贖罪の救世主

水野アヤト

文字の大きさ
490 / 875
第二十八話 激動

14

しおりを挟む
「最高司令、準備が整いました」
「御苦労様です。では予定通り、各部隊に通達をお願いします」
「はっ!」

 太陽は雲に覆い隠された、曇天の空の下、彼らの姿はあった。広大な草原に集まっている、完全武装の軍団がいる。この場には数千の兵力が集められており、武器や食料などの大量の物資も用意されていた。彼らは皆、これから戦争へと向かう。そのための準備は既に整い、各部隊は出撃の命令を待っている。
 この軍団を率いている最高司令官の名は、エミリオ・メンフィス。ヴァスティナ帝国軍の軍師だが、今は帝国宰相の命令によって、帝国軍の全指揮権を預かっている。
 この草原に集まっている軍団は、ヴァスティナ帝国のほぼ全ての兵力である。最高司令官であるエミリオは、決戦のために帝国軍の戦力を搔き集め、ここに集結させた。この軍団の目的は、中立国アーレンツへの大規模侵攻作戦である。
 アーレンツには今、帝国参謀長リクトビア・フローレンスが捕らわれている。エミリオと帝国軍兵士達は、彼を救出するためにこの地へと集まった。奪われた救国の英雄を取り戻さんとする、この地に集まった兵士達の士気は高い。
 
「エミリオ!!」
「!」

 部下からの報告を聞き終え、一人頭の中で作戦の事を考えていたエミリオの背後から、元気のある大声で呼びかけた男が一人。急に彼の大声が飛んできたせいで、エミリオは一瞬、肩をびくつかせるほど驚いてしまった。
 声の主は、帝国軍所属の戦士ライガ・イカルガである。別名「歩く正義馬鹿」と呼ばれている、正義の味方を目指す戦士だ。

「ライガじゃないか・・・・・、びっくりさせないでくれ」
「?」
「・・・・・そうだね、君に悪気はないんだった。どんな時でも元気がいいのは、非常に良い事だと思うよ」
 
 ライガは良くも悪くも真っ直ぐで、純情な男なのである。大声を出してエミリオを驚かせてしまった事も、悪気があったわけではないのだ。
 エミリオとライガは、ある意味正反対の人間同士と言える。簡単に言うと、思考タイプのエミリオと違い、ライガは直感を頼りに生きるタイプである。軍師であるエミリオの命令を聞かず、己の直感だけを頼りに戦闘を行なってしまうライガには、彼も度々頭を悩ませていた。
 決して悪い男ではないのだ。しかし、直線的過ぎる性格の彼の行動は、エミリオのようなタイプの人間だけでなく、他の多くの人間達も困らせてしまう。そのせいで彼自身、何度も苦悩する羽目になった。ただ、不器用過ぎるだけなのである。
 
「それより、私に何か用があったのではないのかい?」
「ああ!!皆の準備が終わったって聞いたぜ!やっとオレの出番か!?」
「もう少しの辛抱さ。君の出番は、アーレンツに到着してからだよ」
「うおおおおおおおおっ!燃えてきたぜええええええええっ!!」

 ライガの士気は非常に高く、彼の戦士としての血が滾っているのがわかる。彼の気合はいつも以上であった。ライガもまた、リクトビア奪還に戦意を燃やしているのだ。
 どんな手段を使おうと、どんな犠牲を払おうと、必ずリクトビアを救い出すと誓うエミリオもまた、彼と気持ちは同じである。平常を装っているが、エミリオもまた、内心炎のように燃え上がる戦意を抱いている。

「今からそんなに張り切っていたら、アーレンツに到着するまで体力が持たないよ?」
「心配するな!!オレは体力だけは自信がある!体力だけはリックにも褒められてるんだぜ!」

 初めはライガと敵同士であった。戦場で彼と戦い、彼の力を欲したのは、帝国軍ではリックだけだった。
 誰もが彼を仲間に加えるのに反対した。敵であった者を簡単に信用し、仲間にするなど危険だと訴えたのである。それでもリックは、彼の事を気に入って仲間に加えてしまった。
 エミリオも、最初はライガの存在を危険だと考えていた。そして、こんな直線的な男が、戦場で役に立つ事はないと考えていたのである。実際ライガは、度々命令無視の独断専行をしては、皆に迷惑をかけ続けている。
 それでもリックは、ライガを仲間の一人とし、彼を見限る事は決してなかった。

「オレは絶対リックを助ける!オレはまだ、リックに恩を返しちゃいない!」
「君を帝国軍の一員として拾ってくれた事かい?」
「それだけじゃない!リックのお陰でオレは、自分を見つめ直す事ができたんだ!だから、一生かけてでもこの恩を返したい」

