サクササー

勝瀬右近

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第1章 第25話 エール兄妹

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「異国情緒というのはこういうことをいうのね。みてサリあの急角度の屋根をした家々が並んでいるのなんて素敵じゃない?」
「はあ」
「屋根の色が統一してあるのはなにか意味があるのかしら・・・」
「はぁ・・・」
「窓や玄関扉も装飾があまりなくて素っ気ないけど花は綺麗。この季節に花をつける植物がこんなにあるなんて驚きね」
 窓辺に咲いている花に目を奪われたミニと一緒にいるのは第三近衛分隊長のサリです。
 二人は街の人々と同じような格好に変装してそぞろ歩いていました。
「はあ・・・」
「あなたね。さっきから生返事ばかりして。少しは楽しんだらどうなの?」
 サリは非難めいた視線を送ってくるミニに懇願するような目で言いました。
「姫。こんなことがカル殿下に知れたらただ事ではすみませんよ?適当にお楽しみになられたら直ぐに帰りましょう」
 ふうっとため息のミニ。
「サリ。明日は帰国せねばならないのよ?せっかくこんな北の果てまでやってきたというのに、何もしない、何も見ない。それがどういうことだかわかって?」
「ですが・・・」
「適当に楽しむなんて絶対あり得ないことよ。短い人生の中で、せっかく訪れた機会をみすみす逃して、後でああすればよかった、こうしておけばよかったなんて絶対思いたくないわ。サリはそう考えないの?」
「それは・・・そう思うことはありますけど・・・」
「でしょう?だったら、ここにいない兄上にビクビクしているより、今やれることをして、見たいものを見て、今ある状況を楽しむ。それが楽しい人生の在り方よ。思い出は誰にも侵されない聖域なんだから」
「はい・・・」
 サリはミニのいう事が真理であることを認めざるを得なく、どういう表情をしたらいいのかが解らず、目をキョロつかせてから肩をすくめて己の立場を呪いました。
「ほら。賑やかそうなところに来たわよ。ご覧なさいな」
 突き当りを右に曲がると商店が軒を連ねています。様々な店が並んでいますが、サリにはどれも活気が失せているように見えました。
 しかしそんなことはお構いなしにズンズンと歩を進めるミニ。そしてひとつの店先で立ち止まりました。
「こういう店を見ると・・・ああん。創作意欲(よろいづくり)が疼(うず)くわぁ・・・」
 たくさんの布地が並べてある、そこはちりめん屋です。早速目を皿のようにして物色し始めました。
「なんて綺麗な色なのかしら!」
 宝石を通った光が布に映ったか如くの薄い緑色は陽にかざすときらめくようでした。売り子が微笑みながらミニたちに近づいてきます。
「それはウォードの色よ。絹の染料としては一般的だけど、ノスユナイア王国で採れるウォードで染めると色が鮮やかなのよ。水が違うから」
「春風の色みたいだわ」
 ミニが素直に感想を述べると「うまいこと言うわねぇ」 自分の売っている商品を褒められて売り子も嬉しそうです。
「こっちも素敵!それじゃあこれとこれとこれをひと巻きずついただけるかしら?」
「まるごと?!全部で20万テルスするわよ?」
「まあそんなに安いの?!それじゃあふた巻きお願いね!」
「ええ?!」
「もって帰れないから、お城のフラミア連邦王国弔問団宛に送付しておいてちょうだいな」
「え!それじゃああなたはまさか王族の方?!」
 サリが、終わった・・・と絶望してミニの顔を伺いました。これで私もカル殿下からお仕置きを頂くのね。もしかすると死刑かもしれない・・・。もういいわ。姫。どうぞ好きなだけ身分をひけらかしなさい。覚悟はしていたわ・・・ついてきた私が愚かだったのよ。
