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第3章 魔法使いの弟子

第38話 例え小さな一歩でも

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「『はっ?』、じゃないでしょう。
 リーナ、あなたは子供達みんなに読み書き計算を教えようとしているのよ。
 そのみんなが、どのぐらいいるのかわからなければ話にならないじゃない。
 そもそも、リーナが治めるシューネフルト領って人がどのくらい住んでいるの?」

「ごめん、よくわからない。」

「あきれた……。
 リーナは領主なのよ。
 細かい仕事は仕えている官吏に任せれば良いけど、重要な情報は把握しておかないとダメよ。
 領地に住む領民情報などその際たるものよ。
 例えば、領民全体でどのくらいの人が住んでいて、子供と年寄りを除いて何人位の人が税を負担できるとか。
 不幸にして戦争が起こったとき徴兵可能な人数がどの位いるとか、分からないと困るでしょう。」

「私が不勉強だったわ。
 確かに、一口に子供達に読み書き計算を教えるといっても、どの位の年齢の子を対象にするか決めないといけないわね。
 その時に、年齢ごとの子供の人数が分からないと予算と場所の関係でどのくらいに絞り込まないといけないかが分からないわ。」

 そう、リーナは仕事に就き始める十二、三歳までの子供全員に読み書き計算を出来るようにしたいところでしょうが、今現在十二歳未満の子供全員に読み書き計算を教えるのは予算をはじめ処々の制約で不可能でしょう。
 実現可能な人数になるまで対象とする年齢層を絞り込まないといけません。

 その前提条件として、読み書き計算の目標水準をどの程度にするのかとか、どのくらいの期間で習得を目指すのかとか、予算がどの程度取れるのかとかも詰めておく必要があります。

 一つ一つ潰していくとけっこうな時間が必要となりそうです。
 一口に子供に読み書きを教えるといっても領地全体で行うのは、私がアリィシャちゃん一人を指導するのと違い大変なことのようです。


     ***********


「子供達に読み書きを教えるんだと意気込んでは見たものの、簡単には出来そうもないわね。
 館の戻ったら官吏とよく相談してみましょう。」

「でも諦めるつもりは無いのでしょう?」

「もちろんよ!
 男は傭兵、女は娼婦、そのくらいしか選択肢が無い状況なんて放っておけないわ。
 でも悔しいわ、今こうしている間にも傭兵として戦場に送られる少年や娼婦として売られていく少女がいるかと思うと。」

「ああ、そのこと。
 男の子の傭兵ってのは確かに命を懸けた大変な仕事なのは確かだわ。
 でも、傭兵として成功すると多額の富を手にする人もいる見たいよ。
 だから、傭兵を一概に否定的に捕らえる必要もないと思うわ、確かに他に選択肢が少ないのは問題だとは思うけど。
 もう一方の女の子の娼婦の問題、これは確かに私も何とかしたいと思うわ。
 ただね、この周辺の国では、生活が苦しい家庭の娘や職にあぶれた娘が娼婦になるのはごく普通のことのようなの。
 だから、リーナは余り自分が無力だと責めないで。」

 クラーシュバルツ王国の傭兵は、精鋭揃いで雇い主に対する忠誠心が強いと雇い主から評判が良いため、報酬が高めに設定されているようです。
 ですから、無事生き延びて傭兵を辞めることが出来ると結構裕福な暮らしが出来るそうです
 国にとっても、傭兵は貴重な外貨を国にもたらしてくれるなくてはならない存在のようです。

 女の子の娼婦の問題は、根深い問題だと思います。
 世の中全体が、生活に困った家庭で娘を女衒に売るのは当たり前という風潮なのですから。
 そんな風潮を変えるのは容易ではなく、リーナ一人の力で何とかなる問題ではないと思うのです。
 せめてたくさんの女性が働ける職場があると良いのですけど……。
 
「慰めにもならない、慰めをありがとう。
 でも、ロッテの言いたいことは分かったわ。
 私がやろうとしていることは簡単に出来ることではないから焦るなと言いたいのよね。
 簡単に出来ることであれば、もう誰かがやっているものね、きっと。
 そうすると、実際に手を着けられるのは何年後かな……。」

