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第8章 冬が来ます

第181話 森をちょうだいと言われました

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 翌朝、工房の様子を見に行くと、既に地下通路の開口部を覆う大きなログハウスが完成していました。
 まだ、購入した敷地の四分の一も建物は建っていませんが、それでも最初に比べると大分建物の占める面積が増えてきました。
 もう一端の工房に見えるわねと感想を抱きながら出来たての建屋に近づいて行くと。

「だったら、いっそのことあの森を私達の好きなように…。」

 何やら、精霊達の賑やかな声が聞こえてきました。
 声のする方を覗くと…。

 新しい建屋の中に置かれた作業台、その上に私の契約精霊達が車座に座ってお喋りをしていました。
 精霊達が囲んだその真ん中には、オークレフトさんが王都で買い込んだショコラーデの化粧箱が積まれています。

「おはようございます、シャルロッテ様。」

 私が建屋の外から精霊達を眺めていると、背後からオークレフトさんの声が掛かります。

「ごきげんよう、オークレフトさん。
 それで、あの光景は何かしら?」

「ああ、あれはですね。
 僕が今朝起きたら、建屋が出来上がっていたんです。
 見に出てみたら、そこにドリーさんが浮かんでいました。
 なので、お礼にショコラーデを差し上げたんです。
 そしたら、みんなで食べたいと言われるので、作業台をおいたんです。」

 要望に応じて作業台を設置した彼は、みんなで食べられるようにショコラーデを三箱ほど追加したそうです。
 それで、精霊達のおしゃべりの邪魔をしないように、工房に引っ込んでいたとのことでした。
 オークレフトさんは、私が来たのを見かけて外に出てきたようです。
 
「みんな、おはよう。
 ドリーちゃん、立派な建屋を建ててくれて有難うね。
 オークレフトさんからお菓子をもらったのですって、良かったわね。」

 私は建屋の中に入って、精霊達に声を掛けました。

「ロッテちゃん、おはよう!
 そうなの、みんなで食べようと思って、テーブルを出してもらったんだ。」

 ドリーちゃんが両手でショコラーデを抱えながら嬉しそうに答えてくれました。

「そうなのじゃ。
 その男、ボッサとしているようで中々気が利くのじゃ。
 働いたドリーのためだけでなく、わらわたちの分まで用意してくれたのじゃ。」

 冬将軍のヴィンターもショコラーデを抱えて嬉しそうです。
 どうやら、オークレフトさんは私の契約精霊達の間でお株を上げたようです。

「ロッテ~!今話していたんだ~。
 ここの横の森~、あれちょ~だい!」

 風の精霊ブリーゼちゃんが唐突に意味不明な事を言い出しました。

「珍しいわね、あなた達の方から欲しいと言い出すなんて。
 あの森はここの建物を建てるための木材を伐り出すために買ったのだから。
 時々木を伐らせてもらえれば、あなた達に上げちゃっても良いけど…。
 何に使うの?」

「ほらごらんなさい、そのような言い方ですとロッテちゃんが困っているではありませんか。
 ブリーゼさんの説明が足りなくてごめんなさいね、ロッテちゃん。
 ドリーさんから話を聞いたのです。これからここにゴムの木を植えるって。
 なんでも、その木は二十年くらい樹液が採れるそうですよ。
 一回限りの採集で枯らしてしまうのは勿体ないし、木が可哀想です。
 そこで話をしていたのです。
 あの森を私達の自由にさせてくれれば、その一画をゴムの木の林にして差し上げようかと。
 そうすれば、今後ずっとゴムの樹液が採取できますわ。」

 私の問い掛けにブリーゼちゃんに代わって水の精霊アクアちゃんが答えてくれました。

「そんなことが出来るの?
 ゴムの木は南方の暖かい土地でしか育たないそうよ。
 こんな雪深い地でゴムの木の林を維持するのは難しいのでは?」

「そんなの今更だよ~!
 ロッテ、一緒に行ったじゃない~、館のうらやま~!。
 あそこ、冬がないんだ~!
 気付かなかった~?色々な季節の花が咲いてるの~!」

「へっ?」

「あそこは、おばば様達が先々代から好きにして良いと言われた森ですの。
 ですから、精霊達が自分たちの過ごし易いように自然を作り変えていますの。」

 私の疑問に答えたブリーゼちゃん、それを更に光の精霊シャインちゃんが補足してくれました。

 極めつけが…。

「わらわが同胞に頼んでくるのじゃ、あの森には近づかんようにと。」

 冬将軍のヴィンターが、冬の精霊に頼んで工房の隣の森に冬が訪れないようにするそうです。
 
「ロッテちゃんの傍には色々な属性を持つ精霊が集まっていますの。
 その力を併せれば、局所的に気候を変えることなど容易いことですの。」

 みんなの言葉をまとめるようにシャインちゃんが言いました。
 そう言えばこの子、陽の光に当たらないと体に悪いと言って、昨年の冬場に春の日差しを届けてくれましたね。

 その時、アクアちゃんが言い難そうに切り出しました。

「ただ、そうすると少し不都合が生じまして…。
 その様な森が出来ると精霊が周囲から集まって来てしまいます。
 精霊が集まって来ると、人の干渉を排除するために認識阻害の結界を張るのです。
 そうなったら、精霊に許された人以外は立ち入れなくなってしまいます。」

