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第15章 秋から冬へ、仕込みの季節です

第367話 アルビオンの王宮で

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「ああ、そうだ、おめでとうございます。レディー。
 元気なお婆さん方から聞きましたよ、大公へ昇爵されたと。
 これで、レディーも帝国の最有力貴族になりましたね。」

 時計の納品が終り、海軍の担当者が席を外すと、ミリアム首相が私にお祝いの言葉をくださいました。

「有り難うございます、閣下。
 ですが、大公なんて言っても形だけのもの。
 猫の額ほどの領地しか持たない小娘に何の力もございませんわ。」

「いいえ、そんな事はございませんよ。
 その肩書がモノを言う時だってありますから。
 そうそう、国王陛下にはもうお会いになりましたか。
 まだであれば、これから一緒に参りましょうか。
 今日は珍しく時間が空いてるのですよ。」

 これから一緒に行こうって、ご近所のお宅に遊びに行く訳では無いですから。
 いきなり、アポイントもなく王宮などいけませんよ。
 私は、丁重にお断りしようと思いましたが…。

「何をおっしゃいますか。
 陛下だって、レディーの顔を見たら喜ばれますって。
 さあ、さあ、行きましょう。」

 ソファーから腰を浮かせて、私を誘うミリアム首相。
 どうやら、素直にはうちに帰してもらえないようです。

 そして、馬車の乗ること十数分、荘厳な王宮の前に降り立ちました。

「やあ、ロッテお嬢ちゃん、よく来てくれたね。
 本当は、私の方からお礼に伺おうかと思っていたのだよ。
 この夏は、私の大叔母をはじめ、年配のご婦人方が大挙してお邪魔したのだろう。
 一月もの間、もてなしてもらったばかりか、帝国との送り迎えまでさせてしまったそうじゃないか。
 随分と丁重にもてなして頂いたようで、本当に感謝している。」

 ジョージさんは、私達が部屋を訪れるとそう言って迎え入れてくれました。
 促されてソファーに腰を落ち着けると、ジョージさんはメアリーさんの喜ぶ様子を教えてくださいました。
 帰国して間もなく王宮を訪れたメアリーさんは、とても上機嫌で旅の土産話をしていったと言います。

 特に、アルム山脈の頂から眺めた景色に、メアリーさんはいたく感動していたとのことで。
 遠くに見渡すロマリア半島やセルベチア平原の様子を語るメアリーさんは、子供のように目を輝かせていたと言います。

 それから、ドラゴン、フェニックス、ユニコーンを見たと、メアリーさんは自慢げに話していたそうです。
 ジョージさんは、私からその三体がセルベチア軍を鎧袖一触にしたと聞かされていました。
 子供に様に無邪気に話すメアリーさんを見て、何という怖いもの知らずなんだとジョージさんは呆れたそうです。

「喜んで頂けたのなら、ご招待した甲斐がございましたわ。
 アルム地方のことを気に入ってくださったのであれば、何よりです。」

「そうだね、ロッテお嬢ちゃんの目論見通りに事は進んでいるみたいで何よりだね。
 既に一線を退いたご婦人方とは言え、あちこちの顔を出している方々だから。
 早速、行く先々でアルム地方を旅した自慢話を吹聴して歩いているよ。
 特に、『シューネフルトの奇跡』は周囲の関心を引いている様子が伺える。
 その内、我が国からも大挙して人が訪れるかも知れんよ。」

 そんな嬉しい話を聞かせてくださるジョージさん。
 約束してくれた通りに、メアリーさん達はアルム地方の良い評判を伝えてくださっているようです。

「そうなれば良いですね。
 実は、私、ホテルの建設に着手したのですよ。
 裕福な方をターゲットにした、宮殿風のホテルですの。
 早ければ、来春にでも開業できる見通しなので。
 その時に、お客さんがいないと困ったことになりますもの。」

「おや、これはまた随分と手回しが良い事だね。
 ロッテお嬢ちゃんの掌の上で、転がされているような気になって来るよ。
 うかうかしていると、我が国の裕福層の富がお嬢ちゃんに吸い上げられてしまいそうだ。」

 そんな風に冗談めかして言うジョージさん。
 完成したら一度泊まりに行きたいと言ってくださいました。
 それ、良いですね。
 大国アルビオンの国王陛下が宿泊されたホテルとなれば箔が付きそうです。

