暁の世界、願いの果て

蒼烏

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第2章 日常讃歌・相思憎愛

第25話 空を同じくして、袂を分かつもの5

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 ミシリミシリと樹木の繊維を握り潰していく工藤は得も言われぬ快感を感じながら、苦悶の表情を浮かべて暴れる樹人を眺めていた。

「クヒッ!いいねぇ、いい顔だ。もっとだ!もっと見せろ!もっと苦しめ!!そして死ね!!死ぬのはお前だ!!」
「殺す!私に危害を加える人間は、殺さなければならない!」

 ◆◆◆

「これは……うろの中が腐ってるな……」
「どうですか?回復できそうですか?」

 繋ぎ姿の男性は欅の木の洞の中をライトで照らしながら観察を続けていた。
 その後ろで心配そうに様子を伺う1人の男性。
 どうやら、樹木医と高校の教員のようだった。
 
「そうですね……欅の木は寿命が長い方なんですが、この欅は大分大きな洞ができてますね。洞ってのは菌が幹の中に入って腐らせてできるもんなんですが、それが大分進んでしまってます。今すぐ折れてしまう訳ではないんですが、どうしても倒木の危険性は増しますよね……学校の校庭であることを考えると……」
「……そうですか。開校前からここに生えていて、ずっと見守ってきてくれた木なんですけどね……分かりました、生徒の安全には代えられません。教育委員会にはそう報告します」
「分かりました。私の方からも診断結果を作成してお渡しします……本当に、立派な樹だな……」

 腹の中を弄られ不快感を感じていた欅の木は、遠ざかって行く男たちを見ていた。

 ――アレラハナニヲシテイルンダ?ワタシニナニヲシヨウトシテイルンダ?――

 何時の頃からか欅の木に宿った魂は、何時しか自我と呼べるものを産んでいた。

 ――アレラハイツモウルサイ、ワタシノジャマヲスル――

 踏まれ、蹴られ、時に枝を落とされ、好き勝手していく人間のことを欅の木は疎ましく思っていた。
 それでも、地を這う人間を面白いものとして観察するくらいの余裕はあった。
 だが、誰かが悪戯に気付付けた傷口から細菌が入り込み、欅の木の内部を少しずつ侵食し始めてから、その感情は怒りへと変貌していった。

 ――アイツラガイナケレバ、ニンゲンガイナクナレバ――
 
 暫くして、また別の男達がやってきた。

「これが今回伐採する欅ですか」
「はい、何分大きな木ですので、事故の無いようによろしくお願いいたします」
「分かりました、では今日は詳しく調査して、後日伐採を行いたいと思います」
「よろしくお願いします」

 教員はその場を後にし、伐採業者だけがその場に残る。

「ったく、めんどくせーな……まぁ欅でもここまで太ければ多少材木として取れるかな?洞の部分は駄目でも、幹回りは太いからな。いい杢目もくめが出りゃ儲けものなんだがな。とっとと調査して、とっとと切っちまうか」

 業者の男があれこれと調べ始めるのを見下ろしている欅の木。

 ――コイツハナニヲイッテルンダ……ワタシヲキルダト?――

 沸々と湧いてくる怒りの感情。

 ――アリエナイ、ワタシガ、ニンゲンゴトキニ、コロス、ニンゲンヲコロス――

 怒りは込み上がる。だが、その声は誰にも届くことは無い。
 動くことも、言葉を発することも、何かを知らせることも、抵抗することもできない。
 ただ、己の死を待つだけの日々。

「オーライ、オーライ、ストーップ!」
「おし、今日は枝降ろしからだな。事故無いように気を付けていくぞ」
「「はい」」

 ――ナニヲ……ワタシニフレルナ――

 根元で動き回る人間をいくら拒絶しても、何かが変わる訳ではなかった。
 それでも、人間に対する強烈な嫌悪感だけが折り重なっていく。

 ――ニンゲンガ……キエタ……イヤ……――
 
 次に意識が戻ったとき、根元に居たはずの人間が居なくなった。
 先程までなかった木が生えていた。
 
 ――イルナ、ソコニイルナ、ソノナカニマダイルダロ――

 力が湧いてきた、段々と意識が鮮明になっていくのを感じた。
 
 ――イタイ、イタイ、ダレダワタシノカラダヲキズツケルノハ――

 幹に何かが突き立てられていた。
 そしてそこから幹が崩れ落ちて行く感覚が襲ってくる。

 ――ニクイ、ニクイ、ニンゲンガニクイ。ニンゲンヲコロス――

 願いが霊子に込められる。
 そこからは自由だった。、意思に対して身体が動いた、枝葉が自由に動いた。
 だが、羽虫の様に動き回る人間を殺すことができなかった。
 それどころか自身の核におぞましいものを突き立てられそうになった。
 
