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第十五章 ウサギに乗った女王様

第406話 マイナイ伯爵領騎士団、魔物退治に行くよ!

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 スタンピードの発生を予見したアルトは、魔物の襲撃に備えて今すぐ騎士を動かすことを勧めたの。
 執事のお爺ちゃんは、伯爵自らが先頭に立って魔物の討伐に向かうべきだと主張したのだけど。
 当の伯爵は腰が引けてしまって、やりたくないと愚図ってるんだ。

「だいたいだな。
 親父の時は総勢五十名の騎士を率いて魔物の領域に足を踏み入れたのだ。
 さっきのトカゲのせいで、騎士を十名以上失っておるのだぞ。
 それで、どう戦えと言うのだ。」

「殿、何を申される。
 もし、魔物の襲撃を受ければこの町は大打撃ですぞ。
 身を挺してでも町を護るのは領主の役目ではないですか。
 残りの騎士を総動員して、すぐに川向こうに向かうべきです。
 何処かで遊び惚けている騎士も直ちに呼び戻しましょう。」

 そんな伯爵に、お爺ちゃんはハッパをかけてたよ。

「ああ、広場にやって来た不良騎士達ならここに居るわよ。」

 アルトは『積載庫』に監禁した騎士十人を床に放り出すと、『妖精の泉』の水を振りかけてたよ。
 ジェレ姉ちゃんがボコボコにしちゃって足腰立たない状態だったからね。

「この者達はいったい?」

 突然目の前に転がされた騎士達を目にして、お爺ちゃんが尋ねてきたの。 

「ああ、こいつらね、マロン達にイチャモン付けて来たのよ。
 マロンが御触れ書きを告知板に貼ったのが気に入らないみたいでね。
 こいつらったら、情けないにもほどがあるわ。
 マロンの護衛騎士、たった一人に太刀打ちできなかったの。」

「面目ございません。
 この者共は普段から訓練も疎かにしていて…。
 戦いと言ったら弱い者イジメしかしたことが無いモノで。
 女王陛下にご無礼を働いたようで、心からお詫び申し上げます。
 本来であれば、その場で手打ちにされても仕方がございませんのに。
 生きて返してくださった寛大な御取り計らいに感謝申し上げます。」

 お爺ちゃんはアルトの返答を聞いて恐縮してた。

「良いのよ。
 それより、これで頭数は揃ったでしょう。
 こいつ等には今まで無駄飯を食べさせて来たのだから。
 今日こそきっちり騎士の仕事をして貰ったら良いわ。」

 アルトは愉快そうに言ってたよ。
 こいつ等が魔物相手にどんな態度をとるかが楽しみなんだろうね。

「おい、お前の護衛騎士一人で、儂の手勢十人を打ちのめせるのなら。
 そいつに、魔物退治をさせれば良いだろうが。」

 アルトとお爺ちゃんの会話を耳して、伯爵はそんな風に割り込んだよ。
 おいらを指差しながら…。

「うん? おいらがっちゃっても良いの?
 でも良いのかな?
 最初からおいらが出て行くとなると、…。
 伯爵はこの領地の自治を放棄したと見做されるよ。
 おいら、宰相から聞かされてるんだ。
 領主は、国王から領地の自治権を認めてもらう代償として。
 何かあった時は極力領主が矢面に立って、領地を護る義務があるって。
 自分達で戦って、手に負えない場合に初めて国王に助力を願い出るものなんでしょう。」

 おいらは、良識派に見えるお爺ちゃんの方に尋ねてみたの。

「殿、陛下の仰せの通りです。
 先ずは、殿が騎士を率いて戦わなければなりませぬぞ。
 ことあらば、命を投げ出してでも領地を護るのが領主の役目です。
 その義務も果たさずに、王家に泣きつこうものなら。
 領主の資格なしとして、お家取り潰しになるやも知れません。」

「うぬぬ…。」

 お爺ちゃんから『お家取り潰し』もあり得ると諭され、伯爵はぐうの音も出なかったよ。 

       **********

 そんな訳で、不承不承、伯爵は甲冑を身に付け帯剣して、ウノの城壁の外へやって来たの。
 率いて来たのは三十人ちょっとの騎士達、歴史ある領地の騎士だけあって見た目にはそれなりに見えるよ。
 おいら達にちょっかい出して来た騎士なんて、アルトに馬を取り上げられちゃったのにちゃんと替えの馬に乗ってるし。

 でも…。

「やばい、みんな、川から上がるんだ!
 魔物だ! 魔物が襲って来たぞ!
 早く!町の城壁の中まで走れ!」

 時、既に遅し、川の対岸に魔物が大分集まって来ていて、今にも川を渡ろうとしていたの。
 いち早くそれに気付いた砂金取りの人が、まだ気づかずに砂金を採っている人に警告を発していたよ。
 それでみんな、砂金取りの道具を放り出して、一目散にこっちに向かって逃げて来たんだ。

「おっ、おい、儂は本当にあんなのと戦わないといけないのか?
 どれも、獰猛そうな魔物ばかりではないか。」

 伯爵は、隣の馬上にいるお爺ちゃんに向かって、そんな泣き言を言ってたよ。

「何をおっしゃいます。
 私は、先代にお供して魔物狩りに出かけたことがございますが。
 先代は、あの程度の魔物なら、一人で十匹はあっという間に討伐されてましたぞ。
 先代から殿に託されたレベルには、それだけの力が秘められているのです。
 臆さずに戦えば、必ずや殿にも出来るはずです。」

