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一度会話を始めてしまうと、もともと牧とコミュニケーションを取りたかったのだろう良は、ぎこちなさを含みつつもよく話した。
どちらかといえば言葉を発することよりも感情を出すことの方が恥ずかしいらしく、料理が運ばれてきてもはしゃぐことはなくて、いつもの無邪気な顔が見られないことが残念である反面、自分にしか見せない顔だったのだと優越感を覚えもした。黙って頬張っている横顔を見れば、その瞳はきらきらとしていて、つくづく嘘のつけないやつだと思う。
「あーあごだし美味しー」
幸せそうに目を細めて言ったのは牧だった。コースとは別に頼んだ一人前の煮浸しの皿をつつく彼を、良がきょとんとした顔をして見る。
良の瞳の雄弁なことに気付きつつあるらしい牧は、笑いながらその鉢を良に差し出した。
「良くんも食べる? 箸つけちゃったけど」
良はおろおろと戸惑った上で、いただきますと小さな声で呟いて、たけのこをつまんだ。
「……美味しいです」
「ねえ。洋食やっててなんだけど、お出汁って大好きなんだよ俺」
「えと……さっき、何だしって言ってました……?」
「ん? あごだし?」
良の周りに疑問符が飛んでいるのが見えるようで、裕司は横から口を挟んだ。
「あごってのはトビウオだよ。確か九州の呼び方なんだっけか」
「そうですね」
牧は頷いてくれたが、良は目を丸くして裕司を見ていた。どうやら良にとっては驚くべき情報だったようだと思いながら、牧の目を気にして言葉の出てこない彼につい笑ってしまう。良も良で裕司の笑った理由がわかったのだろう、またテーブルの下で足を蹴られた。
色々と行儀が悪いと叱ってやるべきかと思ったが、拗ねた顔をする良の耳が赤いのを見て、とりあえず据え置くことにした。
「良くんは九州行ったことある?」
「え、いや、ないです」
良はあまり遠出をしたことがない。彼の中の家族旅行の記憶はすでに朧げだと聞いていた。
「九州はねー、食べ物もお酒も美味しいから、飲める歳になったら行ってごらんよ。俺は何度か一人でも行ったことあるんだけど、言葉も全然違ってて楽しいよ」
「へえ……」
「良くんは関東生まれ?」
「はい」
「じゃあ、北に行くのも南に行くのもどっちもいいよね」
牧はそう言うと、裕司を見た。
「裕司さんは昔自分のことエセ関東人って言ってましたけど、今でもそんな感じなんですか?」
なにそれ、と良がぽろりと言って、口元を押さえたのが見えた。裕司は苦笑する。
「よくそんなこと覚えてるなぁ……」
「だって印象的でしたもん。最初どういう意味かわかんなかったし」
「関東出身って言ったら勝手に都会育ちだと思われて、具合悪かったんだよ」
「関東って言っても広いですもんねぇ。でも、裕司さんの地元の話めっちゃ面白かったですよ」
そわ、と良が何か言いたげな目で裕司を見ているのがわかって、裕司はまたくすぐったさを覚える。いつもならきっと言葉であれこれと訊いてくるのだろうに、表情豊かな瞳だけで訴えられるのは慣れなかった。
「牧さんの地元だってそこそこ田舎だったんだろ?」
「そうですけど、コンビニもあったし鉄道も通ってましたからね。田舎レベルが違いますよ」
良はますますそわそわとして、その瞳に好奇心を浮かべていた。都会育ちの良には、裕司がかつて暮らしていた山あいの生活が別世界のように聞こえるらしかった。
「それでも、たぶん良を連れて行ったらびっくりするぞ。こいつ、本当に都会生まれの都会育ちらしいから」
興味を示しているなら話に巻き込んでやろうとそう言うと、へえ、と言って牧は良を見た。
「めちゃくちゃ広い駐車場のあるイオンとか行ったことないんだ? 中で一日過ごせるやつ」
「あるわけねえよ」
良は何の話をされているのかわからないという顔をして、牧と裕司を見比べた。わかりやすいやつだと笑いながら、裕司は良と目を合わせる。
「田舎あるあるだよ。土地が広くて安いから、ばかでかい複合商業施設ができるし、周りは何にもないからみんな車で来るし、だから広い駐車場があるんだ」
そこまで説明しても良はまだ理解していないようだった。牧がくすくすと笑って、補足する。
「みんなそこに行っちゃうから、地元の小さい店がどんどん潰れるんだよね。映画館も本屋も潰れちゃってショックだったなぁ」
えっ、と良は小さく声を上げた。驚きが隠せないらしい良に笑ってしまいたいのをこらえながら、裕司は言う。
「俺の地元にも俺が社会人になってからそんなとこができたけど、実家からは車で2時間くらいかかるって聞いたな」
良は声こそ出さなかったが、信じられないものを見る目で見返してきた。それがおかしくて、裕司はとうとう吹き出してしまう。
「良くん都会っ子なんだなぁ」
牧は噛み締めるような声でそう言った。一方で良の顔には、裕司に噛みつきたいが牧の目がはばかられるという葛藤が露わになっていて、裕司はその背中を叩いてやる。
「すまんすまん、馬鹿にしたわけじゃないんだ」
「…………それはわかってるけど」
