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第十七章 所変わればと言うみたいだけど・・・

第513話 この商人、どうしてやろうか…

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 おいら、初耳だったのだけど、どうやら海の彼方に別の大陸が存在するらしい。
 その大陸の商人が、この国に万病を癒す何かがあると嗅ぎ付けてやって来たの。
 ギルドのお姉さんに乱暴を働いて取り押さえられたんだけど。 
 尋問したら、とんでもなく厄介な病気を持ち込もうとしてたことが判明したんだ。
 何が病気を癒すのかを調べるために。

 おいらの隣にいたタロウが、「一歩間違えりゃ、バイオテロじゃないか。」とか呟いて呆れてた。

 一通り尋問が終わると。

「さて、困ったものだ。
 流行り病の患者を意図的に入国させようなんて者が居るとは。
 いい歳して、万病に効く薬だなんて戯言を信じおってからに。
 極刑に処してやりたいところだが…。
 そんな愚か者は想定外なので、裁く法が無いぞ。」
 
 尋問していた入国管理事務所の役人が、問題の商人を前にして愚痴ってたの。
 因みに、入国管理事務所の役人も『妖精の泉』の水のことは知らないよ。
 知っているのは、宰相とかモカさんとかごく一部の上層部だけだから。

 役人の愚痴を聞いた商人は、しめたって顔をしてたよ。
 裁く法が無いのなら、厳重注意くらいで無罪放免になると思ったんだろうね。

「それじゃ、俺はお咎めなしってことで良いんだな。
 せっかく、良い儲けのタネを見つけたんだ。
 こんなところで捕まっている訳にはいかねえぜ。」

 それまで神妙な態度を取っていた商人が、喜色満面で役人に問い掛けたの。
 こいつ、『妖精の泉』の水を諦めるつもりは無いんだね。

「ああ、それは…。」

 商人の問い掛けに役人は、どうしたものかと言い淀んだの。
 そして、おいらの方に視線を送って来たよ。
 その目は、「陛下、どういたしますか?」って訴えてた。

「ああ、そのオッチャンを釈放したらダメ。
 広場で公開処刑、火刑にするよ。
 『万病に効く薬』なんて、ありもしない物のために。
 危ない病気を持ち込もうとした重罪人としてね。」

 おいらが、役人に伝えると。

「このガキ! 何てこと言いやがる!
 ガキが大人の話に口を挟むんじゃねえ。
 だいたい、何で、こんなガキがここに居るんだ。
 この国では、役場でガキが遊んでいても摘まみ出しもしないのか。」

 商人は烈火のごとく怒って、おいらを叱り付けたよ。

「そうですか、では、この男、処刑することにしましょう。
 私も、このような大悪党は生かしておかない方が良いと思っていました。」

 でも、役人はそんな商人の言葉なんて全く気に掛けなかったの。

「こら! 何で、あんたもそんなガキの言う事を聞いてるんだ。
 だいたい、あんた言ってただろう!
 俺を罪に問える法は存在しないって!」

「うん? 法ならちゃんとあるよ。」

 おいらは、役人の机の上にあったペンを手に取ると。

ちょくれい(勅令)
 一、いとして、はやりやまいを、こくないにもちこんだもの(意図して流行り病を国内に持ち込んだ者)
 または、もちこもうとしたものは、しざいとする(又は、持ち込もうとした者は死罪とする)
 一、また、そのもののしはいかにあるものにたいしては、(又、その者の支配下にある者に対しては、にゅうこくをみとめず入国を認めず)
 そっこく、そのばからのたいきょをめいじる(即刻、その場から退去を命じる)。」

 聴き取り用紙の裏側に走り書きをして、そこに『』の日付と御名を認めたんだ。

「おい、何の冗談だ! 
 その汚い子供の落書きみたいなものは。
 そんなものが、何の役に立つと言うんだ!」

 汚い落書きみたいで悪かったね。
 おいら、まだ十二歳だよ。宰相みたいに流麗な文を書ける訳ないじゃない。
 でもね、おいらの直筆の文と御名には、それなりの効力があるんだよ。

「陛下、不勉強で申し訳ございませんでした。
 私の見落としていた勅令を教えて下さり感謝致します。
 では、早速その者を広場で火炙りにすると共に。
 この者の船を港より即刻退去させます。」

 いや、今考えたんだから、知らなくて当然なんだけど…。
 役人は上手く話をあわせてくれたよ。

「へっ、陛下?
 このガキはいったい何者なんだ?」

「この方は、ウエニアール国女王マロン陛下に在らせられます。
 先ほどからのそなたの無礼の数々。
 気性の荒い前王であれば無礼打ちにされておったぞ。
 寛容なマロン陛下に感謝するのだな。
 改めて、申し渡す。
 陛下の勅令に基づき、そなたを死罪とする。」

