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第2章 日常讃歌・相思憎愛
第7話 2人乗り
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「これからの予定を発表します」
「はい!」
決意を新たに、仁代星斗と亜依はこれからの行動予定を確認していた。
「まずこのまま伊緒達のいる深山高校へ向かいます。そこで亜依のお兄さんとお姉さんの伊緒と真理の無事を確認します。更に、お隣の玲ちゃん、教師の耶蘇光の無事も確認したいと思います。って、高校って分かるか?そもそも伊緒と真理の事は分かるか?」
「高校は知っているよ!お母さんが話してくれた!伊緒お兄ちゃんと真理お姉ちゃんが勉強してる所でしょ!」
「おお!よく知ってるな、その通りだ。お母さんから教わったこと、ちゃんと覚えてて偉いな」
「えへへ、他にもお隣の玲お姉ちゃんとそのお母さんの珠代さん。あとお父さんとお母さんのお友達の光おじさん!」
「はっは!光おじさんか!そりゃいいな!会ったら言ってみな」
星斗は笑いながら、光に対して”おじさん”と言うことを勧めておく。
(光のいい顔が見られそうだ)
まだ生存確認もできていない親友に対して、さも生きていて当然のように考える星斗。
そんな事を考えられる位の余裕はできたのだろう。揶揄われる光は、はた迷惑な話であるが。
(それよりも……)
星斗は亜依が思った以上に、こちらの状況を理解している事に感心していた。これも美夏の教育の賜物なのだろう。今はまだ会えぬ妻に、心の中で感謝を伝える。
星斗は亜依の知識と受け答えから、高校生の双子と話しているように思ってしまった。だが、ふと本当の年齢について考える。
そもそも亜依の年齢は、何歳だろうかと考える。
初めのうちのたどたどしい話し方から比べると、今は随分としっかりとした話し方になっている。
だからこそ、星斗も伊緒や真理と話しをするように会話してしまったのだが。
亜依は3年前に生まれることなく、この世を去ってしまった。であれば、現在3歳という事になる。しかし、目の前に居る亜衣はどう見ても、小学校中学年位の少女になっている。
身体の元の持ち主である亜衣自身も、小学校入学前の未就学児のはずだ。偏に、亜衣の母親が娘の成長した姿を願った末の姿である。
(亜衣の成長が肉体だけでなく、精神や知能も成長させたのか?)
星斗は随分と聡明に成長した娘を見ながら、そんなことを思う。
(亜依の言っていた”向こう側”ってのも気になるしな……だが、今はやるべき事をやろう)
答えの出ない事とは言え、気になって頭の片隅から離れない。後々に考えるべき事として、一旦これらの思考を脇に避ける。
「じゃあバイクに乗って出発しようか、カブに2人乗れるかな……」
星斗は頭をかきながら、バイクを停めた神社の入り口を目指して歩き出す。その横を亜依が付いて歩き、親子は並んで歩みを進める。
母親の遺体を運ぶ時は、周りを見ている余裕も無かった。亜依は改めて周囲の景色を、キョロキョロと見渡す。自分の目で青い空を見て、吹き抜ける風を感じ、硬いアスファルトを踏みしめる。
きっと今までにない感覚なのだろう、この世界そのものが珍しくて仕方がないのだ。
暫くそんな亜依の動きを見ながら、星斗は亜依の歩調に合わせてゆっくりと歩く。そこで亜依が星斗の事を、チラチラと見ている事に気が付いた。
何やら言いたげな表情。何処か所在無さげな右手が、亜依の胸の前と体の横を行ったり来たりしている。
「どうしたんだ?何かあったか?」
「えっ、あ、大丈夫……」
亜依が慌てて右手を引っ込め、顔を逸らす。星斗は何だか懐かしい気持ちになりながら、亜依の右手を握り、手を繋ぐ。
「あ、お父さん……」
「いいからいいから。さっ、行くぞ」
亜依は気恥ずかしそうにしながらも、嬉しさで頬を緩ませ、星斗の手を握り返す。
星斗も自然と笑みを浮かべ、2人で来た道を戻っていく。
(本当に……お父さんだ……)
亜依は星斗の大きくゴツゴツした手を握りながら、そんなことを考えていた。
母親の美夏から父親の星斗の事について、色々と話を聴いてきた亜依。だが、実際に出会ったの今日であり、ましてや肉体を得たのはつい先程である。
両親に甘える憧れはあるものの、どう甘えていいものか分からない。また、実年齢よりも成長してしまったが故に、気恥ずかしさや申し訳なさが生まれてしまい、なかなか一歩が踏み出せないでいた。
そんな亜依の心の中を分かったかの様に、星斗は迷える小さな手を握ってくれた。
亜衣にはそれが、堪らなく嬉しかった。
(お母さんが言ってた通りだ!お父さんは優しくて、格好いい!!)
