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02.茶色い石の付いたペンダント
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「まさか、ペンダントを外したから、こんな髪の色に?」
茶色い石の付いたペンダントは彼女の母が、彼女が生まれたことを祝って贈ってくれた守り石なのだと聞いている。
どんな時も決して外してはいけないと何度も言われたペンダントは、物心ついた時にはすでに首に掛かっていて、アルテミスにとっては胸元にあって当たり前のものだった。
「ドレスと一緒に置いたかしら? 無いわ。川に落としたのかしら?」
アルテミスはもう一度川の中に入って、ペンダントを探し始めた。まだ日は高く、時間はあるのに、気持ちは焦る一方で涙が滲んでくる。
零れる涙を何度も拭いながら、アルテミスは必死に川の中を探した。
「ない。ないわ。どこに行ったのかしら? 川じゃないのかしら? 森の中?」
幼いアルテミス一人では、とても今日中に森まで探せるとは思えない。帰って使用人たちに頼もうかと思ったが、自分の姿を思い出し、すぐにその考えを捨てた。
黒い髪と白銀の瞳に変わってしまったアルテミスは、誰が見ても絵本に描かれていた黒髪の魔女に見えるだろう。
魔獣を操って国を亡ぼしたり、誰かを傷つけたりするつもりなど微塵もないが、館の者たちが信じてくれるかは分からない。物語に出てきた魔女たちは皆、最後は処刑されていた。
恐怖でカチカチと歯が音を立て、涙で視界がぼやける。しっかりと見て早く探し出さなければならないのにと、アルテミスは目をこすって涙を取りながら、川の中を覗き込んでいた。
探すことに夢中になっていたアルテミスは、川の外を見ていなかった。ここに誰かが来るかもしれないということを、完全に失念していたのだ。
だから――。
「どうかしたのか?」
突然耳に入ってきた声に、アルテミスは魔獣と出くわしてしまったかのような強い恐怖を感じて、その場に腰を抜かして座り込んでしまった。
「大丈夫か?!」
ばしゃばしゃと水を蹴る音が近付いてくると、アルテミスの腕に温かな手が触れる。
「いつから入って遊んでいたんだ? 冷え切っているじゃないか」
一つ上の兄よりも少し大きな少年は、少し垂れた目をしているのに鋭い目つきで、怒っているように見えた。声も斬りつけるように厳しいが、不思議とアルテミスは彼を怖いとは感じなかった。
少年に引っ張られて、アルテミスは川岸に上がる。
「早く服を脱――いだら駄目だ。俺は見ないけど。えっと、侍女を呼んでくるから」
「駄目っ!」
きょどきょどと落ち着かない様子で目を動かした少年が、連れてきていた馬に乗ろうとするのを、アルテミスは悲鳴に似た声を上げて呼び止めた。
驚いて振り返った少年は、意味が分からないとばかりに眉間にしわを寄せてアルテミスを見つめたが、すぐに耳まで赤く染めて顔を逸らした。
「侍女なら女だし、その、大丈夫だろ?」
何が大丈夫で何が良いと聞かれているのか、混乱しているアルテミスには分からなかったが、いずれにしても今の姿を見られれば大丈夫ではないだろうとは判断できた。
「駄目よ。人を呼んじゃ駄目」
「なんでだ?」
不機嫌そうな声で聞かれて、アルテミスの方が戸惑った。
あんなにたくさんの話が伝わっていて、絵本まであるのに、この少年は黒髪の魔女を知らないのだろうか? まさか本を読んだこともないのだろうか? と首を傾げる。
アルテミスは恐怖に吐き気を覚えながら、口を動かした。しかし熱い蓋が邪魔をして、声が中々唇まで出てこない。精一杯に息を吸い込んでから、お腹の底から声を押しだす。
「く、黒髪の魔女、知らないの?」
覚えたばかりの異国語のように拙い喋り方だったが、何とか言えてほっとしたのも束の間、先ほどまで以上の恐怖を感じて、体中ががたがたと震えだした。
もしかすると物語は知っていても、現実に存在するとは思っていなくて、アルテミスと結びつかなかっただけかもしれない。
