大人になる約束

三木

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「ウーロン茶ふたつお願いします」
 裕司がそう言うと、牧はにやにやと意味深な笑いを浮かべた。大体何が言いたいのかわかると思いながら、裕司は店員が去るまで素知らぬ顔でおしぼりを使う。
「裕司さんウーロン茶なんて。どうしたんですか」
 案の定、牧は楽しそうな声でそう言った。
「どうせこの後飲みに行くじゃねえか」
「いやぁ、俺の知ってる裕司さんだったらビールか焼酎あたりいってましたね」
 余計なことを、と思うと同時に、左頬に視線を感じた。良がじっと見つめてきていて、牧がいなければ何か小言めいたことを言われたに違いないと思う。
「俺も摂生を考える歳になったんだよ」
 良のためだと当人の前で言うのはさすがに恥ずかしくて、裕司は決して嘘ではない言い訳をした。そのタイミングでお通しが運ばれてきて、小さな鉢を良の前に置いてやると、それでようやく良の視線が裕司から離れた。
「どこか悪いわけじゃないんでしょう?」
「今のとこはな」
「ですよね。去年会ったときよりお元気そうですもん。やっぱりプライベートが充実すると違いますか」
 牧はにこにこと満面の笑みで言う。その話題に持って行きたくて仕方がなかったという気持ちが声ににじみ出ていたし、裕司が逆の立場であってもそれはやむを得ないことだと思われた。
「……そんな遠回しに言わなくてもいいんだぞ。俺だってわかってこいつを連れてきてるんだから」
 あはは、と牧は笑い声を上げて、頭を掻いた。
「いや、すみません。浮かれちゃって。ほんとは良くんにも色々訊きたくてしょうがないんですけど、嫌われたらつらいなと思って」
 えっ、と声を漏らして、良は箸からお通しのゴボウを取り落とした。しかもそれに気付かなかったようなので、裕司は黙ってそれを拾って空いた皿に入れる。
「何を訊くつもりだよ」
「だって、一緒に暮らしてるんでしょう? 俺同棲とかしたことないから、それだけでも気になるのに、良くんみたいな可愛い子が、一緒に生活できるくらい裕司さんのこと好きなのすごいじゃないですか」
 随分と恥ずかしいことを言葉にされたと思って、裕司は唇を結んだが、ふと隣を見ると良の方はそれどころではなかった。未だかつて見たことがないほど赤くなって、箸を持ったまま固まっていた。
「わ、ごめん、こういう話よくなかった?」
 牧は焦った声でそう言ったが、良は聞き取れないほどの声で何か呟いて首を横に振った。牧は口元を隠す仕草をしながら、裕司を見る。
「わー、俺黙ってた方がいいですかね」
「……それはそれで緊張しそうだから、普通でいいよ」
「え?」
「いや、こいつな、今日ここに来るのめちゃくちゃ緊張してたんだよ」
 ある程度は牧も察していただろうと思いつつ言うと、テーブルの下で良に蹴られた。横目に見ると、良は困り切ったように眉を下げて裕司を見て、しばらく躊躇ってから箸を置いた。
「あの……俺、すみません。話とか全然……うまくできなくて」
 うなだれて言ったその声は素直で、それだけで充分に伝わるものがあった。牧は手を横に振ってみせる。
「ええ? そんなの謝らないでよ。俺、良くんのこと何にも知らないから、好奇心が先走っちゃって。ヘンなこと言っちゃったら怒っていいよ。ちゃんと謝りたいし」
 良は赤みの引いてきた顔を少し上げて、黒い光沢のある瞳で牧を見た。それからちらりと裕司を振り返って、初めて笑みらしきものを表情に乗せた。
「……悪いやつじゃないだろ?」
 そう言ってやると、良ははにかんで微笑む。その顔がとても可愛いという自覚はきっとないのだろうと思った。
 ふうん、と得心したような声がして目を向けると、牧がじっとこちらを見ていた。裕司と目が合うと、牧はくしゃっと人懐こく笑う。
「仲良さそうですねぇ。いいなぁ」
「仲は良いよそりゃ」
「正直な話、裕司さんってパートナーを見せびらかすタイプの人じゃなかったから、今日は一から十まで新鮮です」
「別に見せびらかしに来たわけじゃねえぞ」
 わかってますよ、と牧は笑う。そこにドリンクが運ばれてきて、牧が乾杯と言ってグラスを差し出すのに、良はおっかなびっくりグラスを合わせていた。
「……あの、牧さん」
 窺うような声で、良からそう呼びかけられて、牧は瞬いて良を見た。
「その……俺に、気とか遣わないでください。全然……放っといてくれても大丈夫だし……」
 牧は目を丸くして良と裕司を交互を見て、そしてやんわりと微笑んだ。
「良くんとも話したいんだけど、色々訊かれるのとかイヤじゃない?」
「イヤ……ではないです。でも、俺、面白い返しとかできないんで……」
 おどおどとした態度は抜けていなかったが、良の静かな声音はどこか落ち着きを感じさせるものがあった。言葉とは裏腹に、彼の精神の大人びた面が覗いていた。
「勝手なイメージだけど、良くんって家では裕司さんとけっこう話すんじゃない? 裕司さんっておしゃべりじゃないけど、何ていうかな、人とよく会話する人だと思ってるんだけど」
 良の黒い瞳がまた裕司を見る。いちいち確かめるように見られるのはくすぐったかった。
「……話すときは、けっこう話します。俺がうまく言えなくても、裕司さんちゃんと聞いてくれるから……」
 良の言葉に、牧は目を細くして裕司に笑みを向けてきた。さすがに気恥ずかしくて、裕司は意味もなくウーロン茶をあおった。

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