華に君を乞う

しろ卯

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24.いつもは静かな蕊山の町

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 いつもは静かな蕊山の町。二十五階層辺りから危険を察知した人たちが騒めき出し、階段を下りてくる人たちの流れに逆らって進まなければならなくなった。

「華族の姿はなかね」
「階段を使うのは平民です。華族は中央の昇降機を使いますから」

 避難の仕方も身分によって異なるようだ。ちりりと焼けるような嫌悪感が湧いてくるが、早く上に上りたいオナガとチュウヒにとっては、不幸中の幸いと思うべきだろうか。
 華族が階段を利用していれば、通り過ぎるまで壁際に立って立礼をしていなければならない。それではいつまで経っても目的地に辿り着けないだろう。

 狂人が出現しているという二十八階層は、想像していたよりも酷い有り様だった。町の壁のあちらこちらに穴が開いており、暴れ方のすさまじさを感じさせる。
 爆発したような轟音が響いた。オナガとチュウヒは迷うことなく音の発生源に向かって走る。

「カイツ! セイス!」

 狂人に対応していたのは、カイツと今年入ったばかりのセイスだった。
 怪我をして動けなくなっているセイスを護るように狂人と対峙しているカイツもまた、左腕を中心に負傷していた。

「俺が行く。チュウヒは二人を」

 一瞬だけオナガに対して探るような視線を向けたチュウヒはしかし、すぐに彼の言葉を受け入れた。

「了解。こちらは任してください」
「頼ん」

 地を蹴る足に力を込め、一気に間合いを詰める。

「ちええーいっ!」

 気合声と共に、腰の鞘から白刃が残光の線を描く。殴り掛かってきた腕ごと、一閃の下に狂人の胴を二つに斬った。

「おいおい。訓練でも大概だとは思ってたけど、実戦を見るとおっかないな」

 刀を構えたままのカイツの口角が、ひくりと震える。

「第六にいた頃には、魔爬を一人で討伐したそうですからね。その気になれば平民の狂人くらいは何とでもなるのでしょう」
「恐ろしいな」

 合流したチュウヒは壁にもたれ掛かって座っているセイスの前に膝を突く。

「致命傷は外れていますね。立てますか?」
「すみません、難しそうです」
「構いません」

 左足が変な方向に曲がっている。他にも損傷がありそうなので、動けないのは仕方ないだろう。

「他に隊員は?」
「お前らが最初」
「了解」

 カイツの答えを聞くなり、チュウヒは番貝を弾いて屯所に連絡する。
 すでにこの階層から華族たちは避難している。番貝を使用しても咎める者はいない。

「チュウヒです。目標を制圧しました。セイスとカイツが負傷。セイスは自力移動が難しそうですので、運んで下ります。コウコウに直送しますので、手続きの方お願いします」
『了解。禁衛と回収班が向かってるはずだ。一人残れ』
「了解」

 立ち上がったチュウヒは、斃したばかりの狂人を見つめるオナガを振り返った。
 抜身の刀を鞘にしまうことも忘れて立ち尽くしている姿を見て、彼にこの後の後始末は無理だと判断する。

「オナガ、私が残りますから、あなたはセイスとカイツを連れてコウコウの第二病院に向かってください」
「了解した」

 彼らしくない淡々とした声。初めて人を斬ったことで、心にしこりが生じているのだろう。痛ましく思えてチュウヒとカイツは微かに顔をしかめるが、何も言わなかった。
 無言のまま背負われたセイスも空気を読んだのか、それともオナガの剣技に驚いているのか、無言でオナガの首に無傷な右腕を回す。

 無表情のまま歩き出したオナガを心配そうに見やるチュウヒの腕に、カイツが軽く右の拳を押し当てた。

「そんな顔すんな。きっと大丈夫だ」
「そうですね」

 人を斬ったことで精神を病み、検衛を辞めていく者もいる。けれどきっとオナガならば乗り越えられると、カイツとチュウヒは彼の背を見つめる。

 負傷した左腕を抑えながら、カイツはオナガを追いかけるように歩く。
 一人残されたチュウヒは、動揺を抑えるように一つ息を吐いた。相方の精神面は心配だが、一撃で狂人を斃す腕には惚れ惚れとしてしまう。

「嫉妬してしまいそうです」

 彼とて剣に身を捧げた一人なのだ。強さに憧れ、強さを求めてしまう。
 とはいえ感傷に浸っていられる時間は短かった。すぐに禁衛の隊員が現れて、事情説明や現場の後始末に追われることとなる。
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