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第15章 秋から冬へ、仕込みの季節です

第352話 建築家を探しに…

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「これはまた、すごいモノが出来たものですね。
 一晩でこれほど大きな構築物を造ってしまうなんて、自分の目を疑ってしまいます。」

 あれから二日後の朝、私はオークレフトさんを伴ってホテルの建設予定地に立っています。
 目の前には、二日前に見た帝都の離宮とそっくりのシルエットの建物がそびえています。
 中が間仕切りだけの伽藍洞の建物が…。

 流石に昼の日中に、ニョキニョキと建物が生えてくる様子を目撃されるのは拙いと思いました。
 なので、夜のうちに造ってもらえるように、大地の精霊ノミーちゃんにお願いしてあったのです。

「ロッテちゃん、こんなもので良いかな?」

 私の目の前に浮かんだノミーちゃんが確認してきました。

「ええ、とても素敵な建物が出来たわね。
 中も確認させてもらって良いかしら。」

「勿論だよ!ちゃんと建物の中も確認して。」

 建物を指差しながらノミーちゃんは私達を内部へ誘います。
 ノミーちゃんに先導されて中央棟正面の入り口を潜ると広いホールがあります。
 その周りにはパーティルームやダイニングルームなどパブリックスペースが配されています。
 この建物の中央棟から両翼を伸ばすように客室棟が配置されています。

 一階部分を見る限り、帝都で見た離宮が忠実に再現されています。

「キッチン、良く出来ていますね。
 オーブンも鉄の扉さえ付ければ、すぐに使えそうです。」

 キッチンなんかカマドやオーブンまで石造りの部分が再現されているのです。
 建物と一体化してるのが笑えますが…。

「でしょう、抜かりはないはずよ。」

 両翼の客室は左右二十室ずつ、一階に四十室設けられています。
 部屋の中に入ると、想定通りにシューネ湖とアルム山脈の風光明媚な景色がどの部屋からも眺められました。

 中央部が広く途中の踊り場で左右に折り返して二階へ続く重厚な階段も意匠を含めて忠実に再現されています。
 そして、二階に客室ですが、構造も部屋数も一階と同じです。
 ただ、二階に上がっただけで眺望が別物と言って良いくらい素晴らしいモノでした。

「この眺めは良いですね。
 二階の部屋は割増料金を取れそうですね。」

 窓が付く予定の壁の穴越しに湖を眺めてオークレフトさんが感想を漏らしました。

「さあ、関心ばかりはしていられませんよ。
 ドアは無いですし、壁も石が剥き出しです。
 窓ガラスだって手配しないといけません。
 オークレフトさん、あなたにはそう言った内装の設計をお願いしないと。」

 現状、この建物はドアはおろか窓さえ嵌っていない伽藍洞です。
 そういったモノを手配し、大工さんやら建具屋さんに工事をお願いしないとならないのです。
 もう数か月したら冬になります。もたもたしている時間はないのです。

「無茶言わないでください。
 ボクは技術者であって、建築家ではありませんよ。
 やれと言われれば出来ない事は無いですが。
 ボクが設計すると機能性重視の面白みのないモノになってしまいます。
 ここはやはり、プロの建築家に依頼して、優雅な内装にしませんと。
 それに、ボクは帝都の街灯の仕事が大詰なんです。
 あまり、こちらに手を割く訳にはいきません。」

 あっ、やっぱり…。
 街区を整備する時にノリノリだったので、建築の方もいけるかと思ったのですが。
 さすがに畑違いでしたか。
 では、誰かに相談して建築家を紹介してもらわないといけませんね。

 その時です、私の頭の中を盗み見た訳では無いでしょうが…。

「ボクの知り合いで一人建築家がいますが、ご紹介しましょうか。
 まあ、多少軽率なところがある人だけど…。
 基本は善人で、仕事振りは真面目な人間だと思いますよ。多分…。」

 オークレフトさんが知人の建築家を紹介すると言います。
 オークレフトさんの話では、ブライトさんなどと同じで最近の技術革新に関心がある人のようです。
 そう言った人の集まりで、知り合ったと言います。
 なんか、最後の多分というのが、そこはかとなく不安を感じさせるのですが…。

     ********

 そしてやって来ました、お馴染みアルビオン王国の王都。
 その中心に近いオフィス街の一角に私達は立っています。

「ここですか?ブルーウェイ建築事務所?」

 目の前にあるのは古びた賃貸建物、うらぶれた雰囲気であまり羽振りが良いようには見えません。

「ええ、ここです。
 まあ、あんまり儲かっているようには見えませんね。」

 私、思ったことが表情に出ていたのでしょうか…。
 私の思考を見透かしたようにオークレフトさんが言いました。

 オークレフトさんに先導されて事務所の中に入ると…。

「おい、こら抵抗するんではない。
 大人しくお縄に付け!
 契約書偽造は死罪もありうる重罪だぞ!」

 なにやら、物騒な言葉が耳に飛び込んできました。
 事務所の中には、官憲らしき身形の良い人とそれから逃げ回る男が一人。

 くたびれたスーツをきた冴えない風体の三十路男は、ひたすら逃げ回っていましたが。
 扉を入って来たオークレフトさんを目に留めたようです。

「おお、オークレフトさん、良いところに来た!
 ちょっと、助けてくれんか。
 俺、このままでは死刑になっちまいそうだ。」

 などと、不穏な事を叫びました。

「お取込み中のところ失礼します。
 ボクはこの人に商談があって来たのですが。
 一体、何事ですか?」

 オークレフトさんが身形の良い男性に問い掛けると。

「商談ですか?
 残念ですが、この男、契約書偽造の罪で起訴されておりましてな。
 これから、留置場へ連行しないとならんのです。
 あっ、失礼、私、この男の逮捕を命じられた検事でございまして。」

 検事さんが、この騒ぎの状況を説明してくれました。

「いや、違うんだ。いや、違わないんだが…。
 そうじゃないんだ、ほんの出来心だったんだ。」

 違うのか、違わないのか、いったいどっちなのでしょうか?