 しかしミニはサリの心配を慮(おもんぱか)ったのか、それともさすがに身分を明かすのはまずいと思ったのか、にっこりとしてこんなふうに言ったのでした。
「いえいえ。あたくし、美しい姫に仕える美くしさナンバーワンの侍女ですの。かわいらしくて美しい姫にどうしてもと頼まれてしまって」
「あらまあまあ。そうでしたの。では粗相のないように丁重にお送りしますわね」
「くれぐれも今日中にお願いね」
「かしこまりました」
 よくもまあ平気な顔をしてここまで自画自賛を並べ立てた大嘘がつけるものだとあっけにとられた顔のサリに振り返ったミニはニコッとして首をかしげて見せました。”ちょろいものよ”とでも言いたげな表情です。
「さあ次よ次っ!」
 張り切るミニとは逆にサリはもう疲れたような顔をしていました。
 それから、クリスタル細工や食器、洋服と様々な買い物をして周り、小腹が空いたと言って入ったレストランのテラス席でお茶を楽しんでいたところ、突然遠くから金属を叩く音が聞こえ始めたのです。
 その音を聞いたとたん。
「姫。もうじゅうぶんでしょう。そろそろお帰りに・・・・あ!」
「鍛冶屋だわ!」
「ああ・・・またですか?」
 鍛冶屋。
 ミニは武器防具を自分でデザインするぐらいです。しかも一品物ともなれば目の色が変わります。
 ミニは席を立って走り始めました。
「お勘定ここにおきます!・・・待って!」
 サリは代金をテーブルに置くとミニを追って走り出しました。
 ミニは鎧もそうでしたが、武具類を創作するのが好きで剣も例外ではありません。追いついた先でミニは鍛冶屋の前に立っていました。
「姫?」
「・・・」
「どうしたのです?」
 ミニは鍛冶屋の軒先でじっと黙って立ち、入口から奥を見ているだけで入ろうとしませんでした。
「いい匂いがする」
「は?」
 ミニはハッとするように一歩下がって少し大げさに身構えました。
「ここは油断できないわ・・・」
 その言葉にサリが素早く反応しました。「まさか!」彼女の手のひらに魔法陣が浮き上がります。
「落ち着きなさいサリ。そう言う意味じゃないわよ」
「え?」手のひらの魔法陣が還元されて煌めきながら元素に帰ってゆきます。
「全くあわてんぼさんねぇ・・・。ほら、見てごらんなさい」
 見ろと言われて鍛冶屋の入口を見ましたが木造で、他の家屋と違っているのは少々煤けて入口が散らかっていることぐらいでした。サリにはミニの言わんとしているところがサッパリわかりません。
「わからないようだから教えてあげる。まず、鍛冶屋といえば看板があるのが普通よ。自分の腕前を名前によって主張するのは職人ならではって事よ。それなのにここにはそれがないわ」
「はあ」
「このことから推測できるのは、よほどの腕前で名前を出す必要がないほどの匠か、または全くその逆かということ」
「はあ」
「入口の様子から後者であるという推測も出来るわ」
「はあ・・・」
「腕の良い鍛冶屋なら入口には修繕にしろ新造にしろ剣やその材料が所狭しと並んでいるはずだのに、それが全くないとなれば腕があまりよろしくないから人気がない。即ち依頼がないから並べる剣もない」
「はあ」
「でも!」
「!」
 黙り込んだ二人のあいだを鎚の音がすり抜けてゆき、ミニはしばらく心地よさそうに耳を澄ましてそれを聴いていました。
「この匂い・・・」
「匂い?」
 サリはクンクンと鼻を鍛冶屋の戸口の方へ向けました。犬じゃあるまいし。
「この匂いは最上質のこう高高熱発熱クリスタルが鉄を熱しているでなければ説明がつかない・・・」
 料理?とサリは頭の中で思います。
「例えるなら没落した貴族が地下に隠しておいた醸造界の幻と言われている3657年物のシロプリアワインが発見された時の衝撃にも似た香り」
「え?」
