白い結婚を夢見る伯爵令息の、眠れない初夜

西沢きさと

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 ちょっと待て。
 これが、ベッドに押し倒された俺の最初の感想だった。
 なにがどうして突然こんなことに? 意味がわからなさすぎて思考が追いつかない。
 これまで、ベリル様が俺に欲を抱いたことは一度もなかったはずだ。無表情のまま、常に冷静な態度で端的に言葉を発していた姿しか見ていない。それがどうしてこんな、初夜を正しく初夜にしようとする言動になっているのか。
 屋敷に着いてから甘い空気が漂うような変化はあっただろうか、と思考を巡らせてみる。

 祝宴が終わり、俺はベリル様と共に彼の屋敷へと足を踏み入れた。執事やメイド、そして俺と同じく今日からこの屋敷の住人となるティムに出迎えられる。彼は祝宴での俺の身支度を整えてから、一足先にこちらに来て受け入れ準備を進めてくれていた。
 食事は祝宴で軽く済ませていたため、ベリル様とは一旦玄関でお別れすることとなった。俺は自室として与えれた部屋を確認してから風呂場に向かい、そこで身を清めてから夜着に袖を通した。あとは、部屋で待機だ。

「他の使用人たちとうまくできそうか?」
「まだお会いできていない方々もおりますが、今のところは皆様親切にしてくださってますよ」

 早くこのお屋敷に慣れて、モーリス様にご不便がないようにしなければ。そう意気込む主人思いのティムを有り難く感じながら今日の出来事などを互いに話していたら、部屋の外から執事に声を掛けられた。
 ティムに見送られながら、執事に夫夫ふうふの寝室まで案内される。まだベリル様は来ておらず、ひとり取り残された俺はベッドの近くに置かれていた椅子に腰掛けた。
 当人同士に愛がないとはいえ、さすがに結婚式を挙げたばかりの新婚がそれぞれの寝室で就寝する、というわけにはいかない。もし、不仲などという噂が流れば、不貞を唆す輩が近寄ってくる可能性も高くなる。
 二人の寝室に用意されていたベッドは、俺とベリル様が並んで眠っても余裕があるほど大きく広々としていた。これなら、どちらかの寝相が悪くても問題なく眠れるだろう。
 そう考え、俺は大人しくベリル様が部屋に入ってくるのを待っていた。

「入るぞ」

 然程待たず、ベリル様が扉を開く。俺は立ち上がり、ベッドのそばで彼を出迎えた。
 あとは寝るだけだからか、いつもはきっちり結ばれている髪が下ろされている。湯上がりなのもあってか、少しだけ印象が柔らかく見えた。

「本日はお疲れ様でした、ベリル様」
「ああ」

 こちらに近づいてきたベリル様は、そのままベッドに腰掛けた。サイドテーブルに置かれてある水でも飲みながら軽く話でも、と思っていた俺は、彼のその行動に一瞬迷う。しかし、すぐに隣に腰を下ろした。
 多分、ベリル様は早く寝たいんだろう。俺も疲れているし、さっさと寝るに限る。

「では、おやすみなさいませ」

 だから、俺は就寝の挨拶を告げた。
 その瞬間、とん、と軽く肩を押された。身構えていなかった俺は、あっさりとベッドに転がることとなる。
 覆いかぶさってくる影、流れ落ちる銀の髪。それから、こちらを見下ろす水色の瞳。

「……ベリル様?」
「これで私のものだ、モーリス」

 そうして、今に至るわけだが。
 いや、本当にどこでベリル様のスイッチが入ったのか全くわからない。なんで? どうして急に俺を押し倒していらっしゃるんだ?
 脳内での言語すらおかしくなるほど混乱している俺に、ベリル様はゆっくりと顔を近づけてきた。互いの唇が合わさる。
 くちづけられている事実に気づくのに数秒、気づいた途端、口の中に舌が入り込んできたため再び思考が停止すること数秒。

「っ、んぅ、……っ!?」

 ようやく働きだした頭は、舌を絡めとられ吸われることは気持ちがいい、と伝えてきた。違う、そんなことよりもまず、ベリル様にキスをされていること自体を認識して驚いてほしい。いや、驚いているから頭が回っていないのか。
 生まれて初めてのくちづけに翻弄されている内に、知らぬ間に夜着を半分以上脱がされていた。やっと驚きから立ち直り抵抗しようとしたところで、体格差と体力差ゆえに勝てるはずもなく。
 
「ふ、ぁ……、お、お待ち下さい、ベリル様! あの、っん」

 乱された呼吸を整える間もなく、耳や首筋にくちづけを落とされる。両手首を掴まれているため、はだけた胸元まで下りてきた舌を止めることができない。胸の突起をべろりと舐められながら、俺は必死で制止するよう訴え続けた。

「まっ、待ってくださっ、ゃ……っ」
「待たない」

 聞く耳を持ってくれないベリル様が、舐めていたものを軽く噛んできた。びり、と走る刺激に俺の口から変な声がまろび出る。それに気を良くしたのか、今度は噛んだものを舌先で転がし始めた。
 乳首なんて触ったことも触られたこともないのに、弄られる度にどんどんと腰のあたりが重くなってくる。臍の下に集まっていく違和感をなんとかしたくて身を捩ろうとしたが、ベリル様はすかさず自分の体を密着させこちらの動きを押さえ込んできた。途端、股間に当たった硬いものの感触に、俺は思わず目を瞠る。
 ……この人、俺で興奮してる。
 本気で欲望を向けられている生々しさに、心臓が大きく跳ねた。変な汗が吹き出てくる。
 このままだと、本当に抱かれてしまう。全く覚悟していなかった現実に、俺は硬直することしかできなかった。
 だってこんなの、どうしたらいいのかわからない。
 ベリル様がここにきてどうして俺に欲情をぶつけてきたのかもわからないし、こんなことになった時の対処法もわからない。今、俺を取り巻く全部がわからない、だから怖い。
 体を強張らせた俺に気づいたのか、ベリル様が胸元から唇を離して視線をこちらに向けてきた。

「モーリス」

 艶のある低音が、耳から脳に吹き込まれる。湿度を感じる囁きと吐息に、ふるり、と体が震えた。
 常に冷静で笑った顔など誰も見たことがないと言われていた男が、食い入るように俺を見つめてくる。宝石のように澄んだ水色が、今はギラギラとした欲で輝いていた。
 顔と顔が近づく。逃さない、とばかりに滑り落ちてきた銀の長髪が俺の顔を囲った。俺とベリルさましかいないひどく小さな空間で、彼は満足そうに目を細める。

「ずっと、お前が欲しかった」
「……い、いつから、ですか?」

 こんな情欲と執着をいつから俺に抱いていたのか。本当に、全く思い当たる節がない。震える唇で問いかけると、ベリル様は少しだけ視線を逸らした。

「随分と昔のことだから、お前は覚えていないはずだ」

 覚えていないくらい、そんな幼い頃から? いつだ、いつのことだ、と記憶を掘り起こそうとする俺を邪魔するかのように、鼻先を軽く齧られた。

「期間など、さして重要なことではないだろう。もう、お前は私のものなのだから」
「そ、それは、その、そうなのですが……」

 確かに夫夫ふうふになったのだから結論としては間違っていないのだが、俺の心が追いついていないことをわかってもらいたいというか。なにせ、こちらはこういった行為をしない、事務的な関係だと思っていたのだ。


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