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しおりを挟む「明後日に旦那様のご両親がこちらにお見えになります」
初めての街の散策を終えて休んでいると、そう急に告げられた。
「だ、旦那様の両親ってもしかしてフィスト様の…」
「もしかしなくてもです。隠居されているとはいえフィスト様はまだ24歳。実権があると言っても発言がひっくり返ることもあります。きちんとマナーを学びましょう」
「は、はい…」
フィスト様から両親の話は聞いたことがなかった。どんな方たちなのか判らないし、迷惑かけてばかりの私なんかが会ってもいいのだろうか?
「お嬢様は現在この邸に住まわれているだけではなく、子爵として庇護下にあります。ご挨拶に行くのが筋なところを向こうから来訪されるのですから、くれぐれも失礼があってはいけませんわ」
「そうなんだ」
それからは一旦、研究所は昼過ぎまでで残りをマナーに当てた。フィスト様に聞いたら温厚だけど、自分に面倒を押し付けて何をしに来るのか理由がわからないと言っていた。だけど、ちょっぴりうれしそうにしていたのは言わないでおいた。
「アルフレッド!何か手紙に書いたか?カノンのことも書いて送った時に、何も反応はなかっただろう?」
「さてどうですかな?私はいつも通り報告書を送っただけですので…」
「もう少し、こちらが落ち着いたころであればよかったものを」
「あの、私お邪魔でしょうか?」
「カノンが邪魔だなんてことはない。まあ、こっちも都合がいいかもしれん。これで両親にもカノンが認められれば晴れて、侯爵家で異論を言うものはいないし、他領からも口をはさみにくくなるだろう」
「旦那様をまだまだ若造と侮られる方々もおられますからな。大旦那様たちが認めて下されば憂いも消えましょう」
「じゃあ、私すごく頑張らないといけません」
「カノンはそのままでも大丈夫だ。俺が保証する」
「フィスト様…」
「お嬢様、そう言われて何もしないのはダメですよ。それは普通の令嬢の話です。まだまだ、マナーの勉強は終わっておりませんわ」
「そ、そうだった…。頑張らないと。研究所のみんなにも迷惑かけちゃうしね」
いつか言われた通り、彼らは私の領民なんだから。人数なんて関係ない、守らないといけない人たちだ。それに私だってこの邸にいたい。その為の努力なら頑張れるような気がする。
「そうですわ、お嬢様。段々と、ナイフとフォークの使い方も様になってきていますわ」
「よし!この調子で頑張る!」
「はい、この調子でより腕を磨きたいと思います」
「…この調子でより腕を磨きたいと思います」
「きれいな所作で先ほどのような言葉遣いの方が、より失礼だと思われる方もおられます。注意なさいませ」
「はしたないところをお見せいたしました」
「では、続けましょう」
どちらかだけでもマスターできていればこんなに慌てずに済んだのに。そうして瞬く間に日は過ぎていき、とうとうフィスト様のご両親が来訪される日となった。
「マナーばかりで、どのような方かお聞きする暇もありませんでしたが大丈夫でしょうか?」
「大丈夫だ。最低限、礼節ができていれば何も言われることもないだろう。どうせ、俺に小言を言って帰るだけだ。去年もそうだった」
「えっ!?まだ今年はお会いになっていないのですか?」
「ああ、隠居してからというもの地方を回り、家にいないことも多いらしい。優雅な暮らしだよ」
「でも、楽しそうですわね。私は川を見たことはありますが、海は見たことはありませんし」
「そうなのか。なら、いつか行ってみるか?」
「そうですね。きっと、海の中にしか生えない薬草などもあるのでしょうし」
「…ああ、そうだな。そうだよな」
何でしょう?フィスト様のテンションがちょっと下がったような…。
ポコ
「いたっ!」
「お嬢様、普通の令嬢はいかに研究者とは言え、そこで海の薬草見てみたいとは言いませんわ」
「うっ、気をつけます」
そうだった。今日は初顔合わせなんだから少しでもいい印象を与えないと。
「大旦那様、大奥様がご到着なさいました」
メイドたちもビシッとする。みんなもいつもより緊張している様だ。
ガチャリ
「「「「おかえりなさいませ、大旦那様、大奥様!」」」」
「ああ、ただいま。とは言っても家督も譲ったことだし変じゃないかな。カーラ」
「あなた、困らせてはいけませんよ。久しぶりですね。フィスト、アルフレッド。それにあなたが…」
「は、はい。カノンドーラ=ライビル子爵です。この度、陛下より爵位を賜り、こちらのお邸に住まわせていただいております。普段は隣の薬学研究所の所長を務めております」
「ほう?なんでも『魔力病』治療薬を作ったとか。さぞ、恵まれた環境だったのでしょうな」
「父上!」
「フィスト様、大丈夫です。はい、王国で所員だったころから多くの方に助けられてここにたどり着けました」
