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第15章 秋から冬へ、仕込みの季節です

第368話 広い世界を見せてあげます

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 さて、私がモヤモヤした気分で館へ戻ってくると。

「これが、『アー』って読むの?
 で、同じ文字でもアルビオンじゃ『エー』って読むんだ。
 こっちは帝国では『エー』って読むんだけど、アルビオンじゃ『イー』って読むの?
 なんか、ややこしいね。同じ文字を使っているのに読み方が違うなんて。」

「あっ、ナナお姉ちゃん、そこ綴りが違っているよ。」

 ノノちゃん達がいるリビングルームからそんな声が聞こえてきました。
 覗いてみると、ノノちゃんがナナちゃんに文字の読み書きを教え始めた所のようでした。
 その横では、アリィシャちゃんがナナちゃんの間違いを指摘しています。
 リビングルームの端に寄せて積み上げておいた石板を取り出してきて、実際に書きながら教えている様子です。

 ノノちゃんの両隣では、アリスちゃんとクララちゃんも黙々と文字の練習をしています。

「あら感心ね。
 やれと言われた訳でもないのに、読み書きの勉強をしているなんて。」

 私が五人に向かって声を掛けると。

「シャルロッテ様、おかえりなさいませ。
 先日から、アリスちゃんとクララちゃんに読み書きを教えるようになったんです。
 クララちゃんの家にあった絵本を読んであげたら、自分でも読みたいって言うものですから。
 まだちょっと早いかなって思ったんですけど。
 クララちゃんが絵本を読みたいと言うなら、良い機会かなと思って。」

 そんな答えを返してくれたノノちゃん。
 そろそろ風が冷たい季節になったので、外で遊ぶより家の中にいる時間が増えているとのことで。
 暖炉の前の絨毯に腰掛けたノノちゃんの膝の上に乗って、絵本の読み聞かせをしてもらう。
 それが、最近のクララちゃんのお気に入りだそうです。

「で、今日からナナちゃんもその仲間入りかな?」

「クララちゃんもアリスちゃんも、まだ小さいのに黙々と文字の練習をしているんだもの。
 せっかくだから、私も教えてもらおうかなって。
 それに、この中で私だけ、読み書きが出来ないなんてちょっと恥ずかしいもん。
 でも、全然違う言葉なのに、アルビオンと帝国で同じ文字を使っていると知って驚いた。
 しかも、同じ文字なのに読み方が違うと聞いて、またビックリです。」

 ナナちゃんから聞くところでは、私が出掛けてしばらくはお茶を飲みながらおしゃべりをしていたそうです。
 ですが、そのうち初めて来た私の館が物珍しかったのか、クララちゃんがリビングルームを徘徊し始め。
 部屋の隅に積んであった石板を見つけたと言います。

 その石板、ブライトさん達一行を招いた時、『海の女神号』に積んでいた石板です。
 ノノちゃんに、子供のお絵描き用にと頼まれて揃えておいたのです。
 ノノちゃんの目論見通り、その石板は長い船旅の間、子供達の退屈しのぎに一役かったと聞いています。

「クララちゃん、最近お気に入りのウサギさんが主役の絵本を自分で読みたいらしいのです。
 だから、読み方を教えって、良くせがまれるんですよ。
 熱中しちゃうと、いつまでも文字の練習をしてるんですよ。
 それで、アリスちゃんも負けじと頑張るんです。
 自分の方がお姉ちゃんだからって。」

 小さい時から絵本を読み聞かせることは、子供達に読み書きに対する関心を持たせるのには良いみたいです。
 ですが、本は非常に高価な物で、子供に絵本を与える事が出来る家などほんの一握りです。
 リーナが領民学校を開設する時は、学校に子供が喜ぶ絵本を沢山揃えた方が良いかもしれませんね。
 今度、リーナに提案してみましょう。

 しばらくの間、黙々と文字の練習をする子供達を感心して見ていると。

「あっ、しゃるろってさま、おかえりなさい。」

 石板から顔を上げたアリスちゃんが私を見て言います。えっ、今頃ですか?