「ねえ、リーナ。
 リーナの館で下働きの下女って雇う余地がある?あるとしたら何人くらい?」

「う~ん、すぐには分からないな…。
 いままで、領主館に住んでいた人が少なかったでしょう。領主がいなかったのだから。
 だから、雇っている人が少ないの。
 最近になって、私や護衛の騎士が住むようになったから人手が足りていないとは聞いているのだけど。
 それがどうかしたの?」

「そう、もしリーナにその気があるのであれば、一つ提案があるのだけど。」

「提案?」

「そう、丁度今頃の季節なら、娼婦として売られる女の子を守ることができるかも。」

「本当に?」

「やってみなければ分からないわ。聞きたい?」

「ええ、もし私に出来ることがあるのであれば、一人でも娼婦として売られていく子を救えるのであればやってみたいわ。」

「農村で女の子が女衒に売られるのって、だいたい今頃なのよ。
 農村部って普段は自給自足で賄っていて、あまりお金を使うことがないの。
 唯一農村部に住む人がお金をたくさん必要となるのがこれからの時期なのよ。」

「あっ、冬越しの準備!」

「そう、それと毎年の税を今頃納めるの。
 税を納めて、冬越しの物資を購入するお金が残れば娘を売る必要がないの。
 でも何らかの理由で、冬越しの物資を買うお金が不足した場合、娘を女衒に売る家が出てくるの。
 何と言っても、この周辺は冬になると十フィートは雪が積もるし、凍てつく様な寒さにもなるわ。
 冬越しの物資の不足は一家全体の命取りになるの、だからしかたなく娘を売りに出すのね。
 女衒連中もそれを分かっているから冬前に農村を回って娘を買い入れて歩くのよ。」

「女衒が娘を買って歩く前に、館の下女として雇い入れようというのね。」

「ええ、そうよ。リーナの気休め程度にしかならないけどね。
 多分救えるのは、シューネフルト領で売られていく娘のごく一部よ。
 それでも良ければ、やってみる価値はあるわ。」

「やる!私、それやりたい!」

 今まで沈んだ面持ちだったリーナが急に元気を取り戻しました。
 リーナは一人でも救えればと思っているのでしょう。


     *************


「実はね、リーナの館で下女を雇うという件、私にはもう一つ思惑があるの。」

「えっ、なにそれ?」

 それは、リーナが現在計画している領地内にすむ子供全員に読み書き計算を教える計画のテストサンプルに雇った少女達を使うこと。

 下女として雇って少女達には仕事の一環として、毎日一定時間読み書き計算の勉強をしてもらいます。
 それによって修得度合い、修得速度、そしてそのバラつきを測ろうと考えているのです。

 今回考えているのは、年齢が概ね十二歳から十五歳くらいの少女になると思います。
 女衒が好んで買っていくのがその位の年回りの少女だからです。
 それ以上の年齢だと娼婦として稼げる期間が短くなるからです。

 私が着目したのは、その位の年齢の農村の娘の読み書き計算に関する修得速度がどの程度かという点です。
 個人差があると思いますが、五歳くらいのアリィシャちゃんは読み書きに大変興味を示し、驚くほど早く修得しつつあります。
 幼い子供は私達の年齢に比して理解力は乏しいかもしれませんが、興味を示したものを吸収するのは驚くほど早いのです。

 では、十二歳から十五歳になるまで、読み書き計算とは全く無縁の生活をしてきた娘たちがすんなり習得できるか否かです。
 農民に読み書き計算はいらないという既成概念から抵抗感を示し、修得が捗らないかも知れません。その辺が知りたいのです。

「雇い入れた少女達に読み書き計算を学ばせてみれば、効果的な教育方法も模索できるでしょう。
 修得に身を入れるように、一定以上の水準に達した子には金一封をあげるとかしても良いかも。」

「それは良い案だと思うわ、もし、一定水準以上に読み書き計算が出来るようになれば、下女から昇格させても良いわね。
 農民の娘でも優秀ならば領主のもとで雇ってもらえるとなれば、子供に読み書き計算を習わせるのに前向きになってくれるかも知れないしね。」

 リーナの領主館で雇える人の数は限られるでしょう。
 ですが、そのような道筋を付けることで子供に読み書き計算を習わせようとする機運が高まれば良いですね。
 


     **********

 お読みいただき有り難うございます。

 *お願い
 9月1日から始まりましたアルファポリスの第13回ファンタジー小説大賞にこの作品をエントリーしています。
 応援してくださる方がいらっしゃいましたら、本作品に投票して頂けるととても嬉しいです。
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