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祝宴にて
しおりを挟む「ブライアン様」
俺が近づいてきていたことには気づいていたのだろう。警戒しながら周囲を見渡していたブライアンは、すぐに俺の声に応えて笑みを浮かべた。
この祝宴には、錚々たる面々が集まっている。そのため、警備には近衛騎士と王国騎士の両方から精鋭が駆り出されていた。ブライアンは、王国騎士として警備に入ってくれているのだろう。
普段うちに遊びにくる素朴な服装とは異なり、騎士団の制服を着こなす彼は見違えるほどかっこ良かった。少し癖のある肩までの金髪をひとつに結んでいるところはいつもどおりだが、前髪がきちんとセットされ、彫りの深い顔立ちがより際立って見える。こちらに向けられた夕焼け色の瞳も、いつも以上に煌めいていた。
ティムがこの姿を見たらどんな反応をするだろう。そう想像しつつ、俺はブライアンに話しかける。
「お仕事中のところ、お声がけして申し訳ございません。少しであれば構わない、とベリル様にはご許可をいただいたのですが」
「副団長が許可したのであれば構いませんよ。私に何か伝えたいことでもございましたか?」
普段はもう少し気安い喋り方をしてくれるのだが、ここは公の場だ。騎士らしい態度を崩さないブライアンが新鮮で、俺はにやけそうになるのを堪えながら話を続けようとした。しかし、それより先に相手が声を出す。
「あぁでも、まずは祝いの言葉を伝えさせていただきたい。この度は、ご結婚、誠におめでとうございます」
「ありがとうございます」
律儀なブライアンに俺は感謝を述べ、照れを隠すかのようにそっと微笑む。見る者が違えばこちらに見惚れて言葉を失くすくらいの表情を作ったのだが、ブライアンはそれをさらりと受け流した。
「それで、どのような御用でしょうか?」
本当に俺に興味がないんだよな、この男。正直、彼がティムに多大な関心を抱いてなければ、契約婚の相手として俺から求婚していたかもしれない。絶対に受け入れてくれないだろう、と確信していたからこそ選択肢から外したのだが。
「私の従者のことなのですが」
「ティム殿のことでしょうか?」
「はい。彼にはこれまで同様、私の従者として仕えてもらうこととなりました。そのため、フレイザー家ではなくベリル様のお屋敷での住み込みとなります。剣術の稽古など、ブライアン様にはとても良くしていただいたと聞いておりますので、ご報告を、と思いまして」
ティムは長らく俺付きの従者として働いているが、そもそもはフレイザー家の使用人として雇われている身の上だ。友達のいない俺としては、気心の知れた彼がついてきてくれるのは素直に心強かった。そのため、父とベリル様に話を通し、今のまま俺の従者として勤めてもらうことにしたのだ。
もちろん、本人の意向も確認済みだ。
「私としても残念でなりませんが、これからは今までのように気軽にブライアン様にお会いすることは難しくなるかと。それゆえ本日、お仕事の時間を少しばかりお邪魔してでもご挨拶をさせていただきたかったのです」
ブライアンは、おそらくティムに気がある。楽しそうに稽古をつけている彼の目には隠しきれない熱が灯っていたし、俺のことが眼中にないのもそばに付き従っているティムのほうにばかり意識が向かっているからだ。
ティムがブライアンのことをどう思っているかは俺にはわからない。ブライアンからの好意には気づいていなさそうに見えたし、彼の身の上や性格を考えると自分の恋愛については無頓着になっている可能性が高かった。
だが、剣の師匠としては慕っていたし、ブライアンに全く希望がないというわけではないだろう。なので、もしティムに対して本気なら、どうにかうまいこと誘い出すなりなんなりしてさっさと告白でもしてくれ、と思っていた。
本来なら、従者であるティムの今後の情報を教える必要などない。けれど、俺にとってブライアンは命と貞操の危機を救ってくれた恩人であるし、これくらいは融通を利かせても良いだろう、と判断したまでだ。従者の私的な交友関係にまで口を出すつもりはないので、今後は本人同士で交流してくれ、という意図を込めて告げた挨拶だった。
「そうですか。私のためにお心を砕いてくださったこと、感謝いたします」
ブライアンは軽く視線を下げ、すぐに礼を口にした。あっさりした反応だったことに俺は驚いたが、もしかしたら彼はこの展開を予想していたのかもしれない。
必要な情報は伝えたことだし、そろそろ仕事に戻ってもらわないとまずいだろう。俺もいい加減、ベリル様のところに戻らなければ。
「ブライアン様があのとき助けてくださらなければ、この夢のような幸いには出会えませんでした。改めて、心より感謝申し上げます」
本心から述べた謝礼に、彼は朗らかな笑顔を返してきた。
「あの日、貴方達に出会えたのは天の思し召しだったのでしょう。騎士として当たり前のことをしたまでですが、皆様のお命を守れたこと、私も嬉しく思います」
胸元に右拳を当て、騎士としての敬礼で応えてくれたブライアンに、俺も満面の笑みで応じる。
もし、彼が今後、騎士団内で出世して役職を手に入れたら、俺にも再び顔を合わせる機会があるかもしれない。そんな未来を想像しながら、俺はブライアンの前を辞した。
すれ違う来賓の方々を微笑みだけで躱しつつ、俺は急ぎベリル様の元へと戻った。
他国の王子と思わしき褐色肌の人物と話をしていたベリル様は、隣に立った俺を一瞥しただけだった。会話の相手は俺に対して愉快そうに目を細め、けれど何も言わずにベリル様と短い挨拶を交わして去っていく。
「お話の邪魔をしてしまったでしょうか?」
「いや、問題ない」
「我儘をお許しいただき、ありがとうございました」
「別に、大したことではないだろう」
結婚祝いの席でわざわざ他の男に用事があると言って伴侶がそばを離れたというのに、ベリル様は全く頓着していないようだった。自分が副団長を務める騎士団の者と結婚相手の交流など、普通なら気になって仕方がないだろうに。
俺に対して熱のある情を欠片も見せない夫に、これはもう間違いなくあちらも契約結婚のつもりだろう、と確信を持つ。
勝った! 俺は白い結婚を手に入れた! やったー! と、心の中でぴょんぴょんと飛び跳ねる。
あとは、国と民のために働くベリル様が騎士として邁進できるよう俺が家の管理をきっちりとこなせれば、契約としては成功だろう。そう思っていた。……思っていたのに。
その夜、完全に油断していた俺を、彼は無表情のままベッドに押し倒してこう言った。
「これで私のものだ、モーリス」
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