上 下
11 / 11

夢破れて、夢叶う

しおりを挟む

「おーい、いい加減起きて来いよ。さっさと昼飯にしようぜ」

 聞き覚えのある声に、俺は驚愕しながら振り向く。
 一つに束ねられた癖のある金髪、夕焼け色の瞳。昨日、再会する未来を想像しながら挨拶を交わした男がそこにいた。

「ブライアン!? ……さま、が、どうしてここに!?」

 驚きのあまりうっかり呼び捨てにしてしまったことを慌てて取り繕うが、相手は特に気にした様子もなく、閉めた扉にもたれ掛かりながらひらひらと手を振ってくる。俺は寝巻姿に上掛けという身内以外には見せることのない格好であることを思い出し、慌てて布団を手繰り寄せた。
 というか、ノックもなしに完全プライベート空間である寝室の扉を開けるだけには留まらず、部屋にまで入り込むという無作法は一体どういうことだ。いくらベリルと同じ王国騎士団員とはいえ明らかに副団長より地位は下だろうし、そもそも本当に何故ここにブライアンがいるのか全く理解ができない。
 混乱する俺を余所に、ベリルは棘のある声をブライアンに投げた。

「これからはモーリスもいるんだ、今後は必ずノックをしろ」
「りょーかい。そうだな、さすがに気をつける」

 かなり気安い間柄であることがわかる会話をする二人に、俺は目を丸くする。王弟であり王国騎士団副団長でもあるベリルと対等に会話できる存在など、ひどく限られているはずなのだ。しかも、初夜を終えたばかりの夫夫ふうふの寝室に入室しても、ノックをしなかったことを咎められるだけ。そんな立場の者など、俺には全く見当がつかない。

「えっと、え、どういうご関係で……?」

 呆然としながら問いかけた俺に、ベリルはさらりと言葉を返してきた。

「ブライアンは、私の側近だ」
「側近!?」
「実際は護衛を兼ねた側仕えってのが正しいがな。こいつ、側仕えを増やそうとしねぇから俺が身の回りの世話役も兼ねてるんだよ」

 昨日の騎士然とした態度ではなく、フレイザー家に遊びに来ていたときのような砕けた口調でブライアンが補足してくる。彼の表情は、秘密を明かすことを心待ちにしていた子供のようにひたすらに楽しそうだった。

「俺の母親が、ベリルの乳母兼家庭教師でな。ちょっと事情があってベリルと兄弟同然のように育てられたんだ。今は護衛を兼ねた側近として仕えてる。あ、王国騎士団に所属してるのは本当だぞ? パーティーにも騎士として参加してたしな」

 さらりともたらされる新情報に、俺は目を丸くする。
 要するに、二人は乳兄弟で、ベリルにとってブライアンは大抵のことを任せられる右腕的な存在なのだろう。しかも、護衛を兼ねていて、なおかつ側仕えのように世話も焼いているということであれば、この館にブライアンも住んでいるということだ。であれば、俺とも、俺の従者として昨日からこの屋敷に住み込みとなったティムとも毎日顔を合わせる相手ということで。

「それ、昨日教えてくれても良かっただろ!?」
「いやいや、警備の仕事中でしたから」

 祝宴でのやり取りを思い出して声を荒げれば、ブライアンは愉快そうに目を細める。確信犯であることは明確で、俺はわなわなと唇を震わせた。

「俺のあの気遣いは何だったんだ……っ」
「あんたの密やかな応援と優しさはありがたく受け取ったよ」

 ウィンクしながら笑われ、このやるせなさをどこにぶつければいいのかわからずとりあえずベリルを睨めば、相手は小さく首を傾げるだけだった。いや、確かにベリルは俺たちの会話を聞いてはいないが、ブライアンとの関係を秘密にしていたという点では共犯者なのだから、一人とぼけられても困る。

「しっかし、ほんとに素はこんななんだなぁ。ベリルが言ってたとおりだ。俺と会うときはあんなにお淑やかで愛らしい天使のツラしてたのに」

 剥がれた外面を指摘されるが、もうそれどころではない。俺は軽く唸りながら、これまでのブライアンについて思考を巡らせる。
 そもそも、彼はいつから俺のことを聞いていたんだろうか。これまでの経緯を考えれば、冬祭りに俺たちに接触してきたことすら偶然とは思えない。命と貞操の恩人が偶然ベリルの乳兄弟である確率など、高いわけがないのだから。
 段々と険しくなる俺の視線にさすがに不味いと思ったのか、ベリルがようやくフォローを入れてきた。