 それワインの香りじゃないですよね?その言葉をゴクンと飲み込むサリ。
「そして・・・この済んだ鎚の音」
「音?」
「力強く・・・それでいながら一本調子ではない。繊細なアスミュウムの状態に合わせて・・・まるで宮廷音楽家の奏でる音楽のようなこの響き・・・ひと打ち毎に発生する波動が私の柔肌を波打たせるこの感覚・・・」
 うっとりとするミニを見てゴクリと生唾を呑むサリ。
「私にここまで言わせるなんて・・・まさか伝説の」
「・・・姫。いい加減なことを・・・」
「お黙り。私はこの鍛冶屋が腕がイイと見た!といっているの!・・・。しかも相当の頑固じじいね!」
「じじいって・・・。姫!いったい何を根拠に・・・だいたいそのような失礼なことを言っては・・・」
「誰だ!!人んちの玄関前でゴチャゴチャとぉ!」
「ひぃ!」
 サリが変な悲鳴をあげると入口から現れたのは、顎にもじゃもじゃのヒゲを生やし、ヒゲと同じぐらいチリチリの髪の毛をした男でした。ミニもサリも炉の炎でそうなってしまったのかと思ったほどです。
「仕事の邪魔だ!失せろ!小娘ども!」
 顔といい、言葉使いといい。・・・頑固そうな人だわ。サリは咄嗟にそう思ってしまいました。
 そんなサリの思いを他所に「ねぇチリチリ頭の鍛冶屋さん。武器を見せて欲しいのだけど?」ミニは済ました顔で言いました。それを聞いて鍛冶屋は益々顔を険しくします。
「ああん?武器だ?」
 モジャモジャのチリチリな鍛冶屋はギロリと目だけを動かしてミニを上から下まで舐めるように見ます。その眼光は今にも怒鳴り声を上げそうな感じでした。
 無遠慮に二人をジロジロと眺め回したあと、パンと音を立てて自分の首の後ろを叩いた鍛冶屋はフウっと大きく息を吐きました。その白い息が”めんどくせぇな”と言う文字になるのではないかという感じで。
「どこの馬鹿だか知らんが、見せるものなどない。帰れ。武器が見たけりゃあこの先に刀剣屋がある。そこでいくらでも見るがいい。・・・ったくイライラさせやがるぜトウシロが」
「わたくし、素人ではありませんわ」
「ああそうかい。じゃあ元気でな」
 取り付く島もないとはこのことです。鍛冶屋はミニをまったく相手にせず奥へ引っ込もうとしました。
「はっはああああん!なああるほどおおおお!自信がないのですね。看板も出さないのはそのせいかしら?だったらこの場でわたくしが宣伝して差し上げましょう!」
 何をする気なのかとサリも鍛冶屋も驚いた顔をミニに向けました。
 そして。
「みなさぁあん!ここの鍛冶屋はろくなものを作っていないようですわよ!ご用心ご用心!剣も包丁もなまくらばかりで切れ味は最低!使っている材料もまがい物ばかり!さあ寄ってらっしゃい見てらっしゃい。世界最悪の鍛冶屋ここにありですわよ!」
 街中の注目が集まると、鍛冶屋はまた大きく息を吐きだしてドアの向こうに消えてゆきました。
「姫!なんてことを!さあもう十分でしょう?帰りま・・・」
 サリが背後の気配に振り向き、サッとミニを背後に後ずさりしました。
「あら。剣を見せてくれる気になったのかしら?」
 鍛冶屋の右手には大きな剣が握られ、そして顔はさらに険しさを増していました。
「小娘。この剣はまだ仕上げてない」
「未研刀?」
「そうだ。これで斬りつけてもなにも切れやしない。だが・・・」
 鍛冶屋はいきなり振りかぶり、ミニたちに剣を叩きおろしました。素早い身のこなしでミニとサリがそれを避けると、集まってきた人々の悲鳴や喚声が響き渡ります。
「・・・骨は砕けるかもな」
「随分乱暴な見せ方ね」
 鼻息を荒々しく吐き出した鍛冶屋。
「俺は悪口なんざあ気にしやしねぇ。だがお前のような小金持ちが、生半可に聞きかじった知識を振りかざしていい気になっているのを見るとどうにも我慢できねぇ。叩きのめしたくなるぅぅぅぅんだよおお!!」