亜衣はにこにこしながら、手を繋いで歩いている。星斗それを見ながら、嬉しい気持ちとホッとした気持ちが入り混じった、複雑な感情に晒されていた。
(本当に、亜衣なんだな……)
星斗もまた、亜依の存在を噛みしめていた。
亜衣の行動が、何時かの双子のそれと同じであった事も、亜衣を自分の娘だと強く認識させてくれるものであった。それは懐かしく、見慣れた光景。それでいて、もう見る事は無いと思っていた景色。
亜衣を娘として認識しているが、それでもまだ出会って数時間。まだぎこちなく、自分の感情と認識が一致しない。
それでも”自分の娘”だと、改めて認識させてくれた仕草。少しだけ、失った親子の時間を取り戻せた気がした。
僅かな距離しか歩いていないが、確実に親子の距離を縮めた2人。神社の入り口に停められたカブの所まで戻ってきた。
星斗は亜依の手を離し、カブの荷箱を開けて制服を取り出す。
亜依は離れた右手を少し残念そうに見つめる。そんな表情も、込み上げてくる歓喜に押し流され、また頬を緩ませる。
「――カブで2人乗りとかできるのか……荷箱を外すか……いや道具が無いか……亜依にしがみ付いて貰うしか……メットは亜依に被って貰って……」
星斗は如何にして、1人乗りのカブに2人で乗るかを思案していた。
警察で使用している二輪車は、都道府県によって様々な種類がある。
よく知られている白バイと呼ばれる二輪車は、ホンダCB1300やVFR800等の大型自動二輪が採用されている。これらを運転し、交通取り締まりに従事するためには”緊急二輪専科”、所謂白バイ専科を受講して、修了することが求められる。そのためには、自費で大型自動二輪運転免許を取得する事が大前提である。更に白バイ専科を修了しても先輩の同行指導を受けて、漸く一人前白バイ乗りとして、1人で交通取り締まりを行うことができるのである。
このように、白バイに乗るためには厳しい訓練や指導を受けなければならない。そのため、警察官の中でも限られた者だけしか運転することができないのである。
それでは、それ以外の一般の警察官はどうしているか。
多くの警察官は小型限定自動二輪運転免許を自費で取得し、警察署の指導者に訓練を受けてバイクを運転しているのである。
第一種原動機付き自転車、所謂50ccの原付きバイクを採用している都道府県も有るようだが、多くは90ccから125ccの第二種原動機付き自転車、所謂小型自動二輪が多い。
燃費もよく頑丈なホンダカブ。スクータータイプで加速の良いスズキアドレス。最近は見かけなくなったMTのスズキK90等もあった。
白バイと違い、緊急走行を行うために必要な、サイレンや赤色灯は装備されていないが、警察官の足として使用されている。
星斗は大学時代から趣味でバイクに乗っており、大型自動二輪の免許を取得している。がしかし「バイクは趣味で乗りたい」と言う気持ちから、白バイ隊員は目指さなかったのである。
星斗が仕事で愛車として使っているバイクは、ホンダカブであり。基本1人乗りのバイクだ。
荷台には荷箱が取り付けられており、簡単に取り外しはできない。
バイクの2人乗り(タンデム)の設備条件は、
○ タンデムステップ
○ タンデムシート(もしくはキャリア)
○ 握り手(タンデムベルトやグラブバー、タンデムバーともいう)
が装備されていることである。
警察のカブでも装備されているので、やればできるの。だが、その設備には荷箱が乗っており、座ることができないのだ。
「設備あるからダメじゃない……?今更悩んでも仕方がないか……でもノーヘル2ケツ……」
運転手の前方に人を乗せれば、乗車積載方法違反(設備外乗車)である。星斗の後ろに座らせて運転を妨害しないのであれば、直ちに交通違反は成立しない可能性がある。
ちなみに、50ccの原付バイクに2人乗りした場合は定員外乗車違反となる。
更に、普通自動二輪や大型自動二輪でも、免許取得後の年数や年齢に違反すると大型自動二輪車等乗車法違反となる。
ブツブツと呟きながら悩む星斗を尻目に、亜依は珍しそうにバイクを見ていた。
(お母さんの記憶で見せてもらったバイクと違う……色んな種類があるのかな?)