「ブライアンがモーリスを助けたのは偶然だ」
「ただ、俺たちがフレイザー家領内の冬祭りに参加してたのは、偶然じゃねぇけどな。あんたの兄貴に誘われたんだよ」

 ベリルの足りない言葉を、すかさずブライアンが補完してくる。どうやら、兄さんが気を利かして俺とベリルの接点を作ろうとアドバイスしていたらしい。冬祭りで偶然を装って弟に声をかけたらどうか、と。
 もしや、襲撃自体も仕組まれたものだったのではないか、と懐疑的になっていたのだが、さすがにそれはなかったようでほっと息を吐く。後々、兄さんにも裏を取ろうとは思うものの、俺は一旦納得して進む話に大人しく耳を傾けた。

「いつ、どう声をかけるかこいつが悩んでる間にあんたらは帰路についちまってなぁ。とりあえず見送りだけでもって去り行く馬車を眺めてたらあの襲撃に出くわしたってわけだ」
「私が助けに行きたかったが、王族が関わればあとが面倒になると思ってな。仕方なくブライアンに任せたんだ」
「そんで、図らずも恩人になっちまった俺は、あんたの様子をベリルに報告するためにフレイザー家に遊びに行ってた、と。まぁ、俺は俺でティムに稽古をつけるために通ってたんだけどな」

 先程のベリルからの説明にもあった通り、あの不意の襲撃があったからこそ、俺の成人までは下手にアピールせずに見守る方向で舵を切り直したらしい。兄さんやブライアンからの定期的な報告で俺の現状を認識しながら、ベリル自身は周囲の動向に目を配り摘める種は摘んでいたということか。

「見守りながら逃げ出せぬよう相手を囲い込む捕り物は得意なんだ」

 急に王国騎士団副団長らしい物騒な例えを口にするベリルに、いや俺は敵かよ、と溜息を吐く。まぁ、見事に捕まってしまったので反論はできないのだが。

「あれ? そういえばティムは?」

 話題にも出た俺の従者の姿が見えないことに今更気づき、俺は扉の向こう側を意識する。朝になれば、俺の世話をしに来るはずのティムの気配を感じない。勝手知ったるブライアンとは違い、呼ばれるまでは待機しているのが常なのだが。
 俺の当然の疑問に応えたのはブライアンだった。

「あー、悪い。あいつは仕事したがってたんだけどな。俺が昨夜、無理させちまったから休ませてる」

 意味深に口角を上げる彼に、俺はぱちぱちと瞬きを繰り返す。──なんだって?

「…………え、何、……まさか」
「安心しろ、ちゃんと合意だ。いやー、加減するつもりだったんだが、どうにも可愛くてなぁ。欲しがられると俺もつい歯止めが利かなくなっちまって。今日のあいつの仕事は俺が全部請け負うから、勘弁してくれ」

 そもそも、どうせあんた、今日は動けないだろう?
 悪びれずに満面の笑顔を向けてくるブライアンに、俺は開いた口を閉じることができなかった。
 だって、それは。ええと。

「うっそだろ!?」

 要するに、主従揃ってぺろり、といただかれてしまったわけだ。昨夜。

「だ、騙された……っ」

 ついつい漏れ出た嘆きに、俺の従者をさくっと自分のものにした男が不満そうに口を尖らせてくる。

「人聞き悪ぃな。嘘はついてねぇぞ、俺は。ただ、全部を話してなかっただけで」
「私も、モーリスに嘘はついていないぞ」

 まるで私は嘘つきみたいじゃないか、とすかさず訂正してくるベリルのことは放っておいて、俺はブライアンに視線を向ける。こちらの意図を汲んだ彼は、笑みを引っ込めて真剣な表情で口を開いた。

「昨日あんたに告げたことにも何ひとつ嘘はないし、ティムのことは本気で幸せにすると誓っている」
「……何に誓ったんだ?」
「彼と、俺の剣に」

 騎士が己の剣に誓いを立てる行為は、決して破ることのない約束と同義だ。真っ直ぐに見つめてくるブライアンの瞳に翳りはなく、俺は肩から力を抜いた。

「……ティムを泣かせたら許さない」

 大事な従者で、俺にとっては唯一の友達だ。三年の間、安易に手を出さずに剣の稽古のみに徹してくれたブライアンならちゃんと大切にしてくれると頭では理解していても、無粋な念押しはしておきたかった。

「勿論だ。……あ、でも、夜は許してくれよ?」

 真面目な頷きから一転、にやりとした笑みを浮かべたブライアンが横にいたベリルを肘で突っつく。こいつと一緒で、俺も相手をぐずぐすのとろとろにしたいほうなんだ、と付け加えられ、やっぱり認めるのやめておこうかな、と拳を握ってしまった俺は悪くないと思う。