 集まった精霊達は自分たちの楽園を守るため、人を締め出してしまうそうです。
 時々噂で耳にする迷いの森というモノの類がそれのようです。

「ああ、だからちょうだいなのですね。
 分かりました、私としてはゴムの樹液と建材用の木材さえ調達できればそれで良いです。
 でも、立ち入ることが出来ないならどうやってその二つは手に入れれば良いのでしょう?」

「それなら心配しないで!
 私がゴムの樹液を採って届けてあげるよ!
 それに定期的に森の木を空かして、材木にしたものも工房の敷地の隅に積み上げておくよ。」

「ロッテちゃんは入れるから心配ご無用です。
 基本、精霊の契約者は締め出されることがありません。
 ですから、リーナやアリィシャ、それにアガサさんも入れます。
 何か必要があれば、そこにいる精霊に頼めば聞いてくれると思いますよ。」

 私が尋ねるとドリーちゃんとアクアちゃんが教えてくれました。
 ドリーちゃんがゴムの樹液と建築用の木材を届けてくれるのなら、私は異存ありません。

「じゃあ、あの森はあげるから好きに使って良いわよ。」

「有り難う、ロッテちゃん。
 それじゃ、頑張ってゴムの木を植えちゃうね!」

「わ~い!
 あの森をおばばたちの森に負けない、私達の楽園にしちゃお~う!」

 私が精霊達の許可を出すとみな喜んでくれました。ブリーゼちゃんなど、凄いやる気になっています。
 精霊達の楽園ですか…、いったいどんなところになることやら。


      **********


 それから数日後、私が館でお茶を楽しんでいると肩の上にドリーちゃんが現れました。

「ロッテちゃん、ゴムの樹液が用意できたわ。
 工房まで来てもらえるかな。」

 ドリーちゃんと共に工房へ行ってみると…。

「シャルロッテ様、凄いです!
 朝起きたら、地下道入り口の作業場にゴムの樹液が詰まった樽が積み上げられていたんです。
 これだけあったら、当面銅線の被覆に使うゴムに不自由する事はありません。」

 出会い頭にオークレフトさんが興奮気味に言いました。
 どうやら、要望通りの十分な量の樹液が用意できたようです。

 興奮冷めやらぬオークレフトさんとドリーちゃんと共に作業場に様子を見に行くと。
  
 オークレフトさんが興奮していることに納得です。そこにはおびただしい数の木製の樽が並んでいました。
 その一つ一つにゴムの樹液がいっぱいに詰められているそうです。

「だいたい、このくらいの量なら月に一回は届けられるよ!」

 私の肩の上にいるドリーちゃんが言いますが。

「いえ、毎月これだけの量は使い切れません。
 それにこれ以上の樽を置いておく場所もございません。
 申し訳ないのですが、出来れば使い終わる頃にお願いできませんか。」

「わかったよ!じゃあ、必要になったら言ってね。
 すぐに用意するから!」

 申し訳なさそうにお願いするオークレフトさんに、ドリーちゃんは快く応じてくれました。
 これで、ゴムの素材の調達は事欠くことが無いようです。

「それでは申し訳ないのですが、銅を出していただけますか。
 出来れば、ノミーさんに銅線にするようにお願いして頂ければと。」

 ゴムの木をどうするかを考えていたら、肝心な事を忘れていました。
 本来欲しいのはゴムではなく、ゴムで被覆された銅線でしたね。

 私はヴァイスを呼びだし、作業場の中に銅のインゴットを出してもらいました。

「その銅のインゴットを銅線にすれば良いのね?」

 私の傍らで元気の良い声が聞こえました。声がした方を見ると…。

「まいど!」

 そこには大地の精霊ノミーちゃんが快活に笑っていました。

「話は聞いているよ!
 文句言わずに協力するから安心しな!
 それでどうすれば良いんだい?」

 先日の言葉通り、ノミーちゃんは力を貸しくれるようです。

「出来れば、最初になるべく細い銅線を作っていただきたいのです。
 その銅線を縄をなうように何十本も撚り合わせて、だいたい二分の一インチくらいの太さのワイヤーを作って欲しいのです。」

「ふーん、最初は細い線を作って、それを撚り合わせるんだね。
 合点承知だよ!」

 こうして、精霊達の協力を得ることが出来たオークレフトさんは、無事に銅線とゴムを手に入れることが出来ました。
 これから仕事の合間を見て銅線をゴムで被覆する作業を行うそうです。
 本格的に使用するのは来春以降なので、冬の間に作り溜めをするのですって。

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