亜依が見たバイクは、美夏が星斗の私物のバイクに2人乗りし、出かけた時の記憶だろう。仕事の時のバイクは見せていなかったのかもしれない。
「お父さん、これこうやって被るんだよね?」
亜依は荷箱の中に入っていたヘルメットを取り出し、被って見せる。
警察章の付いたハーフキャップ型の目の部分だけを覆うバイザーの付いたヘルメット。小学校中学年程度の体格の亜依には些か大きく、亜依が動くたびにグラグラと揺れている。
楽しそうにクルクル回ったり、揺れている亜依を見て星斗は考え事を止めて答える。
「――ん、ああそうだな。流石にブカブカになっちゃうけど……ちょっとじっとしてろ……」
星斗は亜依を真っ直ぐに立たせると、ヘルメットを真っ直ぐに被せ直し、顎紐をD管に通してキュッと締める。
「あっ!ちゃんと被れた!」
亜依が喜んではしゃぎ回る。ヘルメットは脱げはしないが、まだ少しグラグラと揺れている。大人用のヘルメットを被っているのだから仕方がないが、被らないよりはいいだろう。
星斗も交通違反については諦めが付いたのか、荷箱から制服のワイシャツと防刃衣を取り出して、着装していく。
腰の物は帯革ごと装備しっぱなしである。残りの装備である無線機の肩ひもとマイクを左肩に取り付けてグローブをし、準備を整える。星斗はカブのハンドルを持ってサイドスタンドを上げ、センタースタンドを下してバイクを持ち上げて駐輪する。そして使ったことの無い、両サイドのタンデムステップを出していく。
「亜依、シートに座れるか?」
星斗は亜依を呼び、カブのシートに座るよう促す。
「あたしが座っちゃうとお父さん座れないよ?」
「大丈夫大丈夫、何とかするから。取り合えず座ってみてくれ。お父さんが手伝うから」
「うん……」
亜依が恐る恐るバイクに跨ろうとするが、流石に身長が足りない。ステップに片足を乗せて何とか跨ろうとするも、バイクがグラグラと揺れで怖がって跨ることができない。
「ん~……難しい……」
「じゃあ、お父さんが乗せてあげよう」
そう言って正面から亜依の両脇に両手を差し入れ、ヒョイっと持ち上げる星斗。
「わっ!わっ!」
「暴れるなよ。このままゆっくり下すからハンドル握ってみてくれ」
亜依はシートに下され、慌ててハンドルのグリップを握る。
「何とか座れたな……」
「凄い!凄い!初めてバイク乗った!」
亜依は興奮しながら星斗を見て、嬉しそうにハンドルを握る。
星斗はそんな亜依を見ながら、折角出したサイドステップが位置的に全く役に立っていない事に気が付く。
「亜依、足をそこのステップに乗せられるか?」
足の後方に位置してしまったサイドステップを指さしながら、一応亜依にサイドステップが使えるか確認する。
「これに足乗せるの?」
亜依は指示された場所に足を乗せようとするが、つま先がようやっと届くだけで、やはりステップの意味を成していなかった。
「お父さん、無理」
「あぁ、やっぱり駄目か……ちょっと危ないけど、このまま行くか」
星斗もサイドステップを使わせるのを諦め、取り合えず高校へと向かうことにする。
「スタンド下すから、ハンドルしっかり握っとくんだぞ」
「!。分かった!」
「せーの!」
グリップを握る亜依の小さな手の上から星斗がグリップとブレーキを握り、勢いをつけて車体を前に押しす。
ガタン、と音を立ててセンタースタンドが上がる。
「亜依、運転するからハンドルから手を放してお父さんに捕まってくれるか?」
「うん、分かった」
星斗は手を緩めると、亜衣はグリップから手を放し、星斗の腰に腕を回してしがみ付く。
星斗もそのままカブに跨り、シートの先端部分に座る。
殆ど座れていないが、ギリギリで座っている。体の小さな亜依と一緒だからできる乗り方だろう。それでも長距離、長時間は無理だろうが。
「――っく、流石に体勢がきついな……高校までだから何とかするしかないな……」
「お父さん大丈夫?辛くない?」
