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しおりを挟むラティの眼差しは、決して俺を焦らせるようなものではない。
「何も。……本当に、何もないんだ。ただ、思い出して……」
「思い出した?」
「そう。忘れてたこと。多分、全部……だと、思う……」
俺の言葉に、ラティが目を見開く。
否、でも本当は多分、予想していたはずだ。
そもそも記憶の混乱は、一時的なものである可能性も高かった。
特に俺のような場合は。
「そう……それはよかった、と言っていいのかな?」
曖昧に微笑むラティに頷いた。
「うん、いいと思う」
「きっかけは一昨日のこと?」
訊ねられ、やはり頷く。
一昨日、つまり、イニエレス伯爵家の次男が近づいてきたことだ。
別に彼の男と俺が直接顔を合わせたわけではない。
だけど彼とシェラがほぼ間違いなく接触した、その事実だけで、俺には大きな意味があり、だからこそ俺は無理にでも急ぎ、あの場所に行かなければならないと思ったのだから。
正しくは思い出さなければならないと思った。
そのためにはきっと、あの場所。
そもそも、俺が閉じ籠るきっかけとなったそこへ行くと、思い出せるのではないかと、そう思って。
何か根拠があったわけではない、ただきっとそうすれば思い出せる、そんな確信がどこかにあり、その衝動に突き動かされるように動いたに過ぎなかった。
実際に思い出せたのだからよかったと思うだけだ。それよりも。
「あの夜会の日。あの男はシェラを襲った。俺はその現場を目撃して、取り乱し、意識を失った。そんな騒動を起こして、半年の謹慎処分だけだったとは思えない、なのにどうして……」
俺の言葉に、ラティも難しそうな顔で眉間にしわを寄せた。
「それは今、確認中だよ。何らかの手違いがあったのだとは思うけど……ただ、何か大きな思惑がどこかで動いているだとか、そんな気配もなくてね。ああ、心配しなくていい、勿論今後は半永久的に登城禁止にしたし、何なら、謹慎どころか王都自体にも立ち入り禁止だ。おそらくはこれ以上、君のこともシェラのことも煩わせるようなことはなくなるだろう」
多分、そう大きな問題が起こってああなった、というわけではないのだろうと思う。
だからこそ確認に時間がかかっているのかもしれない。
俺はあの男に関して言えば、今後の心配はほぼないというラティの話に、とりあえずは安堵の息を吐いた。
記憶している限り、あの男はあの本に出てきた印象とそう大きくは変わっていなかったように思う。
つまりシェラに執着していて、だからこそ何をしでかすかわからないとでも言えばいいのか。
だけど今度こそ、もうこれ以上何かが起こることはないというのなら、それだけでもよかったと言っていいのだろう、少なくともシェラにとっても、俺にとっても。
ラティはそんな俺の様子を、まだまだどこか注意深く、窺い続けているようだった。
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