    ********

 黙々と文字の練習をしていたクララちゃんが一息ついたところで、ランチにすることにしました。
 ステラちゃん達ブラウニーが用意してくれたランチに舌鼓を打ちながら子供達の様子を眺めていると。

「はい、どうぞ。これなら食べ易いでしょう。」

 まだ幼いクララちゃんはスプーンやフォークの使い方が心許ないです。
 そんなクララちゃんが食べ易いように、一口大に食べ物を刻んであげているノノちゃん。
 まるで、お母さんのような世話焼きぶりで、とても微笑ましいです。

「午前中は、ずっと読み書きの練習をしていたのかしら。」

「いいえ、クララちゃんが石板を見つける前は、帰りの旅の話を聞いていたんです。
 アルムハイムを出てから、アルビオンまでの旅の話を。
 船旅の最中に海賊に襲われたなんて話も聞きました。」

「うん、ののおねえちゃんがわるいひとをおいはらってくえたの。」

 私が出掛けている間の事を聞くと、午前中にしていたおしゃべりの内容を教えてくれたナナちゃん。
 海賊に襲撃された話は、ノノちゃんから報告を受けていました。
 姿を消したままブリーゼちゃんとアクアちゃんが退治してくれたのですが。
 当然クララちゃんは精霊が見えていませんでした。
 クララちゃんの中では、ノノちゃんは海賊を退治したヒロインのようです。

「でも、海って想像がつきません。
 シューネ湖よりもずっと広いなんて言われても…。」

 船旅の話を聞いたというナナちゃんがそんな事を呟きます。
 そう言えば、ナナちゃんは今朝ここに来てから屋敷を一歩も出ていません。
 ナナちゃんが今まで目にした一番大きな町はシューネフルト、一番大きな水溜りはシューネ湖なのです。

「そう、じゃあ、午後からは手が空いているし。
 ちょっと、海を見に行きましょうか。
 その子達も、せっかく遊びに来たのですもの。
 館の中にこもりっきりでも、面白くないでしょう。」

「本当ですか!行きたいです海!
 すごい、楽しみ!」

 即座に私の提案に乗って来たナナちゃん、午後は少し遠出をすることになりそうです。

「シャルロッテ様、ペガサスさんのこと、この子達に教えちゃっても良いのですか?
 この子達、絶対に両親に話しちゃいますよ。」

「良いのよ、もし知られちゃっても。
 乗せてくれなんて、大公様に向かって軽々しく言えないだろうから。」

 心配そうな顔のノノちゃんに私はそう返しました。
 身分制度が崩れつつあるこの国でも、大公クラスになると平民が易々と話を出来る存在ではなくなります。
 私から気安く話しかける分には問題ありませんが。
 私に向かって、ヴァイスの引く馬車に乗せろとか、ましてやヴァイスを譲れなどと言ってくる者が現れる事は無いでしょう。
 確かに、肩書って大事かも。

 昼食後、ヴァイスの引く馬車で舞い上がった王都の上空。

「これが、王都…。
 シューネフルトの何倍、いえ、何十倍の大きさがあるんだろう。」

 上空から見下ろす王都の広さに目を丸くするナナちゃん。
 ナナちゃんを村から連れ出す際にこの馬車を使いました。
 そしてシューネフルトまで飛んで、一旦ネネちゃんに預けたのです。
 その時、今のように上空から見下ろして、シューネフルトの町の大きさを把握しています。

 ナナちゃんが今まで目にした一番大きな町はシューネフルト。
 それよりもはるかに大きなアルビオンの王都に驚愕している様子です。

「ナナちゃん、シューネフルトはクラーシュバルツ王国の町の中でも小さな方なの。
 クラーシュバルツ王国の王都はシューネフルトよりだいぶ大きいわ。
 その王都よりも、ここアルビオンの王都は何倍も大きいの。
 でもね、セルベチアの王都はここよりもまだ大きいのよ。
 覚えておいて、世界の広さを。
 あなたの知っている世界は、この広い世界のほんの一角なの。」

「広い世界…。」

 眼下に広がる王都の景色を呆然と眺めるナナちゃん、今初めて世界の広さを認識したのかも知れません。

「わーい、おそらだ!」

「あのお馬さん、羽が生えている。」

 そんなナナちゃんの事はお構いもなしに、無邪気に喜ぶ年少組の二人。
 世界の広さを認識するには少し幼すぎるようですね。

 そして、ヴァイスは快調に飛ばして、一時間もせずに海峡へ出ます。

「これが、海…。
 本当に広い、海の向こうの景色があんなに小さく見える。」

 海を目にして、言葉に詰まったナナちゃん。その広さに圧倒されたようです。

「ナナちゃん、これもまだ序の口よ。
 対岸に見えるのはナナちゃんや私が住んでいる大陸。
 海峡を挟んで対岸にあるのはセルベチアね。
 ここは、海峡と呼ばれているように海が狭まったところなのよ。
 今日は時間がないけど、機会があれば本当の大海原を見せてあげるわ。」

「これで海が狭まったところなのですか。
 ここでもシューネ湖よりずっと広いですよ。
 本当に世界って広いんだ。
 それに、向こうに見えるのが私達が住んでいる大陸…。
 私、今、本当に遠くまで来ちゃったんですね。」

 海峡の先に霞んで見える陸地が自分の住んでいる大陸と知ったナナちゃん。
 やっと、自分が遠くまで来たと実感できたようです。

  
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