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第15章 秋から冬へ、仕込みの季節です

第353話 中々話が進みません

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 取り敢えず首は繋がったフランクさんを連れて、王都の館に戻って来ました。
 足の踏み場もないほど散らかったフランクさんの事務所では落ち着いて話も出来ませんから。

「へえ、それでお貴族様、俺は何をすれば良いのでしょう。
 立て替えて頂いたお金はどうやって返済すればよろしいので。」

 応接に腰を落ち着けるや、すぐさまフランクさんが尋ねてきました。

「まずは、そのお貴族様と呼ぶのは止めてください。
 私にはシャルロッテという名前があるのです。
 それで、フランクさん、あなたは先程自分が口にした言葉を覚えていますか。
 『助けてもらえれば、何でも致します。』と言ったのです。
 私も相応の資金を融通したのですから、口にした事は守って頂きますよ。」

 私の言葉で、フランクさんは自分の迂闊さに気付いたようです。
 急に顔色が悪くなりました。
 貴族を相手に、大金を出させた挙句、何でもすると約束してしまったのですから。
 内心、どんな奴隷働きをさせられるのかと、戦々恐々としているに違いありません。

「ええっと、シャルロッテ様。
 あれは、つい勢いで口にしてしまった言葉で…。
 出来れば、一生タダ働きとか、未開の地に建物を建てに行けとかは勘弁して欲しのですが。」

 一生タダ働きですか、それも良いですね。死刑になるよりはなんぼかましと思いますが。

「誰も、そんな鬼のような事は言いませんって。
 フランクさんには、私が建設中のホテルの内装工事をお願いに伺ったのです。
 ただ、今回立て替えて差し上げた金額は、予定している依頼金額を遥かに超えていますね。
 どうでしょう、私は今後幾つかの大きな建物を建設する計画があります。
 立て替えたお金の返済が終わるまで、私の専属として働いてはもらえませんか。
 ちゃんと相応の報酬は支払いますよ。
 タダ働きなどさせないから、安心してください。」

「それは、本当の事でございましょうか。
 きちんと報酬を頂けるうえに、しばらくの間専属としてお仕事を頂けるというのは。
 そんな虫の良い話があるので?」

 私の言葉が、かなり良い待遇に聞こえたのでしょう。
 疑心暗鬼な表情でそう言うと、オークレフトさんに顔をチラリと伺いました。
 その視線は、私を連れて来たオークレフトさんに真偽を尋ねているようです。

「安心して良いですよ。
 シャルロッテ様は嘘はつかれていません。
 ボクも数年前からシャルロッテ様のお世話になっているのですがとても良くして頂いてます。
 必要な資金であれば、湯水のように出してくださるので開発がとても捗ってるんですよ。
 ただ、馬車馬のように働かされるのは覚悟してくださいね。」

 馬車馬のように働かせるなんて、人聞きの悪い。
 仕事が趣味で、自分から馬車馬のように働いている癖をして。
 私は十分休息をとるようにと、勤務時間は10時間以内にと、口を酸っぱくして言っているではないですか。

「そうかい、それは有り難い。
 あの戦争からこっち、仕事が減ってしまって困ってたんです。
 お抱えにして頂いて仕事がもらえるんなら、どんな仕事でもしますぜ。」

 ほら、この方、まだ懲りていない。
 どんな仕事でもするって軽々しく口にして…、人を殺してこいと言われたらどうする気でしょう。

     ********

「理解してくださったのなら、さっそく仕事の話に移りましょう。
 フランクさんにお願いしたいの現在建築中のホテルの内装工事の設計と施工管理です。」

「へっ?建設中のホテルですか?計画中ではなく?
 建て始めてしまった建物の内装工事をこれから設計するので?」

「いえ、より正確に言うと、躯体工事は全て完成しているのです。
 あとは、内装及び扉や窓ガラスといった建具を施すだけなのです。
 来春の開業を目指して冬の間に、作業を進めて欲しいのです。
 今九月ですので、設計から含めて半年しかありません。
 頑張ってくださいね、何でもしてくださるのでしょう。」

「はあ…、躯体が完成しているので?
 斬新的な進め方をしたものですね。
 普通、躯体と内装を含めて全体の設計が終ってから着工するものですが。
 それに建物全体の雰囲気を統一するために、同じ建築家に依頼するのが一般的ですよ。
 リニューアル工事ではあるまいし、内装だけ頼みたいという話は初めて聞きました。
 もしや、工事を依頼していた建築家が先程の俺みたいに途中で頓挫しましたか?」

 建築の事は全く素人なのですが、フランクさんの言う事は納得できます。
 おそらく、普通であればフランクさんの言う通りなのでしょう。
 まさか精霊が一晩で造ったとは思わないでしょうからね。

「まあ、詳しくは後程、現場ででも説明します。
 それで、引き受けてくださるのですよね。
 何でもすると言ったのですから、イヤだとは言わせませんよ。」

「ええ、まあ、どんな事情があるのかは存じませんが。
 内装工事だけやれと仰せになるのであれば、従わせて頂きます。
 取り敢えず、建物の躯体部分の設計図を拝見できますか。
 それを基に、内装の図面を引きますので。」

