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ずっと傍にいたのに(悠介視点)

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 湊と薫は、俺が引っ越した先で仲良くなった双子の姉弟だ。挨拶に行った日にすぐ仲良くなれたのは、当時から天真爛漫で遠慮知らずな薫が俺の手を取り輪の中に入れてくれたからだ。
 いつも薫の影に隠れている湊とは少し時間はかかったけど、仲良くなってからは二人といる事が当たり前になってた。
 最初は湊の事を内気で引っ込み思案な情けない奴だと思ってて、少しだけ忌避していた事を覚えてる。顔立ちもどことなく似ていて姉弟なんだなって分かるのに、その性格は本当に正反対だ。
 だけど、それを愛しいと思い始めたのはいつだろう。

『あのね、他の子はね、薫ちゃんがいないと遊んでくれないけど、悠介くんは僕とだけでも遊んでくれるからすごくうれしい』

 そう言ってはにかんだ顔が可愛くて、子供心にこの子を守りたいと思った。
 それからは薫と協力して湊を守る事を決め、少しでも湊に下心を持って近付こうとする奴は男だろうと女だろうと遠ざけた。
 俺と薫が目立てば湊が危ない目に遭わなくなる。そう思って出来る事は何でもやって、今までいろんなものから湊を守ってきた。
 それが湊から〝湊らしさ〟を奪うとも知らずに。

 元々、薫自身が湊に並々ならぬ愛情を注いでいて、姉としての立場や責任を感じている部分があり何に置いても湊の安全第一で考えてた。たまに過保護すぎるのではと思ったりもするけど、湊のぼんやりとした性格を考えればそれも仕方がない気がする。
 俺も湊には、辛い気持ちや悲しい気持ちにはなって欲しくないから薫のする事には口を出さないし俺自身もそうしてた。

 何よりも、湊が大切だから。


 そんな湊が、よりにもよって悪い噂しかない神薙周防に目を付けられ連れ回されている。だから湊に俺から言おうかと聞いたのに湊は大丈夫だと答えた。
 もしかしたら無理やりそう言わされてるのかとも思ったけど、ふとした時に見かけた湊は神薙と目を合わせて話してて驚いたのを覚えてる。まさかいつも伏し目がちだった湊が、あんな如何にもな不良に物怖じせず話しているなんて信じられなかった。
 しかも、付き合ってる? 湊があんな奴と?

 アイツは危険だ。絶対に湊にとってマイナスにしかならない。俺たちが、俺が、湊を守ってやらなきゃ。




「こーわ。目だけでヤられそう」
「どういうつもりだ」

 四限目が終わってすぐ購買へと向かう神薙を捕まえた。睨み付けると心にもない事を言いながら肩を竦める。

「何が?」
「どうして湊に付きまとう?」
「理由は知ってると思うけど? お前、教室の前にいたろ?」
「それがどうしてかって聞いてるんだ」

 この飄々とした態度が気に食わない。薫は何だかんだ湊が受け入れてるならって考えらしいけど、俺はどうしても納得出来ないししたいとも思わない。
 神薙はスっと真顔になると、ポケットに入れていた右手を出して項を掻く。

「好きだからに決まってんだろ」
「湊が大人しいから、良い様に言って遊んでるんじゃないのか」
「……は?」

 神薙の纏う空気がピリッとしたものに変わった。てっきり軽口で返してくるかと思ったのに、予想外の反応に俺の方が戸惑ってしまう。

「湊への気持ちをてめぇの物差しで測んじゃねぇよ。俺はちゃんと、本気でアイツを想ってる」
「…う、嘘つくな…!」
「何で嘘だって言い切れるんだよ」
「相手を取っ変え引っ変えしてるくせに…っ」

 この顔と身長なら言い寄ってくる相手はたくさんいるだろう。神薙は来る者拒まず去る者追わず精神だと聞いている。
 だが神薙は大きく溜め息をついたあと、フンと鼻で笑い歩き出した。

「ちょ…っ」
「所詮はお前も噂でしか見ねぇ奴なんだな。それならまだ薫の方がマシだわ」
「…っ…」
「お前も薫も湊を大事に思ってんのは分かるけど、それが湊にとっていい事だって本気で思ってんなら節穴だよ」

 横を通り過ぎようとする神薙の腕を掴むと、振り払う事もせず背筋がヒンヤリとするような視線を向けて来る。ビクッとして思わず手を離すと、わざとらしくにこっと笑って首を傾げた。

「俺は湊がしたい事全部叶えてやるし、言いたい事も我慢させたりしねぇ。湊が湊らしくいられんなら他はどうでもいいしな」
「我慢……」
「ま、せいぜい〝仲良しの幼馴染み〟でいれば?」

 そう言って今度こそ背を向けた神薙は、ポケットからスマホを取り出しどこかへ電話を掛けたのか耳に当てながら遠ざかって行く。
 微かに湊と聞こえたから遅れる連絡でもしているのだろう。
 それにしても、湊が我慢していたなんて知らなかった。薫はズケズケ言うタイプだし、湊は薫に遠慮してるようには見えなかったけど。

『お昼何食べる?』
『あの、俺あそこに……』
『はいはい! パスタがいいでーす!』
『ちょっと待て薫。今湊が…』
『あ、ううん。いいよ、パスタで』
『でも行きたいところがあったんじゃないのか?』
『大丈夫』
『湊もパスタ好きだもんね。じゃあ行こー!』
『まったく…』

 そういえば、三人で遊びに行った時こういう事が何度かあった。この時は笑ってたし薫が湊の腕を引っ張って行くから流れたけど、もしかしてこういう我慢を何度もしてた?
 いつから湊は、俺や薫に対して言いたい事を飲み込むようになった?