 ひらりとかわすミニ。
「しかも性格が気に・・・いらぁぁぁぁーーーーん!!」
 振り下ろされる大剣。サリが思わず叫びました。「いかげんになさい!いくら何でもそれ以上の無礼は許しませんよ!!」
 ミニが飛び退きます。
「サリ!手出し無用よ!!」
「でも!」
「いうことを聞きなさ・・・」
 と、その時。ミニを水平撃ちで襲う鍛冶屋の剣が目の前に。
 それをミニは両腕を防御の構えで受けました。
「フン!!」
 ポルカは渾身の力で剣を振り切りました。
「姫ぇ!」
 しかし。
 ミニの腕から霊牙力の放つ防御の煌きが飛び散るとそのまま開け放たれたポルカの家のドアから中に飛ばされてしまいます。「きゃああ!」サリの悲鳴と派手な破壊音と共に一瞬シンとなりました。
「ち!」忌々しそうな顔で鍛冶屋は叫びました。「出てこい小娘!たいして効いちゃおらんだろうが!!」
 その声と共にガラガラと中からミニが動いている気配が伝わり、しばらくすると満面に笑みを浮かべたミニが現れました。
「あなた。わかってやってるわね?」
「ふん!多少はやるようだがもう懲りただろう。目障りだ。さっさと失せろ!」
「うふふ・・・あなた、やっぱり腕のいい鍛冶屋のようね。私の目はごまかせませんわよ?」
 ミニはそう言って手にした大型鈍器を軽々と振り出しうっとりとした笑顔を見せます。その鈍器の長さはミニの伸長をはるかに超え、打撃部は音叉(おんさ)のような双胴という変わった形をしています。
 その姿に鍛冶屋があきれ果てたように首を振って鼻息を吹き出しました。
「そいつはお前のようなトウシロが扱える代物じゃねえ。そこに置いて帰れ。怪我をしないうちにな」
「これ、未研ね。試し切りもまだなら私がして、あげますわ!」
 聞く耳持たずという感じでミニが躍るように飛び上がるとそのままポルカに双胴の鈍器を振り下ろしました。
 ポルカがミニの剣撃を受けると硬質な金属音が響き渡ります。
「ぬぐ!・・・この・・・性悪娘が!貴様!」
 ミニと鍛冶屋の激しい打ち合いがしばらく続くと、なんの騒ぎだと集まってきた人々であっという間に人だかりが出来てしまいました。
「あーっはっは!この鈍器おかしな形だけどすごいわ!私の霊牙力を流しても溢れることがないなんて!」
 そう言って剣をポルカにたたき下ろします。
 その剣撃を辛(から)くも受けながらポルカは言い返します。
「当然だ!この俺様の鍛えた武具が貴様ごとき小娘の霊牙力を飲み込めんわけがあってたまるかぁぁぁ!」
 言い返して大剣をミニに叩き返します。
「これだけ打ち合っても傷ひとつつかないなんて、なかなかですわね」
「当たり前だ!誰がこしらえたと思ってやがる!」
「どなたかしら?!」
 叩き下ろすミニ。それを難なく受け、「このポルカ様だあ!!」押し返すポルカ。
「よろしくポルカさん!」
「やかましい!!」
 激しい打ち合いはなおも続き、やめようという気配すらありません。サリは魔法で援護しようにもミニにも当たってしまう可能性があるのと、どう考えても悪いのはこっちだと思うと手が出せずにいました。「ああ・・・。どうしよう・・・どうしよう」泣きそうな顔をしています。
 双方が合わせた剣を押し返しあって間合いが開いたそのときでした。
「ぬ!?・・・ちぃ!くそ!」
 岩塊の精霊兵がぬうっと二人の間に割って入ったのです。背丈はミニより少し大きいぐらいでした。右手でミニの鈍器を左手でポルカの剣を受け止めています。
「!?」
 舌打ちしたポルカがぼそっとつぶやきます。
「邪魔すんなしょんべん娘!面白くなってきたところなんだぞ!」
 ポルカがそう言ったとたん精霊兵は情け容赦のないパンチをポルカの顔面に叩きこみました。
「ブぐぉ!!」
 ポルカは霊牙力で防御していたとはいえ、吹き飛ばされて壁に激突してしまいました。
