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第17章 夏、季節外れの嵐が通り過ぎます

第479話 子供達に聞いてみました

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「みんな、お勉強は面白いかな?」

 リーナが、ナナちゃんに算術を習っていた小さな子供達に尋ねてみました。
 すると、

「うん、字が読めるようになると、絵本が読めるの。
 ノノお姉ちゃんが買って来てくれた絵本が沢山あるから。
 早く読めるようになりたい。」

 七、八歳でしょうか、一人の女の子がリーナの問い掛けに答えます。
 聞くと、毎日、ナナちゃんがこの子達に絵本の読み聞かせをしているそうです。
 
「わたしは、がんばって読み書きと計算を覚えて…。
 大きくなったらこの村を出て行くの。
 ナナお姉ちゃんが言ってた、世界はとっても広いって。 
 わたしもどっか遠くへ行きたいなと思って。
 ナナお姉ちゃんやノノお姉ちゃんみたいになれば遠くに行けるもん。」

 女の子はみな同じような歳ですが、この子は村の外の世界に興味を持っているようです。
 この村に限らず、アルム地方の農村の人達は生まれた村からほとんど外に出ることが無い人が大部分です。
 精々が両隣の村にお遣いに行くくらいなのですから。
 そのためこの地方の因習にとらわれて、百年一日のごとく進歩のない生活に陥っているのです。
 昨冬、そんな環境で育ったナナちゃんに、出来る限り外の世界を見せてあげようと思いました。
 ナナちゃんを預かっている間、色々な所へ連れて行った甲斐がありました。
 ナナちゃんのお土産話に触発されて、子供たちが広い世界に興味を持ってくれたのは良い事です。
 
「あたしもこの村を出て行きたいなー。
 あたし、この村の男の子大っ嫌い!
 何時も喧嘩ばっかりしているし、乱暴だし。
 ナナお姉ちゃんから聞いたんだ。
 小さな子を助けた優しい男の子の話を。
 自分も貧乏なのに、親のいない小さな子に食べ物を分けてたって。
 王様が感心してその男の子を召し抱えてくれたって。
 あたしもそんな優しい男の子がいるところに行きたいな。」

 これは、ケリー君のことですね。
 ナナちゃん、この子達にケリー君の話しもしたようです。
 ナナちゃんに聞いてみたところ。
 頭が良くて、人を思いやれる優しさがあれば、貧乏人でも王様に目を掛けてもらえる。
 そんな世の中もあるという事、そして、頭の良い人や思いやりのある人の方が高く評価される世界がある事を知って欲しかったそうです。
 ここにいる子達がそれを正しく理解できたかどうかは分かりませんが。
 少なくても、この女の子は、粗暴なこの村の男の子が嫌で、ケリー君みたいな男の子が良いようです。

 リーナが、三人目の女の子を言葉を耳にしてため息をつきました。

「はぁ…。
 さっき、ナナちゃんが、村の子供は生まれた時から村の子供なんだと言ってましたが。
 こんな小さなうちから、『村の男の子』と十把一絡げに言われてしまう属性を持っているのは由々しき問題ですね。
 私が女なものですから、娼婦として売られていく女の子が忍びなくて、女の子の救済から手がけましたが。
 男の子の意識改革も早く進めないといけませんね。
 こんなことでは、村の男衆に嫌気をつかした女衆がどんどん村から出て行ってしまい。
 近い将来、嫁不足に陥るのが目に見えるようです。」

 まあ、私の目から見ても、この村出身の十五歳の少年よりも、十歳ほどのケリー君の方がずっと大人に見えましたし。
 私がこの子くらいの歳だったらどうかと考えると、やっぱりケリー君の方が好ましく感じるでしょう。
 と言うより、この辺の村の男はみんなダメダメですね、人の姿をしたサルですから。
 実際、昨年の今頃、ホテルの接客係の求人にこの村を訪れた際に採用した女の子がそうでしたから。
 この村一番の気立ての良い娘で、何人もの男から求婚されていたそうですが…。
 力自慢やイチモツ自慢の男ばかりで、そんな男達から逃げ出したいと言って応募してきたのです。

 今後、私やリーナが、女の子に提供する雇用機会を増やすとそんな娘が続出するでしょうね。

     ********

「ねえ、女の子はあんなことを言ってるけど。
 あなた達は、読み書き算術の勉強は楽しいかしら?」

 女の子三人から話を聞いたリーナですが。
 今度は、男の子、ナナちゃんの弟二人に水を向けてみました。

「おれは、みんなと一緒に駆けっこしたり、力比べしてた方がおもしれえなぁ。
 でも、父ちゃん、見てると、ナナ姉ちゃんの言うこと聞いて勉強した方が良いと思うんだ。
 だってよ、父ちゃんよりも、おれより少し大きいだけのノノ姉ちゃんの方が稼ぎが良いって言うんだもんな。
 父ちゃんのような稼ぎだと何時までたってもビンボーだけど。
 ノノ姉ちゃんみたいになれれば、お貴族様みたいな暮らしができるんだもんな。
 父ちゃんみたになりたくないから、我慢して勉強してるよ。」