「――っだい、じょう、ぶ!出発するから!しっかり掴まってるんだぞ!」
星斗は左足のつま先でシフトペダル押し込み、ギアを1速へと入れる。
ガチャンとギアが切り替わる音がする。
自動遠心クラッチのためクラッチレバーは無く、1速に居れた状態でもクラッチを切る必要がなく、エンストもしない。
右手でスロットルを回すと軽快な排気音が響く。
車体を加速させる。すぐに右手のスロットルを戻し、もう一度左足でシフトペダルを前に踏み込む。
ギアが2速に入りスロットルを回す。
カブは通常のバイク違い左足の操作だけでギアチェンジが可能である。さらに通常1速以外はつま先でシフトペダルを持ち上げる動作を行う必要があるが、つま先を押し込み続けることでギアチェンジが可能となっている。
またロータリー式変速機構により、ニュートラル(N)から1速、2速、3速、4速そして停車時にはニュートラル(N)へと変化し続ける。その際、シーソーペダルにより、踵で後ろのシフトペダルを踏む事で、シフトダウンすることが可能になっているのだ。
3速、4速とギアを上げていき、車体はグングンと加速していく。110ccと排気量の小さなバイクだが、優秀なバイクであり元々2人乗りも考慮されているため亜依1人増えても問題なく加速していく。
「――亜依!大丈夫か!?」
星斗はノーヘル状態でバイクを公道を運転している事に違和感を感じながらも、亜依に問題ないか尋ねる。
「大丈夫!!」
エンジン音と風切り音で声は大きくなるが、亜依は問題ないと答える。
亜依は星斗の身体に腕を回して聢しがみつく。
コツリとヘルメットを星斗の背中に当てる。
星斗も亜依がしっかりと掴まっている事を再確認し、更にスロットルを回す。
「一気に行くぞ!待ってろよ、伊緒!真理!玲ちゃん!あとついでに光おじさん!!」
希望を求め、一路深山高校を目指す。
「はい!」
決意を新たに、仁代星斗と亜依はこれからの行動予定を確認していた。
「まずこのまま伊緒達のいる深山高校へ向かいます。そこで亜依のお兄さんとお姉さんの伊緒と真理の無事を確認します。更に、お隣の玲ちゃん、教師の耶蘇光の無事も確認したいと思います。って、高校って分かるか?そもそも伊緒と真理の事は分かるか?」
「高校は知っているよ!お母さんが話してくれた!伊緒お兄ちゃんと真理お姉ちゃんが勉強してる所でしょ!」
「おお!よく知ってるな、その通りだ。お母さんから教わったこと、ちゃんと覚えてて偉いな」
「えへへ、他にもお隣の玲お姉ちゃんとそのお母さんの珠代さん。あとお父さんとお母さんのお友達の光おじさん!」
「はっは!光おじさんか!そりゃいいな!会ったら言ってみな」
星斗は笑いながら、光に対して”おじさん”と言うことを勧めておく。
(光のいい顔が見られそうだ)
まだ生存確認もできていない親友に対して、さも生きていて当然のように考える星斗。
そんな事を考えられる位の余裕はできたのだろう。揶揄われる光は、はた迷惑な話であるが。
(それよりも……)
星斗は亜依が思った以上に、こちらの状況を理解している事に感心していた。これも美夏の教育の賜物なのだろう。今はまだ会えぬ妻に、心の中で感謝を伝える。
星斗は亜依の知識と受け答えから、高校生の双子と話しているように思ってしまった。だが、ふと本当の年齢について考える。
そもそも亜依の年齢は、何歳だろうかと考える。
初めのうちのたどたどしい話し方から比べると、今は随分としっかりとした話し方になっている。
だからこそ、星斗も伊緒や真理と話しをするように会話してしまったのだが。
亜依は3年前に生まれることなく、この世を去ってしまった。であれば、現在3歳という事になる。しかし、目の前に居る亜衣はどう見ても、小学校中学年位の少女になっている。
身体の元の持ち主である亜衣自身も、小学校入学前の未就学児のはずだ。偏に、亜衣の母親が娘の成長した姿を願った末の姿である。
(亜衣の成長が肉体だけでなく、精神や知能も成長させたのか?)
