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97.翌朝、オナガはコウガクを
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翌朝、オナガはコウガクを南萼に連れ出した。
草木が生い茂る密林。体に触れる草に気を留めることもなく、門から見えぬ位置まで入っていく。
「覚悟は決まったか?」
全てを打ち明ける覚悟が。
「はい」
と答えたコウガクだが、まだ何か隠そうとしている様子が見て取れた。
どうしたものかと考えるオナガは、自然と肩を竦めてしまう。
「俺の話からしようか」
知られたところで困ることはない。レイランにしろ、王にしろ、知っていることだ。
オナガは長袍のボタンを外し、シャツもくつろげて左胸をさらけ出す。
「見れ」
左胸に刻まれた華紋。目にしたコウガクは目を瞠った。
「お前ん左手にあるのも、これと同じじゃろ?」
「なぜ?」
やはりコウガクも華紋を持っているようだ。なぜ彼が持っているのかは分からないが、この反応を見るに、オナガが神子の守護者であるとは知らなかったようだ。
いったいなぜコウガクは守護者となり、ここに居るのか。レイランは承知しているのか。
疑問が浮かんでくるが飲み込んで、話を再開する。言葉を紡ごうとすると懐かしさと共に痛みを覚えて、自嘲の笑みがこぼれた。
「少し昔ん話や。愚かな平民の若者がおった。そいつはあろうことか、華族ん娘に惚れてしもうた」
オナガは自分とセッカが出逢い、恋に落ちた話をしてやる。
彼女が神子となり、オナガの胸に華紋が刻まれる。禁衛となったオナガ。ビンスイを選んだセッカ。そして歪んでいく仲間たち――。
「俺は死ぬのは怖くなか。じゃっどん、あの人を失うのが怖くて逃げちょる」
王を斃すことも、セッカを救い出すことも、仲間たちを解放することもできない、無力な自分。
オナガは暴れ出しそうになるあらゆる感情を抑え込むと、華紋を一撫でして襟元を閉じ制服を整えた。
「さて、俺の話はこれで終わりじゃ。今度はコウガク、お前の話を聞かせてくれ」
これだけ明かしても隠すのであれば、もうコウガクを見限ったほうが良いだろう。信用できない者を、第七には置いておけない。
王の狗である可能性があるのならば、なおさらに。
静かな時が流れた。
風の音、木の葉の音がうるさく聞こえる。
おもむろに動き出したコウガクの右手が、左手の手甲を外す。
現れる華紋。けれどそれは、オナガの予想していたものではなかった。
コウガクの左手に浮かぶのは、八枚の花びら――いや、四枚の花びらと、四つの萼辺。セッカの華紋ではない。だとすれば、別の神子の華紋だろう。
神子は同じ時期に複数は存在しない。常にただ一人のみ。先の神子が斃れてから次の神子が現れる。
つまり、新たな神子の誕生は、セッカと彼女の守護者に選ばれた者たちの死を意味する。
「それはあん人の華紋じゃなか! 神子は一人しか現れん。お前どこで、いや、いつそれを得たっ?」
オナガは一瞬にして混乱した。
セッカはどうしたのだと、絶望が襲い掛かる。無意識にコウガクの肩を掴み揺さぶっていた。
「落ち着いてください、オナガ殿。当代の神子様でしたら、お元気でした」
「お前、あの人にも会うたんか?」
疑問が混乱を掻き消した。
そう、セッカが斃れたなら、彼女の華紋を宿すオナガたちも、すでにこの世にいないはずなのだ。
思考が答えの一つを弾きだしたことで他の思考を駆逐してしまったが、冷静になればおかしいと気付ける。
思っていた以上に自分はセッカのことになると我を忘れてしまうようだと、オナガは太く溜め息を零す。
「悪かったな。続けてくれ」
首肯したコウガクは、オナガの醜態に動揺する素振りも無く、華紋を手に入れた日のことを話しだした。
草木が生い茂る密林。体に触れる草に気を留めることもなく、門から見えぬ位置まで入っていく。
「覚悟は決まったか?」
全てを打ち明ける覚悟が。
「はい」
と答えたコウガクだが、まだ何か隠そうとしている様子が見て取れた。
どうしたものかと考えるオナガは、自然と肩を竦めてしまう。
「俺の話からしようか」
知られたところで困ることはない。レイランにしろ、王にしろ、知っていることだ。
オナガは長袍のボタンを外し、シャツもくつろげて左胸をさらけ出す。
「見れ」
左胸に刻まれた華紋。目にしたコウガクは目を瞠った。
「お前ん左手にあるのも、これと同じじゃろ?」
「なぜ?」
やはりコウガクも華紋を持っているようだ。なぜ彼が持っているのかは分からないが、この反応を見るに、オナガが神子の守護者であるとは知らなかったようだ。
いったいなぜコウガクは守護者となり、ここに居るのか。レイランは承知しているのか。
疑問が浮かんでくるが飲み込んで、話を再開する。言葉を紡ごうとすると懐かしさと共に痛みを覚えて、自嘲の笑みがこぼれた。
「少し昔ん話や。愚かな平民の若者がおった。そいつはあろうことか、華族ん娘に惚れてしもうた」
オナガは自分とセッカが出逢い、恋に落ちた話をしてやる。
彼女が神子となり、オナガの胸に華紋が刻まれる。禁衛となったオナガ。ビンスイを選んだセッカ。そして歪んでいく仲間たち――。
「俺は死ぬのは怖くなか。じゃっどん、あの人を失うのが怖くて逃げちょる」
王を斃すことも、セッカを救い出すことも、仲間たちを解放することもできない、無力な自分。
オナガは暴れ出しそうになるあらゆる感情を抑え込むと、華紋を一撫でして襟元を閉じ制服を整えた。
「さて、俺の話はこれで終わりじゃ。今度はコウガク、お前の話を聞かせてくれ」
これだけ明かしても隠すのであれば、もうコウガクを見限ったほうが良いだろう。信用できない者を、第七には置いておけない。
王の狗である可能性があるのならば、なおさらに。
静かな時が流れた。
風の音、木の葉の音がうるさく聞こえる。
おもむろに動き出したコウガクの右手が、左手の手甲を外す。
現れる華紋。けれどそれは、オナガの予想していたものではなかった。
コウガクの左手に浮かぶのは、八枚の花びら――いや、四枚の花びらと、四つの萼辺。セッカの華紋ではない。だとすれば、別の神子の華紋だろう。
神子は同じ時期に複数は存在しない。常にただ一人のみ。先の神子が斃れてから次の神子が現れる。
つまり、新たな神子の誕生は、セッカと彼女の守護者に選ばれた者たちの死を意味する。
「それはあん人の華紋じゃなか! 神子は一人しか現れん。お前どこで、いや、いつそれを得たっ?」
オナガは一瞬にして混乱した。
セッカはどうしたのだと、絶望が襲い掛かる。無意識にコウガクの肩を掴み揺さぶっていた。
「落ち着いてください、オナガ殿。当代の神子様でしたら、お元気でした」
「お前、あの人にも会うたんか?」
疑問が混乱を掻き消した。
そう、セッカが斃れたなら、彼女の華紋を宿すオナガたちも、すでにこの世にいないはずなのだ。
思考が答えの一つを弾きだしたことで他の思考を駆逐してしまったが、冷静になればおかしいと気付ける。
思っていた以上に自分はセッカのことになると我を忘れてしまうようだと、オナガは太く溜め息を零す。
「悪かったな。続けてくれ」
首肯したコウガクは、オナガの醜態に動揺する素振りも無く、華紋を手に入れた日のことを話しだした。
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