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第十八章【間章】おいらが生まれるよりずっと前のことだって

第614話 こちらはとっても良い子だった

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 壁に映る映像は、また別の日に切り替わったよ。
 そこでは、マロンさんは脚立に乗って『パンの実』を収穫してた。
 マロンさん、惑星テルルの研究室に閉じこもっていた時より心なしか血色が良くなったように見えるよ。
 研究に追われることが無くなって、少しはゆっくり眠れるようになったのかな。

「ホント、『パンの実』を開発しておいて良かったわ。
 私じゃ、農作業なんてとうてい出来ないけど。
 これなら、農作と料理のノウハウが無くても美味しいパンが食べられるからね。」

 マロンさんはそんな言葉を漏らしながらパンの実をもぐと、下で網を構えるイブに向かって放ってた。
 イブは落ちてくるパンの実を上手に虫取り網でキャッチしてたよ。

「この木はママが作り出したモノなの?」

「そうよ、パンって本当は小麦粉を焼いて作るモノなの。
 その小麦粉は、農家の方が作った小麦から作るの。
 だから、パン一つ作るのにも、本当はとても手間や時間が掛かるものなの。」

「へえ、ママって凄いんだね。
 それじゃ、ママのおかげで美味しいパンが簡単に食べられるんだ。
 ママ、ありがとう。」

 マロンさんの話を聞いて、イブはニッコリ笑って称賛と感謝の気持ちを伝えたの。

「どういたしまして。
 テルルを離れて遠い星へ移住した子供達がひもじい思いをしたら可哀想だもの。
 ママ、頑張っちゃった。
 誰でも簡単に栽培できて、年中安定して収穫できる実を作るのに苦労したのよ。」

 そんなイブの言葉が嬉しかったのか、マロンさんは誇らし気な表情で答えていたよ。

「イブはこうしてお手伝いもしてくれるし、本当に良い子ね。
 いつもアテナの遊び相手もしてくれるし。
 ママ、本当に助かるわ。
 それに引き換え…。」

 脚立の上からマロンさんが目をやった先では、男の子二人が泥んこになって泥団子のぶつけ合いをしてたよ。

「ママ、あの二人に何を言っても無駄よ。
 この間だって…。
 部屋が凄く散らかってるものだから。
 おかたずけしなさいって注意したら。
 言うことを聞かないばかりか。
 生意気だって、殴りかかって来るのよ。」

 まだ幼いイブにそこまでそこまで言わせるあの二人って…。

「元気なのは良いけど。
 乱暴なのは困ったものね。
 男性ホルモンがいけないのかしら…。
 でも、第二次性徴前なら分泌量はそんなに多く無いはずなのに。」

 映像はそれに続くマロンさんの呟きも拾っていたよ。
 いっその事、男性ホルモンの分泌量を減らすように操作しちゃおうかとか。
 それじゃ、生殖に不都合が生じるかも知れないしとか。
 そんな独り言を漏らしてた。

 そこへ妖精二人が、狩りから戻って来て。

「なに、まだあの二人のことで頭を悩ましているの?
 もう、いっその事、次に作る個体からは雌性体だけにしちゃえば。
 私達妖精族みたいに単為生殖するようにしちゃえば良いじゃない。」

 オリジンがそんなことを提案してたよ。

「駄目よ、それじゃ、もうテルル人とは言えないじゃない。
 私の使命は、テルル人の末裔をこの大地に根付かせることなのよ。
 それが、亡き両親や研究所のみんなの念願なのですもの。」

 流石に雄雌の存在まで無くしちゃうと別の生物だと、マロンさんは言ってたんだ。
 でも録音されてたよ、悪ガキ二人を見て「本音では、私もそうしたい。」って漏らしてたの…。

       **********

 そして、また、場面は変わり。

「ママ、どうしたの?
 頭、痛いの?」

 ベッドの上で横たわったマロンさんは、頭を冷やすように濡らした布を額に乗せてたの。
 ベッドサイドでは、イブが心配そうにマロンさんを見ていたの。

「心配しないで良いわよ。
 ママが作ったお薬の実験をしてただけだから。
 毒になるようなモノじゃないから安心して。
 ちょっと、効き目が強かっただけだから。」

 マロンさんはイブを安心させるような返答をしたんだけど。
 その様子はとても辛そうで、見ていて安心できる感じでも無かったの。

 そこへ、布を冷やす水を汲みに行っていたのか、アカシアさんが水の入った桶をぶら下げて部屋に入って来たんだ。
 そして。

「イブ、本当に心配無用よ。
 ママが飲んだのは、体に害のあるモノじゃないわ。
 私も、同じ効き目のあるモノを飲んだけど。
 この通りピンピンしているから。」

 アカシアさんも心配いらないと、イブを宥めていたよ。

 アカシアさんがイブにした説明によると。
 アカシアさんの飲んだモノは脳に与える負担が重過ぎたので。
 マロンさんは効果を弱めたモノを開発したそうなんだ。
 効果を約十分の一に薄めたらしいの。
 作っては見たものの、それを試す実験体が居なかったそうで。
 アカシアさんは、自分で服用してみたらしい。
 結果、十分の一希釈だと、人間の脳にはまだ負担が大きかったみたいなんだ。

 それって、恐らく「不思議な空間」を生み出すナノマシンのことだよね。
 おいら、レベル一の積載庫を取得するのに、スキルの実を約二万個食べたから。
 それがマロンさん達の試行錯誤の結果、最適だと判断したのだとしたら。
 少なくとも二万分の一くらいに薄めないと、人族の脳には負担が大きいってことだよね。

 十分の一なんて無茶も良いところだよ。

 そして、映像は再度変わって…。

 マロンさんは無理して試行錯誤を繰り返した様子で、少しやつれて見えたよ。

「出来た…。
 まさか、こんなに負担が大きいなんて思わなかった…。
 一回当たりのナノマシンの摂取量が元の五十万分の一になるなんて。」

 妖精さんの脳の働きって本当に凄いんだね。
 アカシアさんはのたうち回りながらも「不思議な空間」を一度で取得した訳だけど。
 アカシアさんが取得したのは、アルトと同じレベル三の機能を持っていたからね。
 その量のナノマシンを、人族が無理なく摂取するためには五十万回に分割しないといけないみたい。

「ママ、お薬完成したの?」

 研究室で大人しく座っていたイブが声を掛けると。

「ええ、取り敢えずはね。
 これから、私が実際に服用して試験をするわ。
 規定量服用した時に、アカシアと同じ効果があれば成功よ。」

 そう答えたマロンさんは、早速一単位を服用して見せたの。

「ママ、私も。私も試すの。」

 マロンさんの様子を見ていたイブも服用したいとせがんだの。

「うーん、毒では無いけど…。
 まだ幼いイブに大人と同じ量を投与するのは心配だわ。
 ちゃんと完成したら、イブにも上げるから。
 それまで待って欲しいな。」

 マロンさんはかなり渋っていたよ。
 脳にかなりな負担を与えるナノマシンだし。
 まだ実験段階で、アカシアさんの効果が復元できるか定かでないしね。
 
「いや、イブもママと一緒に試してあげる。
 大丈夫、ママが作ったものだもの。
 全然心配してないよ。」

 珍しくイブは引かなかったの。
 イブは、マロンさんに絶大な信頼を寄せているみたいだったよ。
 
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