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66.嘘じゃ
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「嘘じゃ」
ビンスイの命令で南萼に木の実を取りに下りていたオナガは、蕊頂に戻ってその報せを受けた。
カイツが禁衛の手によって無礼打ちにされた。目の前でカイツを弑されたレイランが怒り狂い、王に凶刃を振るおうとして取り押さえられたという。
手に持っていた色とりどりの木の実が、地面に落ちて転がっていく。
「なしてじゃ? なしてっ? 陛下に会わせいっ!」
「落ち着いてください、隊長!」
居合わせた隊員たちに羽交い絞めにされても、オナガが落ち着きを取り戻すことはなかった。
隊員たちに刀を抜くことはないが、それでも他の隊員たちを寄せ付けぬ力を持つオナガだ。
本気で暴れられては抑えきれないと、連絡を受けたチュウヒとヤガンが駆けつけて、オナガを部屋へと引き摺って行く。
「誰がカイツを殺した? なしてじゃ? あいつが何をしたっ?」
「落ち着きなさい、オナガ。あなたがあの男と親しくしていたのは知っていますが、自分の立場を弁えなさい。あなたは禁衛の隊長なのですよ?」
チュウヒの襟首を掴み詰問するオナガに、隊員たちは不信感を含んだ目を向けていた。
「なしてチュウヒは平気なんじゃ? お前も、ヤガンも、あんなに仲ようしとったじゃないか! なしてカイツを忘れた?」
「何を言っているのですか? 私はあのような男は知りませんよ?」
数人がかりでチュウヒから引き離されたオナガは、なおも喚く。共に稽古した日々を、笑い合った日々を、思い出してほしくてカイツとの記憶を訴えた。
「いつも仕事ん悩みを相談しちょったじゃないか。カイツしか理解してくれん言うて、俺にも話さんようなことまで話しちょった」
「何を言っているのですか? オナガ。私はいつも、あなたに相談していたではありませんか?」
「ヤガン! いっつも迷惑かけて、面倒見てもらっちょったじゃろが。なして忘れるんじゃ。この恩知らずが!」
「知らないし。オナガ、お前こそどうしたんだ?」
誰もオナガの話を理解できず、首を捻るばかりだ。どんどん自分を見る目が厳しくなっていくことに気付きながらも、オナガはカイツの思い出を語ることを止められない。
皆が困惑している所に、隊員に付き添われながらセイスが入って来た。顔色を真っ青にして、小刻みに震えている。
オナガとは違う意味で異常だと分かる状態のセイスに、チュウヒたちの意識が向かう。オナガも周囲の視線を手繰るように、言葉を切ってセイスへと視線を向けた。
「隊長、俺」
震える声を絞り出しながら、見開いた目で一心にオナガを凝視するセイス。酔っているかのように覚束ない足取りで、一歩ずつオナガに近付いてくる。
錯乱していると思われるオナガに近付くのは危険だと、近くにいた隊員が止める。だがセイスは助けを求めるように手を伸ばし、オナガの下へ歩み出た。
オナガの長袍を握りしめるなり崩れるように膝を突いたセイスは、震える口から声を絞り出す。
「俺、カイツさんを殺しました。陛下に命じられて。でも、なんでそんな命令を受け入れたのか、分からないんです。その時はそれが正しいって、全然疑ってなくて。カイツさんのことも、知らない人に見えて。俺、俺、なんで」
そこまで言ったセイスは、狂ったように叫び出す。
「違う、違うっ! 俺じゃない! 俺だけど、俺じゃないんです! だって、俺がカイツさんを斬るなんてっ! 何で? 何で俺、カイツさんのこと忘れてたの? 何でっ? あんなに優しかったのに。お世話になったのに! 何で俺、カイツさんを?」
悲痛な叫び声に、隊員たちは顔を見合わせた。カイツとの記憶が無い彼らには、何が起こっているのか理解できない。
ただ一人、セイスの苦しみを理解したオナガは唇を噛みしめる。
セイスの告白に、初めは怒りが湧いた。
カイツを弑したのはこいつなのかと、なぜ刀を向けたのかと。第一部隊にいた頃は、カイツの姿を見つけると嬉しそうに「カイツさん」と駆け寄っては、教えを乞うて慕っていたのに。
けれどセイスの心からの懺悔を聞けば、怒りは冷えていく。斬った彼自身が、オナガ以上に深く傷ついているのだから。