「検事さん、お仕事の邪魔をするようで申し訳ありませんが。
 その方に少しお話をさせて頂けませんか。」

「うん、あなたは?」

「私は、シャルロッテ・フォン・アルムハイム。
 帝国皇帝から伯爵位を賜っている者です。
 わざわざ、帝国から仕事の依頼の赴いたのですから少しお話をさせて頂きたいのですが。」

「これは、大変失礼しました。
 伯爵様がこんなうらぶれた事務所にお越しになられると思いもよらなかったものですから。
 ええ、長時間では困りますが、十分や二十分であればお待ちいたしますが。」

 やはり肩書は大事ですね。私が身分を明かすと検事さんは丁重に私の願いを聞いてくれました。

「で、あなたはどうして契約書の偽造などを行ったのですか?」

「いや、それが…。
 不景気のせいで、金繰りに行き詰まっちまって。
 施主さんから請け負った工事が完成できなくなっちまった。
 契約では、仕事が完成できない場合は手付金を倍返しにしないといけないことになっててな…。
 とても、そんな金はないんで、…。
 契約書のその条項の部分をこう、ナイフで削っちまったんだ。
 施主さんには契約書の控えを渡してないもんだから、バレないと思ったんだがな。
 ものの見事にバレちまってな、このザマだよ。」

 などと、ナイフで紙の表面を削るような仕種をしながら言ったのです。
 ホント、オークレフトさんの言う通り軽率な方のようです。
 契約書の文面をナイフで削り落とすなんて、バレない訳ないじゃないですか。

 この方の話では、別の工事の施主からの代金を受け取る事で、問題となっている工事を進める予定だったそうです。
 ですが、先のセルベチア皇帝が引き起こした長い戦争による不景気が仇となりました。
 請け負っていた別の工事の施主が、不景気のあおりで破産し、代金を払わずに夜逃げしてしまったそうです。

 そのため、この方は大工さんなどの職人に支払う給金の目途が立たなくなって、問題の工事を頓挫してしまったそうです。
 当然、手付金はそれまでの工事で職人の給金に払ってしまっている訳で、倍返しをするとこの方自身が破産してしまうそうです。
 窮地に追い込まれたこの方、その場しのぎに手付金倍返しの条項を削除して、『そんなことは書いてない』で通そうとしたようです。

 ですが、弁護士同伴でやって来た施主に、契約書を見せろとと詰め寄られて…。
 ものの見事に弁護士に見破られたそうです。
 
「フランクさん、あなた、迂闊なところがある人だとは思っていましたが…。
 そんな子供だましの手が通じる訳ないじゃないですか。」

 この方、フランクさんと言うのですか。
 オークレフトさんがフランクさんの事情を聞いて呆れ声をもらしました。
 まあ、夜逃げするのとどちらが悪質かは分かりませんが、軽率な方であることは確かなようです。

「それでな、オークレフトさんよ。
 少し、金を融通してはくれまいか。
 何とか、手付金を倍返しして告訴を取り下げてもらえれば。
 俺は死刑にならないで済むんだ。」

 何か、契約書を偽造すると死刑なんて、量刑が重すぎるような気がします。
 それでは、場合によっては殺人よりも刑が重くなるのではないですか。
 私は、そんな素朴な疑問を尋ねてみたのですが。
 オークレフトさんの説明では、契約を重視する社会のアルビオン王国では契約書の改ざんや偽造は万死に値するモノなのだそうです。

 このフランクさんですが、オークレフトさんの評価では確かな技量の持ち主だそうです。
 建築の技術はもちろんのこと、デザイン的にも洗練されたモノを手掛けていると言います。

「もし、私の仕事を引き受けてくださるのであれば。
 私がそのお金、立て替えてあげてもよろしくてよ。」

 こと技術面に関しては、今までオークレフトさんの評価にハズレはありませんでした。
 程々に仕事が出来るのであれば、ホテルの内装工事を任せてみようと思いました。
 袖触れ合うも多生の縁と言います。
 凶悪な殺人犯という訳でもないのに、目の前にいる人間が縛り首になるのも目覚めが悪いですしね。

「お貴族様、有り難いです。
 助けてくださるのであれば、どんなことでも致します。」

 やっぱり、迂闊な方ですね。
 どんなことでもするなんて、軽率に口にする言葉ではありませんよ。  

 この後、検事さんにお願いしてフランクさんを告訴した施主さんを連れて来てもらいました。
 施主さんは弁護士同伴でやって来ましたが、貴族の当主である私が待ち構えていてとても驚いた様子でした。
 私が手付金の倍返しに少しイロを付けた額を提示すると、施主さんはすんなりと告訴を取り下げてくださいます。
 やはり、肩書がモノを言うのか、損をしないのなら貴族に逆らうのは得策ではないと思った様子です。

 そんな訳で、私はホテルの内装工事を手掛ける建築家を手に入れました。
 少し迂闊な人なのが、そこはかとなく不安を感じさせますが…。


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