華に君を乞う

しろ卯

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10.久しぶりにセッカに会えるかもしれないと

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 久しぶりにセッカに会えるかもしれないと少しばかり浮足立ちながら、オナガはチュウヒと共に蕊山に入る。
 一階は町とは呼べない、広く殺風景な空間だった。
 セッカたちが住む階層と、その近くしか知らなかったオナガは、記憶にある形式との違いに呆気に取られる。

「垠萼で討伐した魔物は、ここに運ばれてきて華族たちの指示により分別されます。必要なものは持ち帰られ、不要なものは下げ渡されコウコウに運ばれます」

 北東に位置するコウコウは、病院や工業の町として知られる。そこで魔物は様々なものに加工される。

 十階にまで到達すると、ようやく町らしくなってきた。
 とはいえセッカたちと暮らしていた階層と比べると、町はどこか薄暗い。雰囲気だけでなく、人工太陽も光が弱く見える。
 町を巡回して外壁に設置された扉を潜り、階段を上る

「蕊山は五十の階層に別れています。上に行くほど身分の高い華族が暮らし、蕊山の頂上である蕊頂には、王族と神子様がおわします。蕊頂に行ける平民は禁衛だけ。私たちもそこまでは上れません」

 チュウヒの説明を聞きながら、オナガは人気のない階段を進む。

「階段に華族が現れることは少ないですが、無いことではありません。人目が無いと油断しないように」
「分かりもした」

 とはいえ町の中では人目に付くため、休憩などは階段で行うという。

「緊急連絡用の番貝ばんばいは常に携帯しておいてください。何かあれば早めに連絡を」

 番貝は二枚貝の魔物で、貝殻を分けて一方に声を響かせると、離れていても対となる貝殻が鳴動して音を伝える。
 この特性を利用して、離れている際の通信手段として使われている。

 階段を辿り上の階層に向かうにしたがって、町は明るくなっていく。とはいえ平民街のように人の喧騒による賑やかさは存在しない。品よく洒落た雰囲気を醸し出していた。

 ようやく見慣れた町へと到達したのは、蕊山に入ってずいぶん経った頃だった。セッカと過ごした町は、蕊山の中でも上の階層だったようだ。
 懐かしさについ目が店や人へと向かってしまう。
 
「常に前を向き、視線を彷徨わせないように。平民の視線を不快と感じる華族もいます。華族が現れたら視線を下げ、直視しないように」

 すかさずチュウヒが注意する。
 セッカといるときは彼女や彼女の視線の先を見ていたので、すれ違う華族たちの様子を意識したことはなかった。
 彼女以外の護衛として連れ回された時は、早く帰りたいという気持ちを面に出さないように表情を殺していたので、やっぱり他人からの視線を意識したことは無い。

「第一部隊は大変なんじゃなあ」

 階段に辿り着くと、思わず零す。

「そうですね。入隊が叶ったというのに、耐え切れずに転属を希望する人も多いですよ」

 チュウヒが漏らした第一部隊の裏事情を聞いて、オナガは苦笑する。
 もしもセッカとの再会を望んでいなければ、オナガも早々に音を上げていた自信がある。規則だらけで縛られる生活は、彼には向いていないようだ。

 華族が暮らす階層としては最上階となる階層まで行くと、来た道を戻って蕊山から下山した。検衛の施設があるコウイの町に戻ると、自然と太い息を吐き出してしまう。

「お疲れ様でした。報告は私がしておきますので、オナガはもう休んでいいですよ?」
「あいがとごわす」

 労ってくれるチュウヒに礼を言って、オナガは訓練場に向かう。力ない足取りで去っていく背中を見送りながら、チュウヒは思わずうなる。

「初日の後で、寮ではなく訓練場を選びますか。なるほど。隊長と互角にやりあったという噂は、あながち嘘ではないようですね」

 初めて蕊山に入った者は、心身ともに疲労困憊となる。
 下手を打った途端に命の危機に晒される華族への対応。
 そしていつでも日光を浴びて栄養を手に入れることのできる華弁と違い、いつ飢えて動けなくなるか分からない蕊山の中。

 初めてだらけの状況、そして垠萼とはまた違う命がけの任務。慣れるまで消耗は激しい。
 チュウヒとて例には漏れず、蕊山に入り始めて一ヶ月ほどは心身の疲労に悩まされた。

「図太いのか、それともそれだけ鍛え抜いているからできることなのか」

 自分と然して変わらぬであろう年の青年の背を、わずかな羨望を込めて眩しげに見る。
 訓練場に向かうオナガにヤガンが声を掛けたところで視線を切ったチュウヒは、執務室へと向かった。
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