「うむ、家のことは聞き及んでいる。この邸では息苦しいところがないかな?息子はこの通り融通が利かぬようになってしまって…」
「その様なことはありません!きちんと供のものも付けていて…」
「まあまあ、旦那様。せっかく大旦那さまと大奥様が邸に戻られたのです。座られてはどうでしょう?」
そういえば、まだ自己紹介の途中だったわと私たちは広間に行き座る。勿論当主はフィスト様なので、フィスト様が中央奥、大旦那様たちが左側で私が右側だ。
「ああ、そうだわ。私達今日はカノン様のことも聞きたくてこっちに来たの。お付きの方もどうぞ座られて、いいわよねフィスト?」
「ああ、リーナたちも座ってくれ」
「しかし…」
「では」
スッ
リーナが遠慮していると、アーニャは分かりましたと私の隣に座る。この子はほんとに私なんかより貴族が向いてるんじゃないだろうか?もちろんれっきとした貴族なんだけれど。
「リーナ様もお時間を取らせては逆に失礼ですよ」
「…分かりました」
「2名だけですか?」
「もう1名、私の夫がいるのですが、料理人でして今は厨房に居ります」
「では、仕方ありませんね」
「私はどうすればよろしいでしょうか?」
ジェシカが涙目で私を見てくる。確かに彼女は付いてきてはいないけど私付きではある。
「ジェシカも今は私付きだから一緒に座ってくれる?」
「は、はい、失礼します」
それから、私がこの邸に初めて来たときのようにここまで来た理由を話した。
「苦労したのねぇ~。うちの息子だったら途中で投げ出しているわ」
「いえ、フィスト様でもきっとできたと思います。それにこうして私は国を出てしまったのです」
「気にすることはない。確かに貴族には貴族の役割がある。しかし、カノン嬢は政略結婚の相手にこれ以上ないというぐらい尽くしておるし、その過程で多大な貢献と利益を国や領にもたらしておる。その上で裏切られたのだからもはやその矜持に縛られることがおかしいのだ。あなたは立派な貴族だ。生まれてから今までずっとな…」
「うっぅぅっ…」
私は当たり前のことをしただけで褒められることなんてないと思っていた。ましてや、ずっとこの国に来てからは国を捨てたとそう思って過ごしてきた。それをフィスト様のお父様は国や家が裏切ったと、私は当然のことをしたんだと言って下さった。もしそれが嘘だとしても、そんなことを言ってもらえる日が私に来るなんて。
「ど、どうしたカノン?父上がおかしなことを言うから…」
「ちがう、ちがうの…うれしいの。私がここにいることが当たり前だって言ってもらえて…」
その後も10分ほど私は泣き続けた。その間、フィスト様とアーニャが背中をさすってくれ、リーナやジェシカは一緒に泣いてくれた。
「落ち着いたか?」
「ご、ごめんなさい。はっ!申し訳ありませんでした急に…」
「私も済まなかった。遠慮なしに言いすぎたようだ」
ぶんぶんと首を振って否定する。それからは穏やかにこれまでのことを話せ、話も弾んだ。
「そういえば、そのネックレス素敵ね」
「は、はい。フィスト様と出かけたときに買って下さったものなんです」
「へぇ~、お前もそんな気遣いができるようになるとはな」
「なら、このお話もちょうどいいかもしれませんね」
「話?」
「ええ、実は先日旅をしているときにレイバン侯爵様から娘をどうかとお話を頂いたの。あの家も後妻の方が入られたし、娘さんも22歳。あなたとさほど年も違わないしどうかと思って。あなたが女性の扱いもできないままだったら帰ろうかと思っていたのだけど、この調子なら問題なさそうね」
そう言いながら、大奥様は釣り書きをフィスト様に渡し、フィスト様もそれを見ている。
「い、いや。しかし…ですね」
こちらをフィスト様がちらりとみる。きっとお優しいフィスト様のことだから、その方が来られたら私がまた行き場がなくなるのではないかと心配されているのだろう。
「フィスト様。わ、私なら研究所もありますし、近くに家を建てさせていただければ結構ですので!」
「…一旦、考えさせてくれないか母上」
「あら、ありがとう。いい返事を期待しているわ。今日は泊まっていくから一晩、考えなさい」
そっか、フィスト様はお嫁さんを迎えるんだ。だって前にジェシカが小説のことで話をしていたもの。『お嬢様、この男性が考えておくってシーンですけど、実はもうこの時は答えが出てるんです。だけど、カッコよく決めたいから場所を決めて返事をするつもりなんですよ』って。きっと、フィスト様もさっきの釣り書きを見て好きになっちゃったんでしょう。それに親から言われた婚約話なら貴族にとっては半分決定事項なようなものです。
それからもお話は色々したけれど、私の頭にはあまり入って来なった。
応援ありがとうございます!
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