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北の要塞

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 北の要塞と呼ばれる施設は巨大だ。戦争に於ける様々な事柄を全てこの施設で賄っている。力と呼ぶ全て、力とする物の開発、それらを駆使する頭脳、さらにそれらをケアするものたちまで。

 それらは6つの部門(セクション)に分かれた四角い建物内に存在する。それらは橋で繋げられていて、建物の間の隙間にも実験施設や公園があったりする。それら全てが要塞と言われる所以の壁に覆われていて、その壁には様々な武器が仕込んである。上部は見張り台、砲台、攻撃場などに使用できる。

 これら戦闘に特化した施設を要塞と呼ぶ。

「休憩か?」

 トリスは施設を繋ぐ廊下にあるベンチに座って、だらしなく両足を開き、背もたれに肩を預ける状態で伸びていた。

「あーうん、グラハムか。休憩だよ、ここは広すぎて行き来が辛いよ」

 ウンザリだとため息を吐くトリスの横に座ったグラハムは、トリスよりも小柄な男の子だ。歳は13、でも頭脳は優秀、開発部門で新兵器の開発に携わっている。趣味は便利グッズを作ることだが、失敗も多い。この前は快眠グッズとか言って目を覆って良い匂いがするという物の実験に使われたトリスだが、呼吸に合わせていい具合にコメカミを刺激する部分に痛めつけられ、コメカミに青痣を作ったばかりだった。

「なんだよグラハム、その手にある箱がすげー怖いんですけど?」

 グラハムがトリスを探す時は、ほとんどが実験台にする為だ。

「じゃじゃーん」

 グラハムは箱の中から靴を取り出した。トリスは座り直し、出来れば逃げたいと思った。

「ローラーシューズだよ」

 グラハムはそう言って靴をトリスに渡すと、自分の足を見せた。

「見てて?」

 グラハムは立ち上がると、靴の底にあるローラーで廊下をスピードに乗って走り、方向転換して戻って来る。上手につま先でブレーキを掛け、とととっとリズム良く止まった。

「どう? これは開発ってほどじゃないから失敗はないよ?」

 トリスの前で華麗に礼をして見せたグラハムは、得意げに笑った。

「いい感じ! ありがとうグラハム。使わせてもらうよ」

 トリスは要塞内で書類の配達を仕事としている。呼び出しが掛かったエリアに行き、指定エリアに物を運んだり、人探しに駆り出されたりもした。要は要塞内の便利屋である。

「ホント精鋭部から表門までが遠くてさぁ、途中に3回は休憩するんだ。これあれば休憩いらなそう」

「ホントはさ、乗って動くのも作ったんだけど、そういうのは嫌なんだろ? でもこれなら走る速度が上がるだけだから、運動にはなるよね?」

「うん、大丈夫そう。ありがとうな、これから精鋭部まで行くところだったんだ。早くと嬉しい」

 グラハムの前で何度か練習しただけで、トリスはもう動きを自分のものにしていた。トリスは体力がない。肺に支障があるから、息の上がる運動が苦手だ。だから長距離の移動の途中に休憩がいる。グラハムはそんな特殊な状態のトリスの為を思って靴を作った。

 トリスはグラハムに手を振りながら、ローラーを使って精鋭部へ向かった。

 精鋭部は表門から行くと最奥になる。普通に歩くと1時間掛かる。走っても途中で休憩するから変わらない。なのにローラーシューズで走ったら休憩いらずで30分で着いた。勝因は半分奥のセクションから極端に人が減ることだ。奥に行くに連れて公にされない訓練や開発が多くなる。そうすると部員は地下を使い、上部の廊下を使わないからだ。

 トリスは精鋭部に着くと、入り口の認証システムに鍵になるカードをかざし、ドアの鍵を外して中に入った。

 精鋭部はこの要塞を取り仕切る幹部が集う場だ。会議室はセクション中央にあるが、ここはさらにプライベートを含んだ施設になる。例えば開発を終えた道具の最終試験場であったり、医療具、薬品の実験場である。建物の半分を山肌の内側という精鋭部は、要塞内の最も秘された部分となる。

「今日早いな」

 書類を事務所に届けると、もう馴染みになっているハロルドが書類と交換でリンゴをくれた。もらったリンゴを齧りながら、ローラーで滑るところを見せて自慢げに笑う。

「えーいいね、それ」

 ハロルドが興味を持ってくれて嬉しくなる。

「グラハムにもらった」

 得意げに事務所をぐるぐる回っていたら誰かにぶつかった。

「わっごめんなさい」

 そのまま抱え上げられて、その逞しい腕に嬉しくなる。

「おまえは、少しは大人しくできないのか?」

「ザグ! 終わった? 帰れる?」

 ザグの肩に担ぎ上げられて運ばれて行く。トリスは嬉しいけど、ザグが事務所に来ると働いている部員が困るようだ。みんな仕事の手を止め、立ち上がって軍人の礼をする。トリスと楽しく話していたハロルドもそうだ。一瞬にして軍人の顔つきになっている。そんな部員の間を担がれて行くトリスは特別だ。

 ザグはこの要塞の中の総長、元帥の地位にある。そのザグが地位も立場も関係なく可愛いがるトリスは、要塞内の特別な存在になっている。誰もザグに逆らえない。だからトリスは自由にどのセクションも行き来できる。通常は自分のいるセクション以外に行き来しない。用があれば中央区で落ち合うのが通常だ。だがトリスはザグのおかげで自由に出来ている訳でもない。トリスの持ち前の気さくさと公平な態度によるものも大きかった。

 トリスはザグの自室に連れて行かれて、食事の用意までしてもらった。あれからずっとトリスはザグに生活の管理をされている。

「いただきます」

 ザグの部屋の中央にあるソファセットに座って食事を前にする。プレートの上にオカズとパンと果物が乗っている。スープは細かく刻んだ野菜がいっぱい入っている物だ。それらを全部食べるまで、ザグは自分は食べずにじっとトリスの様子を見る。それが朝食と夕食の決まりになっている。

「今日はね、中央区で書類の整理を手伝って、お昼は表門のガレージでブルーとお肉のサンドを食べたよ」

 ザグはトリスが食べる話をすると喜ぶ。元気で仕事をして、要塞内で楽しく過ごしていると聞くと安心する。それを見るとトリスは嬉しくなるから、夕食のひと時、ザグと一緒の時間が大好きだった。

「そうか、良かったな」

 ザグはトリスの話に相槌を打つ。じっと食べるのを見て、健康状態を見て、変わりがないか観察している。長い間、ザグに心配をかけていたから、ザグの側にいる間は、ザグに心配を掛けないようにしたいのに。一緒にいる時が長くなるに連れて、トリスの中に不満が溜まっていた。

 
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