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3.衝撃

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「…………は? ま……?」

 突然叩きつけられた単語に、思考が停止する。なんだって?
 まぐわう。ってあの、まぐわう、だよな?
 あんぐりと口を開いたまま二の句が継げない僕を見て、村長も驚いたように目をぱちぱちさせている。

「まぐわう、だと若いもんには通じんかの。あれじゃあれ、セックスじゃ」

 いや知ってる、意味はわかる、などと訂正を入れるどころではない。まぐわう。セックス。どちらもこの場に相応しくない単語だろう!
 大混乱している僕をよそに、村長は鬼柳と鬼武を駄々っ子を見る親のような目をしながら文句を言い始めた。

「二十歳までに儀式を終わらせねばならんのに、お前らはこんなギリギリになるまで相手が見つからんと避けてきたからのう。ワシはもう心配で心配で」
「すみません、でもまぁこればかりは仕方ないというか」
「うるせーな、間に合ったんだからいいだろ」
「この馬鹿どもが! 間に合わんかったら、お前らを座敷牢に閉じ込めねばならんかったんじゃぞ!」
「座敷牢!?」

 うっかり反応してしまい、僕はすぐに頭を抱えた。ここは無反応に徹してとにかく情報を集めるのが得策だ。そう結論づけた矢先に、現代日本にあるまじき物騒なものが飛び出してきたのだ。座敷牢、なんて単語、多分生まれて初めて声に出した。
 儀式、セックス、座敷牢。これで生贄の話題が出てきたらもう完璧な気がする。ぜひ、不完全のままでいてほしい。
 しかし、明らかに何も知らないことを二度も態度に出してしまった。さすがに怪しまれる気がする。
 案の定、僕の過剰な反応に疑念を持ったのか、村長が片眉を上げてこちらを睨め付けてきた。どうしたものか。

「なんじゃ、まそらの相手はなんも聞かされておらんのか? まさか、儀式はできんと言うわけじゃなかろうな?」
「村長、これは俺のせいで、」
「せっかくだし二人きりで旅行しよう、ちょうど故郷で夏祭りがある、昼も夜も二人だけの時間がたくさん作れるからおいでよって誘われたから来たんです。鬼柳と泊まりがけで出かけるのは初めてだったし、僕も、その、嬉しくて……」

 庇おうとしてくれたのだろうが、馬鹿正直に白状しそうな鬼柳の言葉を遮って早口で返答する。
 話の流れからして、儀式として僕と鬼柳が肉体関係を結ぶ必要があるということはわかった。わかりたくはないが、わかった。なので、夏祭りに誘われたという事実はそのままに、セックス目的の旅行に誘われた恋人という嘘を織り交ぜておく。何も知らされていないが、鬼柳との儀式セックスに抵抗はないのだと恥じらう演技まで入れたのが功を奏したのか、村長は白いあご髭を触りながら頷いた。

「なるほど、まそらは新婚旅行のような誘い方をしたわけか。まぁ、最悪儀式だけできればそれで問題ないからのぉ」

 セックスだけ成功すればいいってどんな儀式だ、っていうか倫理観どこ置いてきたクソ爺。内心で罵詈雑言を吐き出しながら、なんとか無理して笑顔を作る。
 向かいで豆原が村長を見ながら引き気味に、うわぁ、と小さく呟いていたが、老人の耳には届かなかったようだ。よかった。あちらに変に飛び火したら、全てを説明した上で同行を勝ち取ったはずの鬼武があまりに可哀想だ。というか、納得してついてきている豆原の図太さもすごい。ちょっと尊敬する。

「じゃが、それだとワシの話のせいで、いらぬ心配が増えてしまったのではないか?」

 取り繕った笑顔の下に隠した嫌悪感には気づかなかったのか、村長は無知な僕への親切心を露わにしてきた。

「まだ時間もあるからのう。せっかくじゃし、ワシが詳しく話してやろう」
「ぜひ」

 ここで逃してなるものか、と僕は食い気味に説明を求める。目が据わっている自覚はあった。
 詳細を聞いたところで何も変わらないかもしれないが、知らずに流されるよりは聞いて判断したほうがいい。誰にどう怒ればいいのか、矛先と目的を決められるから。
 隣に座る鬼柳が死にそうな顔色になっていることは、一旦意識の外に置いておく。
 洗いざらい説明してもらうぞ、と僕が背筋を伸ばしたとき、向かいから予想外の割り込みが入った。

「わりぃが、俺らは先に引っ込ませてもらうぜ。こちとらもう、我慢の限界なんだ」
「トモくん……」 

 きゅん、と音でも聞こえてきそうなほど鬼武にときめいている豆原に、やっぱり神経が太すぎる、と感心する。臆することなく、これからセックスしてきます宣言をする鬼武にも同じことが言えた。お似合いのカップルだと思う。素直に。

「やることやってりゃ、夜の祭りまでは自由行動でいいんだろ?」
「うむ、そうじゃな。友樹たちの宿は、お前の元実家じゃ。鍵はこれ。存分に営んでくるがよいぞ」
「余計なお世話だ、クソジジイ」
「じゃあ、桃瀬くんたちもまた後で!」

 特に恥じらいもなく、けれど少しだけ心配そうに僕を見ながら去っていく豆原に軽く会釈を返す。鬼武は、憐れむような呆れるようななんとも複雑な表情を鬼柳に向けていた。

 というか、セックスが儀式ではなく、儀式のための準備としてセックスがある感じなのか。どちらにしてもやることは同じだが、漫画や映画で時々ある『儀式として不特定多数に見られながら』などという最悪の事態は避けられそうでほっとする。
 しかし、その安堵もすぐに打ち砕かれてしまった。

「あ、途中で鬼嶋んとこのせがれに声かけていくんじゃぞ。彼がお前の担当じゃからの」

 鬼武たちが廊下に出る直前、村長が意味のわからない内容を追加で伝えた。その瞬間、それまで口は悪くとも大人しかった鬼武が、声を上げて怒りを露わにする。

「ふざけんな、ジジイ! 自分で呼ぶほど羞恥心捨ててねぇぞ、俺は! そんなに確認したいなら、お前らで勝手に手配しろやっ」

 怒鳴った勢いでドスドスと廊下を歩いていく彼に、村長は面倒くさそうに溜息を吐いた。近頃の若いもんは、などと小言を呟いている。

「担当?」

 思わずぽそり、と漏れ出た疑問に、意外にも鬼柳から返事があった。

「確認する担当のことだよ」
「確認する担当?」
「無防備になる二人への守りの意味と、……ほんとにちゃんとシてるか、部屋の外で確認する役目」

 消えそうなくらい小さな声だったが、隣にいる僕にはちゃんと聞こえていた。そして、鬼武が激昂した理由を理解する。さすがの彼らでも、それは怒るだろう。だって、セックス中のやり取りや声を他人に聞かれるってことだ。うわ、無理。絶対に無理だ。
 この村、今すぐ焼き払ったほうがいいんじゃないだろうか。羞恥心と倫理観が平安時代くらいからアップデートされてないことはわかった。

「さて、話を戻そうかのぉ」

 ふつふつ、と腹の中で怒りを煮込んでいた僕に、ようやく小言を吐き出すのをやめた村長が仕切り直しとばかりに声をかけてきた。そうだ、まずは話を聞かないと、と僕も意識を切り替える。

「まず。この村の者には、人を喰う鬼の血が混ざっておる」

 いきなり、世界が和風ファンタジーになった。

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