「いでででで・・・・このしょんべ」
 ポルカが顔を上げると目の前にカレラの端正な顔がありました。
「今なんて?」
「てめ・・・しょんべ」
 精霊兵がガンとポルカの顔のすぐ横の壁を叩き砕きます。
「次同じ事言ったらこうなるのはあんたの顔よポルカ」
 彼女の声も顔も静かであるにもかかわらず、凄まじく威圧的です。
「ぬぐぐぅ・・・」
「謝らなくてもいいわ。わかったっていいなさい」
「・・・わ、わかったよ」ポルカは怒ったような泣きそうな顔で頷きました。
 その時背後でミニが叫ぶように声を上げます。
 ミニは持っていた剣をざっくと地面に突き刺すと、同時に「ポルカさん!なかなか素晴らしい武器でしたわよ!ごきげんよう!今度来るときは注文書を持ってくるわ!」
 それを聞いたカレラがサッと顔色を変えます。
「姫!」
「サリ!逃げるわよ!」
「え!」
「ぐずぐずしてないで早く!」
「姫お待ちください!」
 カレラがそう言って背を向けたその時、ポルカが思わぬ行動に出たのです。
「うおら!」
 ポルカは岩塊の精霊兵に組み付いて、それがバタバタと暴れるのを押さえつけながら叫びました。
「貴様との勝負はお預けだ!俺の仕事場を通って逃げろ!」
 驚いたミニを見ながらポルカは言いました。「久々に面白かったぜ小娘!事情は知らんが早く行けぇ!」
「ポルカ!何をするの!」
 ミニは「ありがとう鍛冶屋さん!」そう言ってサリとともに鍛冶屋の仕事場へ飛び込んで行ったのです。 一足遅くそこへカルがシャアルを伴って駆け寄ってきました。
「ポルカ!いったいどういうつもり?!」
「うるせぇ!カレラ!せっかく面白くなってきたのにクソ精霊なんかで邪魔しやがってよ!」
 鍛冶屋ポルカが組み付いていたのはカレラの召喚した精霊兵だったのです。
「もう!・・・ええい!」
 カレラは杖を振って精霊兵を操りポルカを投げ飛ばしました。
「痛ってえぇ!ちくしょぅぅぅう!!」
 飛ばされたポルカは尻をさすりながら「クソ!忌々しい土塊(つちくれ)めぇ!」毒づきますが、そんなことはお構いなしにカレラはシャアルとカルを振り返って言いました。
「殿下こちらです!」
 行こうとしたのは鍛冶屋の中ではなく、鍛冶屋から右手に続く道。不審に思ったシャアルがカレラに「こっちじゃ?」
「いいえ。鍛冶屋の裏手から逃げたとすれば行く場所はわかっています。こちらへ。さあ!」
 土地勘はカレラの方が上である事はすぐに理解できたので二人は彼女について走り出しました。少し走ると水路を渡る橋に出、その上から水路の上流を見ると一本橋を渡ろうとしているミニとサリが見えます。
「ミニ!!」
 カルが叫ぶとびっくりしたミニがハッとして橋から足を滑らせてしまいました。
「危ない!」
「ああっ!」
 あわや転落・・・と思いきや。
「プランテ!」
 サリが一瞬のうちに魔法陣を発生させ、プランテの魔法が発動しました。魔法陣から現れたのは植物。太い蔓があっという間に伸びるとまるで捕虫網のような形になりミニの体を受け止めて落下を防いだのです。
 みんながホッとする中カルが叫びます。
「お前たち!そこを動くな!!」
 しかしミニは。
「早く引き上げてサリ!」
「はい!」
 まるで意思があるかのように蔓が動いてミニを向こう岸へと着地させ、二人はそのまま路地に入り込んでしまいました。
「あいつめぇ・・・」
 カルは短い橋を渡ってすぐに左に折れて走り出します。
 その頃ミニ達は目の前に突然現れた若者に驚いていました。年齢は十代後半といった感じのその男はおどおどとしていましたが、どういうわけなのか顔は少し笑っていました。
「あんた達逃げてるんだろ?」
 サリは構っていられないという口調で応えます。
「急いでるの」
 そう言うと、若者は。
