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62 保留
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イーズ領から王都中央区へと向かう途中の宿屋に泊まる。国内の不穏な動きを察知した国民はこの数週間、家の中で安全を確保し、商人や旅の者も宿で待機を余儀なくされていたようだ。
「もうすぐ王よりストムズ領とイーズ領の自由化が宣言される」
「自由化とは?」
宿屋の一階で素朴な料理を食べながらオーギュと話している。あれ以来、横柄な態度や話し方をする事がなくなったし、紘伊の質問にも気安く答えてくれるようになった。
「王都と同じ様に種族を分け隔てなく受け入れる地区になる事だ」
「なるほど、そう言う事か」
小麦の味しかしないパンにシチューを浸して食べる。飲み物は水。ここは異世界なのに食はさして変わらない。時折、聞いたこともない生き物の肉や野菜が出るくらいの事で、煮たり焼いたり揚げたり、それもあまり変わりない。美味しく咀嚼しながら紘伊は考える。
「あとは熊族と獅子族が自由化を受け入れたら、国ごと変わる?」
「そんな単純な話ではないが——お前は相変わらずものを知らねえんだな」
オーギュが鼻で笑う。でも出会った頃の様な馬鹿にしたニュアンスは無くなっていて、甘い雰囲気を纏い始めていると思うのは紘伊の勘違いだろうか。
「うるさいな、生まれ育った地じゃないんだから仕方ないだろ?」
問題は獣人族の種別に限った事ではない。人が人として生きられる地も必要だし、獣人と人との間に生まれるという、獣人の血をひく人の存在もある。
「俺だって生きる場所を探さないとダメかもしれないし、友人がどうしているか気になってるし」
「お前はハーツの所じゃねえのかよ」
そうなんだけど、と呟き少々落ち込む。争いが終わったのなら迎えに来てはくれないのか。迎えに来ないのは気持ちが離れたからかも。紘伊の利用価値が無くなったからかも。いろんな想いが心に触れて苦しめて来る。そう思うたびにいい大人が頼る事ばかり考えていてどうすると発破をかける。
「なんでそこで口籠もる。お前はハーツが選んだ婚約者で、望んでついて来たんじゃねえのかよ」
「……それはそうなんだけど」
「歯切れの悪ぃ返事だな」
オーギュお得意の舌打ちが聞こえる。
ハーツは王弟だ。この国の何番目かに偉い立場にある。あまりに近くに居すぎたせいと、最初から立場を理解していなかったせいと、紘伊が現実として本気で捉えていなかったせいもある。最初から王城で出会い、傅く立場で出会っていたら、あんなに甘えたり親しく話したり出来なかったと思う。
「このままハーツと別れるんなら、俺のところに来ねえか?」
「……え? なに?」
自分の思いに浸っていたらオーギュの言葉が耳に入って来なかった。
「は? 聞いてねえのかよっ」
不機嫌な表情で睨まれて曖昧な笑みで返した。
「ごめんって、もう一回言って?」
「言えるかよ、ばーか」
「……ばーかって」
オーギュは日本語が堪能だ。日本で同僚と話している気分になる。ハーツは日本語をあまり崩さない。勉強した言葉をそのまま話していて、会話として日本語を話す機会が少なかったのではないかと思う。それでも十分にうまいし、感情によって使い分けているからすごいのだけど。
「怒るなよ、なあ、もう一回聞かせてよ」
「うるせえ、黙れよっ」
少し気分が浮上した。オーギュとの軽口は楽しい。今鬱々と考えても仕方がない。ハーツとはそのうち会えると思おう。会えたら思う事を全部聞いてスッキリすれば良い。その後のことは聞いてから考える。そう決めた。
「もうすぐ王よりストムズ領とイーズ領の自由化が宣言される」
「自由化とは?」
宿屋の一階で素朴な料理を食べながらオーギュと話している。あれ以来、横柄な態度や話し方をする事がなくなったし、紘伊の質問にも気安く答えてくれるようになった。
「王都と同じ様に種族を分け隔てなく受け入れる地区になる事だ」
「なるほど、そう言う事か」
小麦の味しかしないパンにシチューを浸して食べる。飲み物は水。ここは異世界なのに食はさして変わらない。時折、聞いたこともない生き物の肉や野菜が出るくらいの事で、煮たり焼いたり揚げたり、それもあまり変わりない。美味しく咀嚼しながら紘伊は考える。
「あとは熊族と獅子族が自由化を受け入れたら、国ごと変わる?」
「そんな単純な話ではないが——お前は相変わらずものを知らねえんだな」
オーギュが鼻で笑う。でも出会った頃の様な馬鹿にしたニュアンスは無くなっていて、甘い雰囲気を纏い始めていると思うのは紘伊の勘違いだろうか。
「うるさいな、生まれ育った地じゃないんだから仕方ないだろ?」
問題は獣人族の種別に限った事ではない。人が人として生きられる地も必要だし、獣人と人との間に生まれるという、獣人の血をひく人の存在もある。
「俺だって生きる場所を探さないとダメかもしれないし、友人がどうしているか気になってるし」
「お前はハーツの所じゃねえのかよ」
そうなんだけど、と呟き少々落ち込む。争いが終わったのなら迎えに来てはくれないのか。迎えに来ないのは気持ちが離れたからかも。紘伊の利用価値が無くなったからかも。いろんな想いが心に触れて苦しめて来る。そう思うたびにいい大人が頼る事ばかり考えていてどうすると発破をかける。
「なんでそこで口籠もる。お前はハーツが選んだ婚約者で、望んでついて来たんじゃねえのかよ」
「……それはそうなんだけど」
「歯切れの悪ぃ返事だな」
オーギュお得意の舌打ちが聞こえる。
ハーツは王弟だ。この国の何番目かに偉い立場にある。あまりに近くに居すぎたせいと、最初から立場を理解していなかったせいと、紘伊が現実として本気で捉えていなかったせいもある。最初から王城で出会い、傅く立場で出会っていたら、あんなに甘えたり親しく話したり出来なかったと思う。
「このままハーツと別れるんなら、俺のところに来ねえか?」
「……え? なに?」
自分の思いに浸っていたらオーギュの言葉が耳に入って来なかった。
「は? 聞いてねえのかよっ」
不機嫌な表情で睨まれて曖昧な笑みで返した。
「ごめんって、もう一回言って?」
「言えるかよ、ばーか」
「……ばーかって」
オーギュは日本語が堪能だ。日本で同僚と話している気分になる。ハーツは日本語をあまり崩さない。勉強した言葉をそのまま話していて、会話として日本語を話す機会が少なかったのではないかと思う。それでも十分にうまいし、感情によって使い分けているからすごいのだけど。
「怒るなよ、なあ、もう一回聞かせてよ」
「うるせえ、黙れよっ」
少し気分が浮上した。オーギュとの軽口は楽しい。今鬱々と考えても仕方がない。ハーツとはそのうち会えると思おう。会えたら思う事を全部聞いてスッキリすれば良い。その後のことは聞いてから考える。そう決めた。
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