「……俺、最低だ」

 誰よりも大切なはずなのに、そんな些細な事にも気付かないで……むしろ神薙の方が湊の事をよく見ている。
 湊が平穏無事に過ごせるなら、それで良かったはずなのに。



 放課後、部活に行く途中で湊と神薙が並んで歩いているのが見えた。湊が神薙を見上げて何かを話し、笑った神薙の手が湊の頭に触れて撫でる。どこからどう見ても、仲睦まじい恋人……湊も全然嫌がってないし、むしろ初めて見た時よりも距離が近い。
 神薙が、湊のしたい事や言いたい事を聞いて受け入れてるから?

「……」

 俺だって湊の願いくらい叶えてやれる。言いたい事を我慢させない。
 神薙よりも俺の方がずっと前から湊を見て来たんだ。
 お前にだけは、負けてたまるか。




 次の日の放課後、湊のクラスメイトから湊は図書室でテストの勉強をしていると聞きそこへ向かった。図書室なんて行かなくても、俺がいつでも教えてあげるのに。
    そんな事を思いながら中に入るとすぐ目に入る正面の机に湊はいて、日差しが心地良かったからか机に突っ伏してうたた寝をしていた。

「……」

 そっと近付き髪を撫でると、腕を枕にして伏せられていた顔が横を向きあどけない寝顔が俺の方をむく。ふっくらと柔らかなそうな唇が目に入りゴクリと喉が鳴った。

 今すぐ触れたい、感触を確かめたい、キスしたい。

 ずっと心の奥底に封じ込めていた暗い欲望。湊に嫌われるくらいなら幼馴染みのままでいようと思っていたのに、神薙のせいでどんどん溢れ出て来る。本当はこういうの、良くないのに。
 手を伸ばし頬に触れると僅かに身動ぎされ慌てて手を離す。でも湊は目を覚まさなくて、もう一回と指の背で撫でれば小さく唇が動いた事に気付いた。

「…す、おう…くん……」
「……」

 どうしてそこでアイツの名前を呟くんだ、湊。
 触れていた手をグッと握り込み、その唇に吸い寄せられるように顔を近付けた時、図書室の扉がガラリと開いた。慌てて身体を起こして振り向くと神薙がいて何を考えているか分からない表情で見てくる。

「ふーん…」

 小さく呟き遠慮も何もなく近付いて湊の肩に手を置き耳元へ唇を寄せる。
 コイツ、わざとやってるだろ。

「湊、帰るから起きろ」
「……ん…。…周防くん…?」
「ちょっとは勉強捗ったか?」

 誰も聞いた事がないだろう甘い声。
 目を擦りながら顔を上げた湊のこめかみに神薙が口付け、二人が恋人なんだと否が応にも見せつけられる。

「………ノートに何も書かれてません」
「はは、何だそれ」
「だってここ、静かだし暖かいから眠気が……あれ、悠介?」

 頭を撫でられて嬉しそうな顔をして神薙を見上げた湊が俺に気付いて目を瞬く。確かに神薙の影にはなってたかもしれないけど、今までの湊なら絶対にすぐ気付いてくれてたのに。

「部活は?」
「顧問が急遽出張になったらしくてなくなったんだ。……湊、今日は俺と一緒に帰らないか?」
「え? で、でも……」

 湊を警戒させないようにいつも通りの笑顔で問いかける。最近は一緒に帰れてなかったから俺を選ぶと思っていた湊は、困惑した様子で神薙と俺を交互に見て悩み始めた。
 それを見た神薙がふっと笑い湊の頬を軽く摘む。

「久し振りなんだし、今日は幼馴染みくんと帰んな」
「あ…」
「じゃあまた明日な、湊」

 恋人としての余裕か、それとも湊が俺になびかない自信があるからか、そう言って湊の額にキスをした神薙は手を振って図書室を出て行く。
    腸が煮えくり返りそうなほどの怒りを感じていると、湊は急いで荷物を纏めリュックを下げ俺を振り仰いだ。

「ご、ごめんね悠介。また明日」
「え、湊…」

 神薙のあとを追うように小走りで図書室を出て、そのまま足音が遠ざかっていく。湊が幼馴染みの俺よりも神薙を選んだ事がショックで止める事も出来なかった。
 そんなにアイツがいいのか、湊。ずっと一緒にいた俺よりも。

「……っ…」

 どうしようもない嫉妬心と怒りが湧き上がる。もっと早く、湊を俺のものにしておけば良かった。そうすればあんな不良に、可愛い湊を奪われずに済んだのに。
 だけどもっと腹が立つのが行動しなかった自分に対してだ。
 大事だから、大切にしたいからなんて言い訳にしかならない。欲しいなら神薙のように手を伸ばせば良かったんだ。

「湊…」

 初めて人を好きになって、初めて失恋した。男同士なんて気にならないくらい湊が好きだったのに。
 神薙は気に食わないしむしろぶん殴りたいまであるけど、湊の事を思うならここが引き際なんだろう。ああして神薙のあとを追うのが何よりの証拠だ。

「結構キツイな…」

 ずっとずっと、あの笑顔は俺だけに向けられると思っていたのに。
 長い長い溜め息をついた俺は、湊を泣かせたら奪い返してやると心に決め帰るべく図書室をあとにした。
 二人の姿はもう既になくて、ホッとしたのは言うまでもない。
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