「おい、ちょと待て!
 それ、どう見ても、今、思い付きで書いた物だろうが!
 そんな横暴が許されると思っているのか!」

 横暴も何も、この国では王の勅令は最上位の法なんだ。
 商人の指摘通り今思い付きで書いたんだけど。
 それでも勅令と記され、御名があるから効力は絶対なんだよ。

 役人から、それを知らされて商人は項垂れてしまったよ。

       **********

 とは言え、おいらにこの商人を死罪にするつもりは無いんだ。
 実際に、あの死病だって水際で防げる訳だからね。

「まあ、おっちゃん、気を落さないで。
 本当に死罪にする訳じゃないから。
 おっちゃんに国に帰られては拙いんだ。
 『万病に効く薬』なんて言い触らされたら困るからね。
 そんな根も葉もない噂でも、強欲な輩が信じて寄って来そうだもん。」

 勅令は、真似をする連中が現れないようにする牽制だよ。
 この商人の乗ってきた船の人達には、与太話を信じて疫病を持ち込もうとした罪で商人を死罪にすると伝えるし。
 商人の罪に付随して、上陸を許さずに即刻退去してもらうことになるから。
 その船が無事にヌル国に帰り付けば、船乗りたちが話を広めてくれるだろうね。

 『万病に効く薬』なんてありもしない噂話を信じた商人が、愚かなことをして処刑されたと。

 おいらは、それによって『万病に効く薬』なんて存在しないと伝わることを期待しているの。
 
「根も葉もないことじゃねえだろうが。
 実際、俺はこの目で見たぞ。
 出された水を飲んだ途端に、死病が治っていくのを。」

「だから、オッチャンを解放できないんじゃない。
 あの水は、何の効果も無い唯の水。
 『万病に効く薬』なんて存在しない。
 みんなには、そう思っていて欲しいのに。
 おっちゃんは、知ってはいけないことを知っちゃったの。
 素直に『砂糖』だけ仕入れて帰れば良いのに。
 変な欲をかくからこんなことになるんだよ。」

「やっぱり、あの水は『万病に効く薬』なんじゃねえか。
 港でタダで配れるくらい潤沢ならば、分けてくれても良いだろう。
 売りに出せば、ぼろ儲けできるんだぞ。」

「あの水は、そんなに沢山あるものじゃないよ。
 とっても貴重な物だから、この国を護るために使っているの。
 売って利益を出すためじゃなくて、国の外から危ない病を持ち込ませないためにね。
 他の国に売るほど潤沢にあるんだったら、この国にいる全ての病人に配っているよ。
 おいら、あの水を金儲けに使うつもりは無いし。
 商人を儲けさせるために使うなんて以ての外だよ。」

 金儲けしか頭にない目の前の商人は、おいらの言葉を聞いても憮然としているだけだった。
 おいらの気持ちは理解してもらえなかったみたいだよ。
 
 その後、おいらは、役人に指示して呼んでもらった騎士団のトシゾー団長に商人を預けたの。
 商人は人目に付かないように、裏口から入国管理事務所を連れ出され騎士団が管理する牢獄に移されたの。
 数日後には、罪人として街道整備の現場で強制労働刑に賦されるの。
 する仕事は街道整備に雇っている人と同じだけど、もっと苛酷な現場に送られて無給で働かされることになるんだ。

 商人が乗って来た船は、騎士達によって即刻退去が命じられて無理やり出港させられていたよ。
 水やら食料やらを補給させろと言ってたらしいけど、騎士達には毅然とした態度で断ってもらったよ。
 『万病に効く薬』なんて真に受けてやってきた者への見せしめだもの、厳しくしたよ。

 そして、死病を患って連れて来られた気の毒な男の人だけど。
 この人も『妖精の泉』の水のことを知ってしまったので、帰す訳にはいかなかったの。

 聴き取りによると、サニアール国で職にあぶれていた若者のようで。
 不衛生な地区で路上生活をしていたら、あの病気に罹ったそうなんだ。

 辺境での街道整備の仕事を紹介したところ、乗り気になってくれたので採用したよ。
 路上生活と死病のため、病気が治ってもかなり衰弱していたので。
 しばらくの間は、王宮で保護して体力を回復させてから辺境に送ることにした。
 体をキレイに洗わせて、新しい服を与えたら凄く喜んでくれたらしいよ。
 根は真面目な若者のようで、職が見つかった上に、衣食住が保証されるなんて幸運だって言ってたみたい。
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