 ――マモレ、ハナレロ、ワタシニフレルナ――

 身を守るために堅く洞を閉じ、羽虫を排除する。
 その過程で羽虫の持っていた悍ましいナニカが身体の中に残ってしまった。

 ――ナンダコレハ、コレハニンゲンジャナイカ、ワタシノナカニニンゲンガハイッテシマッタ――

 ナイフに付着した安部の血液が欅の木に吸収されていく。
 望まざるとも入り込んでしまった。
 人間を憎むが故に、人間を観察し、そして人間の一部を取り込んだ欅の木は、人間の拒絶と吸収を繰り返し、人間を殺すという願いの為に大気中から霊子を取り込む。
 
 ――コロス、ニンゲンヲコロス、ニンゲンニナッテコロス、ニンゲンニナンカナリタクナ、ニンゲンをコロスタメニニンゲンニナル、コロスコロスコロスコロス――

 人間を殺すという想いは、膨大な霊子と人間の遺伝情報を基に、欅の木を樹人へと変化させる。

 ――コロサネバ、ハヤクニンゲンヲコロサネバ、コロス、ゼンブコロス――

 人間を殺す事だけを想う欅の木。
 2つの翠色の眼は校舎の屋上に幾つかの自身と同じ核を見つける。
 大小あるが、1つ濁った見覚えのある核を見つけた。

 ――アソコニ、イル――

 欅の木の樹人は身体を屈め、一気に枝葉を伸ばすことで跳躍する。

 ◆◆◆

「クヒヒ!どうした!早く俺を殺してみろよ!じゃないと、俺がお前を殺しちまうぜぇ?」
「ころす、コロス、殺す!」

 樹人の視界は晴れた。
 怨嗟を吐く口を得た。
 だがまだ足りない、目の前に組み付いている人間も、周りで動き回っている人間も、殺しきるにはまだ足りない。

「キエエエエエェェェェェェェェェ!!」

 樹人の雄叫びと共に、周囲の霊子が樹人に集まり、吸収されていく。
 工藤に腕を掴まれたまま、樹人の身体が変化を始める。
 2つの翠色の宝石が付いただけだった眼は、人間のように窪みに収まってギョロギョロと動き出す。
 手足も人間の様な形に整い始め、折られた箇所を細胞が修復し始める。

「フヒッ!何だまた変身かぁ?その前にナイフ返せや!」

 ズルリと樹人の両腕の下から、2本の

「くはっ――」

 両腕は真っ直ぐに工藤の首を捉え、締め付ける。
 ギリギリと締まる首筋に、流石の工藤も苦悶の表情を見せる。

「こっ……の……」

 がっちりと頸動脈を締められ、脳に酸素が足りなくなり、樹人の両手の親指が工藤の甲状軟骨をメキメキを押しつぶし、今にも折れてしまいそうになる。

「がっ――」

 窒息の所見で見られるような、甲状軟骨と舌骨を折られる寸前、ジャラリと鎖の音が鳴った。
 工藤は樹人と引き剥がされ、後方のコンクリートの上に転がっていた。
 
「目の前で人死にを出すわけにはいかないんでね」
「な……に言ってんだ……」
「いい加減大人しくしてくれない?今状況分かるだろ?」

 工藤を助けた星斗が怜悧な言葉を突き刺す。

「うる……せぇ……俺は、誰の指図も……うけねぇ……」

 ゆっくりと立ち上がり、星斗に狙いを定める工藤。
 だが、その攻撃が星斗に届くことは無かった。
 横薙ぎの一閃。
 樹人がここぞとばかりに、伸ばした枝を撓らせ、星斗達4人をまとめて吹き飛ばす。
 枝は勢いそのままに室外機諸共屋上の設置物を薙ぎ払い、物陰に隠れていた亜依達もまとめ吹き飛ばしてしまう。

「亜依!無事か!?」

 頭からの出血が増しているが、動くことに支障はないと身体を無理矢理に立ち上がらせ叫ぶ星斗。

「お父さん!お兄ちゃんが!」
西風舘ならいだて先輩!」

 亜依や東風谷こちや達を庇うように覆い被さり、吹き飛んだ瓦礫の盾となった西風舘ならいだてが腕を押さえながらうずくまっていた。

「何もできないんじゃ……情けないからね……っ!」

 頭からは出血、腕も自由に動かないのか押さえた腕がダラリと垂れ下がっている。
 強がっているが、まともに動くのも辛いだろう。
 
「殺す!全部、殺す!」

 背中から伸びる枝が数を増し、一部が根のようにコンクリートに突き刺さって樹人の身体を宙に押し上げる。
 星斗達の頭上から残りの枝がこの場に存在する人間を殲滅しようと乱舞する。
 星斗、光、真理はダンスを踊らされるかのように回避を強いられ、亜依達を守る隙を与えてもらえない。
 
(このままじゃ、亜依達が――躊躇ってる隙はない――俺がやななきゃ、誰がやる!)