「だったらこっちだ。ここをまっすぐ行くと大通りに出るけどすぐに追いつかれるぞ。こっちのほうがいい」
 どうやら逃げる手助けをしてくれるらしい。でも何故?二人は訝しげな表情になりました。
「あなた誰?!」
「ポルカの・・・さっきの鍛冶屋の弟子だよ。親方に言われてきたってわけ。さああっちだ!行けよ!」
 二人は顔を見合わせましたが、つい先刻身を挺して自分たちを逃がしてくれた鍛冶屋の弟子ならと信じたのです。それに地理に詳しい者についてゆけば逃げる確率もずっと上がるというものです。
 どうやら裏路地は表通りの商店の道具や資材とガラクタ置き場になっているようで色々なもので溢れていました。
「こんな道で本当に大丈夫なの?!」
「任せとけって!転ぶなよ!」
 狭い道を時には箱に躓きそうになったり道具類を蹴飛ばし、猫や犬を驚かせながら走り抜ける三人。
 その時カルやシャアルは。
「ええぃ!どこへ行ったんだ!?」
 幅が5メートルほどの広い通りからミニたちが居るであろう路地を次々と覗きながら心をイラつかせていました。
「この通りに出てくると思ったのですけど・・・」
 カレラが申し訳なさそうに言うと、「落ち着けよカル。カレラさんだって頑張ってるんだから」シャアルは当然カレラの味方で、カルをなだめにかかります。そんなシャアルをちらっと見ただけでまた次の路地にはいないかとカルが歩を進めようとした時、進行方向からモルドがやって来たのです。
「閣下!殿下!あれを!」
 モルドが指し示す先を見ると。
「あんなところに!」
 屋根の上を小走りに進むミニとサリが見えました。
「ここから屋根に上がってずっと行けば町を囲む城壁にたどり着ける。城壁には窓があるからそこから城壁内の通路に入るんだ!入ったら左!そのまま行けば城へ帰れる!通路に入ったら左だからな!右へは行くなよ!」
「左ね!ありがとう!」
 急角度になっている一般の家屋と違って商店の建物は平屋根になっているため渡り歩くのは容易です。若者の言ったとおりに屋根伝いに歩を急がせながらサリは言いました。
「姫、城内に帰っても見つかれば同じですよ!今のうちに謝ったほうが・・・」
「私たちはここにいなかったのよ!」
「え?!」
「城へ帰って着替えてお茶でも飲みながら兄上を待ちましょう」
 とぼける気だ。シラを切り通す気なのだ。サリは走りながら唖然としました。たしかに市井の民の服装でとても王族とは言い難い格好をしているとは言え、この状況で本気なのか。どう考えても見破られているのに。

「屋根に上がって向こうへずっと行けば城壁にたどり着けます。城壁には窓があって、そこから城壁内通路に潜り込めば容易に城へ帰れますから・・・」
「逃がさんぞバカめ。誤魔化せると思っているのか!モルド大佐。屋根に上がれますか?!」
「城で待ち構えては?」
「いいや!捕まえなければあいつはきっとシラを切るに決まってます!」カルは頭の中で想像しました。『あら兄上。わたくしそんなところに行ってませんわ。ねぇサリ?』するだに腹が立ち語気が強くなります。「この手で捕まえてやる!」
 さすがは兄妹。よくわかっているようです。そんなカルにモルドは頷き、そしてカレラに言いました。
「カレラがご案内します。カレラ!私は別の道から姫様たちを追う。頼んだぞ!」
「わかりました!閣下、殿下。こちらへ」
 屋根に上がったカルはミニに向かって叫びます。
「止まれえええ!」
 その声にビクッとしたのはサリでした。
「姫!」
「足止めしなさい!」
「そ・・・、カル様に対してそんなことしたら私、近衛をクビになってしまいますぅ!」
「そんなことはさせないわ!あなたは一生私の近衛よ!」
「・・・」一瞬の間が空きます。その一瞬のあいだに様々な思いがサリの脳裏を駆け抜けました。「い、一生?!」
「なんですって?!」
「なんでもありませぇん!メリプランテー!」