星斗は随分と聡明に成長した娘を見ながら、そんなことを思う。
(亜依の言っていた”向こう側”ってのも気になるしな……だが、今はやるべき事をやろう)
答えの出ない事とは言え、気になって頭の片隅から離れない。後々に考えるべき事として、一旦これらの思考を脇に避ける。
「じゃあバイクに乗って出発しようか、カブに2人乗れるかな……」
星斗は頭をかきながら、バイクを停めた神社の入り口を目指して歩き出す。その横を亜依が付いて歩き、親子は並んで歩みを進める。
母親の遺体を運ぶ時は、周りを見ている余裕も無かった。亜依は改めて周囲の景色を、キョロキョロと見渡す。自分の目で青い空を見て、吹き抜ける風を感じ、硬いアスファルトを踏みしめる。
きっと今までにない感覚なのだろう、この世界そのものが珍しくて仕方がないのだ。
暫くそんな亜依の動きを見ながら、星斗は亜依の歩調に合わせてゆっくりと歩く。そこで亜依が星斗の事を、チラチラと見ている事に気が付いた。
何やら言いたげな表情。何処か所在無さげな右手が、亜依の胸の前と体の横を行ったり来たりしている。
「どうしたんだ?何かあったか?」
「えっ、あ、大丈夫……」
亜依が慌てて右手を引っ込め、顔を逸らす。星斗は何だか懐かしい気持ちになりながら、亜依の右手を握り、手を繋ぐ。
「あ、お父さん……」
「いいからいいから。さっ、行くぞ」
亜依は気恥ずかしそうにしながらも、嬉しさで頬を緩ませ、星斗の手を握り返す。
星斗も自然と笑みを浮かべ、2人で来た道を戻っていく。
(本当に……お父さんだ……)
亜依は星斗の大きくゴツゴツした手を握りながら、そんなことを考えていた。
母親の美夏から父親の星斗の事について、色々と話を聴いてきた亜依。だが、実際に出会ったの今日であり、ましてや肉体を得たのはつい先程である。
両親に甘える憧れはあるものの、どう甘えていいものか分からない。また、実年齢よりも成長してしまったが故に、気恥ずかしさや申し訳なさが生まれてしまい、なかなか一歩が踏み出せないでいた。
そんな亜依の心の中を分かったかの様に、星斗は迷える小さな手を握ってくれた。
亜衣にはそれが、堪らなく嬉しかった。
(お母さんが言ってた通りだ!お父さんは優しくて、格好いい!!)
亜衣はにこにこしながら、手を繋いで歩いている。星斗それを見ながら、嬉しい気持ちとホッとした気持ちが入り混じった、複雑な感情に晒されていた。
(本当に、亜衣なんだな……)
星斗もまた、亜依の存在を噛みしめていた。
亜衣の行動が、何時かの双子のそれと同じであった事も、亜衣を自分の娘だと強く認識させてくれるものであった。それは懐かしく、見慣れた光景。それでいて、もう見る事は無いと思っていた景色。
亜衣を娘として認識しているが、それでもまだ出会って数時間。まだぎこちなく、自分の感情と認識が一致しない。
それでも”自分の娘”だと、改めて認識させてくれた仕草。少しだけ、失った親子の時間を取り戻せた気がした。
僅かな距離しか歩いていないが、確実に親子の距離を縮めた2人。神社の入り口に停められたカブの所まで戻ってきた。
星斗は亜依の手を離し、カブの荷箱を開けて制服を取り出す。
亜依は離れた右手を少し残念そうに見つめる。そんな表情も、込み上げてくる歓喜に押し流され、また頬を緩ませる。
「――カブで2人乗りとかできるのか……荷箱を外すか……いや道具が無いか……亜依にしがみ付いて貰うしか……メットは亜依に被って貰って……」
星斗は如何にして、1人乗りのカブに2人で乗るかを思案していた。
警察で使用している二輪車は、都道府県によって様々な種類がある。
よく知られている白バイと呼ばれる二輪車は、ホンダCB1300やVFR800等の大型自動二輪が採用されている。これらを運転し、交通取り締まりに従事するためには”緊急二輪専科”、所謂白バイ専科を受講して、修了することが求められる。そのためには、自費で大型自動二輪運転免許を取得する事が大前提である。更に白バイ専科を修了しても先輩の同行指導を受けて、漸く一人前白バイ乗りとして、1人で交通取り締まりを行うことができるのである。
このように、白バイに乗るためには厳しい訓練や指導を受けなければならない。そのため、警察官の中でも限られた者だけしか運転することができないのである。