 今にも亜依達に牙を剥きかねない樹人の気をどうにかして惹きたい星斗。
 星斗は右手の拳銃を握り直し、覚悟を決めてる。
 拳銃を撃つ覚悟、家族を守る覚悟をしたつもりだった。
 だが、それは獣や人外の人殺し相手のことだった。
 目の前の樹人は確かに見た目は化け物だ、だが魂を持っていた。
 亜依の最初の姿、ルフに抜かれた親子の魂、きっと自身の中にもあるもの。
 同じものを持っている者を、撃つことに躊躇いを持ってしまった。
 だが、もう躊躇わない。
 一瞬の躊躇いが、亜依達を危険に晒した。
 覚悟を決めた星斗が叫ぶ。

「光!援護っ!」

 光は星斗が拳銃を上空に構えて樹人に狙いを付けようとしている姿を見て、すぐさま落ちている瓦礫を拾って走り出す。
 走りながら宙に浮く樹人に向けて瓦礫を全力投球すると、常人の膂力では到底成し得ないような威力で樹人に衝突した瓦礫は、樹人の顔面に命中し砕ける。
 ギロリと光に視線を向ける樹人。
 宙にフラフラついていた樹人の動きが止まる。
 
(いつもより拳銃が安定する……これなら!)

 乾いた発砲音と共に飛び出した弾丸は再度樹人の胸を抉る。

「もういっちょ!」
「クヒっ!それも面白そうだなぁ、俺に貸してくれよ」

 ヌルリと星斗の横合いから姿を現した工藤。
 油断していたわけではない、だが意識を逸らしてしまった。

「くそっ――」

 構えた拳銃目掛けて手を伸ばす工藤。

「あんたの相手は、私でしょ!」

 目の前まで伸びていた工藤の手が消え去り、瓦礫の山まで吹き飛んでいく。

「真理!いい蹴りだ!」
「お父さんは上のあいつに集中して、こっちは私と光さんで抑えるから」
「頼む」

 胸を抉られ、怒りの眼を星斗に向ける樹人。
 手にしたナイフを握りしめ、身体を急降下させる。
 上段から大振りの一撃を放ちながら星斗に襲いかかる樹人。
 星斗はその攻撃を受けずに脇に避けてやり過ごす。
 そのまま拳銃を構えて樹人に狙いをつける。
 発射された弾丸は既に抉っている樹人の胸を更に抉り、開口部から翠色の魂がその姿を露になる。

「――すまんな、何に対して怒っているのか分からないけど、目の前で人が殺されそうになるのを見ている訳にはいかないんでね」

 それは樹人なら対する謝罪なのか、はたまた己の行動に対する口実なのか。
 星斗は抉れた開口部を修復しようとする樹人に向けて更に拳銃を構える。
 素早く引き金を引き、放たれた弾丸は翠色に輝く魂へと吸い込まれていく。

「ギエエエエエエェェェェェェ!!」
 
 樹人は雄叫びをあげながら4本になった腕を振り回す。
 星斗はやたらめったらに腕を振り回すだけの樹人から距離を取り、事態の進展を見守る。

「やっぱりこれだけじゃ駄目かな……今のうちに翠の弾を作るしかないな……」

 星斗は拳銃を構えたまま、スッと左手を握り込み、翠の銃弾を創るために意識を集中させる。
 次第に星斗の左拳に周囲の霊子が集まり出し、輝きを増していく。

(ここで決着を付けないと……誰かが犠牲になってしまう……そうはさせない。俺がこいつを倒す!)

 星斗が願いを銃弾に込める。

 ◇◇◇

 「ヒヒッ!あっちは随分楽しそうだな……そうか俺も、。楽しすぎて忘れてたぜぇ、フヒッ!」

 星斗と樹人の戦いを横目に、光と真理に対峙する工藤。
 そして星斗が霊子を集める様子を見て、自身も再度ナイフを創ればいいのだと思い出す。
 工藤は右手を目の前で返し、掌を見つめて集中し始める。

