールは哀しそうに見つめた。
この娘はいつからこうなってしまったのだろうか? 初めて出会ったお茶会では、まだこうではなかったはずだ。
「クピードと」
上手くいっていないのか? と聞こうとしが、飲み込んだ。
権力に酔いしれる人間ならばとにかく、彼女がクピードと共にいて幸せになれるとは思えなかった。
アルテミスはアモールを残し、東屋を去る。城内の長い廊下を歩き、クピードが待つ部屋へと向かった。
「遅かったね? アルテミス」
部屋にアルテミスが足を踏み入れるなり、彼はソファに腰かけたままそう言った。衆目の前で貼り付ける完璧な笑みとは違う、初めて彼を見たときと同じ、酷薄な笑みを浮かべている。
「あら? 私を待っていてくださいましたの? 嬉しいですわ」
指定されていた時間にはまだ余裕がある。
彼らしくない言葉に引っ掛かりを感じながらも、アルテミスはいつも通りの微笑を浮かべて、無難な言葉を選んだ。
けれどその選択は間違っていたようで、クピードは鼻で笑う。
「はっ。とうとう本性を現したわけだ」
「どういう意味でしょうか?」
何が気に入らないのか分からず、アルテミスは彼の答えを待った。
「王族に興味はないと装っていながら、やはりお前も女だったようだな」
ますます意味が分からなくて困惑する彼女を、蔑むように眺めていたクピードの目は、冷え冷えとしていた。
「もっと楽しめるかと思ったが、期待外れだったようだ。……聖女でもなさそうだしな」
吐き捨てるように言うと、テーブルの上の紅茶を取って口に含む。
まるで玩具か何かのような言い草に不快感を覚えないわけではなかったが、彼が王族以外の人間を見下していることは初めから分かっていたことなので、アルテミスは流し聞いた。
それよりも、気になる単語があった。
「聖女、ですか?」
思わず寄りそうになった眉根を、アルテミスは自制心で押さえつけた。
聖女とは、昔話や小説などにでてくる存在だ。目の前にいる傲慢不遜な男が、そのような存在を信じているのかと思うと、どこか可愛らしい気がする。
「フルムーン侯爵領で魔獣の出現頻度が極端に低いのは、そこに聖女がいるからではないかという意見があった。もしも本当に聖女が存在するのなら、手に入れれば役に立つだろう?」
結局、彼にとっては神聖なる聖女も、利用価値のある駒でしかないようだ。
「だがお前を婚約者にしても、王都近辺の魔獣は減っていない。むしろ勢いが増しているという報告まである。聖女どころか疫病神だ」
アルテミスの胸の中に、重く冷たい物が落ちてきた。クピードに何を言われたところで、然して傷つかないと思っていた。けれど、否定することはできなかった。
自分は疫病神などではないと。
「見た目は悪くないし、煩くないのは気に入っていたのだがな」
ソファから立ち上がり部屋から出ていくクピードを見送ると、アルテミスも部屋を後にした。
それからしばらくして、アルテミスとアモールが密会を重ねているとの噂が、社交界で囁かれるようになった。
更に季節が夏から秋へと移ろうと、新たな話題が王国を賑わせるようになる。
笑顔を貼りつけたまま、眼差しだけが厳しい。
アルテミスは小首を傾げる。命が掛かっているのだ。隠す理由の方が思いつかない。
「君はクピードの婚約者だ」
アモールが消えれば、アルテミスは王妃となれるだろう。
「希少な毒。その産地」
フルムーン侯爵家が疑われる可能性は、否定できない。
どちらもアルテミスの運命に関わることだ。けれど、彼女は笑む。
「どちらも殿下の御命に比べれば、些細なことですわ」
朗らかに笑うアルテミスを、アモールは哀しそうに見つめた。
この娘はいつからこうなってしまったのだろうか? 初めて出会ったお茶会では、まだこうではなかったはずだ。
「クピードと」
上手くいっていないのか? と聞こうとしが、飲み込んだ。
権力に酔いしれる人間ならばとにかく、彼女がクピードと共にいて幸せになれるとは思えなかった。
アルテミスはアモールを残し、東屋を去る。城内の長い廊下を歩き、クピードが待つ部屋へと向かった。
「遅かったね? アルテミス」
部屋にアルテミスが足を踏み入れるなり、彼はソファに腰かけたままそう言った。衆目の前で貼り付ける完璧な笑みとは違う、初めて彼を見たときと同じ、酷薄な笑みを浮かべている。
「あら? 私を待っていてくださいましたの? 嬉しいですわ」
指定されていた時間にはまだ余裕がある。
彼らしくない言葉に引っ掛かりを感じながらも、アルテミスはいつも通りの微笑を浮かべて、無難な言葉を選んだ。
けれどその選択は間違っていたようで、クピードは鼻で笑う。
「はっ。とうとう本性を現したわけだ」
「どういう意味でしょうか?」
何が気に入らないのか分からず、アルテミスは彼の答えを待った。
「王族に興味はないと装っていながら、やはりお前も女だったようだな」
ますます意味が分からなくて困惑する彼女を、蔑むように眺めていたクピードの目は、冷え冷えとしていた。
「もっと楽しめるかと思ったが、期待外れだったようだ。……聖女でもなさそうだしな」
吐き捨てるように言うと、テーブルの上の紅茶を取って口に含む。
まるで玩具か何かのような言い草に不快感を覚えないわけではなかったが、彼が王族以外の人間を見下していることは初めから分かっていたことなので、アルテミスは流し聞いた。
それよりも、気になる単語があった。
「聖女、ですか?」
思わず寄りそうになった眉根を、アルテミスは自制心で押さえつけた。
聖女とは、昔話や小説などにでてくる存在だ。目の前にいる傲慢不遜な男が、そのような存在を信じているのかと思うと、どこか可愛らしい気がする。
「フルムーン侯爵領で魔獣の出現頻度が極端に低いのは、そこに聖女がいるからではないかという意見があった。もしも本当に聖女が存在するのなら、手に入れれば役に立つだろう?」
結局、彼にとっては神聖なる聖女も、利用価値のある駒でしかないようだ。
「だがお前を婚約者にしても、王都近辺の魔獣は減っていない。むしろ勢いが増しているという報告まである。聖女どころか疫病神だ」
アルテミスの胸の中に、重く冷たい物が落ちてきた。クピードに何を言われたところで、然して傷つかないと思っていた。けれど、否定することはできなかった。
自分は疫病神などではないと。
「見た目は悪くないし、煩くないのは気に入っていたのだがな」
ソファから立ち上がり部屋から出ていくクピードを見送ると、アルテミスも部屋を後にした。
それからしばらくして、アルテミスとアモールが密会を重ねているとの噂が、社交界で囁かれるようになった。
更に季節が夏から秋へと移ろうと、新たな話題が王国を賑わせるようになる。
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