 ライガにとってもまた、リックは生きる希望なのである。それは、エミリオも同じであった。
 正反対の二人。だが、エミリオもライガも、共通している点が一つある。それは、二人共リックにその力を欲されて、ここにいるという事だ。
 そして二人は、リックと出会い、仲間となったあの瞬間から、彼の存在が生きる希望となった。故にエミリオは、どんなに己の手を血で赤く染めようとも、彼を救い出そうと誓っている。

「恩返しのために戦うんだね。君が私達の仲間になった経緯を考えると、その気持ちもわかるよ」
「恩返しのためだけじゃないぜ。おかしなこと言うなよ」
「えっ?」

 ライガはゆっくりと己の拳を前に突き出し、エミリオへと向ける。向けられた右手の拳と、エミリオを見るライガの闘志の燃えた眼が、彼の存在感を一層大きなものへと変えていく。
 これは彼の覚悟だ。必ずリックを救い出し、皆で生きて帝国に帰ろうという、正義の戦士の覚悟だ。

「リックはオレ達の仲間だ!!仲間が助けを求めてるんなら、助けに行くのは当たり前だぜ!」
「!!」

 ライガの言葉で、エミリオは大切な事を思い出した。自分達は、国のため英雄であるリックを救うのではない。恩返しのためでもなければ、自分達の生きる意味のためでもない。
 リックは自分達を仲間にしてくれた。家族同然のように、自分達を大切に想ってくれている。そしてリックは、自分達にとっても家族同然の仲間なのだ。ライガの言う通り、仲間が助けを求めているならば、助けに行くのは当たり前なのである。
 とても単純で、真っ直ぐな気持ち。エミリオはそれを忘れていた。リックという生きる希望を失うまいと、己の不安と戦うあまり、単純で大切な想いを忘れてしまっていた。
 
「・・・・・君の言う通りだ」
「?」
「必ず助けよう。リックは私達の大切な仲間なのだから」

 正直、エミリオはライガの事が少し苦手だった。お互いの性格が真逆で、彼にはいつも頭を悩まされていたのだから、これは仕方がない。
 だが今は、その苦手意識は消え失せ、彼もまた自分達の仲間なのだと、改めて思う。

「ライガ、期待しているよ。戦場での君の突撃力だけは、帝国軍随一だからね」
「おう、任せとけ!!」
「できれば、戦場ではもっと頭を使ってくれるとありがたいかな」
「悪い!たぶん無理だ!」
「えっ!?」
「リックに言われてる!お前は色々考えるだけ無駄だから、エミリオ達の言う事ちゃんと聞いて動けってな!!」

 驚くエミリオと、リックの教えを自慢げに語るライガ。リックはライガに、エミリオ達の命令通りに動く犬になれと、そう教えていたのだ。確かに、ライガのようなタイプにはそれが一番かもしれないが、それは流石に酷いのではエミリオは思う。
 しかし、彼は頭の中でライガを犬と思い、戦場で自分が彼に命令を出す姿を想像して、噴き出して笑ってしまった。

「ふふっ、ふふふふ・・・・・」
「なっ、なんだよ?オレ、何か面白い事でも言ったか?」
「いっ、いや何でもないんだ。ただちょっと、想像したらおかしくって・・・・・」

 ライガのお陰で大切な事を思い出し、張り詰めていた自分の緊張も少し楽になったエミリオは、彼と共に兵達の待つ集合場へと移動する。
 移動した先に待っていたのは、整列する帝国軍兵士達と、帝国軍を支える幹部達であった。彼らもまたライガと同じように、その眼に戦意を燃やしている。戦意だけでなく、猛烈な怒りと殺意を放つ者もいる。
 彼らはエミリオの言葉を待っていた。彼がその言葉を発すれば、ようやく彼らは、ここへ来た目的のために、戦場へと赴く事ができるのである。
 大義ある戦争の時間。彼の国の全てを滅ぼすまで、戦闘を止める事は許されないと命令されている。とは言え彼らは、そんな命令を受けなくとも、最初からそのつもりだ。

「皆、準備も覚悟もできているね?」

 最終確認とも言える、最高司令官の問い。集合場に集まる者達は、その問いに無言だった。だがそれは、愚問であるという意思の表れなのだ。
 だからエミリオは、これ以上何も聞く事はなかった。彼らが待ち侘びている、最高司令官である己の命令を、声を張り上げ口に出す。

「これより我が軍は、中立国アーレンツへ侵攻作戦を開始する!全軍、出撃せよっ!!」

 エミリオの号令が下り、兵士達の大地と空気を震わす咆哮が上がる。出撃のため、周りが一瞬で慌しくなる中、号令を下した本人であるエミリオは、普段この役を行なうリックの、血を滾らせる号令を思い出していた。