それでは、それ以外の一般の警察官はどうしているか。
多くの警察官は小型限定自動二輪運転免許を自費で取得し、警察署の指導者に訓練を受けてバイクを運転しているのである。
第一種原動機付き自転車、所謂50ccの原付きバイクを採用している都道府県も有るようだが、多くは90ccから125ccの第二種原動機付き自転車、所謂小型自動二輪が多い。
燃費もよく頑丈なホンダカブ。スクータータイプで加速の良いスズキアドレス。最近は見かけなくなったMTのスズキK90等もあった。
白バイと違い、緊急走行を行うために必要な、サイレンや赤色灯は装備されていないが、警察官の足として使用されている。
星斗は大学時代から趣味でバイクに乗っており、大型自動二輪の免許を取得している。がしかし「バイクは趣味で乗りたい」と言う気持ちから、白バイ隊員は目指さなかったのである。
星斗が仕事で愛車として使っているバイクは、ホンダカブであり。基本1人乗りのバイクだ。
荷台には荷箱が取り付けられており、簡単に取り外しはできない。
バイクの2人乗り(タンデム)の設備条件は、
○ タンデムステップ
○ タンデムシート(もしくはキャリア)
○ 握り手(タンデムベルトやグラブバー、タンデムバーともいう)
が装備されていることである。
警察のカブでも装備されているので、やればできるの。だが、その設備には荷箱が乗っており、座ることができないのだ。
「設備あるからダメじゃない……?今更悩んでも仕方がないか……でもノーヘル2ケツ……」
運転手の前方に人を乗せれば、乗車積載方法違反(設備外乗車)である。星斗の後ろに座らせて運転を妨害しないのであれば、直ちに交通違反は成立しない可能性がある。
ちなみに、50ccの原付バイクに2人乗りした場合は定員外乗車違反となる。
更に、普通自動二輪や大型自動二輪でも、免許取得後の年数や年齢に違反すると大型自動二輪車等乗車法違反となる。
ブツブツと呟きながら悩む星斗を尻目に、亜依は珍しそうにバイクを見ていた。
(お母さんの記憶で見せてもらったバイクと違う……色んな種類があるのかな?)
亜依が見たバイクは、美夏が星斗の私物のバイクに2人乗りし、出かけた時の記憶だろう。仕事の時のバイクは見せていなかったのかもしれない。
「お父さん、これこうやって被るんだよね?」
亜依は荷箱の中に入っていたヘルメットを取り出し、被って見せる。
警察章の付いたハーフキャップ型の目の部分だけを覆うバイザーの付いたヘルメット。小学校中学年程度の体格の亜依には些か大きく、亜依が動くたびにグラグラと揺れている。
楽しそうにクルクル回ったり、揺れている亜依を見て星斗は考え事を止めて答える。
「――ん、ああそうだな。流石にブカブカになっちゃうけど……ちょっとじっとしてろ……」
星斗は亜依を真っ直ぐに立たせると、ヘルメットを真っ直ぐに被せ直し、顎紐をD管に通してキュッと締める。
「あっ!ちゃんと被れた!」
亜依が喜んではしゃぎ回る。ヘルメットは脱げはしないが、まだ少しグラグラと揺れている。大人用のヘルメットを被っているのだから仕方がないが、被らないよりはいいだろう。
星斗も交通違反については諦めが付いたのか、荷箱から制服のワイシャツと防刃衣を取り出して、着装していく。
腰の物は帯革ごと装備しっぱなしである。残りの装備である無線機の肩ひもとマイクを左肩に取り付けてグローブをし、準備を整える。星斗はカブのハンドルを持ってサイドスタンドを上げ、センタースタンドを下してバイクを持ち上げて駐輪する。そして使ったことの無い、両サイドのタンデムステップを出していく。
「亜依、シートに座れるか?」
星斗は亜依を呼び、カブのシートに座るよう促す。
「あたしが座っちゃうとお父さん座れないよ?」
「大丈夫大丈夫、何とかするから。取り合えず座ってみてくれ。お父さんが手伝うから」
「うん……」
亜依が恐る恐るバイクに跨ろうとするが、流石に身長が足りない。ステップに片足を乗せて何とか跨ろうとするも、バイクがグラグラと揺れで怖がって跨ることができない。
「ん~……難しい……」
「じゃあ、お父さんが乗せてあげよう」
そう言って正面から亜依の両脇に両手を差し入れ、ヒョイっと持ち上げる星斗。