唇を小さく尖らせて拗ねた声を出す良を眺めて、牧はまた独り言のように、仲が良いな、と呟いた。
どちらかといえば言葉を発することよりも感情を出すことの方が恥ずかしいらしく、料理が運ばれてきてもはしゃぐことはなくて、いつもの無邪気な顔が見られないことが残念である反面、自分にしか見せない顔だったのだと優越感を覚えもした。黙って頬張っている横顔を見れば、その瞳はきらきらとしていて、つくづく嘘のつけないやつだと思う。
「あーあごだし美味しー」
幸せそうに目を細めて言ったのは牧だった。コースとは別に頼んだ一人前の煮浸しの皿をつつく彼を、良がきょとんとした顔をして見る。
良の瞳の雄弁なことに気付きつつあるらしい牧は、笑いながらその鉢を良に差し出した。
「良くんも食べる? 箸つけちゃったけど」
良はおろおろと戸惑った上で、いただきますと小さな声で呟いて、たけのこをつまんだ。
「……美味しいです」
「ねえ。洋食やっててなんだけど、お出汁って大好きなんだよ俺」
「えと……さっき、何だしって言ってました……?」
「ん? あごだし?」
良の周りに疑問符が飛んでいるのが見えるようで、裕司は横から口を挟んだ。
「あごってのはトビウオだよ。確か九州の呼び方なんだっけか」
「そうですね」
牧は頷いてくれたが、良は目を丸くして裕司を見ていた。どうやら良にとっては驚くべき情報だったようだと思いながら、牧の目を気にして言葉の出てこない彼につい笑ってしまう。良も良で裕司の笑った理由がわかったのだろう、またテーブルの下で足を蹴られた。
色々と行儀が悪いと叱ってやるべきかと思ったが、拗ねた顔をする良の耳が赤いのを見て、とりあえず据え置くことにした。
「良くんは九州行ったことある?」
「え、いや、ないです」
良はあまり遠出をしたことがない。彼の中の家族旅行の記憶はすでに朧げだと聞いていた。
「九州はねー、食べ物もお酒も美味しいから、飲める歳になったら行ってごらんよ。俺は何度か一人でも行ったことあるんだけど、言葉も全然違ってて楽しいよ」
「へえ……」
「良くんは関東生まれ?」
「はい」
「じゃあ、北に行くのも南に行くのもどっちもいいよね」
牧はそう言うと、裕司を見た。
「裕司さんは昔自分のことエセ関東人って言ってましたけど、今でもそんな感じなんですか?」
なにそれ、と良がぽろりと言って、口元を押さえたのが見えた。裕司は苦笑する。
「よくそんなこと覚えてるなぁ……」
「だって印象的でしたもん。最初どういう意味かわかんなかったし」
「関東出身って言ったら勝手に都会育ちだと思われて、具合悪かったんだよ」
「関東って言っても広いですもんねぇ。でも、裕司さんの地元の話めっちゃ面白かったですよ」
そわ、と良が何か言いたげな目で裕司を見ているのがわかって、裕司はまたくすぐったさを覚える。いつもならきっと言葉であれこれと訊いてくるのだろうに、表情豊かな瞳だけで訴えられるのは慣れなかった。
「牧さんの地元だってそこそこ田舎だったんだろ?」
「そうですけど、コンビニもあったし鉄道も通ってましたからね。田舎レベルが違いますよ」
良はますますそわそわとして、その瞳に好奇心を浮かべていた。都会育ちの良には、裕司がかつて暮らしていた山あいの生活が別世界のように聞こえるらしかった。
「それでも、たぶん良を連れて行ったらびっくりするぞ。こいつ、本当に都会生まれの都会育ちらしいから」
興味を示しているなら話に巻き込んでやろうとそう言うと、へえ、と言って牧は良を見た。
「めちゃくちゃ広い駐車場のあるイオンとか行ったことないんだ? 中で一日過ごせるやつ」
「あるわけねえよ」
良は何の話をされているのかわからないという顔をして、牧と裕司を見比べた。わかりやすいやつだと笑いながら、裕司は良と目を合わせる。
「田舎あるあるだよ。土地が広くて安いから、ばかでかい複合商業施設ができるし、周りは何にもないからみんな車で来るし、だから広い駐車場があるんだ」
そこまで説明しても良はまだ理解していないようだった。牧がくすくすと笑って、補足する。
「みんなそこに行っちゃうから、地元の小さい店がどんどん潰れるんだよね。映画館も本屋も潰れちゃってショックだったなぁ」
えっ、と良は小さく声を上げた。驚きが隠せないらしい良に笑ってしまいたいのをこらえながら、裕司は言う。
「俺の地元にも俺が社会人になってからそんなとこができたけど、実家からは車で2時間くらいかかるって聞いたな」
良は声こそ出さなかったが、信じられないものを見る目で見返してきた。それがおかしくて、裕司はとうとう吹き出してしまう。
「良くん都会っ子なんだなぁ」
牧は噛み締めるような声でそう言った。一方で良の顔には、裕司に噛みつきたいが牧の目がはばかられるという葛藤が露わになっていて、裕司はその背中を叩いてやる。
「すまんすまん、馬鹿にしたわけじゃないんだ」
「…………それはわかってるけど」
唇を小さく尖らせて拗ねた声を出す良を眺めて、牧はまた独り言のように、仲が良いな、と呟いた。
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