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4.鬼人
しおりを挟む「鬼、……ですか?」
「鬼じゃ。にわかには信じ難いじゃろうが、これは年寄りの妄言でも集団幻覚でもない。事実じゃ」
ちらり、と横の鬼柳を見れば、苦笑しながら頷かれた。マジか。ひとまず、ここで信じないことには話が進まないのだろうと僕は先を促す。
「人喰い鬼の血筋とはいえ、人が人を食べるわけにはいかん。かといって、遥か昔から脈々と受け継がれてきた強力な鬼の血が急に消えてなくなるわけでもない。じゃからか、代が進むにつれ、違う方向へと欲求が変化したんじゃ」
なんとなく、予想がついてしまった。この流れは、一部のジャンルでちょこちょこ見かけるものだ。食べると言われたらさてどっち、というアレ。
「まぐわった相手から放出される『気』を食うようになっていったんじゃ」
やっぱり。和風ファンタジー世界に十八禁マークが追加された。
「ワシら鬼人の男が初めて人とまぐわい精を注ぐと、受け入れた者の腹に所有印が浮かんでくるんじゃ。鬼人がその印に触れると、交わった者との間で契約が結ばれる。その際に得た力を空に奉じるのが、夏祭りの儀式というわけじゃ」
「契約……?」
鬼武たちはまだ清い関係だったのか、とか、所有印とか本当にエロ本の世界だな、とか、女性の場合はどうなるんだ、とか、いろいろと気になるところはある。だが、一番僕に影響がありそうなのは契約についてだ。
所有印というからには、契約を結んだ人間は鬼のものになったという扱いなのだろう。気を与え続ける役目に、負担はあるのかどうかも気になる。
「簡単に言うとな。『お前は専用の餌だから、こちらが求める時は食わせろ』という」
「うっわ」
村長が言い終わる前に思わず声を上げてしまった。ドン引きである。言うに事欠いて、餌って。
「村長はそうかもしれませんけど、俺も友樹もそういうつもりで相手を選んでませんよ。一緒にしないでください」
すかさず、強い否定が隣から発せられた。不愉快、と顔にでかでかと書いている。常に当たりが柔らかい鬼柳にしては珍しく、全身で拒絶を現していた。そのことに、僕は少しほっとする。
「ああ、すまんすまん。わかりやすいかと思ったんじゃが、失言じゃったな」
「そうですね。桃瀬に勘違いされたら困ります」
取り付く島もない鬼柳の様子に、村長も己の発言を省みたのだろう。ごほん、と一つ咳払いをして僕に謝罪を寄越した。
「すまんかったの」
「そうですね」
いいですよ、とは言えず肯定だけ返しておく。ますます居た堪れない空気になったのか、村長は慌てて説明を再開した。
「所有印を刻まれた人間は、契った相手の鬼人へと『気』を分け与えるんじゃが、交わりに関するものに限定されとるから、特に健康面で被害が出るということはない。そこは安心してよいぞ」
「契約した鬼人とセックスさえしてれば、相手は勝手に食事を済ませ、なおかつこちらには負担がないってことですか」
「そのとおり。別に、他の者とまぐわうこともできるぞ。まぁ、鬼人が許せばの話じゃが」
後半のセリフには、そんなことを許す鬼人はいないけどね、の意味が込められているのだろう。大多数の鬼人は独占欲が強いということなのか、それとも他者と交わることで味に変化が出たりするのか。とりあえず、人間のほうが鬼人に縛られるという図式ではあるらしい。
「じゃが、鬼人にも制約はある。初めて触れた人間以外は食えなくなる契りじゃからの」
「……え」
これは予想外だった。縛られるのは、人だけではなく鬼人側もなのか。寧ろ、この条件だけ見れば、鬼人のほうが生活に支障が出るはず。
もし、二度目を許さない人間に所有印を刻んだ場合、鬼はどうなるのだろう。
横目でこっそりと鬼柳の様子を伺うと、彼は自嘲の笑みを浮かべていた。その横顔がやけに悟ったように見えて、僕は思わず眉を潜める。
「鬼人側の縛り、結構きついんですね」
「無闇に数多くの人間に手を出した結果、ワシらの存在が人に広がってしまえば、恐れられ駆逐される可能性があるからのぅ。種の保存の観点から生まれた制約じゃないかと言われておる。大昔のことじゃ、真相はワシらにもわからん」
あらかた話し終えたのか、村長は残していた麦茶を手に取る。彼が喉を潤している間に、僕は聞いておかなければいけないことを一つ思い出した。
「そういえば、どうして二十歳までに儀式を終えないと、座敷牢に入れられるんですか?」
物騒の極みとも言える発言だ。スルーするわけにはいかない。
あぁ、と村長は事も無げに答えを返してきた。
「二十歳で一度、『気』を食らわずにはいられない強い衝動に襲われる瞬間があるんじゃ。食わねば確実に狂うという瞬間がな。そこが、最初の飢餓の限界点なんじゃろう。昔、そういう例があったからこそのしきたりじゃ。狂った鬼人を村の外に出すわけにはいかんからの」
「……なるほど」
鬼柳は、今年で二十歳になる。この夏祭りが、彼にとっての最後のチャンスだったわけだ。
「飢えというのは苦しいもんじゃ。ワシらほど歳を取ればさすがに欲もなくなってくるが、若い頃は常に感じておったよ。じゃが、満たされねば狂うほどの旺盛な欲も、相手さえおれば解決する。幼い頃から知っとるもんを座敷牢なんぞに入れたくはないからこそ、ワシらもついせっついてしまうんじゃよ」
しんみりと言葉を紡ぐ村長が、空になったコップを机に戻す。改めて僕に視線を合わせた彼は、孫を見守る好々爺のような笑みで頭を下げた。
「じゃがもう、そんな心配はせんでよくなりそうじゃ。まそらをよろしく頼む」
初めて、僕でも理解できる人間らしい感情を村長から感じた瞬間だった。
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