「そうだな。モーリスのどんな表情も愛しているが、私も泣かせるのは夜だけにしておこう」

 話を振られたベリルも同調するものだから、身体が動ける状態だったら本気で今すぐ暴れていた。こちらは真顔で口にするから、冗談なのか本気なのかの判別がつきづらいのが難点なのだが。
 主従揃って、という何とも複雑な気持ちでブライアンとベリルを睨むも、俺の伴侶はどこか嬉しそうに瞳を輝かせるだけだった。毒気を抜かれた俺は、話題を変えるために気になっていたことを質問する。

「そいや、ティムはブライアンの立場をどこまで知ってたんだ?」
「あいつも、昨夜まで何も知らなかった。知ってたのは、あんたの一番上の兄貴くらいだ」

 よかった。俺だけなにも知らされないままだったわけではなくて。これでティムまで俺に黙っていたんだとしたら、さすがにちょっと耐えられないところだった。兄さんには聞きたいことも言いたいことも山ほどできたが、それは後日の話だ。

「で? もうこれ以上、俺に隠してることはない?」

 ブライアンに向けていた視線をベリルに移し、俺は少しだけ腹に力を入れて問いかける。雰囲気の変化を察したのか、ブライアンが一歩下がったのが視界の端に映った。

「ああ、ないはずだ」
「わかった。……ベリルは今後、俺とどうありたい?」
「私と共にいてくれればそれでいい」

 迷いなく言葉を返してきたベリルが、少しだけ慌てた様子で俺の返事を待たずに言葉を付け足してくる。
 その望みが。

「モーリスが己を偽らず、素直に感情を出せるようになれば良い」

 ……参った。そう思った。
 昨夜、絆され受け入れてしまった時点で、答えはきまっていたようなものなのだけれど。俺が俺であることを望んでくれる相手に、俺もちゃんと礼を尽くしたい。

「白い結婚は諦める。俺は、ベリルと一緒に幸せになりたい」

 生涯をともにする──その誓いをやり直したくて、俺はベリルの薬指に嵌っている指輪と、同じく自分の指にある銀色にくちづける。指輪に埋め込まれている表情よりも雄弁な彼の瞳の色が、まるで喜んでいるかのようにきらりと輝いた。

「どうか、末永くよろしくお願いいたします」
「……ああ。こちらこそ、よろしく頼む」

 結婚式で交わした言葉を、もう一度、ちゃんとベリルに届くように。
 真っ直ぐに伝えた俺の芽生え始めたばかりの愛情を、ベリルは柔らかな笑みで包み込んでくれた。

 夢だった白い結婚は遥か彼方に消え失せてしまったが、愛のある家庭、という諦めていた幸せは掴めたわけで。俺の夢のような新婚生活は、まだ始まったばかりだ。

しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

【完結】《BL》溺愛しないで下さい!僕はあなたの弟殿下ではありません!

白雨 音
BL
早くに両親を亡くし、孤児院で育ったテオは、勉強が好きだった為、修道院に入った。 現在二十歳、修道士となり、修道院で静かに暮らしていたが、 ある時、強制的に、第三王子クリストフの影武者にされてしまう。 クリストフは、テオに全てを丸投げし、「世界を見て来る!」と旅に出てしまった。 正体がバレたら、処刑されるかもしれない…必死でクリストフを演じるテオ。 そんなテオに、何かと構って来る、兄殿下の王太子ランベール。 どうやら、兄殿下と弟殿下は、密な関係の様で…??  BL異世界恋愛:短編(全24話) ※魔法要素ありません。※一部18禁(☆印です) 《完結しました》

悪役令嬢のモブ兄に転生したら、攻略対象から溺愛されてしまいました

藍沢真啓/庚あき
BL
俺──ルシアン・イベリスは学園の卒業パーティで起こった、妹ルシアが我が国の王子で婚約者で友人でもあるジュリアンから断罪される光景を見て思い出す。 (あ、これ乙女ゲームの悪役令嬢断罪シーンだ)と。 ちなみに、普通だったら攻略対象の立ち位置にあるべき筈なのに、予算の関係かモブ兄の俺。 しかし、うちの可愛い妹は、ゲームとは別の展開をして、会場から立ち去るのを追いかけようとしたら、攻略対象の一人で親友のリュカ・チューベローズに引き止められ、そして……。 気づけば、親友にでろっでろに溺愛されてしまったモブ兄の運命は── 異世界転生ラブラブコメディです。 ご都合主義な展開が多いので、苦手な方はお気を付けください。