「イヒヒヒヒッ!もっとだ、もっと殺したい!俺を楽しませてくれ!!」

 工藤の右手に集まりだす霊子の粒。

「「させないっ!」」
 
 真理と光がすかさずナイフの創造を阻止するために駆け出す。
 
「そんな焦んなよ。これからじっくりたっぷりとヤリ合おうぜぇ」
「アンタなんかと、何かやる趣味はない!」
「もう大人しくしてもらうよ」

 工藤を挟み込むように左右から挟撃する真理と光。
 ナイフを創り出そうとしている右手を狙って蹴りを放つ真理。
 右手の防御に集中し、防御が薄くなるであろう下腹部に向けて突きを放つ光。

「ヒヒッ!危ない危ない」

 2人の攻撃を受ける事はせず、後ろに飛び退いてやり過ごす工藤。
 2人の攻撃は掠ることもせずに空を切ってしまう。
 だがそれで止まる2人ではない。
 勢いそのままに工藤へ向かって追撃を開始する。

「大人しくしなさい!」
 
 1歩先に出た真理が追撃のため右拳を握り込む。
 更に距離を取って迎撃準備をしようとする工藤。
 その工藤が突然前方へと引き摺り出された。

「真理ちゃん!合わせて!」
「はっ!」

 翠の鎖を引き、工藤の身体を前方へと引きずり出したのは光の行動だった。
 真理の拳が飛んできた工藤の顔面に突き刺さる。

「――がっ」
「そのまま吹っ飛べ!」

 工藤を捉えた拳をそのまま振り抜き、地面に叩きつけようとする真理。
 だが工藤もそのまま吹き飛ばされる訳ではない。
 真理の右腕を左手で掴み、自身の身体をぐるりと半回転させ、位置を入れ替える。
 そのまま真理の身体をコンクリートの瓦礫の山に叩きつける。

「――っくぅ」
「真理ちゃん!」

 叩きつけられた真理を心配しながらも、工藤の背中に警棒を振り下ろす。
 叩きつけた警棒は振り抜くことはできず、工藤も体制を崩すことはない。
 工藤の右手には更に光が集中し始め、ナイフの形を作る。

「フヒッ!いてぇぞ、先生!」
「ぐはっ」

 振り向きざまに工藤が放った裏拳が光の顔面を捉える。

「イヒヒヒヒッ!」

 光を追撃しようと動く工藤。
 その手には紅黒い斑ら模様の翠のナイフが現れ始めていた。

「よくも光さんを――」
  
 意識が光へと向いていた工藤の真横に真理が立っていた。

「殴ったわね!」

 真理の拳が工藤の横っつらにめり込む。
 脳を揺らし、意識を刈り取る一撃。

「グヒッ!」

 だが、その程度では工藤が沈まないのは百も承知。
 再び真理に意識が向く工藤。

「させないよ」

 真理の対角から光が工藤を挟み込む様に立ち、警棒を振り上げていた。
 頭が下がり、光達の眼科に晒された首筋。
 首を刈り取るが如く、雷の一撃が振り下ろされる。

「っかは……」

 警棒は根本から破断し、破片が周囲に飛び散る。
 曲がるか、折れるかするのが人間の限界だろうはずだが、光の一撃は金属製の警棒を粉々に砕いてしまう威力があった。 
 それでも、工藤の意識を刈り取るには一歩足りない。

「――いってぇな……」

 落ちかけた意識を寸前で保ち、体勢を持ち直そうとする工藤。

「そろそろ――」
  
 天高く振り上げた真理の右脚。

「――黙りなさい!」

 真理の踵が工藤の首筋を捉える。
 死神の鎌が工藤の首と意識を刈り取る。
 
「――――」

 白目を剥き、顔面から地面に叩きつけられる工藤。
 その右手に形作られ始めていたナイフが翠色の霊子の粒となって霧散していく。
  
「光さん!手錠!って口から血が……」
「ああ、少し切れただけだから大丈夫だよ。真理ちゃんも大丈夫?血が出てるよ?」
「私もそこまで大した傷じゃないです……なんででしょうね、普段なら大怪我なんですけど……」

 ようやく工藤を制圧して若干の余裕ができたのか、光と真理は会話をしながら工藤の右手に手錠をかけていく。
 後ろ手に手錠をかけ、光は工藤の上体を起こす。

「その辺は後で星斗に聞いてみよう、何か知ってそうだったかね……よし、息はしているね」
「お父さんは霊子がどうのとか言ってましたよね……もう息の根を止めてもいいんじゃないですか?」

 不穏な言葉を口にする真理。

「駄目、そんなことはするもんじゃないよ。これからどうするかは考えなきゃいけないけどね」
「はーい、とりあえずお父さんの加勢に行きますか?」
「そうだね……ああ、でも星斗も終わりそうだよ」

 星斗の右手に翠色の光が集まり、眩く輝いている光景を見て光がそう答えた。
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