30 / 141
08-2
しおりを挟む少し前の自分の無謀さに溜め息を吐きながら、のろのろとテラスまで移動する。
それなりの大きさの、ソファとまではいかずとも、深く身を沈めると心地よく思える椅子に腰かけ、またしてもだらしなく体を預けた。
今までならありえない力の抜き方に、こんな所もルニアらしくないなとちらと思う。
やはりどう考えても今の俺が、前と同じように振る舞うのは難しそうだった。
予めある程度は用意してあったのだろう、シェラが手早くテーブルに並べてくれた夕食は、王宮でこんなものが食事として出てきたことがあっただろうかと首を傾げるぐらい簡素で。
だけど今の俺は、その簡素さに何故かほっと安堵の息を吐いた。
今の立場を思うと仕方のない部分はあるのだけれど、そもそも、王族だけあって、これまでルニアが摂ってきた食事は三食とも、基本はコース料理のようなものばかりなのだ。
勿論、朝は少し軽めにはなるし、夜は心持ち量も多い。
それを思うと今、テーブルに並べられているのはあっさりしてそうな海鮮のパスタと、とても簡素で。貝の実らしきものと魚の白身に見えるものが和えられていた。
あとはスープとパン、サラダが添えられていて、特にスープには肉団子のようなものが入っているようなので他にメインが出てくるとも思えない。
やっぱりいつもとは違うなとぼんやり思った。
「お気に召しませんでしたか? 体調が思わしくないままでしょうから、軽めの物をご用意致しましたが……特に、思い出された前世は立場があるような方ではなかったのですよね? それを踏まえて少しばかり、庶民よりにもさせて頂きました」
シェラなりに気を使ってくれたようだと知り、俺は慌てて首を横に振る。
「え?! いや、助かったよ、ありがと」
これでいつも通りの豪華と言える夕食など出てきていたら、きっと、ほっと息を吐く、などと言うわけにはいかなかっただろうから。
(マナー、とかは多分、大丈夫だとは思うけどな……)
ルニアとしての記憶も勿論、体に身に着いた習慣のようなものもあった。
特にルニアは隣国の第三王子とはいえ、生れながらの王族なのだ。早々忘れてしまえるようなマナーを教えられたりしていない。
思い返してみると、昼食も、軽食だと出されたサンドイッチのようなもので済ませてしまって、他に改めて摂るなどと言うことはなかった。
ぼんやりと本を読みながら、そこから目を反さず三時のお茶? おやつ? のような物は食べたような気がする。
大変にお行儀が悪かったが、それぐらい本に夢中だったのだ。
シェラも特に咎めたりしなかった。
(物は、あれはフィナンシェのような焼き菓子、だったような……)
それさえ曖昧になっているだなんて、どれだけ本にばかり意識を向けてしまっていたのだろう。
流石に今は、ソファに置いて来てあった。
ほとんど何も考えず、習慣に従って行儀よく夕食を摂って。前世では食べたことのない、だけど妙に舌に馴染む味に、ルニア自身はこれまで同じような料理を口にしてきたのだなと、しみじみと思い知る。
それぞれ料理の名前ひとつわからないけれど、きっとわかる必要はない。
添えられたパンも、流石にやたらと美味しくて温かい。
なんとなく、今、目の前に誰もいなくて、暗い夜の庭しかなくて。……ラティが、居なくて。それが妙に寂しく思えた。
今、俺は決して部屋に一人というわけではない。
侍従も侍女も護衛も、シェラも傍にいる。いないのはラティだけ。
おそらく食堂に行けば、いまだ健在な義父母に当たる国王陛下や王妃殿下にもお会いできることだろう。今までと同じだ。
勿論、彼らにだって、それぞれに用事があることもあり、常に食事を共にしていたわけではないけれど、ルニアはいっそラティよりも義父母にかわいがられていたほどだった。
多分、幼い頃からラティの婚約者として成長していく姿を見られていたというものあるのだろう。
王子妃教育や王妃教育では、流石にラティとは同じとはいかず、その代わりのように王妃殿下が立ち会われることもしばしばだったから余計に。
『ルニアちゃんは本当に可愛いわぁ、ラティとは大違いね』
あの子は本当に可愛げがなくって。
などと折に触れ言われたのをよく覚えている。
王妃殿下のみならず陛下にも同じようなお言葉を頂いた覚えがあり、そんな彼らとお会い出来ればきっと寂しくないだろうなとなんとなく思った。でも。
(一番、足りない、そう思うのは、ラティ……)
目の前にラティがいない。あるいは横に寄り添うぬくもりがない。
今夜はこのまま一人。
それは間違いなくゆっくりと眠れるということに他ならないのに。
(寂しくて仕方がないだなんて……はは。これこそがルニアの感情かな……)
小さく自嘲する。
自分はやはりルニア以外の何物でもない。
そう実感しながら夕食を終えた。
83
お気に入りに追加
2,062
あなたにおすすめの小説
【完結】悪役令息の従者に転職しました
*
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。
依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。
皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ!
本編完結しました!
『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく、舞踏会編、はじめましたー!
他のお話を読まなくても大丈夫なようにお書きするので、気軽に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。
【完結】だから俺は主人公じゃない!
美兎
BL
ある日通り魔に殺された岬りおが、次に目を覚ましたら別の世界の人間になっていた。
しかもそれは腐男子な自分が好きなキャラクターがいるゲームの世界!?
でも自分は名前も聞いた事もないモブキャラ。
そんなモブな自分に話しかけてきてくれた相手とは……。
主人公がいるはずなのに、攻略対象がことごとく自分に言い寄ってきて大混乱!
だから、…俺は主人公じゃないんだってば!
【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします
*
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!?
しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です!
めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので!
本編完結しました!
『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく舞踏会編をはじめましたー!
他のお話を読まなくても大丈夫なようにお書きするので、気軽に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。
すべてを奪われた英雄は、
さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。
隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。
それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。
すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。
今世はメシウマ召喚獣
片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。
最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。
※女の子もゴリゴリ出てきます。
※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。
※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。
※なるべくさくさく更新したい。

アルファな俺が最推しを救う話〜どうして俺が受けなんだ?!〜
車不
BL
5歳の誕生日に階段から落ちて頭を打った主人公は、自身がオメガバースの世界を舞台にしたBLゲームに転生したことに気づく。「よりにもよってレオンハルトに転生なんて…悪役じゃねぇか!!待てよ、もしかしたらゲームで死んだ最推しの異母兄を助けられるかもしれない…」これは第2の性により人々の人生や生活が左右される世界に疑問を持った主人公が、最推しの死を阻止するために奮闘する物語である。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる
風見鶏ーKazamidoriー
BL
秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。
ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。
※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる