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婚約までの裏側
しおりを挟むその密かな立腹に気づいたのが、彼の兄である現国王陛下だったらしい。俺の社交界デビュー時、苛立ちと残念さをいつもの無表情の下に隠していたベリルに内心を吐露するように促したのだという。そして、本人が気づいていなかった、淡く、それでいて強烈な想いを指摘した、と。
「相手の飾らない様子をせめて自分にだけは見せてほしいと願うのは、一種の執着だと兄上に言われてな」
その執着がどの程度のものなのか自分の心と向き合ってみた結果、独占欲を自覚するに至ったらしい。
「お前の何もかもを暴きたかった。私が、暴きたいと思ったんだ」
「……なる、ほど」
顔が熱い。温度を感じない凪のような表情から繰り出されるストレートな告白に、頬だけでなく全身の体温が上がった。昨夜、忘れることすら難しいほど全身に注がれた愛情はまるで嵐のようなものだったけれど、今はナイフで的確に急所を刺されている気分だ。
理解、共感、俺という存在への特別な愛情。どれも欲しくて、けれど諦めていたもの。
「あ、でも、それならどうしてその時点で求婚してこなかったんだ?」
ふ、と浮かんだ疑問を口にした俺に、ベリルは事情を掻い摘んで説明してくれた。
そもそも、十五歳時点の俺に婚約を持ちかけたところで、顔だけで選んだのだろうと受け取られてしまう可能性が高い。しかし、そうではなく、本人は覚えてもいないであろう三歳のときの言動で気に入ったのだ、などと伝えようものなら、幼児好きの烙印を押され、すげなく断られてしまうはず。
確かに、それはそうだ。現に、さっき初めて聞いたときも軽くドン引きしたので、十五歳のときに耳にしていたら即座にお断りしていただろう。
ベリル自身も騎士団で忙しくしていたタイミングだったこともあり、十五歳のデビュー後すぐに申し入れをするのではなく、折を見て交流を持ってからでも遅くはないだろう、という結論に至ったらしい。
「兄上が秘密裏に牽制してくれていたのも大きかった」
「……は? 牽制?」
本人が恋心を自覚するより先に、これまで身内以外に興味すら抱くことのなかった可愛い末弟が他者に執着を向けていると知った国王陛下が、デビューの場に来ていた者たち──同世代の者とその親たち──に密やかに流布したらしい。あれは、王族に連なるものにほしいな、と。
「えっ、あっ、だから同世代からの求婚が皆無だったんだ!?」
なんでも、絶対にフレイザー家には悟られたくないから内密に、というここだけ話として流していたらしい。どこから漏れたかはすぐわかるしね、という笑顔の圧つきだったというから恐ろしい。
その王様の独り言が行き渡らなかった辺境の貴族や、それを無視してでもモーリスを求めたある意味での精鋭たちのみから、フレイザー家に求婚が届いていた、と。そりゃあ、あんなラインナップになるわけだ。
「一度お前の長兄にやんわりと問い詰められたことがある」
「兄さんから?」
「誤魔化しきれずにモーリスと結婚したいと白状したら、兄上にも負けず劣らずな圧のある笑顔と言葉で叱咤激励を受けた」
「……あー、なるほど」
朗らかで気さくな国王陛下にどこか引っかかりを覚えた理由を、今更だが理解した。うちの長兄と似たタイプだからだ。兄さんも、笑顔と心地の良い言葉で相手に有無を言わさず意見を押し通すことがうまい。表情にはほとんど出ないだけで内面は思ったより素直な質のベリルだ、兄さんには敵うまい。
可愛い弟を変態どもの毒牙にかける気はないしどこぞの馬の骨にやるよりはマシだが尻込みしてる間にモーリスが良い人を見つけてきても知らねぇぞ──率直に訳すとそんな感じの言葉を兄さんに投げつけられたらしいベリルは、いい加減なにかしらの接点を作り婚約の申し入れをしなければ、と一度は決意したのだという。
「ただ、直後にあの冬祭りの事件が起こった」
無表情のまま剣呑さを醸し出すベリルの拳が、怒りに耐えるように強く握られている。俺もあの時の恐怖を思い出し、ぎゅ、と唇を噛んだ。
「無事でよかった」
こちらの様子に気付いたベリルが、唇にそっと触れてくる。安堵の吐息とともに感じた俺より少し低い体温に、肩に入っていた力が抜けた。話の続きを促すように軽く頷いてみせる。
結論として、あの事件後、ベリルは決意を覆した。怖い思いをした俺は、強い執着を向けてくる輩には拒否反応を示すだろうと考えたからだ。俺に対する自分の執着も変態どもと同じものだと思われてしまうかもしれない。それは避けたいという己の欲と、あんなことがあった直後に男に口説かれるのは心の傷を抉る可能性があるという俺への気遣いとが合わさり、成人するまでは見守る方向に変更したらしい。国王陛下の手回しが効いていたのも大きかった。
しかし、時が経つにつれ王様の独り言効果も薄れ、公爵家からの求婚を潰しそびれてしまった時はさすが焦ったという。
「隣国の第四王子を引っ張りだすのは大変だった」
「えっ、あれ、ベリルが手を回してたのか?」
「褐色の男と祝宴で顔を合わせただろう? 彼がそうだ」
なんでも、ベリルは昔、この国に留学していた第四王子をご学友として接待していたことがあったらしい。同い年ゆえに回ってきた役割だったようだが、それが役に立ったというわけだ。
「傲慢な男が好きだと聞いていたのでな」
「いや、俺としては助かったけど、えぇ……?」
俺のために隣国の王子まで巻き込んだのは、さすがにやり過ぎではないだろうか。呆れていいのか、それほどまでに求められていたことに喜べばいいのかわからず途方に暮れる。
困惑している俺に、ベリルはどこか誇らしげに告げてきた。
「その甲斐あって、私はお前を手に入れることができた」
誇ることじゃない、というツッコミを入れるか入れまいか悩み、俺はただため息をつくだけに留める。
一途というか、執念深いというか。
本来ならば、この執着の強さは俺にとっての恐怖の種でしかないのだが、ここまで赤裸々に明かされてしまうと逆に見事としか言いようがない。あと多分、そこかしこに彼の俺に対する気遣いも見えたからだろう。嫌悪感はなかった。なにより、ベリルが変態ではないことも大きい。
昨夜の強引さは反省してほしいが、自分のために相手を知ろうとすることなくただ利用しようとした俺にも非があることを自覚しているため、差し引きしてチャラということにする。やり過ぎだったことは反省はしてほしいが。
さて、どう言葉を返そうか。ここは大事なところだろうと考えていたその時、ドアが開く音がした。
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