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61 許諾

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 またもや攫われる様に移動している。この国において人の意思は軽く、獣人は己の意思で人をどうにでもできる。紘伊の意思は生死を分けるきっかけに過ぎない。

「なぜ? 俺を見捨てるんじゃないのか?」

 運命に託す様に両軍の前に放り投げられた。身を託す方を決めず、誰にも頼らないと宣言した瞬間、虎族の彼に身を担ぎ上げられ、獣人の俊足で地を駆けている。

「オーギュストだ、オーギュと呼べ」

 彼が初めて名を告げてくれる。しかも初めて見る警戒の無い笑みを見せて。何をきっかけにオーギュをそうさせたのか、紘伊には分からない。獣人の感性、思考は人には難しすぎる。

「だからなぜ? どのきっかけでこうなってる」

 腕に乗せられて、バランスを崩さない様にオーギュの肩にしがみついている。はだけたシャツの隙間から虎柄の獣毛が見えていて、腕に触れている。ハーツは硬めの毛がふさふさしているけど、虎毛は毛足の長い絨毯のようだ。それかベルベッド。いやいや運命に翻弄されている瞬間に何を考えているのか。でももしあと少しで命を落とすのなら、僅かにでも願望を叶えるべきでは?

「おまえなあ……よくこの状態でそんな顔ができるものだ」

 オーギュの言葉で我に返った紘伊は、オーギュの獣毛に触れてさわさわし、スーハーしていた態度を止め、オーギュの表情を見る。呆れた表情の次の瞬間、警戒の表情へ変わり、上空へ馳せる。

 滑空しながら上空を行く竜族の姿がある。見上げると豆粒くらいの姿で紘伊には鳥なんだか竜族なんだか分からなかったが、中の一頭が緩やかな弧を描きながら降りてきて、オーギュの速度に合わせて頭上を飛んだ。

「——? デュオン」

「———」

 彼らの会話は獣人語だ。紘伊には獣人の区別が付かない。それもほんの僅かな時間を共にした相手ならなおさら。でも名を呼んだのは分かった。オーギュがデュオンと呼んだ。とすれば彼はハーツの友人という竜族で、ハーツが次の族長にと望んだ相手だ。

 獣人語の会話が続いている。戦況の報告だろうか。言い合いが徐々に笑みを交えたものになっている。手を挙げて逆方向へ別れて行く。

「獣人語を学ばないと」

 彼らは紘伊に分からないと思って獣人語を使っている。それが悔しく思い始めた。分からない会話の羅列の中に、紘伊の欲しい情報が多々ある気がする。

「学ばない方が良いぜ?」

 追手が方向を変え走り去って行く。イーズ領へ向かう竜族を危機と思ったのだろうか。全てがイーズ領へ向かって行った。オーギュが速度を緩める。それでも人が走る速度よりも速い。

「知らない方が良いこともある」

 オーギュが喉を鳴らして笑う。それはかなり気を許した態度に見えた。オーギュが見せていた敵対する様な、相容れないと壁を作る様な雰囲気が消え、ずいぶんと受け入れてくれたと思える。戦況が落ち着いて気を抜いたからなのだろうか。

「知らずに馬鹿にされるより、知って落ち込んだ方が良い」

 ハーツも紘伊に隠したい事を獣人語で話す。やっぱり獣人語で話す方が滑らかな感じがするし、無理がない気がする。

「前向きなんだな」

 オーギュの自然な笑みを見て驚いた。オーギュから紘伊を受け入れる様な発言を初めて聞いた。いったいどの出来事がオーギュの態度を改めさせたのか。紘伊は不思議に思う。
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