神子の呪縛を打ち破り、正気を取り戻してしまうほどに。
ビンスイの命令で南萼に木の実を取りに下りていたオナガは、蕊頂に戻ってその報せを受けた。
カイツが禁衛の手によって無礼打ちにされた。目の前でカイツを弑されたレイランが怒り狂い、王に凶刃を振るおうとして取り押さえられたという。
手に持っていた色とりどりの木の実が、地面に落ちて転がっていく。
「なしてじゃ? なしてっ? 陛下に会わせいっ!」
「落ち着いてください、隊長!」
居合わせた隊員たちに羽交い絞めにされても、オナガが落ち着きを取り戻すことはなかった。
隊員たちに刀を抜くことはないが、それでも他の隊員たちを寄せ付けぬ力を持つオナガだ。
本気で暴れられては抑えきれないと、連絡を受けたチュウヒとヤガンが駆けつけて、オナガを部屋へと引き摺って行く。
「誰がカイツを殺した? なしてじゃ? あいつが何をしたっ?」
「落ち着きなさい、オナガ。あなたがあの男と親しくしていたのは知っていますが、自分の立場を弁えなさい。あなたは禁衛の隊長なのですよ?」
チュウヒの襟首を掴み詰問するオナガに、隊員たちは不信感を含んだ目を向けていた。
「なしてチュウヒは平気なんじゃ? お前も、ヤガンも、あんなに仲ようしとったじゃないか! なしてカイツを忘れた?」
「何を言っているのですか? 私はあのような男は知りませんよ?」
数人がかりでチュウヒから引き離されたオナガは、なおも喚く。共に稽古した日々を、笑い合った日々を、思い出してほしくてカイツとの記憶を訴えた。
「いつも仕事ん悩みを相談しちょったじゃないか。カイツしか理解してくれん言うて、俺にも話さんようなことまで話しちょった」
「何を言っているのですか? オナガ。私はいつも、あなたに相談していたではありませんか?」
「ヤガン! いっつも迷惑かけて、面倒見てもらっちょったじゃろが。なして忘れるんじゃ。この恩知らずが!」
「知らないし。オナガ、お前こそどうしたんだ?」
誰もオナガの話を理解できず、首を捻るばかりだ。どんどん自分を見る目が厳しくなっていくことに気付きながらも、オナガはカイツの思い出を語ることを止められない。
皆が困惑している所に、隊員に付き添われながらセイスが入って来た。顔色を真っ青にして、小刻みに震えている。
オナガとは違う意味で異常だと分かる状態のセイスに、チュウヒたちの意識が向かう。オナガも周囲の視線を手繰るように、言葉を切ってセイスへと視線を向けた。
「隊長、俺」
震える声を絞り出しながら、見開いた目で一心にオナガを凝視するセイス。酔っているかのように覚束ない足取りで、一歩ずつオナガに近付いてくる。
錯乱していると思われるオナガに近付くのは危険だと、近くにいた隊員が止める。だがセイスは助けを求めるように手を伸ばし、オナガの下へ歩み出た。
オナガの長袍を握りしめるなり崩れるように膝を突いたセイスは、震える口から声を絞り出す。
「俺、カイツさんを殺しました。陛下に命じられて。でも、なんでそんな命令を受け入れたのか、分からないんです。その時はそれが正しいって、全然疑ってなくて。カイツさんのことも、知らない人に見えて。俺、俺、なんで」
そこまで言ったセイスは、狂ったように叫び出す。
「違う、違うっ! 俺じゃない! 俺だけど、俺じゃないんです! だって、俺がカイツさんを斬るなんてっ! 何で? 何で俺、カイツさんのこと忘れてたの? 何でっ? あんなに優しかったのに。お世話になったのに! 何で俺、カイツさんを?」
悲痛な叫び声に、隊員たちは顔を見合わせた。カイツとの記憶が無い彼らには、何が起こっているのか理解できない。
ただ一人、セイスの苦しみを理解したオナガは唇を噛みしめる。
セイスの告白に、初めは怒りが湧いた。
カイツを弑したのはこいつなのかと、なぜ刀を向けたのかと。第一部隊にいた頃は、カイツの姿を見つけると嬉しそうに「カイツさん」と駆け寄っては、教えを乞うて慕っていたのに。
けれどセイスの心からの懺悔を聞けば、怒りは冷えていく。斬った彼自身が、オナガ以上に深く傷ついているのだから。
神子の呪縛を打ち破り、正気を取り戻してしまうほどに。
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