「無いです。
 設計図はありません。
 ですから、フランクさんには現地へ行って寸法を測る所からして頂きます。
 もたもたしていると、冬になっちゃいますよ。
 設計図から始まって、資材の手当てや職人の手当てまでフランクさんがすることは沢山ありますからね。
 それが終らぬ前に雪に閉ざされたら、春の開業に間に合いませんよ。」

「設計図がない?
 バカな事を言ってはいけません、ホテルと言ったら大きな建物でしょう。
 木の上に造る子供の秘密基地じゃないんです。
 今日日きょうび、掘っ立て小屋を建てるのにだって設計図くらいありますよ。
 って、今、何ておっしゃいました?
 雪に閉ざされるって、…。
 シャルロッテ様、いったい何処にホテルを建てるおつもりで?」

「ああ、言ってませんでしたね。
 今回、私がホテルを建設しているのは、私の領地の隣国、クラーシュバルツ王国ですの。
 その中でも、最果て、アルム山脈の麓にある街なのですよ。」

「それこそ、バカな事を言わないでください。
 アルム山脈っていったら、これからすぐに向かったって冬前には着かないじゃないですか。
 それで、春までに内装工事を仕上げろと?建物の寸法測定から始めて?
 言っている事が無茶苦茶です。
 おい、オークレフトさん、あんた、こんな無茶苦茶を言う方に良く仕えていられるな。」

 この方、さっきから人に向かってバカ、バカと失礼な。
 仮にも私は依頼主なのですよ、しかも貴族です。世が世なら無礼打ちにされても文句言えませんよ。

 すると、

「いえ、シャルロッテ様は、なんら無理難題は言っていませんよ。
 ボクは、フランクさんなら十分できると思ったから、シャルロッテ様に紹介したのです。
 シャルロッテ様も、いい加減ご自分の事を話したらいかがですか。
 これでは、話が前に進みませんよ。」

 オークレフトさんが私を弁護するとともに、魔法や精霊の事を説明しろと私に促します。
 その通りですね。
 言葉では信じてもらえないだろうと思い、実際にアルムハイムへ連れて行ってから説明しようと思っていたのですが。

「フランクさんが信じるか否かはともかくとして。
 実は私は魔法使いなのです。
 私とオークレフトさんは、今朝アルムハイムからこの館まで魔法で参りました。
 あなたには、今日このまま、一緒にアルムハイムまで行って頂きます。
 そして、実際に建設途上のホテルをご自分の目で確かめてください。」

 私の話を聞いていたフランクさん、俯いて両手の拳をしぎり絞めるとわなわなと震えていました。
 そして、やおら立ち上がると、私を指差して…。

「おい、オークレフト、この女、気は確かか!
 魔法だなんて世迷言を真面目な顔して言ってるんだぞ。
 それとも、おまえら二人して、人をからかっているのか!」

 ホント、失礼な方ですね。人を指差したらいけないと習いませんでしたか。
 しかも、私を気のふれた人みたいに…。
 何度も言うようですが、私は貴族なのですよ。
 今でも不敬罪が残っている一部の領邦でそんな事を言ったら、それこそ牢獄行きになりますよ。

 どうやら、フランクさんはかつがれていると思ったようで、憤慨している様子です。
 設計図のない建築中の建物とか、アルム山脈の麓から来たとか、信じられない事を並べたてた挙句魔法使いです。
 まあ、からかわれていると思われても仕方ないかもしれませんね。

    ********

「あら、あら、そんな大きな声をあげてどうしたの。
 なんか、取り込み中のようだけど。
 お茶でも飲んで気分を落ち着けたらいかが?」

 フランクさんが声を荒げたのに少し遅れて、フヨフヨとブラウニーのステラちゃんが浮かんできました。
 ステラちゃんの能力で、自分の身長よりもはるかに大きなティーセットを浮かべて運んできます。

 ステラちゃん、ナイスです!
 
「えええええぇっ!」

 お茶を運んできたステラちゃんを見て驚愕の声を上げるフランクさん。

「あら、うるさいわね。
 いい歳した大人が、大きな声を上げるんじゃないの。」

 ステラちゃんに窘められて、フランクさんは目を丸くしながらも口を噤みました。 

「この子はブラウニーのステラちゃん、この館の家事の一切を取り仕切ってくれているの。
 ステラちゃんの淹れたお茶はとても美味しいのよ。
 どうぞ、召し上がってみて。」

 私に促されて、気を鎮めるように、ティーカップを手に取るフランクさん。
 一口、お茶を啜ってから、大きく息をすると。

「お伽噺の世界にしかいないと思っていたブラウニーが本当にいるとは驚きです。
 それじゃあ、シャルロッテ様が魔法使いというのも…。」

「ええ、何もフランクさんをからかっている訳ではありませんわ。
 もちろん、私の気がふれている訳でも。」

 私はそう答えながら、指先に光の玉を生み出して見せました。
 最初から、魔法を見せて説明すれば良かったですね。

「信じられない…。
 魔法なんてモノが存在したなんて…。」

 私が生み出した光の玉をしばらく観察していたフランクさんですが。
 さすがに、自分の目で見たモノを否定するような頑固モノではない様子で。

「先程から、無礼な事ばかり口にしまして誠に申し訳ございませんでした。
 この通り、お詫び申し上げますから、ひらにご容赦ください。」

 その言葉と共に平身低頭、頭を下げるフランクさん。
 やっと、話が前に進みそうです。
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