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「ハナは?」

 って、一ノ瀬に話題、かえられる。

「おまえが来ただろ?」

 来なくても、誘う気も、誘われる気もなかった。

「ほかは?」

 尋問みたいでイライラする。

「別れてたんだから、勝手だろ? おまえだって、勃たねえって言っても、裸で抱き合った……言うだけで気分わるい」

 それって、ホント、紙一重な気がする。

「たとえばさ、ホテル行って、そこ誰かに見られてて、やったって噂になってたら、どうする? やられて、捨てられたとか、言い出してたらどうしてた?」

「そんなこと、言わねえって」

 そこが一ノ瀬と俺との違いだと思う。

「そうかな? 俺、本気で女ダメだから。特に女見せて来るヤツ、側に寄られるだけで吐き気するし、女の身勝手な言い訳? いくらでも想像できるよ」

「あいつはそんなことしねえって」

 幼馴染だもんな。
 もう言うのやめる。
 俺の抱えるトラウマは俺のもので、一ノ瀬には関係ない。

 仲の良い両親と兄弟とで幸せに暮らして来て、幼馴染がいて、小中高と普通に過ごして。一ノ瀬には俺の事情なんて想像もつかないんだろう。

「うん、そうだね、ごめん」

 こういうのは、どうしたら良い?
 好き。
 でも嫌い。
 苦しい。

「一ノ瀬のこと、もっとわかる人の方が、良いと思うよ。俺はもう、……ムリかなぁ」

 ああ、もうヤダ。
 離れた方が良いって思うし、そうするように、言葉にしているのに、涙が裏切る。

「なんで泣くの?」

 向かい合っているから、少しも隠せない。一ノ瀬の指が涙を拭う。

「わからない。なんか自然に出て来る。別に泣きたい訳じゃないよ? なんでだろ? わか……んっ…」

 一ノ瀬見て、笑おうと思ったら、唇奪われてた。久しぶりのキスだなぁって思ったら、もっと泣けて来た。

「止まらない、から、も、ごめん…」

 顎を引いて、キスから逃れる。
 泣いてるから、鼻も詰まってるし。

「好きなんだ、ホントに。諦められないんだ」

 一ノ瀬の手が背中に回って、きつく抱きしめて来る。

 そばにいたいよ。抱きしめてほしい。
 ふたりっきりの空間では、そう。
 でもそうじゃない場所では苦しくなる。

「俺も、好き、だよ。……でも、一ノ瀬は俺とは違う。説明、難しいけど、違うから、そんな簡単に言えることじゃなくて……」

 あーううって、困りながら言葉にしてる。一ノ瀬は俺を抱え込んだまま。表情が見えないから、怖いけど、だから言える部分もある。

「……ずっと、一ノ瀬いなくて、離れるの決めたの、俺なのに……ずっと探してて。さっき、やっと、コンビニ出る時、考えずに出られて、考えずに出られたって、良かったって、思ったんだよ? ……なのにさ、一ノ瀬いて、いるの知って、すごい怖くて、嬉しい、良かったって、思うの、怖くて……」

「うん」

 一ノ瀬が声を出すから、また涙溢れて来る。耳元で聞こえる声、すごい好き。ドキドキする。自分の気持ちがわからない。

「そばにいたいと思うよ。触りたいし、キス、したい。抱きしめてもらうと安心する。でもね、やっぱり違うって思うから……」

「違ったらダメなのか?」

「うん……よく、わからない。俺、自分の気持ち、わからない。ごめん、やっぱり説明、できないみたい」

 涙を拭いて、顔をあげたら、キスされた。重ねるだけの軽いキスのあと、背中ベッドに押し付けられて、一ノ瀬が上に乗って来る。

「わかった。真夜がわからないって言うんなら、わかって、近づくなって言われるまで側にいる。殴って止められるまで、好きに抱く」

 一ノ瀬の表情に苦しみがある。
 好きだって言って、でもわからないとか、すごく残酷なこと言ってるの、自分でもわかってる。

 それなのに、嬉しいって、強引に求められるの、嬉しいって、俺、わがまますぎる。
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