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母親としての彩乃を気遣うような言葉が自然と良の口から出てくることに、裕司は少なからず戸惑って、彼の優しさの底が見えないような心地になった。
良は自身の母親から離れて肩の荷が下りたような態度を見せるし、実際その側面はあるのだろう。それでも、彼は今でも母親に相応の情を持っていることは確かで、またその愛情を求めていないはずがなかった。
「……良」
手を伸ばして仰向いた良の額を撫でる。良は目だけ動かして裕司を見た。
こちらを向いた黒い瞳が深くて、澄んでいるのに真っ暗な深海を錯覚して、裕司は言葉に迷う。
「……なに、どしたの」
良が少し笑ってそう言ったおかげで、裕司の気持ちはいくらかほぐされた。
「お前、いいことばっかり言わなくてもいいんだからな」
「え?」
「姉貴とか……牧さんとかはともかく、俺には後ろ向きなこと言ったって、嫌いになりゃしねえよ」
良はぱちぱちと瞬いて、そして裕司の言葉を咀嚼して飲み込んだ後、身体ごと裕司に向き直った。
「……あんたも、もっと格好悪くても大丈夫だよ」
「それ……姉貴にも言ってたな」
「だってあんた俺の前で格好つけるじゃん。格好つけてるあんたも嫌いじゃないけど、普通にしててもちゃんと格好いいんだから、わざわざ神経使わなくてもいいんじゃない?」
「……褒め殺しか?」
「もー」
良は裕司の肩を押しやって、掛け布団を引き寄せた。
「あんたにもダメなところがいっぱいあるんだろうなって思うけど、あんたが隠すからつまんない。ダメなところでも俺が好きか嫌いかは見てみないとわかんないじゃん」
それは裕司にとっては意外な言葉で、すぐに応答ができなかった。良のものの考え方は裕司を驚かせることが多いけれど、よほど世界の見え方が違うのかもしれなかった。
「……欠点を好かれる発想はなかったな」
「そう? あんただって俺のいいとこばっかり好きなわけじゃないんじゃないの?」
お前の欠点なんて、と言いそうになってから、良の言葉がやっと腹の底に落ちた感覚があった。
もちろん、彼に短所があることは認識していた。人見知りするくせに好奇心が強すぎるところは言動をアンバランスにさせたし、大人に頼ったり甘えたりすることはシンプルに下手だと思う。自分を休ませることはもっと不得手で、その分身体が睡眠で補おうとするから、起きようにも起きられなくなってしまうこともあった。
何でも自分の責任だと感じてしまう嫌いもあったし、いつだって重すぎる義務を己に課していて、人からもそう扱われることが適当だと思っている節がある。でも現実はそうではないから、その齟齬で勝手にすり減って、裕司が気付くまで黙って消耗し続けるのも悪い癖だった。
ならば、それらが裕司の彼への好意を目減りさせる要因になるかと言えば、答は否だ。
彼が抱えたいびつさは彼の責任ではないと思うし、そこから生じる問題を裕司に共有してくれることは嬉しかった。彼の力になりたかったし、彼に頼られる己でありたいという願望があることは否定しようもなくて、彼もそれを理解しつつあると思う。彼に頼られたい、甘えられたいと思うことは、言ってしまえば裕司が己の心の不足を彼で埋めようとしているということで、それは裕司の欠点とも言えたが、偶然にも利害は一致していた。
「……最近鋭いよな、お前……」
顔を押さえて呟くと、良はよくわからないという顔をして、裕司ににじり寄ってきた。
「ちょっと前まで、俺の考えてることなんて想像もできないような顔してたくせに……」
情けない愚痴だと知りながら、何だかうらめしくてそう言うと、良は不服を訴える目をして、また裕司にのしかかってきた。
「そんなのっほんとにあんたのこと何にも知らなかったんだからしょーがないじゃん!」
「わかってる、わかってるって……」
「わかってるのに言うの腹立つ~」
そう言って良は、胸元に額をぐりぐりと押し付けてきた。痛いやらくすぐったいやらで、裕司は笑う。こんなふうに親密な距離でいるのがすっかり当たり前になっていて、つい数ヶ月前まで見ず知らずの他人だったことが信じがたかった。
「いてて……悪かったよ。もう寝ようぜ。さすがに今日は俺も疲れた」
我ながらくたびれた声だと思いつつ言うと、良は黙って手を伸ばしてきて、裕司の頭を撫でた。
「……彩乃さん、あんたのこと怒らなくってよかったね」
「…………うん」
「俺のこと話してくれたの、俺嬉しかったよ。彩乃さんにあんたのこと好きだって隠さないでいいの、……思ってたよりずっと嬉しい」
「そうか……」
うん、と頷いて、良は自分の枕を引っ張って裕司の枕に寄せた。
「……俺にとって、あんたは世界の半分ぐらい」
「え?」
良の声が独り言のようなそれだったので、裕司はつい訊き返した。言葉の意味など考えてはいなくて、枕に頭を置いた良の目が裕司を見てから、聞き流した方がよかったのではないか、と気付く。
「説明してもいいけど、眠いでしょ? 明日も俺ご飯作るよ。何食べたい?」
ああ、気を遣われた、と思いながら、それが心地よくて裕司は目を細めた。
「……麺類か白飯かで迷うな」