 やむを得ず先ほどミニを落下から救った同じ魔法で屋根の上に魔法陣を発生させます。すると今度はメキメキと音を立てながら太い蔓が生えたと思うと何重にもなって壁のようになり、カルたちの行く手を遮ったのです。

「サリめぇ!」忌々しそうに言ったカルの後ろからカレラが前に出てきました。
「殿下、離れていてください!」
 カレラが杖をひと振りすると先ほどポルカが押さえ付けていた岩塊の精霊兵が現れるとコマのように回転しながら腕を剣のように振り回しました。腕から白い輝きが放たれると太い蔓がどんどん切り倒されてゆきます。
「すごいな」
 シャアルがそう言って感心していますが、カルはヤキモキとして苛立たしげに拳を握って走り出そうと構えていました。ふと脇を見ると何に使ってたのかはわかりませんが、ちょうど良い長さと太さをした円筒形の鉄の棒が転がっているのが目に入りました。
 カルはそれをやおら手に取るとカレラに向かって叫ぶように言います。
「ドルシェ少尉!どいてくれ!」
 カレラが驚いて精霊兵を退かせるとカルは気合を込めて鉄の棒を蔓の壁に叩き込みました。「うおおおおおおおおおおおお!」すると霊牙力が放つ輝きとともに蔓が爆発するように飛び散ったのです。
「うそ・・・」
 呆然としているカレラの肩に馴れ馴れしく手を載せてシャアルが言いました。
「大丈夫ですか?さあ行きましょう」
「え?・・・ええ・・・」
 ボディタッチの上に先程は名前で呼ばれたことに戸惑い、白い歯を見せてニッコリとする自分より明らかに年下であろう日に褐色の肌の若者を見て愛想笑いを浮かべるカレラ。走り出してシャアルから顔が見えない角度になると表情に”めんどくさい”或いは”困った”という色が見えます。
 そうしているうちにカルは次々と現れていた蔓の壁を叩き破り、「足止めなど!無駄だぁ!」最後の壁を突き破った時には肩で息をするほどになっていました。しかし逃げるミニたちの後ろ姿を認めると。
「しゃらくさい!」
 鉄の棒を捨ててまた走り出しました。
「よほど頭に血が上っているらしいな・・・」
 無駄に霊牙力を使いすぎだ。シャアルはそう言いたかったのですが、サリを見て逃げる時の魔法使いの力の凄さに、ミニの失態を隠そうとサリもよほど必死なんだろうな。一蓮托生とはまさにこのことか、となんだか可笑しくなり、口元を笑わせてしまったのです。
 そしてミニたちは足止めの効果もあってか、なんとかようやくの思いで城壁に取り付きました。
「姫!あれです!」
「わかってるわ!サリ早くして頂戴!勝利は目前よ!」
「は、はい!」
 再び魔法で蔓を出現させ彼女たちの身長より高い位置にあった城壁の小窓までの梯子を作ります。
「蔓を消しなさい!」
「消せません!破壊するか燃やさないと!」
「では燃やしなさい!」
「こんなところで火をつけたら・・・ここは他国なんですよ?!」
 蔓の処理で言い合っていたところにカルの怒声が聞こえてきます。
「ばかばかばか!もういいわ!行くわよ!!あの鈍器を持ってくればよかった!」
 サリは泣きそうな顔でミニのあとに続きました。きっと捕まったら自分の近衛としての人生は終わりなのだと本気で泣きたくなる思いでした。

 カルは蔓で作られた梯子に飛びつき、ダダダっと駆け上がるように小窓から城壁の内部通路内へと入ってゆきます。
 シャアルは先に上がり、それは誰がどう見ても不要な行動だったのですが小窓から手を出してカレラを引き上げました。
 城壁内部で「カレラさん!どっちだ!」カルが通路で叫ぶと声が通路の奥へと響きます。通路は一定の間隔で発光クリスタルが備え付けられていて通路をずっと奥まで明るく照らしていました。
「こっちです!」