 年子の年上の方の弟君が、少し生意気な口調で答えます。
 たしか、数えで八歳と聞きましたが、もうすっかりこの村の男の話し方です。

 目の前に成功例と失敗例が分かりやすい形で示されているのですから、渋々でもやる気になりますか。
 ノノちゃんの場合、最下級の官吏ですからお貴族様は大袈裟ですが。
 最下級と言えど領主に使える官吏ですので、農村の成人男性よりは収入は多いと思います。
 更に、留学期間中はリーナから支給される給金とは別に、私が運営する育英基金から学費と生活費を支給しています。
 それに加えて、衣服も別途現物で支給していますので、現状では確かに下級貴族並みの生活はしているかも知れません。

 一方で、父親はと言うと稼ぎが少ない上に子だくさんのために、十二歳でノノちゃんを娼館に売り飛ばす寸前の極貧生活をしていました。
 また、計算はおろか、数字もまともに数えられないため、行商人の良いカモにされていたとナナちゃんから聞いてます。
 最近では、家のお財布はナナちゃんが握っていて、父親にはお金を握らせないそうです。
 もっとも、村にお店の一つも無いのですから、実際にお金を使うのは年に何回かの行商人が来た時だけですが。

 片や、夏休みになるときれいな服を着て異国のお土産をたくさん抱えて帰ってくる姉のノノちゃん。
 片や、まだ十一歳のナナちゃんにお財布を握られてしまっているうだつの上がらない父親。
 どっちになりたいかと尋ねれば、どんな子供だってノノちゃんのようになりたいと答えるでしょう。

 ただ、他の村の男の子達にとっては、自分の父親が手本であり、その有り様を当たり前のように受け入れているのです。
 家族の中に、ノノちゃんのような比較対象がありませんから。 
 何の疑問も感じずに、父親を見て育ち、父親のようになっていくのです。

「おれは、ナナ姉ちゃんの言うことがホントかどうか信じられねえや。
 だって、村で威張り散らしているような男たちが、お貴族様のところじゃ一番下っ端だって言うんだ。
 あんな強ええ兄ちゃん達が、女の下でペコペコしてるって。
 そんなの嘘くさいよ。
 だって、村のお兄ちゃん達、男は力の強さが一番大事だっていつも言ってるもん。
 でも、おれ、女たちが、あんな乱暴な男は嫌だって言うから…。
 我慢して、ナナ姉ちゃんに読み書きを習ってるんだ。」

 一歳年下の弟君の方が、村の男達に感化されているようです。
 一度屈強な男たちが現場監督の女の子達にアゴで使われているところを見せた方が良いでしょうか。

 ですが、この子の方がお兄ちゃんよりも少しませているようで…。
 自分が話している間、チラチラと三人の女の子の方を見ていました。
 どうやら、この三人の中に好きな娘がいるようで、嫌われたくないがために勉強しているようです。
 もしかしたら、少しでも一緒にいたがために、いやいやでもこうして座っているのかも知れませんね。

「弟君たちは、女の子たちに比べて少し学ぶことに消極的なようですね。
 やはり、体を動かしていた方が楽しい年頃なんでしょうね。
 ただ、一年の歳の差は大きいのか、上の弟さんの方が想像力があるようですね。
 お父さんとノノちゃんを比較して、ノノちゃんのようになりたいと考えたようですから。
 でも、下の弟さんの言うことももっともです。
 日頃、『男は力の強さが一番大事だ』なんて聞かされているのですもの。
 実際はそうではないのだという場面を目にしない事には納得できないでしょうね。」

 そうですね、せっかくここまで来たのですから、弟君たち二人に私の工房を見せてあげましょうか。

「ねえ、みんな、二、三日、私のところに泊まりに来れない。
 ナナちゃんがみんなに話して聞かせた私の工房を見せてあげるわ。
 私の工房では、女の子が、筋肉隆々な男達を従えて仕事をしている部署が沢山あるから。
 弟君は、ナナちゃんの話が信じられないようだから、その目で確かめれば良いわ。
 ついでに、時間があれば他のところも連れて行ってあげるわ。」

 私が子供達を誘ってみると。

「わたし、いきたいです。
 お母さんにいってもいいか聞いてきます。
 いちど、この村から出てみたかったんです!」

「あたしも!
 ナナお姉ちゃんから話を聞いて、お貴族様の工房を見たかったんです。」

 村を出て行きたいと言っていた女の子二人が真っ先に手を上げました。

「おれもいきたい!
 ナナねえちゃんが、読み書きを習わせたくて嘘ついてるんじゃないかと思ってたんだ。
 ホントに男が女に扱き使われているのか、見てみたいよ。
 嘘だったら、もう勉強しない、退屈だもん。」

 下の弟君はかなりネガティブな動機です。
 上の弟君に比べかなり勉強が退屈のようで。
 男が女に扱き使われていると言うのが嘘であれば学ぶのを辞めると言ってます。
 女の子たちに嫌われたくないという動機は良いのでしょうか?

 結局、全員で行こうとの事となり、ナナちゃんが女の子三人の家を回って事情を説明してくれるそうです。
 ナナちゃんが、私の支援を受けているのは村では周知の事のようで。
 私のところへ行くと言えば、ダメだという親はいないだろうとナナちゃんは言っていました。

 ナナちゃん達が一旦家に帰っている間、私は本来の目的であるログハウスの案内をリーナにする事にします。
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