 何か、執事のお爺ちゃんの方が泰然として構えてたよ。
 執事の癖に剣と甲冑が様になってる。
 
「ふーん、あのくらいの魔物を十匹鎧袖一触にできるならレベル四十は固いわね。
 さすが、この国有数の大貴族ね。
 当代は、レベルの活かし方も分からないボンクラのようだけど。」

 お爺ちゃんの言葉を耳にして、アルトはそんなことを呟いてた。

「でも、今までもレベルが高いだけで、全然役に立たない人はいっぱいいたよ。
 あの伯爵も同類に見えるんだけど。」

 父ちゃんが常々言ってたもんね、レベルだけ高くても鍛錬してないと役に立たないって。

「そうね、あのおバカは戦う前から負けているものね。
 あんなに腰が引けてたら、幾らレベルが高くてもダメでしょうね。
 でも、今回はついてるわね。
 あれ、見て。」

 アルトが指差しておいらの注意を引いた先には、大きな馬の魔物がいたの。
 鹿みたいな、立派な角を生やした。

「ほんの少しだけ、手を貸してあげるわ。
 初陣から、アレだけの魔物を相手にするのは荷が重いだろうから。」

 アルトは伯爵達に向かってそう告げると、対岸に向かって青白い光の玉を放ったの。
 その玉が馬の魔物の額に直撃すると…。

「ヒヒーン!」

 と言う悲鳴を上げるや、脱兎の如く川から退くように後方へ進路を変えて走り出したの。
 すると…。

 ドドドドドドドドドッ…。

 数十匹もの馬の魔物が、遠ざかる馬の魔物を追って走り出したんだ。
 それだけで対岸にいた魔物が大分減ったよ。

「アレなに? アルトに恐れをなして逃げ出したの?」

「これだけ距離が離れているんだもの。
 幾ら本能が鋭い魔物と言えども、私の力など感じ取れないわ。
 私は『馬鹿』の習性を利用しただけよ。
 『馬鹿』は自分の前を走るものを、追いかける習性があるの。
 『何人たりとも俺の前は走らさねえ』って感じで、必死に追い抜こうとするのよ。
 あいつら、おバカだから、一匹が走り出したら集団で追いかけるわ。」

 アルトは、絶妙な力加減で光の玉を放ったそうだよ。
 一撃で仕留めるのでもなく、怒ってこちらに向かってくるでなく。
 強い痛みを感じて、咄嗟に後ろに逃げるような威力の光の玉だったらしいの。

 しかし、鹿の角を生やした馬なのに、『鹿馬』じゃなくて『馬鹿』なんだね…。

 それはともかく、『馬鹿』の群れが遠ざかるのを確認すると。

「さあ、魔物は大分減ったわよ。
 でも、残っている中には水をものともしない魔物が混じってるわ。
 早く退治しないとこんな川、あっと言う間に渡って来ちゃうわよ。
 サッサと退治に行きなさい。」

 アルトは伯爵にハッパをかけたんだ。

 それに呼応して。

「妖精さん、かたじけない。
 殿、あの数であれば、殿と騎士達で十分退治できます。
 見るに、あそこにいる魔物はレベル二十程度のものばかり。
 殿や騎士達のレベルをもってすれば、臆する必要はございませぬぞ。」

 お爺ちゃんも伯爵を叱咤してたよ。

 でも…。

「いや、いや、幾ら数が減ったと言っても。
 まだ何十もの獰猛そうな魔物が居るぞ。
 若い頃、親父に魔物狩りに連れてかれて何度も酷い目に遭っているのだ。
 正直、亡くなった親父からレベルを貰ったと言っても勝てる気はせんわ。
 だいたい、親父が亡くなってから十年、剣など握ったことも無いのだぞ。」

 伯爵は往生際が悪く、まだ、そんな事を言って出撃を渋ってたんだ。

「ウダウダ言ってないで、さっさと『』って来なさい!」

 あっ、アルトがキレた…、微妙に文字が違って聞こえるし…。
 キレたアルトは、伯爵が騎乗した馬のお尻に軽いビリビリを放ったんだ。

 驚いた馬は、川に向かって猛然と疾走し始めたよ。

「おい、こら、ちょっと、タンマ。」

 伯爵は慌てて馬制止しようとするけど、馬は足を止めることは無く。
 伯爵の意に反して、対岸に向けてバシャバシャと川を渡り始めたよ。

「よし、皆の者、殿に続くのだ!
 今こそ、忠義を示す時であるぞ!
 殿に怪我一つ負わすで無いぞ!」

 騎士達を鼓舞したお爺ちゃんは、伯爵を追って馬を走らせたよ。
 それで、騎士はと言うと…。

「ひっ!」

 そんな、声にならない悲鳴を上げると、慌ててお爺ちゃんを追って馬を走らせたよ。
 伯爵同様、魔物に対して腰が引けていて、今にも逃げ出しそうだったんだけど。
 アルトが特大の禍々しい光の玉を出していたんだ、『ここからは逃がさないわよ。』って感じで。
 それを目にして、魔物と戦う方に活路を見い出したみたなの。

 さて、今まで訓練も疎かにしてたみたいだけど、無事に領地を護れるかな。
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