【完結】売れ残りのΩですが隠していた××をαの上司に見られてから妙に優しくされててつらい。

天城
BL
ディランは売れ残りのΩだ。貴族のΩは十代には嫁入り先が決まるが、儚さの欠片もない逞しい身体のせいか完全に婚期を逃していた。 しかもディランの身体には秘密がある。陥没乳首なのである。恥ずかしくて大浴場にもいけないディランは、結婚は諦めていた。 しかしαの上司である騎士団長のエリオットに事故で陥没乳首を見られてから、彼はとても優しく接してくれる。始めは気まずかったものの、穏やかで壮年の色気たっぷりのエリオットの声を聞いていると、落ち着かないようなむずがゆいような、不思議な感じがするのだった。 【攻】騎士団長のα・巨体でマッチョの美形(黒髪黒目の40代)×【受】売れ残りΩ副団長・細マッチョ(陥没乳首の30代・銀髪紫目・無自覚美形)色事に慣れない陥没乳首Ωを、あの手この手で囲い込み、執拗な乳首フェラで籠絡させる独占欲つよつよαによる捕獲作戦。全3話+番外2話

異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話

深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

落第騎士の拾い物

深山恐竜
BL
「オメガでございます」  ひと月前、セレガは医者から第三の性別を告知された。将来は勇猛な騎士になることを夢見ていたセレガは、この診断に絶望した。  セレガは絶望の末に”ドラゴンの巣”へ向かう。そこで彼は騎士見習いとして最期の戦いをするつもりであった。しかし、巣にはドラゴンに育てられたという男がいた。男は純粋で、無垢で、彼と交流するうちに、セレガは未来への希望を取り戻す。  ところがある日、発情したセレガは男と関係を持ってしまって……? オメガバースの設定をお借りしています。 ムーンライトノベルズにも掲載中

‭転生『悪役令息』だけど、強制力を無効化、第三王子を逆断罪し第一王子と幸せになる!…を、強制力と共に阻止。そう、私が本当の主人公第三王子だ!

あかまロケ
BL
あぁ、私は何て美しいのだろう…。ふっ、初めまして読者と呼ばれる皆々様方。私こそは、この物語随一の美しさを持つ、ラドヴィズ=ヴィアルヴィ=メルティス=ヴァルヴェヴルスト。この国ヴァルヴェヴルスト国の第三王子である。ふっ、この物語の厨二病を拗らせた作者が、「あらすじは苦手」などと宣い投げ出したので、この最も美しい私がここに駆り出された。はっ、全く情けない…。そうだな、この物語のあらすじとして、私は明日処刑される。それだけ言っておこう! では。

【完結】健康な身体に成り代わったので異世界を満喫します。

白(しろ)
BL
神様曰く、これはお節介らしい。 僕の身体は運が悪くとても脆く出来ていた。心臓の部分が。だからそろそろダメかもな、なんて思っていたある日の夢で僕は健康な身体を手に入れていた。 けれどそれは僕の身体じゃなくて、まるで天使のように綺麗な顔をした人の身体だった。 どうせ夢だ、すぐに覚めると思っていたのに夢は覚めない。それどころか感じる全てがリアルで、もしかしてこれは現実なのかもしれないと有り得ない考えに及んだとき、頭に鈴の音が響いた。 「お節介を焼くことにした。なに心配することはない。ただ、成り代わるだけさ。お前が欲しくて堪らなかった身体に」 神様らしき人の差配で、僕は僕じゃない人物として生きることになった。 これは健康な身体を手に入れた僕が、好きなように生きていくお話。 本編は三人称です。 R−18に該当するページには※を付けます。 毎日20時更新 登場人物 ラファエル・ローデン 金髪青眼の美青年。無邪気であどけなくもあるが無鉄砲で好奇心旺盛。 ある日人が変わったように活発になったことで親しい人たちを戸惑わせた。今では受け入れられている。 首筋で脈を取るのがクセ。 アルフレッド 茶髪に赤目の迫力ある男前苦労人。ラファエルの友人であり相棒。 剣の腕が立ち騎士団への入団を強く望まれていたが縛り付けられるのを嫌う性格な為断った。 神様 ガラが悪い大男。  

婚約破棄に異議を唱えたら、王子殿下を抱くことになった件

雲丹はち
BL
双子の姉の替え玉として婚約者である王子殿下と1年間付き合ってきたエリック。 念願の婚約破棄を言い渡され、ようやっと自由を謳歌できると思っていたら、実は王子が叔父に体を狙われていることを知り……!?

処理中です...