(やはりこの役は私に向いていない。一日でも早く代わって貰うためにも、必ず助け出すよ、リック・・・・・)
 
 軍師エミリオ・メンフィスを最高司令官とする、ヴァスティナ帝国軍主力は出撃した。
 彼らの目指す先は、中立国アーレンツ。帝国軍がアーレンツに到着するまで、あと三日。
しおりを挟む
感想 72

あなたにおすすめの小説

慈愛と復讐の間

レクフル
ファンタジー
 とある国に二人の赤子が生まれた。  一人は慈愛の女神の生まれ変わりとされ、一人は復讐の女神の生まれ変わりとされた。  慈愛の女神の生まれ変わりがこの世に生を得た時、必ず復讐の女神の生まれ変わりは生を得る。この二人は対となっているが、決して相容れるものではない。  これは古より語り継がれている伝承であり、慈愛の女神の加護を得た者は絶大なる力を手にするのだと言う。  だが慈愛の女神の生まれ変わりとして生を亨けた娘が、別の赤子と取り換えられてしまった。 大切に育てられる筈の慈愛の女神の生まれ変わりの娘は、母親から虐げられながらも懸命に生きようとしていた。  そんな中、森で出会った迷い人の王子と娘は、互いにそれと知らずに想い合い、数奇な運命を歩んで行くこととなる。  そして、変わりに育てられた赤子は大切に育てられていたが、その暴虐ぶりは日をまして酷くなっていく。  慈愛に満ちた娘と復讐に駆られた娘に翻弄されながら、王子はあの日出会った想い人を探し続ける。  想い合う二人の運命は絡み合うことができるのか。その存在に気づくことができるのか……

『王都の神童』と呼ばれた俺、職業選定でまさかの【遊び人】三連発で追放される。……が、実は「全職業のスキル」を合算して重ねがけできる唯一のバグ

よっしぃ
ファンタジー
王都で「神童」の名をほしいままにしていた少年、ディラン・アークライト(17歳)。   剣を握れば騎士団長を唸らせ、魔法を学べば賢者を凌駕する。誰もが彼を「次代の勇者」と信じて疑わなかった。  しかし、運命の職業選定で彼が得たのは――【遊び人】。   それも、三つの職業スロットすべてが【遊び人】で埋まるという、前代未聞の怪現象だった。 「期待外れだ」 「国の恥晒しめ」   掌を返した周囲によって、ディランは着の身着のままで街を追放される。  だが、かつて神童と呼ばれた彼の「分析力」は死んでいなかった。 『……Lv1なのに、ステータスが異常に高い? それに経験値が分散せず、すべて加算されている……?』  彼だけが気づいた真実。  それは【遊び人】という名に偽装された、この世界の管理者権限(Free-Hander)であり、全職業のスキルを制限なく使用・強化できるバグ技(デバッグモード)への入り口だったのだ。  これは、理不尽に捨てられた元・神童が、その頭脳とバグ能力で世界を「攻略」し、同じく不遇な扱いを受けていた美少女騎士(中身は脳筋)と共に、誰よりも自由に成り上がる物語。 【著者プロフィール】アルファポリスより『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』を出版、オリコンライトノベル部門18位を記録。本作は2月に2巻刊行予定。

【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~

石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。 ありがとうございます 主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。 転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。 ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。 『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。 ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする 「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

追放された味噌カス第7王子の異種族たちと,のんびり辺境地開発

ハーフのクロエ
ファンタジー
 アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。

【リクエスト作品】邪神のしもべ  異世界での守護神に邪神を選びました…だって俺には凄く気高く綺麗に見えたから!

石のやっさん
ファンタジー
主人公の黒木瞳(男)は小さい頃に事故に遭い精神障害をおこす。 その障害は『美醜逆転』ではなく『美恐逆転』という物。 一般人から見て恐怖するものや、悍ましいものが美しく見え、美しいものが醜く見えるという物だった。 幼い頃には通院をしていたが、結局それは治らず…今では周りに言わずに、1人で抱えて生活していた。 そんな辛い日々の中教室が光り輝き、クラス全員が異世界転移に巻き込まれた。 白い空間に声が流れる。 『我が名はティオス…別世界に置いて創造神と呼ばれる存在である。お前達は、異世界ブリエールの者の召喚呪文によって呼ばれた者である』 話を聞けば、異世界に召喚された俺達に神々が祝福をくれると言う。 幾つもの神を見ていくなか、黒木は、誰もが近寄りさえしない女神に目がいった。 金髪の美しくまるで誰も彼女の魅力には敵わない。 そう言い切れるほど美しい存在… 彼女こそが邪神エグソーダス。 災いと不幸をもたらす女神だった。 今回の作品は『邪神』『美醜逆転』その二つのリクエストから書き始めました。

処理中です...