    ********

「それはそうと、ロッテお嬢ちゃん、今度、大公になったんだって。
 おめでとう、私としても喜ばしい事だよ。」

 メアリーさん達の話が一段落すると、ジョージさんは今度は私の昇爵を祝ってくださいました。

「有り難うございます。
 まあ、大公といっても俸禄がある訳でもなし、領地が増えた訳でもありませんからね。
 本当に肩書が変わっただけで、相変わらずハーブ畑の世話をする毎日ですけどね。」

 私は謝辞と共に、他の方に説明しているのと同様、昇爵と言っても形式だけに過ぎないことを付け加えます。

「そんな事はないさ、大公と言えば貴族の中でも最高位。
 帝国を構成する領邦の中でも、大国の君主だけが名乗れる位だからね。
 その肩書には、ロッテお嬢ちゃんが考えている以上の重みがあるんだ。
 少なくとも、私としてはとても助かるよ。」

「助かる?
 ジョージさんがですか?」

 ジョージさんの言葉が意味不明です。
 私が大公に昇爵したことが、アルビオン国王であるジョージさんに何の関係があるのでしょうか。

「ああ、そうさ。
 実はね、ロッテお嬢ちゃんにほんの気持ちばかりのプレゼントをしたいと思っているんだ。
 セルベチア戦役の時といい、王都の疫病騒動の時といい、ロッテお嬢ちゃんには大分借りが出来てしまった。
 そのお礼としては、ほんのささやかなモノなのだがね。
 本来、私の一存で贈ることが出来るモノなのだが、煩く口を挟む者がいてね。
 伯爵に贈ると言うと苦い顔をする者がいるのだよ。
 大公だろうと伯爵だろうと領邦の君主には変わりないのに、失礼な事だよね。
 友好国の君主、それも大公に贈呈するとなれば、誰も文句は言えないだろうからね。
 やはり、肩書は大事だよ。」

 そんな事を愚痴ったジョージさん。
 そう言えば、以前『青いリボン』をくださると言ってましたね。
 それって、そんな特別なモノだったのですか。

 私の黒髪に青いリボンは似合わないのではないかと思っていましたが。
 似合う、似合わないではなく、アルビオン国王が下賜してくださる『青いリボン』には特別の名誉がある様子です。

「来年の六月の第一月曜日、盛大な式典を催すからその日は空けておいてね。
 まあ、楽しみにしておいてくれ。」

 六月の第一月曜日ですか、大袈裟な式典とかは苦手なのですが。
 好意でくださるというものを断る訳にはいかないのでしょうね、以前から聞いている話ですので。

    ********

「ところで、大公に昇爵して頂く時、おじいさまが気になる事を言っていたのです。
 これが、帝国皇帝としての最後の贈り物になるだろうって。
 まるで、遠からず、おじいさまが帝国皇帝の座から去るような言いぶりだったのです。
 何か、思い当たることはありますか。」

 私は思い切ってジョージさんにも尋ねてみることにしました。
 ちょうど隣にはミリアム首相が座っている事ですし、政治関係の事ならこのお二人がご存じかも知れません。

 おじいさまの健康状態には問題がないとは言いますが。
 おじいさまの身に何かあるかも知れないとなると不安です。

 私の問い掛けに目の前の二人は難しい顔をします。

 そして、…。

「ロッテお嬢ちゃんの話だけでは何とも言えんな。
 ただ、幾つか思い当たることはないでもない。
 しかし、私の憶測だから、軽率に口にする訳にもいかんな。
 もし、私の想像通りだとしたら、このタイミングでお嬢ちゃんを大公にしたのも合点がいく。
 事によると歴史が大きく動くかも知れんな。
 そうなったとしても、皇帝陛下の身が害されることは無いように根回ししているだろうし。
 何があっても、我が国はお嬢ちゃんの味方に付くから、今から気に病むことはないと思うよ。
 まあ、それこそ、周りは少しガタガタするけど、アルム地方には余り関係ない事だろう。
 のんびりと構えていれば良いよ。」

 歴史が大きく動くって…。
 それって一大事じゃないですか?
 それでものんびり構えていて良いのですか?

 なにやら、とんち問答のようです。話を伺ったらますます訳が分からなくなりました。
 ただ、一つ言えるのは、憶測でおいそれと口にする事は出来ない事態が進行しているようです。

 『何があっても、我が国はお嬢ちゃんの味方に付く』って。
 それってジョージさんに味方になってもらう必要があるかもしれないという事ですよね。
 いったい、何なんでしょう。 
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