自ら墓穴を掘ってしまったと、アルテミスは苦い思いで少年の出方を待った。
茶色い石の付いたペンダントは彼女の母が、彼女が生まれたことを祝って贈ってくれた守り石なのだと聞いている。
どんな時も決して外してはいけないと何度も言われたペンダントは、物心ついた時にはすでに首に掛かっていて、アルテミスにとっては胸元にあって当たり前のものだった。
「ドレスと一緒に置いたかしら? 無いわ。川に落としたのかしら?」
アルテミスはもう一度川の中に入って、ペンダントを探し始めた。まだ日は高く、時間はあるのに、気持ちは焦る一方で涙が滲んでくる。
零れる涙を何度も拭いながら、アルテミスは必死に川の中を探した。
「ない。ないわ。どこに行ったのかしら? 川じゃないのかしら? 森の中?」
幼いアルテミス一人では、とても今日中に森まで探せるとは思えない。帰って使用人たちに頼もうかと思ったが、自分の姿を思い出し、すぐにその考えを捨てた。
黒い髪と白銀の瞳に変わってしまったアルテミスは、誰が見ても絵本に描かれていた黒髪の魔女に見えるだろう。
魔獣を操って国を亡ぼしたり、誰かを傷つけたりするつもりなど微塵もないが、館の者たちが信じてくれるかは分からない。物語に出てきた魔女たちは皆、最後は処刑されていた。
恐怖でカチカチと歯が音を立て、涙で視界がぼやける。しっかりと見て早く探し出さなければならないのにと、アルテミスは目をこすって涙を取りながら、川の中を覗き込んでいた。
探すことに夢中になっていたアルテミスは、川の外を見ていなかった。ここに誰かが来るかもしれないということを、完全に失念していたのだ。
だから――。
「どうかしたのか?」
突然耳に入ってきた声に、アルテミスは魔獣と出くわしてしまったかのような強い恐怖を感じて、その場に腰を抜かして座り込んでしまった。
「大丈夫か?!」
ばしゃばしゃと水を蹴る音が近付いてくると、アルテミスの腕に温かな手が触れる。
「いつから入って遊んでいたんだ? 冷え切っているじゃないか」
一つ上の兄よりも少し大きな少年は、少し垂れた目をしているのに鋭い目つきで、怒っているように見えた。声も斬りつけるように厳しいが、不思議とアルテミスは彼を怖いとは感じなかった。
少年に引っ張られて、アルテミスは川岸に上がる。
「早く服を脱――いだら駄目だ。俺は見ないけど。えっと、侍女を呼んでくるから」
「駄目っ!」
きょどきょどと落ち着かない様子で目を動かした少年が、連れてきていた馬に乗ろうとするのを、アルテミスは悲鳴に似た声を上げて呼び止めた。
驚いて振り返った少年は、意味が分からないとばかりに眉間にしわを寄せてアルテミスを見つめたが、すぐに耳まで赤く染めて顔を逸らした。
「侍女なら女だし、その、大丈夫だろ?」
何が大丈夫で何が良いと聞かれているのか、混乱しているアルテミスには分からなかったが、いずれにしても今の姿を見られれば大丈夫ではないだろうとは判断できた。
「駄目よ。人を呼んじゃ駄目」
「なんでだ?」
不機嫌そうな声で聞かれて、アルテミスの方が戸惑った。
あんなにたくさんの話が伝わっていて、絵本まであるのに、この少年は黒髪の魔女を知らないのだろうか? まさか本を読んだこともないのだろうか? と首を傾げる。
アルテミスは恐怖に吐き気を覚えながら、口を動かした。しかし熱い蓋が邪魔をして、声が中々唇まで出てこない。精一杯に息を吸い込んでから、お腹の底から声を押しだす。
「く、黒髪の魔女、知らないの?」
覚えたばかりの異国語のように拙い喋り方だったが、何とか言えてほっとしたのも束の間、先ほどまで以上の恐怖を感じて、体中ががたがたと震えだした。
もしかすると物語は知っていても、現実に存在するとは思っていなくて、アルテミスと結びつかなかっただけかもしれない。
自ら墓穴を掘ってしまったと、アルテミスは苦い思いで少年の出方を待った。
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