「わっ!わっ!」
「暴れるなよ。このままゆっくり下すからハンドル握ってみてくれ」
亜依はシートに下され、慌ててハンドルのグリップを握る。
「何とか座れたな……」
「凄い!凄い!初めてバイク乗った!」
亜依は興奮しながら星斗を見て、嬉しそうにハンドルを握る。
星斗はそんな亜依を見ながら、折角出したサイドステップが位置的に全く役に立っていない事に気が付く。
「亜依、足をそこのステップに乗せられるか?」
足の後方に位置してしまったサイドステップを指さしながら、一応亜依にサイドステップが使えるか確認する。
「これに足乗せるの?」
亜依は指示された場所に足を乗せようとするが、つま先がようやっと届くだけで、やはりステップの意味を成していなかった。
「お父さん、無理」
「あぁ、やっぱり駄目か……ちょっと危ないけど、このまま行くか」
星斗もサイドステップを使わせるのを諦め、取り合えず高校へと向かうことにする。
「スタンド下すから、ハンドルしっかり握っとくんだぞ」
「!。分かった!」
「せーの!」
グリップを握る亜依の小さな手の上から星斗がグリップとブレーキを握り、勢いをつけて車体を前に押しす。
ガタン、と音を立ててセンタースタンドが上がる。
「亜依、運転するからハンドルから手を放してお父さんに捕まってくれるか?」
「うん、分かった」
星斗は手を緩めると、亜衣はグリップから手を放し、星斗の腰に腕を回してしがみ付く。
星斗もそのままカブに跨り、シートの先端部分に座る。
殆ど座れていないが、ギリギリで座っている。体の小さな亜依と一緒だからできる乗り方だろう。それでも長距離、長時間は無理だろうが。
「――っく、流石に体勢がきついな……高校までだから何とかするしかないな……」
「お父さん大丈夫?辛くない?」
「――っだい、じょう、ぶ!出発するから!しっかり掴まってるんだぞ!」
星斗は左足のつま先でシフトペダル押し込み、ギアを1速へと入れる。
ガチャンとギアが切り替わる音がする。
自動遠心クラッチのためクラッチレバーは無く、1速に居れた状態でもクラッチを切る必要がなく、エンストもしない。
右手でスロットルを回すと軽快な排気音が響く。
車体を加速させる。すぐに右手のスロットルを戻し、もう一度左足でシフトペダルを前に踏み込む。
ギアが2速に入りスロットルを回す。
カブは通常のバイク違い左足の操作だけでギアチェンジが可能である。さらに通常1速以外はつま先でシフトペダルを持ち上げる動作を行う必要があるが、つま先を押し込み続けることでギアチェンジが可能となっている。
またロータリー式変速機構により、ニュートラル(N)から1速、2速、3速、4速そして停車時にはニュートラル(N)へと変化し続ける。その際、シーソーペダルにより、踵で後ろのシフトペダルを踏む事で、シフトダウンすることが可能になっているのだ。
3速、4速とギアを上げていき、車体はグングンと加速していく。110ccと排気量の小さなバイクだが、優秀なバイクであり元々2人乗りも考慮されているため亜依1人増えても問題なく加速していく。
「――亜依!大丈夫か!?」
星斗はノーヘル状態でバイクを公道を運転している事に違和感を感じながらも、亜依に問題ないか尋ねる。
「大丈夫!!」
エンジン音と風切り音で声は大きくなるが、亜依は問題ないと答える。
亜依は星斗の身体に腕を回して聢しがみつく。
コツリとヘルメットを星斗の背中に当てる。
星斗も亜依がしっかりと掴まっている事を再確認し、更にスロットルを回す。
「一気に行くぞ!待ってろよ、伊緒!真理!玲ちゃん!あとついでに光おじさん!!」
希望を求め、一路深山高校を目指す。
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桜井正宗
青春
――結婚しています!
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近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
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