 通路に入って左方向を指し示したカレラは先に立って走り出しました。カルがカレラを追い越して猛然と走って行くと、その時点でシャアルは「おや?」と、違和感に襲われ、そしてその思いはある確信に変わっていったのです。
 長い通路をミニとサリは息を切らせて走り、そしてとうとう突き当りにある重厚な扉にたどり着きました。
「なに?!行き止まり?」
 扉の取っ手をグっと引いても押して見てもびくともしません。
「誰か!開けてくださる?!誰もいないの?!」
 ミニがそう言うとまるでその思いが通じたかのように扉がギギギという音を響かせながら開きました。
「開いたわ!」
 扉があききるのも待たずに体を中へすべり込ませると、ミニは少し驚きました。
「ここは・・・」
 あとから入ったサリも驚きました。
 今まで通ってきた石造りの細い通路から出たそこは天井が高い大きな広間だったのです。大規模な舞踏会でも充分その役を果たせそうな広さでした。右手には楽隊が充分収まる舞台も設えられています。
 部屋は明るく、行く手に扉が4つほど見えました。
「ここは城内なんでしょうか?」
「きっとそうね・・・とにかく扉のどれかを開けてここからでるわよ!」
 広間を横切って扉の一つを開けようとしました。
「開かないわ!そっちはどうサリ!」
「こっちも開きません!」
 残された二つの扉を二人が別々に開けようとします。
「ダメです!こっちも・・・」
 サリがそういった時。
「ミニィィ!!」
 口から炎でも吐き出しそうな激しさを持ったカルの声が背後から聞こえたのです。
「ヒィ!」
 思わず扉に背をつけて振り返ったサリは口走りました。
「カ・・・カル殿下!こ・・・こ、こ、この人は姫ではありませんよ!私の部下ですし!」見え見えの嘘です。ミニは背を向けたまま横目でサリを見ました。
「世迷言を言うなグランダ中尉!お前の処分はあとで言い渡す!ミニ!もう観念しろ!王族ともあろうものが他国の市井で騒ぎを起こすとはとんだ恥さらしだ!しばらく修道院で頭を冷やしてもらうぞ!」
 サリはヘタヘタと床に座り込みミニを見上げました。ミニは扉に顔を向けたまま。そしてその表情は悔しさに満ちていました。
「修道院なんて・・・ゴメンですわ・・・」
 突然、ヒュオオオっと風が起こり、ミニが扉につけた手に力を篭めました。
 サリは戦慄しました。
 まさか。扉を破壊するつもり・・・。
 ミニの手のひらから霊牙力の光が放たれはじめます。
「姫!」
「往生際の・・・」
 カルがミニに駆け寄ろうとしたその時。
「ミニ!待て!カルもだ!」
 シャアルの放ったその声は鋭い緊迫感があり、大広間に響き渡ることでその度合いが増したせいもあってか皆が動きを止めたのです。
「君たちは気がつかなかったんだろうが、この状況。少しおかしいぞ」
 シャアルは首を動かしてゆっくりとカレラに視線を向けました。「ですよね?カレラさん」カレラはシャアルの視線を受けて、ほんの僅か驚き、そして怪しげに微笑んだのです。


26話に続く



設定集◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


【ウォード】
アブラナ科タイセイ属の植物。
寒さに強い植物で、葉が藍色(青)の染料の原料。
ノスユナイア王国の北部で主に生産されている。見渡す限り一面の花畑は壮観。
乾燥させた葉は解熱殺菌作用がある薬草としても重用される。



【サリの使った魔法 プランテ】
プランテと呼ばれている地属性魔法。
相手に絡みついて動けなくすることもできるが、同系統のメリプランテは足止めの壁を作る魔法である。同系統魔法はこのほかにもいくつかある。
プランテ系統は発動前の予備動作がないので援護魔法としては意外と使い勝手も良く強力である。
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