ふふ、と良は笑って、起きたらどっちか決めてね、と言った。
良は自身の母親から離れて肩の荷が下りたような態度を見せるし、実際その側面はあるのだろう。それでも、彼は今でも母親に相応の情を持っていることは確かで、またその愛情を求めていないはずがなかった。
「……良」
手を伸ばして仰向いた良の額を撫でる。良は目だけ動かして裕司を見た。
こちらを向いた黒い瞳が深くて、澄んでいるのに真っ暗な深海を錯覚して、裕司は言葉に迷う。
「……なに、どしたの」
良が少し笑ってそう言ったおかげで、裕司の気持ちはいくらかほぐされた。
「お前、いいことばっかり言わなくてもいいんだからな」
「え?」
「姉貴とか……牧さんとかはともかく、俺には後ろ向きなこと言ったって、嫌いになりゃしねえよ」
良はぱちぱちと瞬いて、そして裕司の言葉を咀嚼して飲み込んだ後、身体ごと裕司に向き直った。
「……あんたも、もっと格好悪くても大丈夫だよ」
「それ……姉貴にも言ってたな」
「だってあんた俺の前で格好つけるじゃん。格好つけてるあんたも嫌いじゃないけど、普通にしててもちゃんと格好いいんだから、わざわざ神経使わなくてもいいんじゃない?」
「……褒め殺しか?」
「もー」
良は裕司の肩を押しやって、掛け布団を引き寄せた。
「あんたにもダメなところがいっぱいあるんだろうなって思うけど、あんたが隠すからつまんない。ダメなところでも俺が好きか嫌いかは見てみないとわかんないじゃん」
それは裕司にとっては意外な言葉で、すぐに応答ができなかった。良のものの考え方は裕司を驚かせることが多いけれど、よほど世界の見え方が違うのかもしれなかった。
「……欠点を好かれる発想はなかったな」
「そう? あんただって俺のいいとこばっかり好きなわけじゃないんじゃないの?」
お前の欠点なんて、と言いそうになってから、良の言葉がやっと腹の底に落ちた感覚があった。
もちろん、彼に短所があることは認識していた。人見知りするくせに好奇心が強すぎるところは言動をアンバランスにさせたし、大人に頼ったり甘えたりすることはシンプルに下手だと思う。自分を休ませることはもっと不得手で、その分身体が睡眠で補おうとするから、起きようにも起きられなくなってしまうこともあった。
何でも自分の責任だと感じてしまう嫌いもあったし、いつだって重すぎる義務を己に課していて、人からもそう扱われることが適当だと思っている節がある。でも現実はそうではないから、その齟齬で勝手にすり減って、裕司が気付くまで黙って消耗し続けるのも悪い癖だった。
ならば、それらが裕司の彼への好意を目減りさせる要因になるかと言えば、答は否だ。
彼が抱えたいびつさは彼の責任ではないと思うし、そこから生じる問題を裕司に共有してくれることは嬉しかった。彼の力になりたかったし、彼に頼られる己でありたいという願望があることは否定しようもなくて、彼もそれを理解しつつあると思う。彼に頼られたい、甘えられたいと思うことは、言ってしまえば裕司が己の心の不足を彼で埋めようとしているということで、それは裕司の欠点とも言えたが、偶然にも利害は一致していた。
「……最近鋭いよな、お前……」
顔を押さえて呟くと、良はよくわからないという顔をして、裕司ににじり寄ってきた。
「ちょっと前まで、俺の考えてることなんて想像もできないような顔してたくせに……」
情けない愚痴だと知りながら、何だかうらめしくてそう言うと、良は不服を訴える目をして、また裕司にのしかかってきた。
「そんなのっほんとにあんたのこと何にも知らなかったんだからしょーがないじゃん!」
「わかってる、わかってるって……」
「わかってるのに言うの腹立つ~」
そう言って良は、胸元に額をぐりぐりと押し付けてきた。痛いやらくすぐったいやらで、裕司は笑う。こんなふうに親密な距離でいるのがすっかり当たり前になっていて、つい数ヶ月前まで見ず知らずの他人だったことが信じがたかった。
「いてて……悪かったよ。もう寝ようぜ。さすがに今日は俺も疲れた」
我ながらくたびれた声だと思いつつ言うと、良は黙って手を伸ばしてきて、裕司の頭を撫でた。
「……彩乃さん、あんたのこと怒らなくってよかったね」
「…………うん」
「俺のこと話してくれたの、俺嬉しかったよ。彩乃さんにあんたのこと好きだって隠さないでいいの、……思ってたよりずっと嬉しい」
「そうか……」
うん、と頷いて、良は自分の枕を引っ張って裕司の枕に寄せた。
「……俺にとって、あんたは世界の半分ぐらい」
「え?」
良の声が独り言のようなそれだったので、裕司はつい訊き返した。言葉の意味など考えてはいなくて、枕に頭を置いた良の目が裕司を見てから、聞き流した方がよかったのではないか、と気付く。
「説明してもいいけど、眠いでしょ? 明日も俺ご飯作るよ。何食べたい?」
ああ、気を遣われた、と思いながら、それが心地よくて裕司は目を細めた。
「……麺類か白飯かで迷うな」
ふふ、と良は笑って、起きたらどっちか決めてね、と言った。
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