上 下
5 / 15

5.

しおりを挟む
 琉生からもらった茶まんじゅうの広告。その下に付箋が貼られていた。

『友達として連絡したい』

 そのメッセージと共に、通話アプリのIDと電話番号が書いてあった。
 そして桃音は今、スマホ片手に悩んでいる。

 琉生のIDも電話番号も、以前と変わっていなかった。もちろん桃音の電話帳に登録してあったが、アプリとの連携を切っていた。だから琉生から見たら、つながりがなくなったように見えたのだろう。

 連絡をしていいのだろうか。友達としてとはどういう意味だろうか。

 夕食後、そうやってスマホ片手に悩んで三十分が過ぎた。

 広告のまんじゅうの写真は、できたてなのかホカホカと湯気を立てている。
 できたての茶まんじゅうなんて食べたことないな、とか考えながら、スマホをタップできずにいた。

 琉生の余命八ヶ月。なんでそうなったのかは知らない。ただ彼が、八ヶ月後に死ぬというその数字しか知らない。
 今は五月。彼は、新しい年を迎えられないのだ。残りの人生をどう過ごすのだろう。

 ピロンッ――

 通話アプリに琉生のアイコンが増えた。それをタップしてメッセージを書き込む。

『今日はありがとう。あのおまんじゅう、本当に美味しかった! できたても食べてみたい。食いしん坊のモモより』

 当たり障りのない内容を書き込んだ。
 すると、すぐに返事がくる。

『やっぱりモモだ。おとなしいから別人かと思ったよ』

 そして桃音も確信した。やっぱり沢田琉生は、あのルイだった。

『上司と一緒だもん。私だって、十匹くらいは猫をかぶるよ』
『じゃ、今は仕事じゃないから。猫はかぶっていないんだね』
『相手がルイなら、かぶる必要もないでしょ』

 そこで猫のスタンプを送りつける。ニャー!

『電話してもいい?』

 そのメッセージにはすぐに返事ができなかった。
 しばらく考えてから『OK』のスタンプを送る。

 握りしめていたスマホが、通話を知らせるために鳴り出した。
 着信がくるとわかっていたはずなのに、身体を大きく震わせる。

 ゆっくりとスライドさせる。

「もしもし?」
『もしもし? オレ、オレだよ、オレオレ』
「オレという知り合いはおりません。って、何、オレオレ詐欺やってるのよ。いつのネタよ」

 そんな詐欺が騒がれた時代に、よく電話でそう言っていた。
 懐かしい気持ちがこみ上げる。

『はは。やっぱりモモだ。猫十匹かぶってるモモ、同姓同名の別人だと思った』
「もう、うっさいわね。で、なんの用?」
『なんの用って、冷たい……。僕さ、モモに謝りたかったんだよね』

 ズキンと心に針が刺さった。

『ごめん。あのときのこと……。それを謝りたかった。モモ、ずっと待っていてくれたんだろ?』

 あのとき――桃音は琉生と付き合っていた。男女交際と呼ばれるような関係だ。それは、他の人には内緒の関係。

 高校三年の冬。
 桃音も琉生も、推薦入試で錚々に進学先を決めていた。だから二人で、特別な日――クリスマスイブの日に、デートをする約束をした。

 高校生のデートである。一緒に映画を見て、一緒にご飯を食べて、それだけ。

 たったそれだけでも、桃音にとっては初めてのことで、何日も前からそわそわしていた。

 周囲は大学受験でピリピリとしているため、琉生とのデートは当然のことながら二人だけの秘密。
 そんな特別感もあった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

【完結】悪役令息の義姉となりました

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7,321pt お気に入り:1,923

暴力婚約者は婚約破棄の後に豹変しました

恋愛 / 完結 24h.ポイント:5,765pt お気に入り:974

今日で都合の良い嫁は辞めます!後は家族で仲良くしてください!

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:162,186pt お気に入り:5,649

食卓バトル!!〜本日も楽しく開催中です〜

エッセイ・ノンフィクション / 連載中 24h.ポイント:142pt お気に入り:1

【完結】cat typing ~猫と麦酒~第10回ドリーム小説大賞奨励賞

大衆娯楽 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:46

願いの守護獣 チートなもふもふに転生したからには全力でペットになりたい

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:13,991pt お気に入り:7,502

悪女役らしく離婚を迫ろうとしたのに、夫の反応がおかしい

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:51,838pt お気に入り:3,150

処理中です...